移住先候補
翌日、俺はネイトさんと彼が連れて来た行政官の補佐官と一緒に、移住する予定の土地に来ていた。ここはギギラの街から北に一日と少し歩いた先にある、全く手つかずの森だった。
「ここが、その……」
「ええ。我々は支流の名にちなんでアシーレ川奥の森と呼んでいます」
「アシーレ奥の森……」
「便宜上ですから、命名はご自由に」
「あ、ああ」
まぁ、街の名前は街のみんなで決めて貰えばいいだろう。
「それで、ここが手つかずだった理由は?」
肝心なのはここだ。川もあるし条件は悪くないが、どうして今まで手を付けられなかったか気になった。補佐官とやらが言葉に詰まって、訳ありだと理解した。
「実は……」
言い難そうに補佐官が語った理由は、ある意味納得だった。アシーレ川の上流には湖があって、そこには小型の魚系魔獣の巣があるのだ。
「それって、ホボって名前の魔獣か?」
「お察しの通りです」
「うわぁ……」
ホボというのは魚系の魔獣の一種だ。体は大人の肘から指先くらいまでの長さで、どこにでもいる、らしい。ちなみに帝国にもいた。食べられるし美味いんだけど、繁殖力がおかしいくらい高いのだ。しかも定期的に大量発生して川や湖がほぼ埋まるというからこの名前が付いた。
大量発生すると酸欠を起こして一斉に死に、川や湖は死骸で埋め尽くされて悪臭は発生するし水は飲めなくなるしで、害魚とも言えるだろう。巣が近いと大量発生も頻繁で、酷い場合だと年に二、三回は起きる。一度起きると半月くらい水が使えないから、正に死活問題なのだ。
「どうされますか?」
補佐官の話では、これまでも何度か巣の撤去を試みたという。ホボはメスが大きくて、オスはその半分以下だ。一匹のメスに十匹ほどのオスが群がり繁殖するが、繁殖力が高くメスは三十日周期で卵を百個ほど産み、卵は半月ほどで孵化する。
稀に異常にでかくなって、女王と呼ばれる驚異的な繁殖力を持つやつが生まれる。それが大量発生を起こすのだ。行政府も何度か巣の退治を試みたが、水の中なので簡単ではない。
「う~ん」
当てがないわけじゃないけど、どうしたもんだろう。まずは湖を見るしかないだろう。そう思った俺は、この日はお開きにした。
その日の晩、単身その湖を見に行った。移住予定地は魔道具で登録したので、後は上流までドラゴンに戻って探すしかない。川を上れば済むので簡単だ。ついでに水の中なら攻撃される心配もない。
「ここ、か?」
アシーレ川は幅がレーレ川の三分の一くらいだけど、ずっと水は澄んで心地よかった。どれくらい進んだだろうか、一気に開けた場所に出た。ここがその湖だろうか。
(わ!)
急に大量の魚が俺の横をすり抜けていった。あれがホボだろう。俺の気配を察して逃げ出したのかもしれない。
(さて、と。まずは巣を見つけねぇとな)
俺の予測じゃ、俺の気配を感じたら逃げ出すだろう。魚とは言っても魔獣は魔獣だから。巣さえなければ大量発生は起きないし、狙うは女王と言われる一匹だけでいいだろう。
(あれ、か?)
暫く湖の中を泳いでいたら、湖岸の辺りに窪みを見つけた。ホボの巣は大抵こういう場所に出来るというが、大当たりだった。窪みの奥には普通のホボの三倍くらいのやつがいた。俺の気配を察して必死に威嚇してくるけど、相手になる筈もない。
(悪りぃな)
心の中で謝って、魔術で作った銛を投げた。これでこの場所で大量発生は起きないだろう。
(ん?)
動かなくなったホボの女王の身体から、小さな石が転がり落ちた。小さな魔石だった。この女王は、魔石を食って女王化したのかもしれない。魔獣の発生定義はまだわからないけど、体内に魔石を取り込むと極端に巨大化したり凶暴化したりするという。そうしている間にも魔石は成長し続けると言われている。この湖のホボの大量発生の原因は、どうやらこの魔石らしい。
(ネイトさんへの土産にいいかもな)
俺はその魔石を懐に入れると、地上に上がって人間に戻った。それから魔道具に魔力を流した。




