移住の提案
翌日の夜、俺は街の大人たちを集めて移住の提案をしてみた。今ギギラの街に戻っても、また水蛇竜が襲うかもしれないこと、そして魔素が濃いこの場所にずっと住み続けると、子孫に何らかの影響が出る可能性がある事、同様にこの周辺の魔獣が凶暴化していく可能性を解いたのだ。
これには俺だけでなく、魔道具技師のネイトさんにも同席して貰った。彼は軍務めが長かったというし、年からしても説得力がある。まだ三十前の俺よりも、五十歳前後のネイトさんの方が言葉に重みもあるだろう。
「移住、か……」
「しかし、一体どこへ……」
「せっかくここまで作り上げてきたのに……」
あの街もそんなに歴史があるわけではなかった。聞けばアンザさんたちの親の代に出来た街で、最初の住民は魔獣ハンターたちの集団が仮の拠点として作ったらしい。レーレ川畔で水の便もよく、魔獣が多いことからここを選んだのだが、十五年ほど前に水蛇竜が住み着いて、そこから度々街が襲われるようになったという。ハンターが多いのはそういう理由だったのだ。
「街への想いは分からんでもない。だが、このままここに住み続ければ、濃い魔素によって子孫、孫やその先に影響が出ないとも言えん」
「影響って……」
「それははっきりせん。だが、ここの魔獣は他よりも凶暴だし巨大化している。研究している者がいないからわからないが、他の部分、例えば繁殖などに影響が出ている可能性もあるだろうな」
いきなり子孫の話を出されても……という感じだったけど、この辺の魔獣の変化を伝えると、何か思うことがあったのだろう。今は見ぬ子たちへの影響を考えてか動揺が広まった。
「あの街を再建するのもいいが、ここにいれば悪い意味で進化した魔獣に襲われるのは間違いない。魔獣狩をするにしても、もう少し離れた場所を拠点にしてはどうだろう。ここは子育てにいい環境とは言えんだろう」
「そりゃあ……」
「確かにそうだよ……」
その声に賛同したのは女性たちだった。日々魔獣に怯えながらの子育ては苦労も多いだろう。水蛇竜以外の魔獣もいるし、隣の町に行くのだって命がけなのだ。夫や父の心配をしながら暮らす女性の方が、不安も不満も大きいだろう。
「この地区の行政官に話をしたら、ここより北に一日ほどの距離に、手つかずの森があるという。そこへの移住であれば許可しようとのことだ」
「森に……」
「一日……」
ネイトさんが行政官に会って話をした結果、ここより北の森を提示されたらしい。そこは未開の地だから所有権を主張する者もいないし、レーレ川に繋がる支流も流れているので、生活水に困ることはないらしい。川を下れば半日かからずここまで来ることも可能だとも。
「急なことだから直ぐには決められないだろう。みんな家族でよく話し合ってほしい」
みんなが顔を見合わせるのを察して、ネイトさんはそう促した。直ぐに決めるのは確かに難しいだろうが、それも当然だ。こうしてこの日はいったんお開きになった。
その後ネイトさんは家に帰り、俺はガルアとリューン、ステラとテントに戻った。今は家族ごとにテントを建てて夜露を凌いでいた。まぁ、結界があるので夜露に濡れることはないんだけど、家の代わりは必要だろう。
「ガルアはどうする?」
「そう、だな。リューンはどうしたい?」
「私はガルアがいるならどこでもいいわ。でも、安全な方が安心して暮らせるかしら」
「そうだな。ルーク、わしらは移住しようと思う」
「そうか」
どうやらここ数日の間に、ガルアは街人と随分打ち解けたらしい。まぁ、ガルアは街のみんなの恩人って感じになっているし、リューンが怪我人を癒したことも関係しているだろう。今回の災害はこの二人にとってはいい方向に働いたらしい。
「ステラは?」
「私、は……行き先もないので、皆さんと一緒に行きます。さすがにまだ一人では生活出来ませんし」
「それもそうだな」
我が家の意見は移住する方向で一致した。まぁ、どっちにしても俺は行かなきゃ話が進まないだろう。




