川岸で拾ったもの
穏やかな生活に変化が訪れたのは、レーレ川の散歩中だった。今の俺は人間の姿をとっているし、思考も嗜好も人間だった時のままだ。そんな中、唯一変わったのが、水の中にいるのが落ち着くということだった。その為、日に一度は川や湖の中で昼寝をするなりしていたのだけど、その日は川岸で倒れた人間を拾ったのだ。
倒れていたのは、金色の髪を持つ若い娘だった。金の髪は光属性の表れだけど、ここまで見事な金髪も珍しい。年はリューンよりも少し上くらい、だろうか。
「おい! 大丈夫か?」
声をかけたけれどその娘の目は固く閉じられたままで、目を覚ます気配はなかった。気を失っているらしいが、息はしているし脈も安定しているように感じた。よく見ると服装が帝国の魔術師のそれだった。首には……俺がつけられたのと同じ、魔封じがされていた。
(こいつ……帝国からの追放者、か?)
まさかと思ったけれど、この魔封じは俺と同じだから罪人用で間違いないだろう。となれば、この娘は俺と同じ境遇だろうか。どちらにしても助けない理由は俺にはなかった。
娘を連れ帰ると、ガルアとリューンが驚きながらも寝かせる場所を作ってくれた。着替えと怪我の確認をリューンに頼み、俺はガルアと外に出た。聞きたい事があったのだ。
「ガルア、俺の身体に黒い首輪のような物が付いていた筈だが、覚えているか?」
「黒い首輪とは、今の娘の首についていた物か?」
「ああ」
あれは特殊な術が掛けられているから、外すのは至難の業だ。ガルアはそれを覚えていた。
「それなら、魂替えの秘術を行った際に割れた」
「割れた?」
「うむ。術が終わったら、こう、パリンと真っ二つになった。何のための物かわからなかった故、保存してあるぞ」
そう言ってガルアは棚の引出しから紙に包まれた魔道具を取り出した。確かに、綺麗に真っ二つになっていた。
「これは何だったんだ?」
「これは魔力を封じる魔道具の一つだ」
「魔力を封じる?」
「ああ。俺は魔術師だった。帝国では罪人になった魔導士にこの魔封じをつけて追放するんだ。こうすると魔術を使うことが出来なくなる」
「な?!」
そう言うと、ガルアが盛大に驚いた。何だろう? 何か変な事を言っただろうか。
「お、お主、罪人だったのか?」
「は?」
ああ、そう言えばその事は話していなかった、かもしれない。
「罪人の身体と交換してしまったのか?! しまった! ちゃんと身元を確認すべきだった!」
ガルアが至極真っ当なことを言っているが、人の身体を勝手に奪った奴の台詞じゃないだろう。何なんだよ、一体……
「言っておくけど、罪人って言っても上司の罪を被せられた冤罪だからな」
「何だと?!」
「俺は何もやっちゃいねぇよ」
「そ、そうか……」
あからさまにほっとしながらもまだ疑いの目を向けてくるガルアだったが、お前さんにだけは言われたくない、と思った。俺から身体を盗んだガルアの方がよっぽど重罪だと思う。そして俺は無実だ。誰が何と言おうとも。
(それにしても、あの娘、なんで追放されたんだ?)
あんなに光属性が強い魔術師は希少だ。俺も第二属性は光だが、それでも結界に関しては他の奴らよりも群を抜いていた。あの娘は更にそれ以上だろう。
着替えが終わったとリューンが言ったので、ガルアと娘の元に戻った。幸いにも大きな怪我はなさそうだ。
擦り傷程度のものは、既にリューンが治癒魔術で治してくれていた。リューンの魔術の腕はメキメキと上達していた。魔力量も多いし、このままだと一年もすれば俺の身体のあの傷を治せるかもしれない。
さっきは濡れていたし、汚れもあって顔はよくわからなかったが、助けた娘は随分と綺麗な顔立ちをしていた。リューンも美少女だけど、それよりも大人っぽく見えた。
自分のこともあって、帝国から追放されたなら酷い目に遭ったのではないかと思ってしまう。もしかしたら冤罪かもしれない、とも。こうして娘の姿を見ると、忘れていた筈の怒りが沸々と蘇るのを感じた。




