回復していく俺の身体
十日もするとガルアは目に見えて回復したのが分かった。じっとしているのが苦手な性分なのか、起き上がれるようになると外に行きたいと言い出したのだ。まだ病み上がりだし、この時期が大事なのだというのに、ドラゴンだった奴には通じない。リューンに外に出さないようにと言っても、気が付くと二人で街に出るようになっていた。
(今までの態度は何だったんだよ……)
ガルアの変化には驚きよりも呆れが勝った。あんなに警戒心むき出しだったくせに。しかも俺が怒らないのをいい事に、段々態度が馴れ馴れしくなっている。
そこらへんも腹は立つが、こめかみに青筋が経つことは多々あるが、身体を返せと詰め寄る気にならなかった。今の時点で困っていないのも大きいだろう。人の姿は取れているし、困っているわけでもない、ドラゴンの身体のお陰で働かなくても済んでいるし、魔獣に襲われる心配もない。
「最近、魔獣の姿がめっきり減ったわねぇ」
「ああ。お陰で怪我人も少なくて助かるよ」
マイラさんが近所の人とそんな話をしていたけれど、原因は俺だ。ドラゴンの気配は人間にはわからなくても魔獣には伝わる。ドラゴンはこの世界で最も強い生き物だから、魔獣はその気配を察して近づきもしないのだ。
「ルーク。そろそろあの小屋に戻りたいのだが……」
ガルアがそう言い出したのは、この宿屋に来て二十日過ぎ日だった。傷跡は残っているが、身体は随分と楽になったという。顔色も悪くないし、もしかしたら帝国を追われた時よりもずっといいようにも見える。
「戻るのはいいけど、これからどうやって生活する気なんだ?」
戻るのは自由だけど、あの小屋での生活では再び破綻するだろう。人並みにとは言わないけれど、継続的に健康な生活が送れるくらいの基盤は必要だろう。
「どうすると言われても……」
やっぱりガルアは何も考えていなかった。ドラゴンは長寿で人並みかそれ以上に知性があると聞いていた。個体によっては魔術を操るものもいると。
「魔術とか使えるのかよ?」
「ああ、我はあのような小細工は好かんのだ」
「じゃ、魔獣が襲ってきたらどうやってリューンを守るんだよ」
「それは正面から叩き潰すだけじゃ。これまでもブレスを使っ……」
「あんた今、ドラゴンじゃねぇんだぞ? どうやってブレス出すんだよ?」
「なっ……!」
呆れた。未だにドラゴンの思考回路のままだった。しかも脳筋ときたもんだ。リューンもどうせ惚れるならもう少し頭のいい奴にすればよかったのに。それならもう少しまともな生活も出来た筈だ。
「あんたは今、人間なんだよ。ブレスも使えねぇし、魔獣だって寄ってくる。あのままあの小屋に住んでいても、いずれ魔獣の餌になるだけだ」
「う、うぐ……」
どうやらぐうの音も出なくなったらしい。つまりは何も考えていなかったわけだ。どーすっかな、これ……
「それで、あんたはどんな風に暮らしたいんだよ」
「わ、我は……」
ガルアは暫く考えた後、こう語った。リューンと一緒に、リューンに苦労をかけない生活を送りたいと。今の状態が良くないのは重々承知しているが、人間として暮らしたことがない自分は街で暮らすのは難しい。そもそもどう働けばいいのかもわからないのだと。
(駆け落ちするなら、先のことも考えておけよなぁ……)
そう思うのだが、脳筋ガルアにそれを求めるのは難しそうだった。リューンも聞けばまだ十六歳だというし、そこそこいいところのお嬢さんだったらしく生活力は皆無だ。想いだけで出奔してきたんだろうけど、よく死なずにいたな、と思った。
ここでガルアと話をしていても埒が明かないと思った俺は、アンザさんとマイラさんに相談することにした。この辺りで生きていくなら、ここの人間に相談するのが一番だろう。それに二人は顔が利くから、ここで暮らすのに二人の協力もお願いしたい。
(元に戻れる方法があるかもしれないし。それまでは俺の身体を守っておかねぇとな)
そう。ドラゴンの秘術がどんなものかは知らないけれど、もしかしたら元に戻る方法があるかもしれない。そのためにも俺の身体を守る必要があるのだ。




