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冤罪で異界に流刑されたのでスローライフを目指してみた  作者: 灰銀猫


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生きてるだけで尊い

 俺の身体を奪ったガルアとの話し合いは終わった。何だか凄く疲れた。会わない方が、知らない方がよかったと思わなくもない。はっきりさせたかったことがはっきりしたのはよかったが、俺が置かれている状況はあまりにも……だ。


(身体は奪われるわ、ドラゴンとしての寿命は縮んでいるわ……俺にメリット皆無じねぇか?)


 そりゃあ、人間としての寿命は延びたけど、人間じゃない。このまま人間として生きていけるのだろうか。見た目は問題ないだろう。術で人間の姿は保てるし、ネイトさんの魔道具があれば問題ないかもしれない。それに食うにも困らない。人間の姿を保てるなら街で食料を買う事も出来る。そのための金も、湖に潜って魔石を拾えば、金貨が百枚単位で手に入るし……


(俺、働かなくてもいいんじゃね?)


 職業無職が現実味を帯びてきた。肩書は……魔石ハンターでいいか? 一応格好はつきそうだ。これなら妻子を養って……って……


(あれ? この身体で結婚して大丈夫なのか? 子どもとか出来るのか?)


 どうせ帝国から追放されたなら、これからは自由に生きてみたいし、人並みの生活を送りたいと思っていた。しがらみがない今、それは可能だった筈なんだけど……

具体的に考えたら、結婚なんて無理なんじゃないかという気がしてきた。人型がとれてもドラゴンはドラゴンだ。どう考えても普通の人生は送れそうもない。


(やっぱり俺の一人負けじゃねぇか!)


 そう、あっちは聖属性持ちの美少女と駆け落ちだぞ? しかもあの傷だらけの身体なのに、それでも愛されているってどういうことだよ? しかもあのリューンって子は「何年かかっても私が癒します」なんて言っているし。


(羨まし……じゃなくて理不尽じゃないか? 俺なんて女子と付き合ったこともないのに……)


 そう、俺は仕事一筋で生きていた。誰かを好きになるとか、そんな感情を持ったこともない。デルは感情をコントロールされていたんじゃないかと言っていたけど……そう言えば平民や下位貴族上がりの魔術師で結婚している奴はいなかった。それも帝国のせいだったのか。


(二十八年生きていて、恋の一つも出来ないようにされていたのか。なんてこった! そんなことまで操られていたのかよ、俺……)


 離れて気付いた事実は、あまりにも理不尽だった。その上冤罪で追放されたんだ。帝国からすりゃ、俺は替えが利く便利な使い捨ての駒でしかなかった。


(はぁ、俺の人生って、何だったんだ……)


 やるせない思いが胸に広がった。その日は食欲も出ず、何かをしようという気にもなれず、ベッドに潜りこんだ。





「なぁんだよ、ルーク。暗いな」


 翌朝、さすがに腹が減って食堂に顔を出した俺に、アンザさんが声をかけてきた。この人はいつも元気で楽しそうだ。どうしたらそんな風に楽しそうにいられるんだろう。


「いや、俺って何のために生きてるのかなぁ、って思って」


 普段なら口にしなかっただろうが、今回ばっかりはメンタルがやられていたんだろう。つい口にしてしまった。んだけど……


「はぁ? そんなもん、決まってるじゃねーか!」

「決まってる?」

「おうよ! 幸せになる! それ以外ないだろう!」


 胸を張って断言されてしまった。でも実際、アンザさんの目に迷いはなかった。本気でそう信じているんだろう。


「そりゃあ、たまには生きているのが嫌に思うようなことだってあるだろうよ」

「アンザさんでもそんなことがあったのか?」

「俺? 俺かぁ……そうだなぁ。娘夫婦が魔獣に襲われて死んじまった時は、そうだったな。なんで俺が生きてるんだって。死ぬなら娘じゃなく俺だろうって思ったもんだ」

「娘さん、が……」


 言われた内容が衝撃的過ぎて、直ぐには言葉が出なかった。そう言えば、ここに滞在してずいぶん経つけど、カリュンの親を見たことがなかった。どこかに行商にでも行っているのかと思っていたけど……そういうことだったのか。


「生きてるだけで尊いんだよ。奇跡なんだ。人間なんざ簡単に死んじまうからな。だからこそ、幸せになる努力をしなきゃなんねぇ。それをしないのは、死にたくなくても死ななきゃならなかった奴らへの冒涜だ。いつかあの世で会った時、俺は精一杯生きたぞ! って胸張って言えなきゃ恥ずかしいだろうが」


 あっけらかんとそう言ったアンザさんの額には、魔獣で出来たらしい傷跡があった。今の言葉はその実体験から来ているんだろう。


「なぁ、ルーク。確かに世の中には理不尽なことばっかりだ。だからこそ大切なもんに早く気付いて守らなきゃなんねぇんだよ。ボケっとしていたら死ぬほど後悔するんだからな」


 そう言ってアンザさんはにかっと笑った。屈託のない笑みは、悲しみと苦悩の色など微塵も感じなかった。


(大切なもの、か……)


 自分にとってそれは何だろう。咄嗟に浮かんだのは兄さんのことだった。



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