異界は入り口から危険がいっぱい
「ガシャァアン!」
俺が門をくぐって数歩進むと、あっという間に門が閉じられた。元々門は魔獣から帝国を守るために作られたもので、開けるのは緊急時だけだ。小さな魔獣でも甚大な被害をもたらすこともある以上仕方がない。だが、飾り気のないむき出しの鉄製の門に、かつての仲間たちからも拒絶されたような気分になった。虚しい……
「……しゃあない。行くか」
感傷に浸っても誰か助けてくれるわけじゃないし、不安定な橋の上にいても危険なだけ。川にも魔獣がいるし、いつ襲われるかわかったもんじゃない。もっとも、渡りきったところで別の魔獣に襲われる可能性もあるけど、息が出来ない水の中よりも陸地で襲われたほうがマシだろう。多分……
木の板を張っただけの橋は、ところどころに段差が出来ていて、まともに動かない左足が何度も引っかかって転びそうになった。ぎしぎしと軋む板はかなり古くなっていて、床板が抜け落ちそうになっているところもある。
木の棒で身体を支えながら川を渡っていると、中間より少し手前で急にキン! と耳鳴りのようなものがした。
(ああ、ここが結界の端か)
帝国には全土を覆うように結界が施されている。結界を張るのは俺たち魔術師の重要な仕事だった。結界で異界の濃い魔素と魔獣の侵入を防いでいるのだ。
結界を超えたら、空気が変わったのがわかった。魔封じをされていても濃い魔素がヒリヒリと肌を刺激した。空を見上げると色が一変して、先ほどまでの青い空が今や紫を帯びた暗い鉛色だ。当然日差しなんてものはない。
(マズいな……)
魔素は世界に溢れているあり触れたものだ。それこそ空気と同じで、身体にも魔素が流れている。だがそれも濃度による。濃すぎる魔素は毒にもなるのだ。
いつもの俺なら魔素が濃くても何の問題もなかっただろう。魔術師は魔力が強いというが、それは魔素への耐性が強いってことだ。魔素を取り込み操るのが魔術師だが、魔素が濃い異界では術の威力は跳ね上がるし、魔力切れを起こすこともないだろう。魔封じさえされていなければ。今はどれくらい影響が出るのか、見当もつかない。
ようやく橋の三分の二を渡り切っただろうか。馬鹿みたいにでかいレーレ川に、早くもうんざりしてきた。身体も痛むし、無理をして歩いているせいか、大丈夫な方の足まで痛くなってきた。俺をこんなところに追いやった奴らへの怒りを糧に前に進んだ。うん、今度会ったら容赦なく殺っとく。そのためにはここで倒れるわけにいかないと、それだけが今の俺の支えだった。
(はぁ……あと、ちょ、っと……)
川岸まで残り僅かのところまでやってきた。既に体力は限界突破で息切れ寸前、気力だけでもっているようなものだ。大怪我をしてからずっと寝たきりだったし、そもそも傷自体も癒えていないのだ。
気が付けば、元々暗かった空が一層暗くなっていた。このまま野宿するは危険だが、この先に町や村があるわけでもない。どこか洞穴でもないだろうか。今後のことを考えながら歩を進めていると、突然水の中から何かが飛び出した。
『キィイイイイイッ!!!』
『ガァアアアアアッ!!!』
水面に飛び出してきたのは小型の魚型の魔獣で、それを追うように大蛇のような魔獣が現れた。小型の魔獣は俺の身長ほどの大きさで、大きな口と尾びれを持っている。大蛇の方は……身体の太さが丸太のようだ。俺の三人分はあるだろうか。殆どが水の中で全身が見えないから長さはわからないが、相当な長さのように思えた。
(げっ! あれは……!)
小型の魚魔獣は名は知らないが、大蛇のようなあれは凶暴で有名な水蛇竜だろうか。図鑑で見たことしかないけど。小型魔獣がすばしっこくて中々捕まらないように見えるが……
(ちょ! こんなところで鬼ごっこすんなよ!)
そう思った瞬間、足元に衝撃が走った。橋の板が水の中に吸い込まれて、あっという間に川に落とされた。
(うそだろ? 最後は水攻めってか……?)
とにかく岸に上がらないと、俺まで水蛇竜に食われちまう。そう思って必死に手足を動かした。水の中は濁っていて殆ど何も見えない。岸はどっちだ? とにかく水面に上がって岸の方向に、と思った瞬間だった。
「ぐわぁっ!」
次の瞬間、背中に強い衝撃を受けた。
(くそっ! こんなところで……)
まだあいつらに仕返しも出来ていないのに、こんなところでくたばるなんて冗談じゃない。強くそう思って意識を保とうとしたが、俺の視界はそのまま暗転した。




