ガルアの保護と目覚め
あれから俺はあの少女を説得して、俺の身体をギギラの街へ運んだ。あの少女も一緒だ。マスターとマイラさんにお願いして、宿の一室にあの二人を泊めてもらうことにした。マスターたちには兄の手掛かりを知っているかもしれないが、大怪我で衰弱して倒れたので連れてきたと言った。その間の滞在費を前金で渡したら、快く受け入れてくれた。
「ありがとうございます」
そう言って泣きそうな笑顔を浮かべる少女は、リューンと名乗った。儚げな風貌で、かなりの美少女だ。強い聖属性の現れの銀色の髪に、弱い水属性を示す水色の瞳。かなり聖属性に特化しているのが伺えた。そして案の定、治癒の力を持っていた。だけどちゃんとした魔術の教育を受けていないらしく、それは殆ど機能していなかった。
それでも、そのわずかな癒しの力でガルアと呼ぶ俺の身体を癒していたらしい。十分に活かせる技量がなくても、これだけ強い聖属性を持っていたら効果はあったかもしれない。
そのガルアだが、二日経っても未だに目覚めていなかった。
いや、正確には一度は目覚めたのだ。だけど、どうやらガルアは周りを敵認定しているらしく襲い掛かってこようとした。それで咄嗟に眠らせたのだ。無駄に動けば治りが遅くなるし、逃げ出されても困る。ある程度身体が落ち着くまでは眠っていてもらうしかない。
あれから残っていたデルの薬湯二本を飲ませた。かなり効いている筈だが、俺の時ほどの効果がない。それだけ身体が傷んでいるのだろう。
「それで、どうしてリューンはあんな森の中に?」
「私たち……実は、駆け落ちしてきたんです」
「はぁっ?」
その言葉に驚かない訳がなかった。
(駆け落ちだって? 俺の身体が? いつの間に?)
これまで恋人だっていなかった俺なのに、ちょっと離れている間にそんなことになっていたなんて……! しかもこんな爛れた顔でって、どういうことだ? 女の子に好かれる要素なんて皆無だろうに……理不尽だ。俺なんてこれまで一度だって……いやいや、俺の場合は女っけ皆無の職場だったから、知り合うチャンスもなかったし。うん、そうだ。それにしても……
「駆け落ちって……」
「私、聖属性が強くて、無理やり神殿に連れて行かれそうになったんです」
「神殿?」
「ええ。そこで修行して聖女になる様にって」
なるほど、こっちの世界でも聖属性が強い者の扱いは似たようなものらしい。
「でも、聖女だったら出世じゃないのか?」
「そうかもしれません。でも、私はガルアが好きで、離れたくなかったんです」
「そ、そうか」
「それに、聖女になれなかったらどこかの権力者か金持ちに売られるんです。それくらいなら聖女になんかなりたくなくて……」
なるほど。そこまでそのガルアに入れ込んでいたのか。だけど相手はブルードラゴンだよな? それとも違うのか?
「それで、ガルアってのはどこの出身なんだ? あの酷い傷は……」
「っ! そ、それは私にもわかりません。でも、一緒にいたいって言ってくれたんです」
そう言って頬を染めるリューンだけど、ガルアが何者かは聞き出せなかった。彼女がガルアの正体を知っているのかがはっきりしなかった。もしかしたら出会った時には俺の身体だったのかもしれない。こればっかりはこのガルアに聞くしかないのだろう。
ガルアが目覚めたのはそれから三日後だった。正確には眠りの魔法を解いただけだ。さすがにこれ以上眠ったままでは栄養が不足して逆効果だろう。眠る前に部屋に結界と遮音魔術を展開した。万が一魔術を使われて部屋を壊されるのも、会話を聞かれるのも困るからだ。
「……こ、ここは……?」
「ガルア! 目が覚めたのね!」
ガルアが目を覚ますとすぐ、側に居たリューンが縋り付くようにガルアの顔を覗き込んだ。よほど心配だったのだろう、目には涙まで浮かんでいた。
「リューン、ここ、は……?」
目が覚めたガルアは、周囲に視線をやりながら、戸惑いを露わにしていた。
「ここはギギラの街の宿屋よ。あなたは小屋で倒れていたの。それをルークさんが見つけて、ここに運んで治療してくれたの」
「ルーク? 治療だと……」
ここでようやくガルアは自分たち以外の存在に気が付いたらしい。直ぐに俺の気配を察したのか、射るような視線をこちらに向けた。
「よお、ガルアさん。気分はどうだ?」
俺は努めて冷静に、そして気さくに声をかけた。ガルアの瞳に獣のような鋭さが宿った。




