俺の身体と寄り添う少女
「あ、あなたは……だれ……? そ、それに! ガ、ガルア?!」
暫く俺を見上げていた少女だったが、ようやく我に返ると俺に話しかけてきた。だがそれも奥に横たわる俺の身体を視界にとらえると、あっという間に籠を放り出し、俺の横をすり抜けてその側に駆け寄った。
「ガルア! ガルア!」
必死に名を呼びかける少女に、俺の身体がガルアと呼ばれているのだと察した。その名前に覚えはなかった。
「今はそっとしておけ。床に倒れていたんだ。無理に起こせば負担になる」
「な……!」
俺が見かねてそう話しかけると、少女は驚いて振り返った。顔立ちも整っているし、随分と似つかわしくない組み合わせだな、と思った。まさに美少女と野獣だ。野獣が俺の身体っていうのが何とも複雑な気分だけど。
「あ、あなたは……」
ガルアを庇う様にして俺に対峙する娘の声は震えていた。それもそうだろうな。いきなり家の中に知らない男がいたら怖いだろう。だけど俺だって怖がらせたいわけじゃない。
「俺はルーク。人を探して旅をしている者だ」
「るーく? 人を、探して……」
「ああ。この辺で似たような奴を見たって街で聞いたから、訪ねて来た」
「似たようなって……それって……」
思い当たる何かがあったのか、娘の表情が一層歪んだ。そこまで怯えられると悪い奴になった気分になってへこむんだけど。
「ああ、先に行っておくけど、最初はちゃんと小屋の外から何度も呼んだんだ。でも返事がなくて。誰も住んでいないのかと思ってドアを開けたら、そいつが床に倒れていたんだ」
「そ、そう……だったの……」
無理やり押し入ったわけじゃないってことはわかってくれたようだ。少し落ち着いたか? これなら話を続けても大丈夫だろうか。
「ああ、ちょうど持っていた、よく効く薬湯を飲ませたんだ。お陰でさっきよりは顔色もいいし、呼吸も落ち着いている」
「そ、そうなの?」
「ああ。効き目は俺も経験済みだ。少し休めば目を覚ますだろう」
「そ、う」
まだ半信半疑らしいが、俺に悪意がないって事はわかってくれたかもしれない。さっきよりは警戒感が薄まっているような気がした。それにしても……
「余計かもしれないけど。こんなところに住んでいて大丈夫なのか?」
「あ、の……」
「ここは魔獣なんかも出るんだろう? そんな病人を置いておいて、襲われ……」
「だ、大丈夫です。大丈夫だって、ガルアが……!」
俺の言葉を遮って、その少女が叫んだ。どうやらこのガルアって奴が何かをしているらしいが、この身体ではそろそろ限界じゃないだろうか。
「そうは言うけど、随分弱っているように見えるけど?」
「っ! それ、は……」
その身体が弱りつつある自覚はあったらしい。仮に中身がブルードラゴンだったとしても、俺の身体は人間だ。残念ながらそんなに丈夫には出来ていない。しかもあの怪我はまだ癒えていないようだし。
「せめて身体が治るまでは、街にでも移ったらどうだ? 幸い知り合いの宿屋を紹介するぞ」
「それ、は……で、でも、そんなお金もないし……」
どうやらここにいるのは、経済的な理由が大きいらしい。そう言えば娘が持って帰って来た籠には、木の実や果物が入っていた。あれが食事なのだろう。よくよくみれば水分と痩せているし、ここでの生活の厳しさが伺えた。
「金なら俺が出してやるよ」
「え?」
「俺もそいつに死なれちゃ困るんだ。聞きたい事があるんでね」
「聞きたい、こと?」
そう、聞きたい事は山ほどある。だが、まずは身体を治すのが先だろう。このままではいずれ死んでしまうし、そうなれば俺も身体を取り戻すことが出来なくなってしまう。それに……あんまり考えたくはないが、どちらかの身体が死ねばもう片方も死ぬ、何て可能性がないとも言えない。魔術によって体が入れ替わった場合、どんな代償があるかわからないのだ。
「ああ。このままじゃいずれ死んでしまうだろう。ここで暮らすにしても、あの怪我を治さなきゃ先は長くない」
「そ、そんな……」
戸惑っているが、そんな予感があったのだろう。娘はガルアと呼ぶ俺の手を握りながら、絶望的な表情を浮かべた。




