レーレ川に向かう
ネイトさんのところから戻って早半月。あれからねぐらの湖に戻った俺は、順調すぎる回復を遂げていた。一番効果があったのはデルが作ってくれた薬湯だっただろうか。物凄い色と臭いのするおどろおどろしい液体は、トラウマレベルの代物だった。
「効果は抜群! これを飲めば一晩で治るだろうよ」
その言葉を信じて飲んだけど、筆舌に尽くせない味と臭いと喉越しだった。二度と飲みたくないし、あれを飲むくらいなら時間がかかっても自力で治した方がマシだ。どれくらい不味いって、飲んだ途端に余りの不味さに意識が薄れていって、「あ、これは死んだな」と思ったくらいなのだ。
それでも翌朝には目が覚めて、これまでのだるさや痛みが消えていた。余りの効き目に別の意味で恐ろしく思った。何が入っていたのかと考えると恐ろしい……多分知らない方がいいような気がして、そこには触れずにいた。
そして今日、俺はレーレ川に向かっていた。来る時はうろうろしながら十日かかった距離も、真っすぐに進めば半分の五日で着くだろうとデルに言われた。デルが書いてくれた地図は今回もやっぱり分かり難かったけど、目的地以外の目印なんかも書いてくれたから結構助かるような気がする。街に行ったら地図が欲しいところだ。どこかで見かけたら寄ってみよう。
空を飛び、川を潜ってレーレ川を目指し、デルが言っていた通り五日であの関所まで辿り着いた。濃すぎる魔素に俺の魔力も漲る感じがした。帝国の周辺の魔獣が強いのもわからなくもないな、と思った。濃すぎる魔素に魔獣が活性化しているのかもしれない。ねぐらの山奥も、ネイトさんの住むコルナガの街の周辺も、魔素はここまで強くなかったし、スタンピートが起きているなんて話も聞かなかった。
(もしかして……帝国の結界が影響している?)
これほど大規模な結界が異界にもあるのかは知らないが、帝国を離れれば魔素は薄くなる。そりゃあ帝国の中よりは濃いけど、結界の周りよりは全然薄い。まぁ、推測でしかないけど。でも今は、そんなことは後だ。
昼間は目立つから行動するなら夜だろうか。それまでは休憩を兼ねてレーレ川に身を潜めた。やっぱり水の中が気持ちいいし落ち着く。川底に何か落ちていないかと思って潜ると、綺麗な石をいくつか見つけたので幾つか拝借した。またデルやネイトさんの土産になるだろう。
夜になったので空から街か村がないか調べた。関所から少し下った先の森の奥に、小さな集落があるのが見えた。集落に向かって道もある。どうやらここに住み着いている人がいて、外との往来もあるのだろう。だが小さすぎる集落では余所者は警戒されるかもしれない。そう思って集落から伸びる道に沿って移動すると、少し大きめの街が現れた。ここならさっきの集落よりは怪しまれないだろう。
「さてと。そろそろ行ってみるか」
日も上がり、街の中で人の動きが活発になったのを感じた俺は、いよいよその街に向かうことにした。見た目は茶髪と茶目の姿だ。自分か兄の姿に似せて、双子の兄を探していると言ってまわるのも考えたけど、俺と兄さんは髪も目の色も違って似ていなかったので諦めた。
旅人の格好で街道を進んでいく。街まであと少し、というところで道端に蹲る人影を見た。なんだろう、一人は小さな子供で、もう一人は年配の女性のようだ。女性が蹲って、その横で子供が声をかけている。具合でも悪くなったのだろうか。
「どうしましたか?」
放っておく事も出来ずに声をかけると、子どもの方がパッと俺を見上げた。年はまだ十にも達していないだろうか。緑の髪が鮮やかで瞳は茶色だ。綺麗な顔をしているけど男の子だった。負けん気が強そうで、不安そうな表情の中にも警戒感が滲んでいた。
もう一人の年配の女性は、ネイトさんと同じか少し上くらいだろうか。こちらも緑の髪に、目は青かった。昔は美人だったろう。こっちも俺を見上げたが、何だか苦しそうに見えた。
「もしかして具合が?」
「ば、ばあちゃんが急に腰が痛いって」
「腰?」
どうやら座り込んでいるのは腰を痛めて立ち上がれないからだろうか。だけど警戒されていた。うん、まぁ、知らない人に声をかけられたら普通はそうだろうな。
「あ~ 俺はルーク。兄を探して旅をしているんだ。この街には初めてなんだけど、どこか宿を知っていたら教えてくれいないか? その代わり出来ることがあったら手を貸そう」
下手に親切にしてもダメな時もある。交換条件を示すと、二人の表情が少し和らいだ。




