フィンの事情とルゼの嘘
「フィンから俺を雇いたいと話を聞いた時、俺は君のことを調べたんだ」
ルゼはドラゴンハンターの資格を持つ。多くは魔獣並みに人を襲うドラゴンを狩るのが仕事だが、中にはドラゴンの鱗などを狙っての依頼もあるという。それらは違法だから、事前に確認してからでないと依頼を受けることはないという。報酬の問題ではなく、正統な理由があるかどうかが大事なのだ。
「フィンの話は腑に落ちない部分が多かった。人語を解するドラゴンが人を襲うことは稀だ。しかも一軒の家だけを狙い、その家族も巻き込むことも」
「けど、その家族がドラゴンの怒りを買っていたら?」
「怒りを買うとはどうやって? そもそもドラゴンに会ったとして、怒りを買うほどのことを人が出来ると思うか?」
「あ……」
確かにその通りだろう。まともに考えたら、ドラゴンを見て人が最初に抱く感情は恐怖と畏敬だ。それほどにドラゴンは強くて恐れの対象なのだ。
「それに、街の噂ではあの街の騎士と行政官は癒着しているようだった。そしてフィンの父親はそれに気づいていたとも」
「そ、それじゃ……」
「ああ。多分だが、君の父上は彼らの不正に気が付いていたのだろう。だからドラゴンに襲われたのを装って家族まとめて口封じしようとした」
「そんな……」
フィンはすっかり顔を青褪めさせていた。
「そ、それじゃ……妹は? あの子がいなくなったのは……」
「それに関しては俺もわからない。彼らが連れ去って売り飛ばしたのか、それとも……」
「そ、そんな……」
ルゼの言葉にフィンが言葉を失った。そう言えば妹を探すためにドラゴンを追っていると言っていた。その前提が違っていたら……
「ど、どうしてそんな嘘をついたの?! こんな、こんなことをしている間に、あの子を見つけ出せたかもしれないのに……! どうしてよ、ルゼ?!!」
フィンが激しくルゼに詰め寄った。こんな時でもルゼの表情は変わらなかったが、責められる覚悟は出来ているようにも見えた。
「答えてよ、ルゼ!!!」
悲鳴のようなフィンの声が響き渡った。頭に響くけれど、今はそれを咎める気にはなれなかった。彼女の気持ちもわかるからだ。
「……君をあのままにしておけば、両親と同じように殺されるか、売られると思った。危険だと思ったから、あの街から遠ざけたかった」
「な……」
ルゼは静かにそう答えた。彼はあのままフィンが街に残ればどうなるか、噂からおおよその予想をしたのだろう。だから彼女を連れ出すために依頼を受け、ドラゴンを追うふりをして故郷から引き離したのだ。
「……ルゼは妹さんの行方を知っているのか?」
彼のことだ。もし知っていたら同時に助け出そうとしただろう。ドラゴンを狩れる者の力がその辺の魔獣ハンターに負ける筈がないし、それなりの顔は利くんじゃないだろうか。
「いいや。だが、見当はついている」
「知っているの?! じゃ、あ、あの子は今、どこにいるのっ?!」
縋るようにフィンがルゼに尋ねた。その様子から彼女が本当に妹さんを案じていることが伝わってきた。
「君の妹は……死んでいる可能性が高い」
「うそ……」
静かに、何の抑揚もなくルゼがそう告げ、フィンが震える声で呟くのが聞こえた。
「うそよ……! そんなの、私信じない!!!」
「フィン!」
そう叫ぶと、フィンが部屋を飛び出し、それをルゼが追いかけていった。俺とネイトさんはその後ろ姿を見送るしか出来なかった。
「ネイトさん……」
「ああ。ルゼはドラゴンハンターだからな。あいつがああいうなら、あの娘の妹は死んでいるんだろうな」
「そうなるのか……」
何とも後味の悪い話になってしまった。ネイトさんの話ではドラゴンハンターは同業同士の結びつきが強く、冒険者ギルドでも優遇されているから、情報なども容易に手に入れられるのだという。それくらいドラゴンハンターの地位は高いらしい。
そしてルゼの気持ちもわからなくもなかった。帝国でも地方都市では騎士や領主が癒着して、不正に気付いた者を葬り去る事は珍しくなかった。こちらもそこらへんは変わりなくて、ルゼはフィンだけでも助けたいと思ったのだろう。もしくは、調べている間に何かしらの情報があって、妹が生きている可能性は低いと判断したのか。
「どちらにしても、俺たちが立ち入る話じゃねぇがな」
ネイトさんの言う通りだった。俺たちは彼らにとっては偶然すれ違った程度の存在だ。彼らのことは彼らで解決するしかないのだろう。




