ドラゴンの鱗の真実
あれから俺が起き上がれるようになるまで、三日かかった。これでも早い方だろう。フィンの治癒魔法のお陰なのは明らかだった。もしフィンがいなかったら……死んでいたな、うん。確実に。そう思えるほどに予後の回復も順調だけど時間がかかりそうだった。
その間フィンは毎日治癒魔法をかけるために通ってくれた。なんていい娘なんだ。こうなると何とか彼女の手助けをしてやりたいと思うようになっていた。
身体が起こせるようになったので、俺はネイトさんにフィンの魔道具の話をした。彼女が持っていた鱗が偽物っぽいことも含めてだ。
「ああ、あの話か……」
ネイトさんは魔道具の依頼を覚えていた。まぁ、十回以上も頼みに来たらしいから覚えていても不思議じゃない。
「なんだ、覚えていたんだ」
「あれだけしつこくやって来たらな」
どうやらネイトさんは彼らにいい印象がないらしい。
「あのルゼとかいう男、ドラゴンハンターのくせに鱗が本物かどうかわからないなんて、胡散臭くて仕方ないだろう? わからないのか、知っていて言わないのか知らんが、どっちにしても信頼出来なくてな」
俺の懸念をネイトさんがズバリ言い当てた。よかった。ちゃんとわかっていたのか。
「あの娘もだ。偽物だと言っても絶対に認めねぇ。あれで魔道具を作ったところで意味はないだろうよ」
「なるほど。じゃ、本物の鱗なら出来るのか?」
「ああ。探したい奴の身体の一部、例えば髪の毛とかがあれば出来るからな」
「身体の一部、か……」
兄さんを探すのに使えそうだと思っていたけれど、それだと無理そうだ。追放された際に俺の持ち物は全て取り上げられてしまって、兄さんの遺髪もどうなったか……残念ながら魔道具を使っての捜索は諦めるしかなさそうだ。
「まぁ、今回は俺も助けて貰ったからな。話は聞こう。だが作るかどうかは別だ。俺はポリシーを変えるつもりはないからな」
「ああ。それで十分だよ」
俺だって変な物を作る助けをする気はない。何も恩を返すのは口利きでなくてもいい筈だ。
その日、あの二人が訪ねてきたのは午後になってからだった。二人をネイトさんの家の応接間に迎え、話を聞くことにした。
「前にも言ったが、あの鱗は偽物だ。それじゃ魔道具は作れん」
「そんな筈はありません。だって、騎士も行政官もそうだって……」
「そうは言っても、その鱗はドラゴンの鱗とは形が違う。本物はこれだ」
そう言ってネイトさんが一枚の鱗をフィンに示した。それって……俺が持ってきたやつ……
「そ、そんな……」
自分の持っていた鱗と見比べて、フィンが戸惑った声を出した。こうして並べれば差は歴然だ。模造品にしても粗悪すぎるだろう。
「なぁ、ルゼとか言ったか。お前はドラゴンハンターだよな? だったらこれが偽物だって、最初からわかっていたんじゃないのか?」
ネイトさんがルゼを真っすぐに見てそう言った。その言葉にフィンが小さく息を呑んだのが伝わってきた。
「ルゼ……そ、そうなの?」
震える声で、縋る様に問うフィンの声には力がなかった。ずっと嘘をつかれていたことにショックが隠せないようだった。
「ルゼ、今更隠し切れないんじゃないか? ちゃんと話したほうがいい」
何も言わないルゼに、俺も声をかけた。フィンの信用を失うとわかってまで、どうして嘘をついたのか、その理由が知りたかった。まだ数回しか顔を合わせていないが、ルゼが悪い奴だとも思えなかった。表情は変わらないし、必要最低限も話さないが、フィンをさりげなく庇ったりもしていたのだ。そんな気遣いが出来る彼が悪い奴だとも思えなかった。
「すまない、フィン。ネイト殿の言うことは、本当だ」
暫くの沈黙の後、ルゼが表情を変えずにそう告げた。
「そんな! ルゼ、どうして?!」
「……君を……危険な目に合わせたくなかった」
振り絞るように出てきた声は、何となく予想していたものだった。ドラゴンを狩るのは簡単じゃないだろうと思っていたからだ。それも人語を解する方となれば、魔術を使うこともあるのだとネイトさんが言っていたし。
「俺はあの襲撃自体、ドラゴンがしたものじゃないと思っている」
「え?」
「ドラゴンが人を襲うことはまずない。人語を解すものなら尚更だ。彼らは人に干渉しない」
「じゃ、誰があんなことを?!」
「……多分、あの街の行政官、だろう」
「……え?」
フィンの家族を襲ったのは、ドラゴンではなくその街の偉いさんだとルゼは言った。フィンは信じられないのだろう、大きな目を一層大きくしてルゼを見つめた。




