信じてもらうのは難しい
ドラゴンになってしまった俺は人間に化ける事は出来るようになったが、それを維持するのが中々出来なかった。気が緩むと直ぐに元の姿に戻ってしまうのだ。それは尻尾や耳が出たり、手だけが戻ったり、気が付けばドラゴンサイズに戻ったりと、とにかく人型を維持するのが難しかった。寝ている間にドラゴンサイズの人型なんかに戻った日にゃ、目も当てられない。
それをなんとか出来るかもしれないと、デルばあちゃんに紹介して貰ったのがネイトさんだったんだけど……
「何のためって……」
何のためかと聞かれたら答えなきゃいけなんだけど、出来れば答えたくない気持ちもあって即答出来なかった。そうしたらネイトさんが重々しくため息をついた。
「坊主、もう帰れ」
「え?」
「俺はな、デルミーラ様の頼みなら何でも聞いてやりたいと思っている。今だってあの方には並々ならぬ恩義がある。だがな、俺は犯罪に手を貸すことだけは、絶対にやらねぇって決めているんだ」
そうネイトさんは宣言した。
「犯、罪?」
いきなり犯罪と言われても、俺には何のことかわからなかった。いや、確かにいきなり寝てる間にドラゴンに戻ったら迷惑だろうし、下手すりゃ宿屋を破壊するかもしれない。そうなれば器物損壊で立派な犯罪だけど……
「変装を維持するなんざ、大抵はろくな理由じゃねぇ。前にも似たような道具を使って窃盗を繰り返していた輩がいた。確かに変装は使い方によっちゃ役にも立つが、そうじゃない使い方をする方が圧倒的に多いんだ」
そう言われて俺は、ようやくネイトさんのいいたい事が分かった。そうか、俺が変装したい理由が犯罪に繋がる事を心配しているのか。
(この人、見た目は怖いけど、めっちゃいい人じゃねぇか?)
厳ついし、あちこちに傷跡もあって、歴戦の猛者と言えば聞こえはいいが、重罪人と言われても納得の容姿だ。なのに、なんて真っ当でかっこいいんだ。前の上司たちに爪の垢煎じて飲ませたいくらいだ。
でも、そういう人ならば、話しても大丈夫な気がした。
「ネイトさん、俺は犯罪に使うつもりはないんです。ただ……兄を探しに行くのに必要なんです」
そう言って俺は、これまでの経緯を話した。デルに話したのと同じような内容で、兄を探したい理由も全てだ。これでだめなら諦めるが、何もしないで諦めるほど兄さんへの想いは弱くなかった。
「お前さんが……ドラゴンだって?」
「ええ、まぁ」
「おいおい、冗談はよしてくれ。第一ドラゴンが人間の言葉をしゃべる筈がないだろう。そんな与太話、信じろって言われてもな」
そう言ってネイトさんは俺の話を信じてくれなかった。なので仕方がない。ドラゴンになるしかないのだろう。この周辺は人が来ないと聞いたので、外に出て人化の術を解いて見てもらった。口で説明するよりも見て貰う方が手っ取り早い。
「な、な、な……!」
案の定、ネイトさんは顎が外れるくらいに驚いて、暫く石像のように固まってしまった。後で知ったんだが、ほんの一瞬だけど本当に気絶していたらしい。
「ほ、本当に、ドラゴン、だった、なんて……」
相当ショックだったのか、受け入れ難かったのか、その日の夜はそのまま家の奥に行ったまま戻ってこなかったので、俺は仕方なく庭にある木の上で一夜を過ごした。この家の周辺には結界が張ってあるし、この姿でも襲われる心配はない。詳しいことはまた後日、落ち着いてからゆっくり話せばいいだろう。
そして一夜明けて、俺は少し落ち着きを取り戻したネイトさんと向き合っていた。
「昨夜はすまなかった!」
目の前のネイトさんは思いっきり頭を下げていた。これで指一本でも下げたら、テーブルにぶつかってしまうだろう。
「あの、頭上げて下さい。謝って貰うようなことは何もないですから」
「だが……」
「こんな荒唐無稽、直ぐに信じられる方が少ないですから」
俺だってこんな話聞かされても、直ぐに信じられる自信はないんだから仕方ない。まぁ、それくらい自分の置かれている状況はおかしいんだろうけど、元に戻る方法が見当もつかないからどうしようもない。いずれはそれも調べたいと思うが、今は兄さんのことが先だ。人の姿を維持出来るようにする方を優先したかった。
「すまない。それにしても……変身を維持するって言ってもなぁ……」
ネイトさんが腕を組んで考え込んでしまった。
「普通の変身の魔道具は、あるにはあるんだが……」
「あるんですか?!」
「あ、ああ……ただ……」
「ただ?」
「ドラゴンを人に、だろう? それだけのことを長時間維持するには、相当な魔力とそれに耐えられる魔石が必要になる」
まずは魔石探しから始める必要があるようだ。




