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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おやすみ

作者: 埃宮真琴

こつこつこつ。

がごーがごーがごー。

引っ越しをしたばかりでまだ慣れない道を、一歩一歩ゆっくりと歩く。

仕事終わりで重い身体。

書類やらたくさんの荷物が詰まったキャリーケース。

たくさんの邪魔物のせいで重くなっていく身体。

しかし、それとは逆に家に近づくにつれて軽くなる心。

正反対の二つに挟まれながら、わたしは帰路をたどっていた。


「……ただいま」


何とかたどり着いた家の扉を開け、そそくそと中へと入る。

帰ったことを知らせる挨拶をするとすぐに、とてとてとてとこちらに歩く音がして——


「おかえり~、こころちゃん。出張お疲れ様〜」

「ありがとう、くるみ」


にこっと微笑んだ、彼女が現れた。

腕を広げて、ハグ待ちのポーズをするくるみ。

家に帰ってくると必ずしてくれる、お決まりのポーズ。

5日ぶり、久しぶりのくるみに抱き着くようにハグをする。

その瞬間、くるみのふわふわした雰囲気に包まれた気がした。


「あっ、はい、これおみやげ」

「わぁっ、なになに〜?」


1分くらいの長めのハグをした後、名残惜しいと感じながらも少し離れ、玄関からリビングへと移動する。

椅子に座る直前でおみやげのことを思い出し、キャリーケースから取り出してくるみに渡す。


「あっ、ぴよこっこだ」

「くるみ、これ好きだったなと思って」

「うん!大好きなんだ〜」

「それはよかった……ふわぁ」


買ってきたおみやげは、記憶通りくるみの好物だった。

満面の笑みを浮かべるくるみ。

見たかった笑顔を見れた私に仕事の疲れやらなんやらが遅れて襲ってくる。

そのままストンと椅子に座ると、すぐに欠伸が出た。


「もしかして、眠れなかったの?」

「……うん。薬は飲んだんだけどね」

「……そっかぁ」


そんな私を見て、心配そうな表情を浮かべるくるみ。

ここ最近しっかり眠れていたからか、出張前よりも心配そうな表情な気がした。


「ま、まぁ、継続して飲むと耐性が付くって言うから」

「……うん」


安心させようとして、でもなんて言っていいかわからなくて、考えようとして、でも頭はスリープしようとして。

結果的に出たのは、医者に何度も言われた言葉だった。

安心と真逆ともいえる言葉だった。

そして、さらに心配そうになるくるみ。

……失敗した。


「くるみ?」

「ん~、よしっ!来てっ!」

「え、なに」


呼びかけると、突然立ち上がるくるみ。

いや、びっくりしたー。

そしてそのまま、手を握って歩き出す。

リビング、廊下と流れに身を任せてくるみの後をついていき、やがて寝室へと到着する。


「えと、くるみ?」

「こころちゃん。おいで〜」


状況が読み込めずにぼーっと立っていると、くるみはベッドに倒れこんで、手を広げる。

ハグ待ちの時と同じポーズ。

でも体制が違ってこれは……。


「……ん」


思考よりも先に、身体は動いていた。

ふわふわで、あったかくて、そして安心できる。

くるみの腕の中に、わたしは移動していた。


「お疲れ様〜。よく頑張ったねぇ」

「……うん」


ささやくようなふわふわした声で褒められながら、頭を優しく撫でられる。

するとすぐにより強い睡魔がやってくる。

……でも、まだいろいろと……。


「眠いなら、寝ちゃってもいいんだよ?」

「……おふろ……」

「明日の朝でもいいんじゃない?」

「……たしかに」


……明日でもいいか。


「おやすみ。こころちゃん」

「……おや……すみ」


そう思い私は睡魔に身を任せた。



—————



「はぁっ……はっ……」


夜中。

こころちゃんが眠ってから1時間くらいたった頃。

苦しそうな声が隣から聞こえ始める。

……確認する必要もない。

こころちゃん(大好きな人)の声だった。


「はぁっ……はぁっ……うぐっ……はぁっ……はっ……ぁ……はっ……」

「大丈夫だよ、こころちゃん。ゆっくり息を吐いて~吐いて~」


ここ最近、聞くことのなかった苦しそうな声。

やっぱりかと、自分を責めたくなる気持ちを抑え、まずは、こころちゃんを落ち着かせるために過呼吸の対処をする。


「はっ……はぁっ……はぁっ……はーっ……はーっ……」

「そう、上手上手」


吸った息をゆっくりと吐かせることを繰り返していく。

すると、だんだんと息が整っていく。


「はーっ……はっ……くるみっ……」

「うん。私はここに居るよ~」


ぼんやりと薄く開く目。

完全に開ききってはいないものの、すごい涙目になっていた。

……きっと、悪夢でも見ていたのだろう。

わたしも知らない頃の。


「……っ……どこにも……いかないでっ……」

「もちろん。こころちゃんが起きるまでず~っと側にいるよ~」

「……っ……ありが……とう……」


悲しげな、つらそうな声で言われ、思わずこころちゃんを抱きしめる。

……あ、もちろん、弱くだよ?

しばらく背中を撫でたりしていると、完全に落ち着いたようで、ぎゅっと握っていた手がだんだんと緩んでいった。


「おやすみ~。こころちゃん」

「……おや……すみ……」

「うん。おやすみ~」


寝やすいように枕とかを移動させてから、再度こころちゃんをベッドに寝転がらせる。

子守歌……は歌えないので、代わりに大丈夫と伝え続けながら頭を撫で続ける。


「すぅ……すぅ……」

「……眠ったかな?」


……返事はなく、規則正しくなった寝息だけが聞こえてきた。

そこで、わたしはようやく一息ついた。


「……やっぱり、無理言ってでもついていくべきだったかな」


突然の出張。

再会したばかりの頃のこころちゃんの状況。

ここ最近は安定していたから大丈夫だと押し切られたけど、薬が効かないのはあの頃からなわけだったし……。

考えれば考える程、自分が悪かったということばかりが思い浮かぶ。


「……」

「……くるみぃ?」

「っ!こころちゃん?」


しばらく考えていると、眠っているはずのこころちゃんの声が聞こえた。

すっとこころちゃんの方を向くと、薄目開いた状態でこっちを見ていた。


「どうかした?」

「……もう……ひとり……やだぁ」

「……大丈夫だよ。こころちゃん。私はず~っと一緒に居るからね」

「……んぅ……ほんと?」

「ほんとだよ~」

「……えへへ……すきぃ」


寝ぼけているのか、言葉がどこか幼くなっているこころちゃん。

ん~、大好き。

そんなこころちゃんを見ていると、わたしも眠くなってきた。

……反省は明日、一緒にすればいいよね。

そう考えて、アラームをセットして充電器にセットする。


「ふふっ、わたしも大好きだよ。こころちゃん」


再び眠ってしまったこころちゃんをぎゅっと抱きしめながら、わたしはそっと目を閉じた。

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