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005

「なあ、例えばの話なんだけどさ――」

 前日に引き続き、僕は中庭で四十崎と仲良く昼食を共にしていた。彼の膝の上に置かれた弁当を見たところ弁当は昨日と変わらない量を誇っている。今日は体育も、ましてや部活動もないはずだが不思議なことである。

「――君が、その場にいただけで人が消えてしまうような人間だとして、君はどうする?」

「いきなりだな。漫画にでも影響されたのか?その手袋を外したら俺が消えるって言うんじゃないだろうな?この年にもなってそれは御免だぜ?」

「いいから、いいから。そうじゃないことは保証するからさ。それで君はどうする?僕なら何の気なしに生活を送りそうなもんだけどね」

 話を逸らさぬよう僕は押し戻す。この手袋が突っ込まれる前に早急に話を戻す。

「はあ?マジで言ってんのかよ」

 嫌悪感を隠そうともせず彼はそう口にした。

「それなら、君はどうするんだい?さしずめ僕を納得させるだけの行動が待ってるんだろうね?」

「いや、納得するかは分からねぇけどさ。普通、そこは身を潜めるなり、人里離れた山奥で生活するなりするんじゃねえのか?気づかなけりゃ、それこそ普通に生活を送るだろうけどさ、一度気づいてしまえば普通には生きられないだろうよ」

「そういうもん?」

「そういうもんだ」

 そう、四十崎は断言する。

「お前だって家族がいるだろ?そんならよ、お前は家族が死んでもいいのか?」

「良い訳ないだろ。僕ならどこか遠くへ住んでもらうつもりさ」

「けっ。自分本位なのもまあ別に構わねぇけどさ、自分を優先するってのは本能的に正しいかもしれないけどさ、俺たちは人間だぜ?他人をないがしろにして生きられる訳ないだろ」

「でもそれじゃあ結局自分の境遇は変わらないじゃないか。我慢をしなくていい方法があるんなら僕はそっちを選ぶよ?」

「まぁ、そう言われたらそうだけどよ。しかしお前、少しは罪悪感とかないのか?」

「罪悪感ね。僕はそんなもの感じないと思うな」

「それじゃあ、お前はそうなんだろう。だけど、少なくとも俺は普通には生きられないな。無関係な人間を犠牲にして生きられるほど、俺の心は強くない」

「罪悪感を感じると?」

「だから、そう言ってるじゃないか」

「なるほどね。実にありがたい意見だったよ。ありがとう」

 僕は新たに一言、メモ帳に書き加えた。

「あまり楽しい話じゃなかったが、こんなんでいいならいつでも手を貸すぜ?これでもまだ借りは返せてはいないからな」

「そんなに大事だったのかい?ただの宿題だろ?」

「いや、大事なのは宿題の方じゃなかったんだ。問題だったのは居残りさせられることでな。あの日はどうしても外せない用事があったんだよ」

「そんなに大事なら先生も大目に見てくれそうなもんだけどね」

「それが人に言えるような理由ならな」

 今日の昼休みはこんな感じだった。


 四十崎の言葉を考慮に入れるとすれば、彼女は罪悪感を感じないためにあのような状態になったと考えられる。

 確かに、他人を透明にしてしまうという状況が何事もなく、理由もなく、突如として自分の身に起こったことならばそういう考えになるのも分からなくはないが、しかし彼女には恐らく明確な理由が存在する。

 今の状態になった理由が、外的にしろ内的にしろ、要因は必ずあるはずだ。

 しかし、仮にいじめが理由で人を消してしまうほどの状況に陥っておいて、自分をいじめた相手を忘れられるほどの精神力を彼女は果たして持っているのだろうか。

 まだ、どこぞの主人公のように生まれつき周囲の人間が死んでしまう能力のようなものを持っていると考える方が妥当だ。まあ、そもそもの前提が破綻している気もするけれど。

 とまあ、こんな風に色々推測は出来るが、しかしその真の理由は、この場で考えたところで分かるはずもない。そもそも彼女の外見しか僕は知らないのだから。そして、同じ中学校の人間ですらそれは同じようである。

 と、するならば。僕の好奇心を満たす――つまりは、彼女が何故今のような姿になったのかを知るにはもはや直談判しか残されていないのは明白だった。或いは、正解は思いつく可能性はないでもないが、それが果たして正解かどうか、僕には判別する手段を持たないと言った方が正しい気もするけれども。

 さて、今『直談判』とは言ったけれど、別に言葉の綾という訳でも、比喩表現という訳でもない。僕は本当に直談判を、要は交渉の席に、彼女の面前へ立たなければ、答えは得られない。僕の好奇心を満たすためにあなたの意見を聞かせてくださいと、お願いしなければならない。

 恐らく、僕は彼女の言葉通り真の透明人間になってしまうのだろう。ほとんど刹那と言っていいあれだけの時間で僕の両腕は透明になってしまったのだから、僕の全体がそうなるのは多分一秒もかからない。そして、僕はその一秒未満で答えを聞き出せるほど口達者でもないし活舌もよくはない。

 と、言うことはだ。残りの学校生活を透明人間のままで送るつもりもない僕が、無事に答えを聞き出し、そして五体満足で帰還するには、彼女の言わば枷のようなものを僕は取り外さなくてはいけない。それに、あくまで交渉の場に僕は立つわけだから交換条件は必要だろう。

 僕の好奇心を満たす代わりに、あなたを助けましょう。ってな感じで。等価交換ではないかもしれないが、恐らく僕が得る以上のものは返せるはずだ。独りよがりではあるけれども、しかし、そう思わなければやってられないというのが本音だ。

 という訳で、僕のメモ帳には新たに『彼女を助けることが絶対条件である』と書き加えた。

 何度も言うが、僕の好奇心の赴くままに事を行うならこれは絶対条件だ。前みたいなことは僕も御免被りたいのである。僕もそうだし妹もそう言った。僕のわがままで場を引っ掻き回すのはもう御免だと、僕も妹も考えている。もっとも、場を引っ掻き回すのは変わりないのだろうけれども。しかし、その場を整えれば許されようという、そういう魂胆だ。

 腹は――決まった。人間覚悟が決まればすんなり寝られるようで、およそ二日間に及ぶ徹夜の疲れが吹き飛ぶほどの快眠を僕は得たのだった。

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