うんこ置き場
あるところに、うんこ置き場と呼ばれる場所があった。随分前に家主が死んで空き家になった家の裏庭だ。
出先で便意を催した者、うんこの処理に困った者、外でうんこをすることを趣味としている者、さまざまな人間の、さまざまな理由による、さまざまなうんこがこの場所には集まるのだ。
「女の霊が出たんだ! 本当だ! もうあそこに行かない方がいい⋯⋯」
プロ野グソ師の屁歯血が言った。彼はこれまでに約94000本の野グソを野に放ってきたのだが、今回は本当にダメなのだという。
人になにか言われた時に、環境のために野グソをしているのだと強気に返していた彼がここまで言うのだ。本当に霊を見たのだろう。
「おいらも見たんだ、血だらけの女の霊を! 体中に刺し傷があった⋯⋯今思い出しても震えが止まらねぇ!」
プロうんこ捨て師の澱黄血もまた、霊を見ていた。彼は自宅でしたうんこをビニール袋に入れて持ち運び、適当なところに捨てているのだ。
屁歯血との違いは、外で尻を出すか出さないか、その一点のみである。流派こそ違えど互いにプロではあるので、仲間意識は忘れない2人であった。
「そういや、そこの家主の便蔵じいさんって、切腹して死んだんだよな⋯⋯」
町会長の柵上 顔落下夫が難しい顔をして言った。
「片思いしていた女子高生と心中したらしいぞ。その子の遺体は見つかっていないようだが、遺書にはそう書いてあったらしい」
屁歯血も事件のことを知っているようだ。
「そもそも、そこはなんでうんこ置き場になったんでい?」
会合に来ていたババア、手病井 餌吐子が不思議そうに聞いた。
「なんでも、最初にうんこをしたのは猫だって話だ。そのうんこを人間のものと勘違いしたバカ共がぞろぞろとやってきて、人がやってるなら自分もいいだろう、とそこにうんこをするようになったらしい」
柵上が怒りともとれる表情で言った。
「てぇへんだ、てぇへんだぁーっ! うんこ置き場に女の霊が出たぁーっ!」
手病井 餌吐子の夫、部羅坊が慌てて集会所に入ってきた。息を整えた部羅坊が続けて言った。
「髪がべらぼうに長くてな、潤んだ目でオイラをうらめしそうに見てたんでい!」
女の霊は泣いていたのだという。
「ごめんください。私、上水寺から参りました逸奔苦詛 稔と申します」
歳は60代後半といったところだろうか。立派な袈裟を着た、顔の長いお坊さんだ。顔の長さは約60cm、まるで一本グソのような美しいフォルムをしている。
「おお、来てくださいましたか、さぁさぁこちらへ。お抹茶とヤクルト、どちらが良いですかな?」
町会長の柵上が歓迎している。彼がこのお坊さんを呼んだのだ。
「ふぅ、美味い。生きて腸まで届きますように⋯⋯さて、早速現場に向かいましょうか」
「はい、よろしくお願いします! 案内しますね」
町会長はそう言うと、村の皆を集め、お坊さんを連れてうんこ置き場へ向かった。
「やっぱり居る!」
プロ野グソ師の屁歯血が言った。
「ほう、皆さんにも見えるのですね。ということは、相当強い怨念を持っていると思われます。皆さんはこれ以上近付かないようにしてください」
そう言うとお坊さんは数珠を手に持ち、何やらお経を唱え始めた。
「そうですか」
「それはお辛かったでしょう⋯⋯」
お経の合間に、皆にも分かるような言葉が挟まれている。会話をしているのだろうか。
「はい、では⋯⋯」
お坊さんがそう言うと、女の霊はにっこり笑って消えていった。
「このうんこ置き場の下には、女性の遺体が埋まっています。すぐに掘り起こして供養してあげてください。魂はもう天に昇りましたが、肉体の穢れを落とすのが目的です」
それを聞いた皆は驚いていた。まさか自分達がうんこをばらまいていた下に女性が埋まっていたなんて、と申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。
「ここの家主が殺して埋めたのだろう⋯⋯悲しい事件じゃ」
町会長の柵上が悲しそうな顔で言った。
「今の女性の霊に聞いたのですが、最近皆さんの前に現れていたのは、自分を見つけてほしいと必死に訴えるためだったそうです」
お坊さんの話を聞く皆の顔は、とても悲しい顔をしていた。
「滅多刺しにされて殺されて埋められて、猫にうんこされて、人間にもいっぱいうんこされて、さすがに幽霊でもこれは我慢出来ないわ、と言っていました」
「うわあああん」
「ごめんよおおお」
「済まなかったあああ」
皆涙を流し、自分の過去の行いを悔いている。そこに女性の遺体が埋まっていると知らなくとも、そこにうんこをしてしまったことに変わりはないのだ。
女性の遺体は無事に掘り出され、寺で供養された。それからも、うんこ置き場はうんこ置き場としての機能を果たしてゆくのであった。