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5 感服、魔法使いのお手並み

 結婚式当日。

 アルは黒い魔法使いの正装で式場となっている聖堂へと向かった。

 何故か同行するリス一匹。魔法使いの肩に乗る身として、お揃いの黒いマントを作ってもらった。

 でも、獣が嫌いなカタリーナ様に見つかって、扇を投げられるのはごめんだ。とっととどこかに隠れようとしたら、アルのマントの内側には小さなポケットがあって、その中に突っ込まれた。

 このポケット、リス用に特別につけてもらったらしい。中はふわふわで、サイズもぴったり。でも外が見えない。じたばたしていたら、

「見たいなら、見せてあげよう」

 アルがマントの上から撫でると、真っ暗なポケットの中に会場の風景が浮かび上がった。アルの胸よりずっと高い位置から見下ろしてるみたいな景色で、邪魔な他の人の頭もなく、絶好のポジション。

 魔法って、便利。


 黒い正装の魔法使いが正面の祭壇に顔を向けて立っている。マント姿の背中。静まる会場。

 そこへ向かって、白いウエディングドレスのカタリーナ様が、伯爵様と一緒に歩みを進める。

 父である伯爵様の手を離れ、魔法使いの横に立つ花嫁。

 司祭が口を開けた途端、声が歪んで聞こえた。

「アル×××・リ××、あなたは、カタ×××妻とし、×××、×××…」

 何か耳がおかしいのかな、ちゃんと聞こえない。

 司祭の言葉に続き、魔法使いが永遠の愛を誓う。

「はい、誓います」

 魔法使いの言葉は、ちゃんと聞こえる。

 続いて、

「カタリ××・××××ティ、あなたはアル×××を夫とし、×××、…×××」

「はい、誓います」

 はっきりと答える、カタリーナ様。

 ヴェールがめくり上げられ、大きな青い目が魔法使いを見た途端、さらに大きく見開かれた。

「え???」

 その声を塞ぐように、魔法使いが誓いの口づけを交わし、リンゴーン、リンゴーン、鳴り響く鐘。

 聖堂に響く拍手の音。

 呆然とするカタリーナ様。

 ヴェールから顔が離れ、満面の笑みを浮かべているのは、

 あの魔法使い。私にへっぽこな魔法をかけた、あの!

「な、…なっ…、なん…、どうして、アルベルトが…?」

 ドロヴァンティ伯爵が、しぶしぶ笑みを見せながら拍手。夫人と姉のイザベッラ様はそれなりの笑みを浮かべて拍手。伯爵家のご親戚の皆さんは、首をかしげてるけど、ずいぶん前に送られていたはずの招待状の名前は、「アルベルト・リカルディ」になっていた。キラキラ光る虹色の名残…。魔法で書き換えたな。

 新郎、アルベルト・リカルディ。

 イニシャルが一緒だ。こんな偶然、ある?

 リカルディ子爵家の皆さんは、大喜び。

「約束通りだね、カタリーナ。君と結婚できて嬉しいよ。幸せにするからね」

 ポケットから出て、アルの肩に乗ると、アルがいたのはリカルディ家のご親戚方がいる席の最後尾で、正面にいる二人に心からの拍手を送っていた。


 カタリーナ様は予定通り結婚式を挙げた。

 元婚約者の同席する中、結婚をほのめかし、体よくこき使っていたへたっぴ魔法使い、アルベルト氏と。

 …何ですか、この茶番は?


 アルの家に戻る馬車の中で、事の成り行きを教えてもらった。


 私が魔法をかけられた経緯のリプレイに映っていた、カタリーナ様の不義。

 私は気がついてなかったけど、あの奥に、あの場面を目撃していた伯爵様が映っていたらしい。

 アルはあの続きを見ていた。

 魔法使いの男が帰った後、伯爵様はカタリーナ様に男との関係を問いただした。


 結婚したくない訳じゃない。

 カタリーナ様は、アルがいい、と言うより、魔法騎士団副長がよかった。欲しかったのは夫になる人の肩書きで、人間はそれ程こだわってない。厳しそうなアルよりも、むしろあの魔法使いの方が甘やかしてくれる。しかし、天秤にかければ、将来有望な魔法騎士団副長夫人となることに傾いていた。

 伯爵様も、伯爵家出身の魔法騎士団副長こそ娘の嫁ぎ先にふさわしい、そう信じていた。

 カタリーナ様は、予定通りアルフォンソ・リゴッティと結婚し、あの男とは手を切る。そう答えた。


 さらに式は延期できない事情があった。

 カタリーナ様は、あの魔法使いとの火遊びでお子様ができちゃったらしい。

 このところのカタリーナ様の異様な荒れ具合には、自分のしでかした事への恐怖もあったのかも知れない。

 どうしても早いところ式を挙げないと、子供が生まれた時の日数が合わなくなる。魔法騎士団副長と結婚するなら、このタイミングを逃す訳にはいかない。

 騙しきろうとしたけど、魔法使いアルフォンソ・リゴッティは騙されなかった。


「婚約は破棄がいいですか? 解消がいいですか? お好きな方を選んでいただいて構いませんよ」

 カップを割った件でアルとの話し合いにやってきた伯爵様は、カタリーナ様と魔法使いの男との関係を問われた。さらには魔法検証で子供を身ごもっている疑いがあることを告げられると、伯爵様は破棄の理由を世間にさらけ出されるのを恐れ、解消を選んだ。

 伯爵様は、カタリーナ様のお相手が子爵家の次男だと知ると、格下とは言え一応貴族、許容範囲と判断した。

 片や、リカルディ子爵家も伯爵家のご令嬢との縁を逃すことはなかった。

 元婚約者の勧めるまま新郎を入れ替えての挙式続行が決まり、リカルディ家の協力の下、あっという間に段取りが組まれた。


 リカルディ家にとっては名家の令嬢で、息子の気に入った人だし、引き取った限りは、大事にしてくださるに違いない。

 カタリーナ様も、一生嘘をつき通すよりは、ずっと心穏やかに生きていけるのではないかな? わがままさえ言わなければ。


 めでたし、めでたし、な中で、唯一めでたくないのが、この私。

 結局、私は迷惑な二人にしてやられたまま、このままリスとして一生を終えるしかないのか。

 アルの手に包まれ、膝の上でがっくりしていると、一通の封筒が差し出された。

  「 何これ? 」

「君宛だけど、開けていいかい?」

 こくりと頷くと、アルは私を向かい側の座席に置いた。

 そして赤い蝋の封を開けると、開いた便せんから文字が飛び出して馬車の中に広がり、聞いたことのない音に変わった。へっぽこな魔法使いのへたっぴな呪文みたい。

 一転して、文字が花のような、虹のような光に変わり、ゆっくりと舞い落ちてくるのを見ているうちに視界がどんどん高くなって…

 アルの顔が目の前にあった。目と目が合う。

 も、もしかして、人間に戻って…

 アルの視線が、顔からゆっくりと下にむけられ、途端に赤くなった。

 ??

 …!

「ひゃああああああああああっ!!!」

 全裸の自分に悲鳴を上げて、膝を寄せ、手で胸を隠すと、すかさずアルが指をパチンとはじいた。

 あのリス用の小さなマントが大きく広がり、体に巻き付くと、そのまま黒いドレスになって私を包んだ。

 そ、そういう仕掛け、準備してくれてはいたのね。…にしても!

 アルは、自分の顔を片手で隠しながら、窓の外に目をやっていた。

「…ごめん。タイミング、間違えた」

 この後、私は希代の天才魔法使いを魔法の不手際(?)で説教するという、大変レアにして不名誉な機会を与えられたのだった。


 あのへたっぴ魔法使いから解呪の言葉を手に入れるのは、ずいぶん大変だったらしい。

「二人を祝福する気はなかったんだが、あの男に言うことを聞かせるには、あの女との結婚をちらつかせるしかなかったからな…。まあ、ごねられもせず婚約解消できたし、これも必然か」

 その魔法を、ちゃんとしたきれいな魔法に仕立ててくれたのはアルだった。

 アルのおかげで、人間に戻れたんだ。

「ありがとう。アルがいなかったら、私一生リスだったかもね」

「あの時は迷わず解呪を選んだけど、…今思えば、リスのままでも良かったかな」

「えっ」

 せっかくお礼を言ったのに、何てこと言うんだろう。

「リスなら服を着てなくても平気だし、撫で放題だし…」

 ゆっくりと伸びてきた手が、恐る恐る私の横髪を撫でた。か弱いリスを触るより慎重で、丁寧だった。


 アルの家に戻ると、カタリーナ様の荷物は影も形もなくなっていた。式が始まる前にとっとと転送魔法でリカルディ家に送ったらしい。

 中庭に積んどいたって言うけど、夜には雨が降りそう。大丈夫かな。

「魔法使いがいるんだ。何とかなるさ」

 なるかなあ、あのへっぽこ魔法使いで。

 カタリーナ様のものになるはずだった部屋はすっきりと片付き、アンティックな家具が置かれていた。恐らく元々この部屋にあった物なのだろう。部屋に馴染み、落ち着いた雰囲気になっている。

「君はもうドロヴァンティ家から解雇されてるから、戻ることはできないよ。このままこの部屋を使うといい」

 私の荷物が運び込まれてる。トランク一個だけだけど。

 解雇か…。そうだよね。一週間も失踪してた訳だし。

 すぐに再就職先が決まるなんてありがたい。でも、

「こんな素敵な部屋、使っていいの? 待遇は侍女?」

「まあ、侍女でも何でも。かわいがってたリスがいなくなって落ち込んでるところだから、リス経験者は優遇するよ」

「承知しました、旦那様」

 伯爵家仕込みの礼を見せたのに、

「敬語禁止。今まで通り、俺のことはアルで」

 それって、侍女じゃないのでは?


 魔法使いにとって、全ては必然。

 そう言ってアルは笑う。

 虫にされたはずが、間違えてリスになったのも。

 たまたまたどり着いたのがリゴッティ家だったのも。

 その日たまたま、その時間にアルが家にいたのも。

 アルがカタリーナ様の婚約者だったのも。

 そしてアルがカタリーナ様よりもリスがいいと思ったのも。

 全ては、必然、全ては、運命…


 果たして、運命のリス、エリィを超える運命はあるかな?



お読みいただき、ありがとうございました。


よもやよもや、これを書いた週末に買った本にリス人間の裸という、おもくそかぶった設定がありました。くおおお。

話は全然違うんですが、かぶった痛さに、しばらくボー然。何故かこっぱずかしい。


ハムスターと迷ったんですが、でも、クルミを食べるのはリス。リスでないとマントは思い浮かばなかった。リスは必然だ!

変身ものに()はお決まり?? てへっ。

…頑張って、オリジナリティを模索していく所存です。


誤字ラほか、多数修正しました。

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