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2 安堵、飼われる幸せ

「捕まえた!!」

 突然体を拘束されて、飛び起きた。

 うお、うおうお、体が動かない。

 何事、何事??

 左右に体を振り、抜けられないけど、体を締め付けるものをがじっと噛んだら、

「いてっ」

と言う声がして、拘束が緩まり、体が落ちた隙に全速力で逃げる。

 人間だーっ!

「まて、こら!」

「そっち行ったぞ」

「ああ、逃げる! こいつめ」

 ばたつく足、伸びてくる手と思われし巨大な壁。時々掴もうとぎゅっと握りしめるのが恐い。

 机の柱によじ登り、ジャンプして向こうの床に着地。

 おお、我ながら身軽! 楽しーい。

 よし、このままダッシュで、逃げ切るぞ!

 と思っていたら、足が地面に着かなくなり、宙をかく。

 ジタバタジタバタ、空中でもがいていると、人の顔の高さまで体が持ち上がっていて…

 人間と目があった。

 浮き上がっている私を捕まえる、と言うより、私の下に手を添えて、そのままシャボン玉でも受け止めるかのようにゆっくりと降りてきた私を手に取り、きゅっと閉じた手は締め付けもせず、ふんわりと優しかった。

「…何でリスがいるんだ?」

「だ、旦那様」

 この家のご主人か。

 今、体が浮いてたって事は、…魔法使い?

「荷物の中に紛れ込んでいたんです。ちょっと野菜も喰われていて…どこから入り込んだのやら…」

「腹減ってるのか。…よし、こいつは俺が預かろう」

 親指で優しく撫でられるのがなかなか心地いい。

 …さっき、リスって言わなかったっけ?

 リス…。リス?

 虫じゃない。私、リスになってるんだ。

 言われてみれば、体ふわふわだ。手に触れる尻尾は立派だし、確かに、これはリスかも。

 それでネズミと間違えられたのか…。虫よりは近いな。

 この人、悪い人じゃなさそうだし、多分、リスなら喰われはしないだろう。無碍に殺されることも…ないと、いいな。


 何やら部屋でごそごそと探し物をするような様子の後、下ろされたのは、きれいな布を敷いた籠の中。

「大人しくしてろよ」

 言われるまま、ちょこんと座って待っていると、目の前に差し出された手の上には、

 クルミだ!

 人間だった時からの好物。リスになった私にとって、これほど魅力的な食べ物があろうか。

 誘われるまま、手で掴んで口に頬張った。

 う…

 うまい。

「うまいか?」

 うまいうまい。

 お、お兄さん、笑うとかわいいね。リス好きの人で良かった。

「腹一杯になったら、外に出してやるから。もう一粒喰うか?」

 外に…。

 そうだよね。どう考えたって、野良リス、だもんね。

 外で暮らすのが幸せだと、そう思うよね。

 がじがじ。

 クルミをかじりながらも、これを食べきったら追い出されるのか、と思ったら、食べてしまってはいけないような気になってきた。

「何だ、急に元気がなくなったな。外に出たくないのか?」

 こくこく。迷わず頷く。

「何だおまえ、人の言葉がわかるのか」

 こく。わかるとも。

「人に飼われていたのか?」

 飼われていたというか…。

 机の上にペンを見つけ、引き抜こうとしたら、さっとお兄さんが引き抜き、手渡してくれた。

 でっかい。しかし、持てないことはない。

 下に敷かれた紙の上に乗っかって、ゆっくりと、大体な感じでペンを動かす。

   そと  こわい

 お兄さんは、目を見開いた。

「字が書けるのか」

 こく。

「ずいぶん仕込まれたもんだな。サーカスのリスか何かか??」

 首を横に振る。

 そんなサーカスあったら、見てみたい。

「名前は?」

 名前…。本当の名前を言ったら、戻った時に困るな。うーん。とりあえず、

  エリィ

「よし、エリィ、飼い主が見つかるまで、しばらくここに置いてやるから」

 飼い主。ペット扱いか。まあ、そう思うよね。

  いない

「いないのか。…逃げてきた訳でもなく?」

 ぎくっ。

 思わずペンを落とすと、ぷっと吹き出した。

「わかりやすい奴だな。…そうか。じゃ、しばらくかくまってやろう。よろしく、エリィ。俺はアルだ」

 アル。2文字か。書きやすくていいね。

 ペンを拾って、

   アル

と書くと、リスに名前を書いてもらったアルはとてもご機嫌になった。


 幸い、籠に閉じ込められることもなく、アルの書斎で過ごすことを許された。

 自由に歩き回って、部屋の中を一通り探索した後、差し出された腕から登って肩まで一気に駆け上がり、人間時代の自分よりも少し高い目線から見下ろす世界は、なかなか新鮮だった。


 夕食も同席して、とりあえず一口大に切った物をいろいろ並べられた。

 メインは木の実。野菜も食べられる。豆もいける。肉も食べられる。あ、桃もある! リスって雑食だったんだな。

「うまいか?」

 こくこく。 ご満悦です。

 感謝の気持ちを笑みにしたいけど、笑っても通じない。

 それなら、と、手に頭をすり寄せて感謝を示してみた。

 これはうまく伝わったようで、アルはもちろん、給仕を担当していたお兄さんも目を見開いて、うらやましいなあ、という目で私を見ていた。…スリスリしてほしい?

 ちょっと高齢の執事さんっぽい人が、

「お飼いになられるので?」

と聞いてきた。

「ずいぶん人に慣れているようですので、どこかで飼われていたのでは?」

「何か訳ありらしい。しばらくかくまうことになった」

「かくまう、ですか」

 執事さんは、びっくりしたような顔をしながらも、笑顔を見せた。

「それはようございますが、新しい奥様は動物はお好きでしょうか」

 おやおや。アルは結婚するんですか。

「嫌いなら、書斎で世話をすればいい」

 まあ、私も五日もすれば元に戻れるといってたので、すぐに嫁に来なければ迷惑をかけることはない予定。

 よろしくお願いします、と、執事さんにも深々と頭を下げた。

 スカートの代わりに腹周りの毛並みを掴んで、お辞儀をしたのが面白かったのか、くっくっく、と笑い声を上げた。

「もし、奥様と相容れないようでしたら、私が引き取ってお世話をしてもよろしゅうございますよ」

 すると、アルはちょっと不機嫌になって、

「俺が世話する」

と言って口をとんがらせてた。


 昨日とは違って、今日はちょっと安心して寝られる。

 おなかもいっぱいになった。

 明日はアルは朝からお仕事らしい。ちゃんと働いているのはいいことだ。


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