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1 恐怖、虫になる魔法

 私のお仕えするドロヴァンティ伯爵家の次女、カタリーナ様は、ちょっと気性が激しめな方。

 キラキラと光る黄金色の髪、大きくて少しつり目な青い瞳は、内に秘める苛烈さに比べれば、美人特有の気高さと思わせる程度にしか見えない。

 しかし、ちょっと腹を立てると、本や筆記具、カップを投げるのなんか日常茶飯事で、時には熱いお茶をぶっかけ、やめた侍女は近日両手では足りなくなりそう…。

 私は本来は長女のイザベッラ様付の侍女なのだけど、カタリーナ様が癇癪を起こすたび、次の侍女が決まるまで、しばしばつなぎをさせられていた。

 仮にも伯爵家の侍女だもの。それなりの人をつけなければいけないけど、回を追う毎になかなか次が見つからなくなっている。既にカタリーナ様の悪評は広まっているのかも知れない。


 そんなカタリーナ様にも縁談があり、運のいいことに、そのお相手をカタリーナ様はたいそうお気に召した。

 アルフォンソ・リゴッティ様。

 リゴッティ伯爵家の三男にして、魔法騎士団副長。私は見たことないけれど、噂によれば黙っているとちょっととっつきにくそうで、言い方を変えるとクール。剣技はもちろん、魔法もかなりできる方で、背が高くがっしりとした体格、見目も悪くない。少々年は上ながら、なかなかの優良物件。旦那様のごり押しだったと聞く。

 そりゃもう、カタリーナ様からすれば、みんながキャーキャー言うような人を夫にできる訳だから、鼻高々で超ご満悦。

 最低でも、結婚してしまうまではずっと猫をかぶりきっていただきたい。ドロヴァンティ家の人間は、ひたすら願い続けていた。

 家格も同程度だし、一応カタリーナ様は美人だし、向こうもまんざら悪い気がしなかったようで、この縁談はトントン拍子に進み、無事婚約、幾分かの交際期間を経て、ご成婚まであと一週間。

 概ね順調な中でも、多少はマリッジブルーもあるんでしょうかね。

 その日は朝からイライラし通しで、飾っている花が一本しおれてる、から始まって、飲み物を出すタイミングが悪い、手袋にシミが残っている(自分でつけたシミ…)、リボンが気に入らない、あのアクセサリーじゃなきゃ嫌(昨日自分で壊しました)、と難癖の連続。挙げ句の果てにインク壺を侍女に投げつけ、顔にインクをかけられた侍女は大泣きし、またしても侍女はお暇をいただく宣言をして出て行った。

 いやあ…こんなことで、大丈夫? 後はリゴッティ伯爵家にお任せでいいのかな? なわけもなく…

 旦那様もさすがに頭を抱えて、珍しくカタリーナ様に苦言を呈された。

 それは、周りからすれば王女殿下にそっとご進言される爺のように優しさに満ちあふれていたけれど、普段旦那様から叱られ慣れていないカタリーナ様にとってはかなりショックだったようで、旦那様の前ではうなだれ、

「はい…」

と言って涙ぐんでいたものの、心の中では怒り心頭。そして何故か私がチクったせいだと勘違いしたらしく、その日の夜、邸の一室に呼び出された。


 扉を開けると、…えっ?

 …自分ちですよ? 自分ちに、結婚1週間前に、夜に、他の男と一緒にいる???

 驚いて、醜聞になる前にとっととお帰りいただこうと慌てた私に対し、その男はカタリーナ様の肩を抱き、

「よくもカタリーナをいじめやがって。おまえのような女、許せるもんか!」

と、姫を守る騎士のごとく、勝手に盛り上がっている。

 カタリーナ様は、男の背後で、あっかんべーしてる。

 よく見れば、男は魔法使いのローブを着ていた。

 男は怪しげな瓶の蓋を開け、私に向かってまき散らした。よけようとしたけど、幾分かかかってしまって、ちょっと臭い。

 続いてマニュアルらしき紙を見ながら、なんともたどたどしく、怪しげな呪文を唱えると…

 目の前から二人が消え、真っ暗になった。

「あ、…あれ?」

 男の声は、少しうろたえていた。

「いなくなるんじゃないんだけど…。ちょっと虫に姿が変わるだけなんだけど」

 む、…虫!!!

「きっとどこかに飛んで行ってしまったのよ。ざまあみろだわ、私のこと馬鹿にして!!」

「五日ほどで効力が切れて、元に戻るはずだし、ま、いいか」

 …ま、いいか??

 良くない、良くない!

 大慌てな私を完全無視して、カタリーナ様と魔法使いは部屋を出て行った。…ような音がした。


 暗闇に閉ざされ、何やら上にかかっているものをたぐり、ようやく出口を見つけた開放感にほっと息をつくと、わずかな月明かりに照らされた部屋の中、巨大な建物を思わせる大きな家具達、椅子の脚と思われる柱も自分の体より大きく、座面は遙か彼方。今まで自分がかぶっていた布は、自分の着ていた服らしい…。

 明らかに、小さくなっている。

 …虫…?

 私、もしかして、…虫に…

 きゃーーーーーー!!!

という悲鳴さえ声にならず、

  きゅきゅっ

という、甲高い謎の音が口から漏れる。

 歩けばとことこと軽い音。

 閉まった扉は開けられない。もちろん、ドアノブに届く訳がなく…

 とりあえず、自分の服らしき布を布団にして一夜を過ごした。


 翌日、外がなにやら騒がしくなり、扉が開いたのを機に、ダッシュで部屋から飛び出した。

「きゃあああ、ネズミ!」

 メイドのアデーレの悲鳴をかわし、廊下をダッシュ。誰かが走ってくる音に怯えながら、近くの壺の影に一旦避難。

 はあ、はあ、はあっ。

 アデーレの叫び声に、どんどん人が駆け付けてくる。

「エリアナさんの服がっ」

「な、何だって! エリアナさんは!」

 まずい。私が失踪したことになっている。しかも服だけ残し…全裸で???

 わああああ、もうお嫁に行けない!

 人があの部屋に集中する間にその場を離れ、とりあえず屋敷からの脱出を試みた。


 途中、厨房の横を通り、昨日の昼から何も食べていないことを思い出した。

 な、何かお恵みを…

 キャベツの端でもいい。豆の一粒でも落としてくれたら…

 あった。にんじんの葉っぱ。

 この際、何でもいい。虫としてでも五日間は生き延びなければ。

 …結構おいしいかも。虫になったら、嗜好も変わるのかな。

 調子に乗ってバリバリ食べてると、

「わっ、ネズミだ!」

 またしてもネズミ呼ばわりされ、馴染みのシェフがお玉を箒に持ち替えて追いかけてきた。

 調理台の周りを三周し、開けっぱなしになっていた扉の中に入り込むと、近くにあった箱の中に体を突っ込んだ。

 こ、こ、殺される。害虫には死だ。私だってそうしてきた。だからあいつらは私を虫にしたんだ。む、虫、殺、虫、殺、

 ガタガタ、と音がして、人が入ってきた。

「それじゃあ、今日の分、ここに入れときますんで。空き瓶、引き取りますねー」

 がたん、と、身を隠した箱が持ち上げられ、とりあえず落ちないよう必死にしがみついた。

 そのまま運ばれて、明るい日差しの外へ…

 箱が荷馬車に置かれても決して身動きせず、でも実際には体はブルブル震えていた。

 恐いよう、恐いよう、人間恐いよう。

 幸いにして、私の姿は見つかることなく、荷台を覆うように布がかけられ、ガタガタと荷馬車は揺れ始めた。


 慣れてきたので荷馬車内を探索してみる。

 こうしてみると、荷馬車は広い。

 いろいろと箱が置かれていて、この箱は空き瓶だけだけど、隣の箱には野菜が入ってる。いも3種に、たまねぎに…。

 次の箱は??

 これも野菜だ。あ、生で食べられる葉っぱがある。豆も。わ、桃まで入ってる。ラッキー!

 お金持ちの家に納品されるのかな。まあ、ドロヴァンティ家に出入りできるくらいのお店だもん。それなりのお金持ちの家に行くよね。

 配達の品をあんまり駄目にしても悪いので、桃も食べたかったけど、我慢して葉っぱだけいただく。

 ん?? そう言えば、私、歯があるわ。虫も歯があるのね。

 手も、…ちゃんと手がある。掴める手。ちょっと短いけど。

 何の虫だろう。…あんまり想像、したくない。


 外はいい天気で、何だかぽかぽかして、気がついたら野菜に紛れて箱の奥でグウグウ寝ていた。


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