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縛心放天の鎧 5

仕事の事情や他の作品との兼ね合いで更新止まってましたが再会します。

「それでは子爵、よろしいでしょうか」


 件の鎧が本来飾られている場所である広間に室長の低い声が通り、その時間が来たことを告げる。


「ええ、どうぞ始めてください。いやぁ楽しみですね」


 ワクワクしている子爵と当然の様にいる奥方たちからの許可を得て、室長からの目配せに頷き立ち上がる。一瞬ふらついたが根性で何もなかったように振舞った自分をほめてやりたい。


 ふらついた理由は言うまでもなく寝不足だ。徹夜作業にもすっかり慣れたけど眠いものは眠い。

一分一秒でも早く終わらせたいと思う気持ちを愛想笑いという仮面の下に押し込めて欠伸(あくび)を噛み殺す。それにしても徹夜に慣れたなんて二度と使いたくない言葉だよ、クソッたれ。


「……それでは、キシリール子爵が保有する魔法の鎧『縛心放天(ばくしんほうてん)の鎧』をマテリア王国武具図鑑に掲載するにあたっての注釈文を、王立学術研究所資料編纂室副室長であるサイクス・ペディアが披露させていただきます」


【縛心放天の鎧】

キシリール子爵、アンサンド家に伝わる魔法の鎧。着用した者の嘘を許さず、自由への渇望や心の奥に隠した感情を引き出す『嘘をつけなくする』という魔法術式が刻印されて『いた』。

過去形になっている通り、現在では魔法術式に異常が発生しており本来の使い方はできず、着用者はただただ自由を求めて暴走することになる危険な鎧と化している。

戦場において最も直接的に身を守るものといえる鎧でありながら戦闘に関連するものでない魔法がなぜ込められていたのか、永い時を経た現在では明確な答えは遺されていない。しかし、キシリール子爵領が地理的要因により多種多様な人種が集まる場所であることを鑑みるのなら、一つの推論が立てられる。

多人種が住まう地を治める者に求められたのは、武力ではなかった。おそらく真に求められたものとは、すべての人種に対して平等に接する覚悟、あるいはどんな相手であろうと腹を割って話す誠意だったのであろう。

 縛られた心を天に解き放つ。それはつまり、己の心の全てを白日の下に晒すということなのだから。


「……以上です。ご不満やご指摘等ございましたらお申し付けください。適宜訂正をさせて頂きます」


 どうだ、満足か? 満足と言え! 満足と言ってください!! 撲ぁもう眠たいんだよ、訂正なんてさせてくれるな頼むから!


「いいですね、素晴らしい。こういうのをドンピシャ、というのでしたか。私が期待し、望んでいたすべてがありました」


 よっしゃぁあああああ!! いいぞ子爵、表情には出さないけど僕はあなたのこと大好きだよ! 一発で合格を出してくれる依頼主は神様だ、気分的には国王陛下よりも崇拝したくなる。だからそれ以上口を開くな! ただ一つ、って言うなぁ!


「文中に出ていた鎧の由来についての推論ですが。なぜ武力ではなく覚悟や誠意だと考えられたのでしょう? 何か根拠や証拠があれば教えて欲しいのですが」


 ああ、それね。だったら僕じゃなくて実際に調べた上で『楽勝で終わる』と確信し遊び惚けていたマーポルに説明してもらおうか。そして僕はさりげなく座らせてもらうぜ。


「簡単なことだ、子爵殿よ。覚悟と誠意。この二つを貴公の家系が重要視していることなど、子爵家の歴史を少し調べればすぐに分かったとも」

「ほう。ではその理由とは?」

「奥方だ」


 キッパリと断言されたその言葉に、子爵の隣で侍っていた奥方たちがあらやだと悪戯っ子のように笑いながら旦那の方を向いた。


「子爵家の当主は代々複数の妻を(めと)っていたようだが、その女性たちは人種がバラバラであった。しかして歴代の当主は皆が愛妻家として知られており、すべての妻を平等に愛した。それは貴公も同じだ。そうであろう、兄弟?」


 ニヤリと笑うマーポルに対して、同じような笑みで返す子爵。そう、子爵の奥さんたちって全員が髪の色や目の色、肌の色なんかが違うんだよね。商業の中心として大発展! とはいかない微妙な地理だけど、ある意味ではだからこそ無用な争いも起こらず多人種が安心して集まれる場所なのがこの子爵領なんだ。


「複数の、それも人種の違う妻を迎え入れかつ心から平等に愛する。これほどまでに覚悟と誠意を求められることがあろうか。自慢ではないが私は五人の女性を同時に愛した結果、わが愛の不足ゆえか五人全員に袋叩きにされて死にかけたことがあるぞ」


 本当に自慢になってないからやめろ、それが原因で編纂室に来ることになったんだろうが。クビになる寸前のところを室長が引き取ったんだけど、何でまたこんなの拾ったのかいまだにわからないよ僕は。


 それでも子爵の反応からするに、マーポルの読みは当たっていたようだ。まあねぇ、妻帯者の知り合いとか見てると嫁さんを持つのは1人でもすごく大変みたいだもん。財布を握られたり、ちょっと遊んできただけでめちゃくちゃ怒られたりさ。職場の女の子と飲んでただけで刺されたやつもいたな、アレは特殊な部類だろうけど。


 チグサも彼氏ができては別れを繰り返してるようだし、なんだかんだ男女の付き合いってのは双方ともに辛抱なのかもね。あーやだやだ、だから僕は結婚とかに興味が湧かないんだ。


「さすがは王国内で最高の頭脳が集まると言われる学術研究所の方たちだ。目の付け所が違うといいますか、それだけのわずかな情報でこちらの背景を見抜くとは。いやはや恐れ入りました」


 どれだけ大量の情報があろうと、その中で使える情報はたった一握り。その少しの使える情報を可能な限り膨らませて話を作るのが今の僕らがやっている仕事だ。

 もうね、なんとなくわかるんだよね『あっ、このネタは使えるな』ってのが。先祖代々系の武具はまず何を置いても家史を遡って、どっかのご先祖さんがいい感じの武勇を持ってないかとか調べるもん。そりゃ何代にも渡って一夫多妻でしかも奥さんは人種がバラバラなんて嫌でも目につく。


 武具図鑑の編纂というか注釈文づくりを始めて半年が過ぎたんだけど、どう話を膨らませればいいのか皆目見当もつかない武具なんてそりゃもうたくさんあったんだ。ネタをみつける嗅覚はホント大事なんだよ。


「では子爵殿、こちらの文で『縛心放天の鎧』を武具図鑑に掲載させていただきます。この度は部下が大変ご迷惑をおかけしましたこと、改めてお詫び申し上げます。今後はより一層力を込めて指導いたしますので、どうかお許しを」


 ひぇっ! とアホとクズが小さく息を吞んだ音が聞こえたが、まぁその気持ちは分かる。一層力を込めるって、比喩とかじゃなくて物理的に力を込められるからね。具体的には今度喰らうゲンコツは今までのよりもう一段階痛いだろう。僕が喰らったら多分頭が割れるな。


「いえいえ。マーポル殿もチグサ殿も個性的な方で、むしろここしばらくは楽しくて仕方なかったくらいですよ。……本人を前に言うのも何ですが、チグサ殿が鎧を着て行方不明になった時はいっそこのままでもいいかもしれない、と思ってしまったのです。それというのも……」


 嘘だろオイ、ここから回想に入るわけ? ちょっとちょっと、そういう引き延ばしはダメだと思うんですよ。え、マジ? 時間がかかるなら僕はもう別室で寝たいんですが。ああダメですかそうですか、わかったんで睨まないでくださいよ室ちょ……


「あのぅ、その話って長くなりそうですはぎゃっ! ひ、ひははんだ! ひははひまひはほぉ!」

「子爵殿がお話になってんだろうが。おとなしく黙って聞け、アホゥ……!」


 地獄の使者っていうのがいたら多分こんな喋り方をするんだろう。そんな恐ろしくドスの効いた声で叱られたチグサが口を押さえて姿勢を正したのを見て、僕もかしこまり度を一段階引き上げた。

 が、眠いものは眠い。食欲と性欲と並び称される人間が最も我慢できない欲の一つが睡眠欲だという。

そんな眠気に対抗する手段はいくつかあるが、この場面で手っ取り早くとれるものはただ一つ。すなわち痛みだ。


 てなわけで見えないようにコッソリと内腿(うちもも)をつねって痛みで眠気を飛ばすことを試みる。……ダメだ、眠い。頬の内側を思いっきり噛んでみるか? いやでもこの前それで力を入れ過ぎて口の中がどえらいことになったからなぁ。


(……眠気覚ましですか? 手伝いますよぅ)


 顔は子爵の方を向いたまま、ヒソヒソ声で隣に座っていたチグサが話しかけてきた。おお、小さな声で話すことを覚えたか。まあ次やらかしたら今度こそは室長の一層力を込めた鉄拳が炸裂するからな。

 ……いやちょっと待って、手伝うって何するつもりだお前。そのそぉっと僕の背中に回した手で何をしようというの痛だだだだだだだ!?


「もっ……がっ……あがっ……!」


 壮絶な痛みが背中を中心に全身を駆け巡る。一瞬で我慢をすべきものが眠気から悲鳴へと変貌し、口内環境などと(のたま)ってる場合かと思いっきり噛んだ頬からは鉄の味が(にじ)み出てきた。

 こんのアホが、鬼人の力で背中を思いっきりつねくりやがったな!? 大丈夫か僕の背中、後で見たら指の形に肉が抉れたりしてないか!?


(ばっちり目が覚めたみたいですねぇ。お礼は後ででいいですよぅ)

(どうも寝ぼけてんのは僕じゃなくてお前みたいだなドアホ……!)


 ダメだ、欠伸じゃなくて涙が止まらなくなってきた。痛みを我慢するのに必死で結局子爵が何言ってるのか微塵も頭に入ってこないよ。


「と、いうわけでして……こんな話に大粒の涙をこぼしてもらえるとは。ありがとうございます、サイクス殿は優しい方ですね。しかしどうかお気になさらず、私の祖先たちも悔いはなかったでしょうから」


 背中の痛みに涙していたら子爵にとても優しい笑顔でお礼を言われてしまった。これはある意味ではチグサがナイスアシストをしたと言えるのではないか? ……否、断じて否。チグサがそこまで頭の回るやつなら僕と室長はもう少し楽ができているはずだ。


 正直なところ僕も自分が世間一般でいうところの『普通の人』とは体質を除いてもちょっと変わっていると自覚している。だけどマーポルやチグサを見ていると、僕までボケだしたら多分室長は頭の血管が切れて死ぬだろうなという思いがこみ上げてくるんだ。


 だから僕は周囲のダメ濃度が高すぎる時にはあんまりバカをやらないように自制している。全員が好き勝手やったら収拾がつかないし、収拾がついた時にはもれなくバカでかいタンコブができているだろう。まあのれそうな時はのるけど。


「素晴らしいお話ありがとうございました。……さて、名残惜しくはありますがそろそろ失礼させていただきたく思います」


 室長が話をたたみに入った、これ以上の無駄話は避けたいということか。無駄話っつっても僕は子爵が何を喋っていたのかなんて背中の痛みのせいでこれっぽっちも理解していないんだけど。

 早く話を切り上げる、それはいい。だがしかし待って欲しい、我が上司殿。もう帰るとはどういうこと? 帰りの準備とかそういうの全然してないんですが?


「そう急がれずとも、今日くらいは我が屋敷でゆっくりしたらいかがですか? 出立の準備等もあるでしょうし」

「お申し出はありがたいのですが、なにぶん仕事に追われている身でして。このどうしようもない二人ですら、貴重な戦力と言わざるを得ないのです。それに一人で王都に向かってすれ違いになったもう一人も野放しにはできませんので」


 野放しにはできないって言い方が端的に僕らの扱いを表してるよね、完全に獣とか家畜のそれだよね。

 そして室長がガチ目に帰ろうとしていることを知るや否や、僕ら三人は目線で合図を取り合い瞬時に引き延ばしをかけた。


「師父よ、帰るのならその前に一杯やりにいこうではないかね」

「せっかく遠い町まで来たんですから、ウチは買い物していきたいですよぅ」

「帰りの足はこいつらが乗ってきた馬車があるにしても、普通に考えて帰りの食料とかを確保しないと。それにご飯くらい食べてからいきましょうよ」


 せっかくの出張、美味いものの一つでも食べていかないと割に合わない。そりゃ飲んで遊んで暴れてたコイツらはいいだろうけどさ、僕なんて飛竜便で生と死の狭間をさ迷った上に徹夜作業だぞ? もうちょっと労ってくれてもいいんじゃないの?


「まあ、今回は緊急連絡をほったらかしにしちまった俺の責もあるしな……よし、三時間やるから買い物でもなんでもいってこい」


 マジか⁉ なんてこった、このオッサンが僕らに対して譲歩をするなんて!

 隣を見ればマーポルもチグサも驚愕に呆けた面白い表情で固まっているし、下手をしたら帰り道で超硬魔鋼(オリハルコン)の槍の雨でも降って来るんじゃないのか?


「荷物はまとめて部屋に置いとけ、後で俺がマジックバッグに入れといてやる。遅れたら……わかってんだろうな?」

「「「時間厳守で楽しんでまいります! それでは子爵様、失礼いたします!」」」


 揚げ足とりと口ごたえに関しては一級品である僕らにしっかりと釘を刺した室長を尻目に、僕らはバタバタと大急ぎで町の中心へと走りだす。今はもう一分一秒でも惜しいのだ。


「チグサ、買い物に行くなら姐さんに留守番頼んだお礼のお土産買っといて。僕はセンスが無いからその辺まったく分からないんだよね」

「了解ですよぅ、その代わり帰りの食料は美味しいものにしてくださいねぇ。あ、マーポル先輩は適当に酔いつぶれて遅れてくると面白いと思いますよぅ?」

「常々思うのだが、皆は私に対してだけアタリが強くないかね!?」


 こうして、キシリール子爵家への出張は幕を閉じた。アホとクズが起こした事件が事なきを得たのは全て子爵様が非常に寛大だったからであり、普通の貴族が相手ならこうはいかなかっただろう。

 図鑑に載せる武具の注釈文を書く。ただそれだけでこんな大騒ぎが起こりえるということを上の人間は分かってくれているんだろうか。いやきっと分かってないだろうな、分かっていたら少なくとも編纂室(僕ら)にこんな仕事を任せはしないだろうし。


 お家に帰るまでが出張です、とは言わないけれど、とりあえず帰りの馬車の中は爆睡だな。すれ違いになったフゥラや出張中に溜まった仕事からは一旦目を背けようね……。

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