縛心放天の鎧 3
「はい次の人、どうぞー……おのれ誘拐犯め、堂々と正面から町に入ろうとするとはいい度胸だ! おい犯罪者だ、応援を呼べ!」
「了解!」
町に入るために検問を受けようとしたら、今までのんびりとしていた衛兵が僕らを見るなり血相を変えて槍を突き出してきた。おやおや、いきなり犯罪者扱いとは物騒だね。
「失礼な。我らは王都の学術研究所の職員だ、断じて誘拐犯なんぞではない!」
「そうだそうだ! いったい僕らのどこが誘拐犯に見えるって言うんだ!」
余所行きのために少し偉そうな物言いの室長とその腰巾着を演じる僕。学術研究所の職員って、名目上は王宮直属の上級文官と同じ地位だからね。本物からは数段下に見られてるし実際の権力も全然ないから木端役人と自嘲するけど、ある程度は偉ぶってもいい立場ではある。というか、相手によってはその方が話が速く進むんだ。
しかし職務に忠実な衛兵は欠片も怯むことなく、むしろ言葉に含める怒気を増してこちらを睨みつけた。
「縛り上げた女性を物のようにぞんざいに担いでいて何をほざくか! 学術研究所といえば王国最高の頭脳が集まる場所。その職員の名を鎧ばかり立派でパッとしない青瓢箪と、凶悪な人相をした中年筋肉ダルマが語ろうなど笑止! 鏡を見てから偽の身分を考えるがいい!!」
本当に研究所職員であるという事実を除けばぐうの音も出ない正論に、僕たちは思わず顔を覆ってしまった。確かに僕が衛兵さんの立場なら、こんな怪しすぎる二人組が研究所職員の名を騙ったら即ひっ捕らえて牢屋に叩き込むだろう。問答をしてくれるだけこの衛兵さんは優しい方かもしれない。
もしも僕が鎧を着ていなければいけたかな? いや、簀巻きにした女性を担いだ鬼人より怖いオッサンがいたらどうせ無理だな。
「いや、あの、本当に職員なんだって。ほら、身分証明の職員証もあるから」
「貴様、誘拐だけに飽き足らず身分証の偽造にまで手を染めているとは! いったいいくつの罪を重ねてきたというのだ、この悪人面め!」
「応援に来たぞ!クッ、なんという凶悪な顔だ……! 我ら衛兵隊がいる限り、貴様らのような者がこの町に入れると思うな!」
「なんでお前らみんなツラで考えるんだよ! 話を聞けよォ!」
人っていうのは見た目じゃないのよ、っていつも言っていた女の子がものすごい美男子に一目惚れして即日結婚を前提にしたお付き合いを申し込んでいたことがあったなぁ。それとこれとは話の方向性が違うかもしれないけど、やはり初対面では外見が一番大きな判断理由になるよね。
「もういい加減時間かかってますし、いつものでちゃちゃっと通りましょうよ。どうせ持って来てんでしょ?」
「クソぅ、いつになったら俺ぁ研究所職員として信じてもらえるんだ……」
悔しさに歯噛みする所長が取り出したるは手のひらサイズのカードと一枚の羊皮紙。それを衛兵が持つ槍の穂先に近い地面に置いて、彼らに内容を改めるように伝える。
いまだ数人がこちらに槍を向ける中で一人がそれを拾い上げて読むと、視線をその内容と室長の顔で何度も往復させ最後には溌溂とした笑顔を見せてくれた。
「皆、槍を下げろ! あなた様がかの有名な冒険者であるダグラス・バッグ殿とは知らず、大変失礼をいたしました。いやぁ、聞きしに勝る勇猛な顔ですなぁ!」
「サイクス、こいつらブチ殺していいか?」
「やめてくださいよ、勇猛な顔の人ブフッ!」
「よし決めた、お前から殴るわ」
さっき衛兵に渡したのは室長の冒険者ギルドカードと永世名誉ギルド員としての証書だ。室長のギルドカードは材質的に複製が異常に難しく、永世名誉ギルド員証書にはギルドマスター印と国王印が押されているのでこれまた偽造が難しい。王印入りの証書偽造なんて死刑だし。
まあ、一番の決め手は証書の中身と持ち主の外見が一致していることだろう。オーガも泣いて許しを乞うとまで言われた人物が研究所職員なんて信じられないわな。それにしてもさっきからグリグリと頭頂部に押し付けられる拳が死ぬほど痛い、身長が縮みそうだ。
何はともあれ無事に町には入れたし、お詫び代わりに衛兵さんが子爵の屋敷まで案内してくれるみたいだし。ちょっと時間がとられたからお昼ご飯は行きがけの屋台で買い食いになるけど、室長の奢りなのでヨシ!
「お二人とも、あちらがキシリール子爵の屋敷になります。……あの、本当にそちら方は目覚めさせなくてもよろしいので?」
「おかまいなく。目覚めるとそれはそれで面ど……いえ、今は一刻でも早く子爵にお会いしなくてはいけませんので」
時間が惜しいというのは嘘じゃない。門であれだけ目立っていれば領主の耳に話が届いていてもおかしくはないから、できるだけ急いでますよというアピールをするためにも短縮できる時間は短縮する。どうせ彼女が起きれば大なり小なり言い訳が始まるだろうしね。
それに鬼人族はだいたいそうだが、チグサはとにかく声がデカい。相手が豪快な人だったりするならいいけど、謝罪がメインになるだろう話し合いの場にいて欲しい人じゃない。いらんことしか言わないもんコイツ。
はぁそんなものですか、と微妙に納得したようなしてないような表情を浮かべながら案内の衛兵さんが屋敷の門番に取り次いでくれた。じきに迎えが来るのでしばし待機して欲しいとのことだ。
「もう鎧脱いだ方が良くないですか? コレ、図鑑に載せようってものなんですよね?」
「チグサが盛大にやらかした後なんだし、もうたいして変わらねぇだろ。それともお前が手で運ぶか?」
「効率重視は役人の基本ですので、遠慮いたします」
この鎧、僕の体重の半分以上あるぞ。そんなもん手で運べるか、せめて馬車か荷車をくれ。
「はっ、手続きをするための手続きをするための手続きがあるような職のやつが効率を語るたぁ笑わせるぜ」
「都合のいい時に都合のいい言葉を並べるのが僕の仕事ですよ、上司殿」
僕も室長も平民の出身だから、ぶっちゃけ役人であることに誇りとかはないんだよね。それでも生活の安定のためには社会の歯車になることも厭わないけど。温かいスープと隙間風が吹かない寝床にありつけるなら何でもするよ。
そんな風に喋っていると、屋敷の中からカッチリとした服装のいかにもデキる使用人の鑑みたいな人が出てきた。髪には白髪が混ざり始めた初老ながら全く老いを感じさせず、雰囲気的にはこの間のガンダルダ男爵に似ている。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、学術研究所のダグラス様とサイクス様ですね。私はキシリール子爵家の家令、アイスハックと申します。主人は中にて待っています、どうぞこちらへ」
先導されるがままに屋敷へと入る僕たちであったが、内心キシリール子爵に対する警戒度をかなり高めていた。
何と言っても子爵家の鎧を無断で着用している僕や簀巻きにされたチグサを見て何も言わないどころか、眉一つ動かさずに応対するアイスハックさんの冷静さ。このレベルの使用人を持つ子爵とはいったいどれほどの人物だろうか。平凡な女好きというのはただの噂で、実はなかなかのやり手かもしれない。
支配する領地も少なめな子爵家であるので、屋敷自体もそこまで大きいわけじゃない。それでも華やかかつゆったりとした雰囲気を感じるのは、調度品や装飾のデザインセンスがいいからだろう。なんというか、女性的な趣があるっていうのかな。
「こちらの部屋に主人がおります。……いえ、主人だけでなく奥様方も同席されているかと思います。どうかご了承を」
奥さんまでいるとか、もしかしてクズやアホやマヌケはとんでもないことをしてしまったのか? ああ嫌だなぁ、こういうのって奥さんが絡むとだいたい面倒なことになるんだよなぁ。
うだうだ思っていても表情には出さないのが王侯貴族と接することのある職の必須スキル。真面目な顔と愛想笑いと嘘泣きはいつどんな時でもできて当然、そして相手のそれを見抜けて一流だ。
そして開けられた扉の先には———
「やあ、尊敬すべき師父に賢明なる兄者よ。連絡からずいぶん早い到着だ、まあまずは座りたまえよ。おっとこれは子爵の言葉であったな、失敬失敬」
「ははははは、わが家と思って寛いでくれと言ったのは僕の方さ。ここは君の家だよ、失敬などあるものか兄弟。 だろう? 僕の愛する花たち」
キャーキャー黄色い声を上げる複数の女性を侍らせ、子爵と思しき青年貴族と編み込んだ金髪が目立つウチのクズエルフが肩を組んで笑いながら盃を傾けていた。もうすでに頭が痛い、今後はこいつを出張業務に出すのやめよう。
というかこの五人いる女性たちはみんな子爵の奥さんなんだろうか。着ているもの的にも使用人って感じじゃないし、やっぱり奥さんもしくは愛人なのかな。
「お初にお目にかかります、子爵。私は学術研究所資料編纂室室長のダグラス・バッグ、これは部下のサイクスと申します。この度はこちらに派遣していた我が部下がご迷惑をおかけしましたようで……」
肉体言語だけでなく、知性的に喋ることもできるのが我が室長のすごいところだ。元をただせば国王陛下や大貴族からも直接の依頼を受けるほどの凄腕冒険者だったのだから、好き嫌いは別にして最低限の礼儀作法は修めなきゃいけなかったんだろう。
「まあまあ、そうお固くならず楽にしてください。私はキシリール子爵オーネイ・アンサンド、こちらは私の妻たちです。チグサさんが鎧の魔法に当てられ行方不明になった時にはどうなるかと思いましたが、それもすでに解決されたようですしね。チグサさんはご無事でしたか?」
「ええ、もとより学術の徒とは思えないほどの頑強な身体が自慢の者ですので」
その丈夫な身体をもってして数時間経っても目覚めないほどの衝撃を与えたアンタの方が学術の徒には見えないよ。資料に埋もれてペンを走らせるよりはコロシアムの中で拳を握ってる方が似合ってるって。
それはともかく、子爵を見たところ腹芸に長けてる感じはしないな。クズを兄弟と呼んでいるのもチグサのことを心配していたというのも、全て本心からのようだ。僕よりは年上だろうけどかなり若いし、人は良いがちょっとダメなところがあるお坊っちゃんってところかな。
「それにしても、その鎧を着ていてなお正気を保っていられる人なんて我が家に伝わる限り一人もいなかったはずなのに、サイクス殿は平然としていますね。なにか防護魔法でも?」
「いやいや、兄者は特異体質であってな。魔法道具の付与効果を受けつけないのだよ」
なんでお前がペラペラ僕のことを喋ってんだ、仕事増やすぞ。それに効果を受けつけないっていうよりは、そもそも起動用の魔力が出てないから術式が動いてないんだよ。
「そういえば、そろそろ鎧をお返ししたいのですが、どちらで脱げばよろしいでしょうか?」
「でしたらここで脱いでもらって構いませんよ、ちょうどその鎧についての話もしたいところでしたし。君たち、手伝ってあげて」
はぁい、と返事をした子爵の奥方たちが鎧の解除を手伝ってくれる。近づかれるとふわりといい匂いがするし皆さんかなりの美人さんたちだしで、こう、悪い気はしませんなグヘヘ。
それにしても夫人たちを見る限り……子爵にはそういう趣味でもあるのかな?まあ、似たようなことをしている貴族も知ってはいるけど、珍しいね。
「では改めまして、サイクスと申します。念のために確認しますが、こちらの鎧が現在編纂中の武具図鑑に掲載を希望されている物で間違いありませんね?」
鎧を脱げたのでようやく座ることができ、本格的な話し合いがスタート。チグサは床に転がしておいてもよかったんだけど、さすがに女性にそれはどうかという子爵のご厚意によってどこかの部屋で寝かせてもらうことになった。もう大丈夫だとは思うが、目が覚めて暴れだされても困るので最低限の拘束はしたままだ。
「ええそうです。『縛心放天の鎧』という名前が付けられていまして、装着者の自由への渇望や内に秘める感情といったものを解放する魔法の鎧です」
魔法の鎧っつーか呪いの鎧じゃん、という言葉は呑みこむ。言っていいこと悪いこと、言っていい時悪い時というものが言葉にはあるのだ。
「まあ、端的に言えば呪いの鎧ですよ、ははははは!」
……あっぶねぇ、もうちょっとでツッコミを入れるところだったぞ! 横を見たら室長も唇を噛んでプルプル震えているし、マーポルの野郎はゲラゲラ笑ってやがる。おのれ子爵、やりおるわ。
「師父に兄者よ、子爵殿はこういう方なのだ。ユーモアに富み女性を尊ぶ男であるゆえ、もそっと楽にしたまえよ。短い命なのだから楽しまねば損であるぞ」
僕はお前みたいに心臓に毛が生えてねーんだよ色情魔。仮にもその方はクライアントであって友達ではないんだぞ、そういうところは分別しないとダメだって何回言えば覚えるんだ。
このクズは仕事が終わったら室長にぶん殴られるだろうな。コイツの骨が何本折れようが僕は痛くも痒くもないけど、その時はベッドの上でも仕事をさせるために腕と頭は殴らないように言わないとだ。