星継の鉄剣 ミーティリト 2
チーズの名前も強そうですよね。有名なゴルゴンゾーラ、僕は初めて聞いたときにメラゾーマの上位魔法だと思ってました。当時はメラガイアーが無かったんですよ……。
「本当にあれでいいんだな?」
「今さら変更できませんって。お気に召さないようであれば、クラムチャウダーの時のやつを第二案として出しますよ」
「アレはアレで体裁だけは整ってたからな……。そういうことなら、始めっぞ」
僕と室長しかいない、窓も扉も締め切った暗い部屋。その中央にある机に置かれた水晶玉が怪しく光り、数分ほどの後に水晶玉から投射された光が部屋の壁にある人物を描き出す。
千里縮地の双水晶。どれほど離れていたとしても、まるで空間を歪め大地を縮めたかのように相手とお互いの姿を見ながら話すことができる魔法道具だ。
色々と使用に制約があるにしても、遠い場所にいる人と会話ができるこの魔法道具は情報伝達に革命をもたらしたという。もう本当に便利で、これがない時代の役人の苦労がしのばれるというものだ。
『お待たせしました。ガンガルダ男爵、ルーパス・オーメンドです。学術研究所の方々ですね、以前お会いしたのは一ヶ月ほど前でしたか。今日という日をお待ちしておりました』
きっちりと整えられた頭髪は清潔感があり、細身ながら一本の芯が通ったかのように伸びた背筋。年のころは四十あたりに見え、丁寧な口調ながらもしっかりとした貫禄が感じられる。
質実剛健、謹厳実直を体現したかのような雰囲気を纏うこの男性こそ、僕が散々地味だなんだとこき下ろしていたガンガルダ男爵その人である。
「ははは、そう言って頂けるとこちらとしても嬉しいものです。早速ですが男爵家に伝わる名剣を図鑑に載せるにあたり、注釈文として我が部下であるサイクスが書いた文章を披露したいのですが、よろしいですか?」
『もちろんです。サイクス殿には我が剣への命名もお願いしていた次第。年甲斐もなく、というほど老けたつもりはありませんが、とても楽しみです』
修羅場を知っている者特有の空気というか、この二人が話し合ってるのは似合うなぁ。酒瓶を真ん中に置いて飲み交わしてるところとか絵になりそうだ。
「サイクス、男爵様が心待ちにしておられる。しっかりな」
「はっ。それでは僭越して―――」
失礼ながら何の変哲もない男爵家の鉄剣。それに僕が添えた一つの小さな物語をご覧に入れましょう。
【星継の鉄剣 ミーティリト】
ガンガルダ男爵、オーメンド家に代々伝わる鉄剣。強く、そして誠実であれという騎士の生きる道の体現が如く、実用性を重視したつくりをしている。
特別な魔法の力は込められていないが、オーメンド家の歴代当主と共に幾多の敵を打ち倒してきたこの剣に、あるいは魔法の力など必要ないのかもしれない。
その昔、男爵領に墜ちたとされる一条の流星。輝きを失ったその星とこの剣に、直接の関係は無いのだろう。だが、この鉄剣は流星の遺志を継いだかのように戦場を駆ける。空にあった頃の輝きには及ばずとも、鈍色の刃は閃き続ける。
担い手たる者がある限り、この星が地に墜ちることはない。
「……いかがでしょうか?」
僕の問いかけに返ってくるのは沈黙。
正直なところ手応えがない。というかヤバい。名前を言った瞬間に「マジで言ってんのかコイツ」みたいな驚愕の表情を見せた後は男爵からの反応が一切なく、ずっと真顔でこちらを睨み続けていたので生きた心地がしなかった。
チラチラと隣の室長にアイコンタクトで助けを求めるも、返ってくるのは諦めろという憐憫の眼差し。あんたそれでも上司か、部下のピンチなんだからフォローの一つくらい入れろや。
これはもうクラムチャウダーの時の文章を出すしかない。そう思ってあらかじめ用意しておいた粘土板を取り出そうとした時、黙っていた男爵がゆっくりと口を開いた。
「ひとつ、お聞かせ願いたい。ただの鉄剣である我が剣に、なぜ星継の剣などと大それた名前をつけたのです? 確かに我が領内に隕石が墜ちたことは過去に有りますが、それを結びつけた理由はなんなのでしょうか」
それくらいしかネタにできるものがなかったんだよ、なんて言えるはずもなく、窮地に陥った僕の心臓があり得ない速さで鼓動を刻みだす。
ヤバいヤバい、マジでヤバい。どうやって切り抜ければいい、どう返せば正解になる? 今までの貴族は体裁が整っていてそれなりにカッコいい文章なら中身はスルーすることが多かったのに、ここにきて真剣な質問がきやがった!
ちょっと本当に助けてくださいよ室長! おい、目ぇ逸らしてんじゃねーぞオッサン! 仮に男爵から何かされるようなことになったら監督不行届で絶対にあんたも巻き込んでやっからな、逃げられると思うなよ!!
役に立たない上司は放っといて、なんとか言葉を絞り出すんだ。問答の最中で沈黙を続けるのは悪手、向こうの都合がいいように取られてしまうし言い訳がどんどんできなくなる。
読み漁った資料を思い出せ、一度しか見てない実物の姿を脳裏に再現しろ。どんなことでもいい、こじつけられるような要素はなかったか?
質問はひとつと男爵は言った、つまりこれをやり過ごせばとりあえず話は終わるんだ。
「……そう、ですね。男爵様がおっしゃられたとおり、彼の剣は外見も特筆することなく、また魔法の力も込められていない。無礼を承知で申し上げるのなら、一般に販売されているものと大差はありません」
ああそうだとも、あんたの剣には何の特徴もなかったよ。特徴がなさ過ぎて逆にすごい剣なんじゃないかって思えるくらいに。あ、これいいな、この感じでいこう。
「ですが、その特徴の無さにこそ私は感じ入るものがありました。ゴテゴテと装飾をするでもなくただひたすら戦いの武器として意図的に地味に作られたような外見は、あの天騎士ディ・ロンドベルが残した『あくまで己は武門の者であり、戦い守ることが使命』という言葉を体現したかのようではないですか」
回せ回せ、脳と舌をフル回転させろ! 勢いとそれっぽさで押し切れ、名無しでぶん投げてきた男爵が悪いんだというくらいの気概でいけ! 口八丁は文官の必須科目にして必殺技ァァァァ!!
「隕石の記録を見つけた時、すべてが繋がったと思えました。たとえば魔法が付与されていないのは地に墜ち光を失った星のイメージ。通常のものより若干短い刀身は……あれです、研ぎです! 錆びや汚れを研いで落とす行為が、星に再び輝きを取り戻させようとした風景を私に見せたのです!」
支離滅裂ゥ? 知るかボケ、整合性を求めてこんな訳のわからん仕事ができるか! 書けるような面白い実話がないなら、地味な実話をもとにしてフィーリングで話を膨らますしかないんだよ!
だいたいなぁ、真面目に書いたら男爵家の剣なんて『特に特筆することの無い鉄の剣』だけで終わるんだから、ここまでの形にした僕は褒められこそすれ怒られる筋合いはないね!
「他にはえっと、えーっと……」
「いえ、もうよろしいでしょう、よくわかりました。……ありがとうございます、サイクス殿」
「は?」
ずっと黙りこくっていたと思ったら、いきなり深々と頭を下げられた。室長、ちょっと説明してくれませんか、状況がよくわからないんですが。あ、室長もわからないんですね。
しかし男爵は困惑する僕ら二人を置いてけぼりにして、話を続ける気満々だ。そういうのダメだと思うな、僕。
「星継の剣、始めにそう言われた時には心臓が止まるかと思いました。なぜなら、この名無しの剣は流星を鍛えて作られた物なのですから」
!? う、ううう嘘だぁ、実物を見て触った時にも魔力なんか感じなかったし、見た目も完全にただの鉄の剣じゃん! もし本当に隕石で作られた剣だったら、そんなショボい剣にはならないだろ!
「正確に言うと、流星の残りカスで作った剣、ですね。その隕石はかなりの大きさで、領地の予算数年分以上の金額を提示してきたエルフとドワーフに、それぞれ魔力と特殊な金属部分を当時の男爵が売却したそうです。……そうして残ったのは、隕石に含まれていたとは思えないような普通の鉄でした」
やっぱり売ってたんだ。まあ、一介の地方領主が持ってたところで十全に扱える魔法使いも鍛冶師もいないだろうし、持ち腐れるくらいなら売った方が断然いい。僕は当時の男爵様を全面的に応援するね。
「美味しい部分は持っていかれ、地味な部分だけが残された隕石を見た当時の男爵は、その姿に男爵家の在り方を重ねたそうです。曰く、『華々しい戦功も、他家に誇る資源もない。だがそれでも残るものはあるのだ』と。それを教訓として作られた物が、今回の剣なのです」
持ってんじゃねーかよ、ネタになるいい話をよぉ! おかげで一ヶ月近くおたくの資料を読み漁っては文章を書き連ねてたんだぞ、僕が粘土板にヘラを突き刺した回数をあんたは知っているのか、男爵ゥ!
「お言葉ですが男爵様。それならそうとおっしゃってくだされば、私はそのお話を組み込みました。なぜ、黙っておいでだったのですか?」
「いいか、サイクス。特に力の無い物であっても隕石から作られたという事実だけで希少価値が生まれるし、そうなれば寄こせと言ってくる大貴族も必ず現れる。珍しい由来の武器を持っていることが流行りの世の中だ、強引な手を使ってこないとも限らん」
こめかみに青筋が立っていないかを心配しながらの僕の発言に、答えたのは室長だった。
「そんなやつらにご先祖様が自家の在り方を重ねた剣を奪われるわけにはいかん。そういうことでしょう、男爵様」
「ええ、その通りです。……しかしそれでも、長き時をオーメンド家と共にあるこの剣に華を持たせてやりたかった。たとえ事実とは違えども、研究所の方々ならばどこかからそれらしき話を見つけ、立派な逸話を添えてくれるのではないか。まことに勝手ながら、そう思ったのです」
そしたら超ピンポイントで僕が撃ち抜いてしまったと。そこまでするなら隕石関係の資料は隠しておけってんだ、おかげでクソほどビビったぞ僕は。
「ですが、サイクス殿が書き上げた文章は流星のことに触れつつ、それでいてただのあやかりであるとしている。考え得る限り最高のものです、手直しは必要ありません。我が剣も、いやミーティリトも喜んでいるでしょう。サイクス殿、本当にありがとうございました」
「あっ、いえ、その……はい、こちらこそ。光栄にございます」
上の人に頭を下げられたらなんも言えないわ、木っ端役人って辛い。
はぁーあ、まあいいさ。やむにやまれぬ事情があるならいちいち目くじら立てることもない。聞いた感じだとどんな内容になっても受け入れる考えだったみたいだし、最後は包み隠さず教えてくれた。
だったら、それでいいだろう。ぐちゃぐちゃ言われてリテイクを要求されるよりはマシだ。
『ミーティリトの本当の由来については、くれぐれも内密にお願いします。ではこれにて』
おっと、終わる前に聞いておきたいことがあるんだ。あり得たかもしれないもう一つの未来がどうなっていたかを知っておかなければ。
「男爵様、最後に私からも質問を。……【クラムチャウダー】と聞いて、どう思われますか?」
『? どこか鋭そうな響きのある名ですね、どちらかの貴族が持っている武器でしょうか』
「……まあ、そのようなところです。引き留めてしまい申し訳ありません、ありがとうございました」
『いえいえ。それではまた。我が領地へ来られることがあればぜひ屋敷を訪ねてください。いつでも歓迎いたしますよ』
男爵が穏やかな笑顔を浮かべたところで水晶玉の光が消え、会話は終了となった。再びまっ暗になった部屋から水晶玉を持って退出し、室長と軽く話しながら我らが根城である資料編纂室へと戻っていく。
「いけましたね、クラムチャウダー……」
「いけたな、クラムチャウダー……」
わからない人にはカッコいい武器の名前に聞こえるようだ、ミネストローネも聞いておけばよかったと割と後悔している。バレた後が怖いからやらないけど。
「まあなんだ、上手く切り抜けられてよかったな。お疲れさん」
「室長こそ、お疲れ様です。水晶玉への魔力供給は僕にはできませんから」
魔法道具は魔力をコントロールできる者にしか使えない。大抵は魔力を魔法道具へと込めるだけなので少し練習すれば子どもでも使えるのだが、僕はどれだけ訓練してもそれができない。触れた物に魔力があるか無いかを感じるのが精いっぱいだ。
「だれより魔法の理を理解できても魔力が使えなけりゃあ意味がない、か。人生ってのはままならねぇもんだよなぁ」
どれだけ必死に勉強して知識を詰め込んでも、魔法道具の一つも使えやしない。たとえ筆記試験で満点を叩き出せても、何をするにしても魔法道具のこの世の中では他人の研究結果を取りまとめることくらいしかできない。
まあ、それはもう過ぎたことだからどうでもいいのだけど。
「ままならないと言えば男爵もそうでしたけどね。なーんでみんな、図鑑を一つ作るくらいでこんなに面倒なことになるんだか。流行って怖いですね」
「流行りってだけじゃねぇさ。本にした記録は残る。俺らが作る図鑑だって、何年何十年何百年の後ですら、誰かがそれを開くんだ。その時に読んでるやつがワクワクするカッコいいものにしたいのさ。男は誰だって勇者と勇者が使う武器に憧れるからな」
寝物語に聞かされた、誰でも知ってる勇者の伝説。それは岩に突き刺さった誰にも抜けない聖剣を抜くところから始まり、そして聖剣を湖へと沈めるところで終わる。
そう考えれば、勇者の伝説とはすなわちその武器の伝説であるともいえる。そして図鑑の一ページだとはいえ自分の持ち物がそういう風に書かれるのは、僕が思っている以上に嬉しいのかもしれない。
「そんなもんですかねぇ」
「そんなもんさ。……さ、仕事の続きだ! お前、手すきになったんだから俺の分手伝えよ。将軍家の武具ならいくらでも書けるっつったよな?」
「すいません、僕バカなんで覚えてないですぅー。聞き間違いじゃないですか?」
このまま一仕事終えた感を出しつつ、室長が水晶玉を片付けに行ってる間に帰宅しようと思ったが案外鋭いなこの筋肉オヤジ。
墨で紙に書いたわけじゃないし言質は取られていない、このまますっとぼけてやる。
「おうそうか、じゃあ改めて仕事を割り振るぞ。お前の分は盾四つと剣三つな、ほら忘れないように粘土板にメモしとけ」
「盾も剣も五つずつって言ってましたよね!? なんで僕の方が多いんです!?」
「きっちりしっかり覚えてんじゃねぇか、このクソバカが! オラ、ここにいない三人の分もきりきり働け!」
やめろ離せ、首根っこを掴むな! あああめっちゃ力強いなこのオッサン、さすがは元一流の冒険者だよチクショウめ!!
「嫌だぁー! 僕はもう家に帰ってゆっくり寝るんだ! ふかふかのベッドが僕を待ってるんだぁ!」
「お前を待ってんのは山盛りの資料と締め切りだ! とりあえず盾から始めっぞ!!」
「あああああぁぁぁぁぁ……!」
僕らが作るのは、多くの人の見栄と自慢と、そして憧れが詰め込まれた一冊の図鑑。それができあがるのは、果たしていつになることやら。