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王狼の籠手 4

久しぶりの更新です。

見てくれを整えた後は術式だ、元々刻まれていたものをベースにして調整をしないといけない。それでもすっかり元通りにすることにこだわりさえしなければ特段難しいということはない。


壊れる前にあらかた術式の解読も終わっていたし、こういう誤魔化しやでっちあげという作業は僕の専売特許といってもいい。へっ、こんなものチグサが書くグチャグチャの書類を手直しすることに比べたら朝飯前だね。


「ここを削ってここに繋げて、ここは一文足す。ここは目立つところだから消せないか、ならフェイクにして魔力を通さず迂回させよう。若干狼のディティールが安っぽくなるけどそれは致し方ないとして、さすがに威力が露骨に落ちるとジェルインも納得しないだろうし……いやむしろ狼を簡易化することで威力をあげれば文句を言われないのでは?」

「この手の武器は芸術的価値を損なうのもマズいからね、お願いしてる身分で注文を付けることになるけど、どうかいい塩梅で頼むよ」


強く有名な冒険者ほど派手な武器や防具を使う傾向にあるのは知っているからその事情も分かる。箔というか何というか、要するに王様が王である証拠に王冠を被っているようなもんでしょ。ダグラス室長は冒険者時代も素手だったらしいけど。


見た目と威力を両立させるなら見た目の術式は全部フェイクにして僕が普通の魔法文字で一から術式を組んだ方が絶対に速いし効率的なものにできる自信がある。でも一流の冒険者であるジェルインにはそれなり以上の魔法使いにコネがあるだろうし、そんな魔法使いなら古代魔法の術式を完全解読することはできなくても全面フェイクは見破れると思う。


下手なことをしたら学術研究所そのものの信頼低下につながると思えば、さすがの僕とて手段は選ぶ。それでも元をただせばジェルインが『壊れてから』持ってきたわけだし、多少の言い訳は通させてもらうよ。


「まあ四半日……日の入りまでには術式の構築は終わるでしょう。当分は魔法も要りませんから、姐さんも仮眠とるなら今のうちですよ」

「やっぱやる気のある時のアンタは仕事が早いね、眠気で失敗して腕を吹っ飛ばしたくないしそうさせてもらうわ。必要な物があったりアタシを呼びたかったらウチの者に言いなさい。じゃ、あとヨロシクね」


魔力を使って実際に刻印を施すのは紙に写すだけとは違って多大な集中力を要する作業だ。たとえ一分一秒を争う術式であろうとも、あるいは禁術の研究にいそしむようなヤバい魔法使いでも、刻印をする前には必ず十分な睡眠と食事をとるのだ。間違っても徹夜明けのハイになった気分のままやっていいような作業ではない。


そう考えたら僕のやることなんて気楽なもんだ。ちょっと間違えたら刻印してる人が魔法暴走に巻き込まれてヤバくなるけど、僕自身には何の危険性もないといってもいい。それでもやらかしたら研究所はクビになって野垂れ死ぬ可能性があるから真面目にやるよ、姐さんに死んで欲しくもないしねぇ。


「ここは一文字変えれば何とかなるかな。分岐させるところが使えないのは少し面倒だけど……うん、その先を三ヵ所修正すればいけそうだね」


粘土板に術式の設計図のようなものを書いていると、そっと水の入ったコップが机の上に置かれた。差し出してくれたのは多分入所して間もないだろう若い女性研究員だ。多分15、6歳くらいかな。


「これ、僕に? ありがとう、いただくよ」


こんな気の利いたことをしてくれる人なんて編纂室にはいないから気遣いが心に染み渡る。これがマーポルなら水をくれるどころか隠れて酒飲んでるし、チグサはたまに飲み物を用意してくれたかと思ったら熱すぎるお茶でビックリした拍子にこぼして書類がダメになる。全部経験談だ。


もらった水で喉を潤していると、その女性研究員が何か言いたそうな表情でこちらをチラチラ見ていた。


「僕に何か用かな? 別にそこまで切羽詰まってはないし、聞きたいことがあったら水のお礼に答えるよ」

「えっ、あ、はい! 私はルチェ・ウィッカと言います。あの、サイクス副室長はとても優秀な方じゃないですか。入所試験の筆記を満点で合格されてますし、実務でも私たちが行き詰っていた問題を解決してデリラ室長に壊れた古代魔道具の修復を任されるほどに」


実際にコダケンが抱えていた問題を解決したのはフゥラなんだけどね。まあ、運やコネも実力のうちだというのなら僕が解決したといえなくもないかもしれない、かな?


「なのに史料編纂室に左遷されているのはなんでかって?」

「……はい。編纂室の方には失礼かもしれませんが、サイクス副室長のように実力ある方にはそれにふさわしい場があると私は思います。サイクス副室長が魔力を一切使えないのは存じていますが、だとしてもそれを補って余りあるはずです」


若いねぇ。いや僕もたいていの人からしたら若造なんだけど、それにしても若い。実力があれば報われるべきと思ってるところなんか実に希望にあふれる若者って感じの考え方だ。


普段なら一笑に付してる質問だけど、それでも彼女が僕のことを評価してくれていることは悪い気持ちにはならない。誰だって貶されるより褒められたいものだからね。


「君の言った通り、僕は魔力が全く使えない。君は僕にそれを超えるほどの価値があるといったけれど、僕はそうは思わない。どれだけ有能な騎士であっても両手を失くしたら軍に居場所はないだろ? 学術研究所において、魔力が一切使えないというのはつまりそういうことさ」


そもそも入所試験は筆記と実技だ。僕の場合は魔法必須の課題が実技試験として出てしまい、そこで魔力操作ができないことがバレてしまった。仮にあれが別の試験だとしてもそのうちバレただろうけどね。


それでもルチェは納得できていないみたいだ。自分の考えを簡単に翻さないというのは研究者として必要な素質だけど、感情論ではダメなんだよね。


「本当なら実技が0点だから入所もできないはずなのに特例として入所させてもらえただけでも僕は幸運だよ。それに編纂室も悪い場所じゃない。室長は筋肉で後輩はクズとアホだしいつの間にか種族の違う義妹もできてるけど、退屈はしないし衣食住の心配もしなくていい」


なによりもエリート思考に凝り固まった面倒な同僚もいないし、必要以上に気を遣わないといけない上司もいない。なにせ研究所に入るくらいの知識があるやつって言ったらだいたいは貴族の子息だし、ウチの室長とデリラ姐さん以外が上司になったらと考えるとそれだけでやる気がなくなるよ。


そう考えると僕みたいなのを気にかけるこの女の子はなかなかに珍しい、きっと出世できないね。


「作業を再開する前に、曲がりなりにも副室長を任じられている者として君に助言をあげよう。……どれだけ有能でも味方がいないと何もできないのが世の常だ、あまり自分のところで他の研究室の人を大っぴらに褒めない方がいいよ」


ルチェが僕を良く言うたびにコダケンの雰囲気が重くなっていることを教えてあげると、彼女はいたたまれないように小さく礼をして自分のところへと戻っていった。姐さんのように有無を言わさない実力と地位があるならともかく、ひよっこのうちは長い物には巻かれとくべきさ。


きっと後で先輩から大量の嫌味が降り注ぐだろうが頑張って耐えなさい、そうして新人は強くなる。どうしてもそういう人間関係が嫌になった時にはおいでませ史料編纂室、筋肉バカアホクズマヌケの次は君かもしれない。





僕とデリラ姐さんの迸る知性と徹夜残業により王狼の籠手の修復は日が昇る頃に終わりを迎えた。術式を組んだ者として刻印が彫り終わるまで『有意義な暇つぶし』をしながら同席していたんだけど、姐さんはさすがに早いわ。本命と誤魔化し用のフェイクも含めて元の刻印量よりかなり多くなったというのに、まさか休憩を挟みながらでも一夜で終わらせるとは。


「今ウチの者がジェルインを呼びに行ってるからね、休憩しながら少し待ってるといいさ。なんなら起こしてあげるから仮眠とっててもいいよ」

「ありがたい申し出ですけど、目ぇ冴えてますから大丈夫ですよ」


それならこれでも飲んどきな、と手渡されたのは薬草茶のようだ。慣れてるとはいっても徹夜は体力と気力を消耗するので、その回復用だろう。なによりも飲みやすい温度まで冷ましてくれている心づかいが素晴らしい。


姐さんにお礼を言ってコップに口をつけたところで、最低限の礼儀をわきまえつつも粗野な感じが伝わってくる芸術とでもいうべき適度な雑さで研究室の扉が開かれた。


「失礼する。進捗どうだ?」

「ぶっふぉ!?」


この世における朝一で最も聞きたくない言葉を聞いた瞬間、すでに一仕事終えているというのに反射的に薬草茶を吹いてしまった。おのれこの筋肉め、清々しい徹夜明けの空気をぶち壊しやがって……!


「汚ぇな、あとで掃除しとけよ他所の研究室だぞ。おはよう、二人とも」

「おはようダグラス。確認と挨拶の順番が逆じゃないかい?」

「挨拶より仕事の確認の方が優先度が上ってことですよ。進捗完璧です、もう終わりました。あとこれ確認してください」


スッと差し出したるは一枚の粘土板。僕が昨夜暇つぶしを兼ねて終わらせておいた、もう一つの仕事だ。


「なんだ? ……ふむふむ。問題ない、上等だな。これで文句つけてくるようなら俺の方に回せ。今日、アイツ来るのか?」

「ええはい。でも心配ご無用ですよ、何があろうと文句はつけさせませんから」


意地悪く笑ってみたら室長もニタァとただでさえ厳つい顔を凶悪な形に歪めて笑った。こりゃオーガも泣いて許しを請いますわ。


「夜道で刺されない程度にしとけな。今日はそれが終わったら上がっていいぞ。半休くらいにはなるだろ、家で酒でも飲んでゆっくりしろ」

「マジすか。あ、その時はフゥラも連れて帰っていいですかね?」

「かまわねぇよ。つーかぜひとも連れて帰れ、チグサに相手させてもずっと落ち込んでてこっちの気が狂うぜ。ガキは元気でいることが義務ってもんだろうにな」

「マーポルみたいになんの反省もしないよかマシでしょう。じゃあこっちは上手いことやっときますんで、終わったらフゥラ迎えに行きます」


それからいくつかの業務連絡だけしたら室長は行ってしまった。『左遷先』『穀潰し』『恥知らずの巣窟』『給料強盗団』なんて言われていた編纂室も今や昔、室長がのんびり朝から茶を飲むこともできない忙しさだよ。


まあそれはそれとして吹いてしまった薬草茶を掃除しつつおかわりを要求。他の人が忙しくても自分が休めるときには休むべきだ。心身ともに余裕があるなら助けてあげればいいとも思うけどね。


「デリラ室長、冒険者のジェルイン殿がお越しです」

「オレの籠手が直ったと聞いて飛んできたぞ! さあ見せてくれ!」


ダグラス室長と入れ替わりというにはちょっと間があったけど、ジェルインが来た。僕より何歳か上くらいの若い男で、拳打で戦う者としてふさわしい体格をしているもののいかんせんもっとすごい筋肉を見慣れているのでそこまで新鮮な感じはしないなぁ。


「そう急かなくてもここにあるさ。部屋を壊さないんなら隅っこの空いてるところで試してもいいよ、カカシも用意してあげるから」

「おお、では早速やらせてもらおう!」


ジェルインがウキウキと上機嫌で両手に王狼の籠手を嵌めてデリラ姐さんが指定した場所で軽く構えると、ボボボッという空気を貫く音が連続で聞こえるだけで僕には腕の振りが一切目で追えなかった。魔法のことには疎くてもさすがはダンジョン踏破者だ、おそらく僕が百人いても指一本触れることもかなわず全員殴り殺されるだろうね。


そして拳に集めた魔力を籠手へと流し、姐さんが魔法でササっと作ったカカシに向けて魔力の狼を呼び出すジェルイン。現れた狼はそれなりに頑丈そうなカカシを一噛みで木っ端微塵にするくらいの威力はあるが、僕は元の威力を知らないのでこれが元に比べてどうなのかはわからない。


元の術式から算出した威力にできる限り合わせたはずだが、さてこれで彼がどう反応するか……。


「む? むむむ? どことなく狼の雰囲気が変わったような? しかし魔力消費・威力ともに変わらないどころか少し改善されている……まあいいか! 良くなっているものにケチをつけるのはおかしいものな。デリラさん、良い仕事をありがとう。本当に助かったぞ!」


よっしゃぁぁぁあああ!! いいぞジェルイン、お前は「どうせならもっとよくしてくれたらいいのに」とか抜かすクソカスな野郎どもとは違う優良な客だ!


「満足してくれたならいいさ。それに今回メインで修復作業をしたのはこのサイクスだからね、礼ならこいつに言いな」

「なるほど君が。ありがとう、オレよりも若く見えるが優秀な研究者なんだな!」

「身に余る光栄ですジェルインさん、史料編纂室副室長サイクス・ペディアです。現在の主業務は王国武具図鑑の編纂で、あなたの『王狼の籠手』の担当でもあります。以後、お見知りおきを」


今のところジェルインは悪いやつじゃなさそうだし、なるべく嫌味に聞こえないトーンでこちらの立場を明かしておく。ジェルインが腹立つ性格してたらそ知らぬふりしてたけどね。


「武具図鑑の編纂者、ということは……」

「はい。修復作業をすることで王狼の籠手についてもよーーーく知ることができましたので、解説文についてはそれはもういいものになったという自負があります。どうぞご覧ください」



【王狼の籠手】

とあるダンジョンの最奥にて発見された、霊獣ルプス・レクスの素材で作られた一対の籠手。古い銀狼の一族に伝わる言語で刻まれた古代魔法術式により、拳打の瞬間に魔力体の狼を呼び出し追撃を行う。

付与された魔法を抜きにしても並みの金属を凌駕する強度と硬度を誇り、防具としても一級品である。また、ルプス・レクスの雄々しさと優美さを余すことなく表現したその造形は芸術品としての価値も高い。

幾星霜を待った狼はついに従うに足る王を見出だし、忠実な牙として力を振るう。長い年月を経たためか多少の経年劣化が見受けられるが、適切な手入れさえ怠らなければその牙はいつまでも鋭いままだろう。



「いかがでしょうか、ジェルインさん?」

「あ、ああ、そうだな。その、とても素晴らしくまとまっているとは思うのだが、オレの武勇伝が足りないような気が……」

「すいません、よく聞こえませんでした。何か問題でも?」

「いや、なにもない……自分への戒めとして受け止めるよ……」


うん、ジェルインはやっぱりいいやつだな。それに戦うことしかできないバカというわけでもない。ちょっとかわいそうではあるけど、自分の武具が壊れるまで気づかなかったことと僕の仕事を増やしたことへの罰だとでも思って欲しい。


「それではこれで終了ということで」

「うん、ありがとう……」


わーお、露骨に沈んでやんの。仕方ないな、これはサービスだぞ? まあタダじゃないけど。


「ジェルインさん、お近づきの印にこれを差し上げましょう」

「……これは?」


手渡したのは銀色の糸束のようなもの。ただし、そんじょそこらの糸や繊維とは全く価値が違うものですことよ。


「銀狼の髪ですよ。ちょっとしたツテでたまに手に入るんですが、僕よりは冒険者のあなたが持っていた方が有効活用できるでしょう。なんでも衣服や防具に編み込むと魔力に対する防御力が高まるとか」

「なっ……! し、しかし、この場でこれに見合う対価は……」

「いえいえ、お気になさらず。ただ、現在の編纂室では武具図鑑の作成に伴ってあちこちに出張することが多くてですね」


これだけ言えばジェルインも分かったようだ。そうだね、この世にタダのものなんてないね。


「なるほど。今回の修復のこともあるし、必要な時はギルドを通して指名してくれれば格安で護衛任務を受けよう。それではデリラさん、サイクスさん、またそのうち点検に来させてもらうよ」


はい、フゥラの髪の毛でダンジョン踏破者のコネ入手。これで一度に出張させられる人数が増えるぞー! ふはははは、今日の晩御飯はちょっと豪勢なものにしちゃおうか。待ってろフゥラ、今迎えに行くからな!

フゥラは濡れることが嫌いなので無理やり風呂に入れたついでに散髪すれば銀狼状態の髪の毛を入手できます。ただし一歩間違えると大惨事になるので実はあんまりやりません。

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