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王狼の籠手 3

「えっとね、これは『ツヤツヤしてる』でこっちは『足を曲げる』でしょ。これは『ギロッとした目』、これは『がおーって感じ』でー……」


「なるほど、なるほど……?」


 予想通り王狼の籠手に刻まれていた術式文はフゥラの一族で使っていた言葉だったようで、その唯一の生き残りである我らが銀狼娘はスラスラと読み解いていた。


 それはいい、それはいいんだけど。


「ふわっとしたニュアンスのものが多いですね」

「フゥラが子どもだからちゃんと読めてない可能性もあるけどねぇ。ま、修復のとっかかりには十分さ」

「そう言ってもらえるならいいんですが」


 しかしまあフゥラ一族の言葉はかなり古代言語に近いね。発音や細かいニュアンスが違うだけで大雑把な意味も似通っている。文字を流用しているというよりは方言や訛りといった方が近いかもしれない。


「なんにせよフゥラがいてくれてラッキーでしたね」

「そうね。アンタらには感謝しないとねぇ」


 ボギャッ!


 のほほんと姐さんと喋っていたらおよそ研究室の中で一番聞きたくない音が鳴った。その方にぎこちなく視線を向けてみるとフゥラの手にはどこかの部分と思わしきパーツが握られており、さらにその横ではメモを取っていた研究員が顔面蒼白で口をパクパクさせていた。


「お疲れしゃっした、じゃ僕らはこれで!」


 ダッシュでフゥラを抱えてコダケンからの逃亡を図ったが、一般研究員はともかくデリラ姐さんを振り切るには僕の身体能力は常識的過ぎた。ガシッと掴まれた右肩がメチャクチャ痛い、研究者にあるまじき握力だ。


「まあ待ちな、ケジメか落とし前つけてからでも帰るのは遅くないだろう……?」

「そんな、どうしてもというのなら……くっ、フゥラは置いていくのでせめて僕だけでも……!」

「ドストレートにクズなことを抜かすんじゃないよ」


 強引に振り向かされ普通にビンタを左頬に食らった、これはこれでメッチャ痛い。だがしかし、僕はこの程度の痛みで引くような男ではない!


「嫌です、今日こそは定時で帰るんです! 帰り道でチーズとナッツを買って、一杯やったあとにふかふかのベッドで寝るんだぁー!!」

「具体的にささやかな楽しみを言うんじゃないよ、アタシらも帰りたくなるだろ! アタシらだってずっとこもりっきりなんだよ!」

「じゃあみんなで帰りましょうよー、もう経年劣化で修復不可能でいいじゃないですかー。魔法的な手入れもせずに酷使してきたお前のせいだってジェルインに突き返しましょうよー!」

「そんなのはコダケンのメンツが許しゃしないよ!」

「メンツで腹は膨れなければ睡眠時間の代わりにもならないんですよ!」


 出張帰りで即残業とかやってられないんだよ! もともとウン百年ものの武具なんだから壊れるべき時が来たってだけじゃないか! 僕は悪くない、僕は悪くない!!


 そんな感じで小さな幸せを守るために必死で姐さんと戦っていると、不意に右手の袖を引かれた。


「サイ兄、あねさん、ご、ごめんなさい……ふ、フゥが壊したから……ひぐっ」


 ヤバい。


「あーあーあー! だいじょうぶだいじょうぶ、へーきへーき! フゥラのせいじゃないよ、だれがどう見たって不可抗力の不慮の事故さ! ねっ、姐さん!?」

「そうそうそう、こんなのだれが触ってたって壊れるものだよ!」


 二人で必死になってフゥラを宥めまくる。このまま感情の爆発に身を任せて銀狼化されようものなら籠手を壊したどころの話じゃなくなるぞ。具体的に言うとコダケンが更地になったうえで僕は肉片になる。


「ふぇ、ふぇぇ……」


 目には大粒の涙を浮かべて決壊寸前ですね、わかります。僕だって泣けるのなら泣きたいよ。


「姐さん、僕はダグラス室長を呼んできますがいいですね!?」

「バカ言ってんじゃないよ、この状況で懐いてるアンタがいなくなったらもう止められないよ! 何とかして落ち着かせな、あの子の兄貴だろう!?」

「消去法で選ばれた書類上の義兄ですけどねぇ!」


 一歩間違えたら出来損ないの挽き肉になる可能性がある中で泣きかけの子どもを説得するなんて研究所職員の仕事じゃないと思うんですが! でもやるしかないんでしょ、知ってるよクソが!


 よしよしよしよし、まずはフゥラの前に自分が落ち着け僕。お前ならやれるぞサイクス・ペディア。人生を振り返れ、僕がやってできないことは……まあいろいろあったけど、それでも僕は生きている。つまり僕は決定的なミスをすることなく二十年以上を生き伸びてきた成功者である。


 考えよう。フゥラはもう13歳だが一族全滅によるショックからくる若干の幼児退行をしているので精神年齢はもう少し幼い。感覚としては8歳くらいの子どもだと思えばいい。だとすれば僕のとるべき行動は……


「ほーら、泣かないでフゥラ。かわいい顔がだいなしだぞー?」


 泣いている小さな女の子にはこれだ、経験則的に間違いない。


「だいなし……フゥのせいで、だいなし……うぇぇええん!!」


 たかだか二十年そこそこの経験なんかアテにならないね、いい経験になった!

 チクショウ、銀狼化寸前のフゥラにはできるだけ触りたくなかったけど仕方ない。もしもの時は肉片くらい拾って弔ってくださいよ姐さん!


「だいじょうぶだよ、フゥラ」


 なるべく優しく、包み込むように抱きしめる。フゥラの小さな頭を撫で、涙に濡れた顔をそっと隠してやる。銀狼化に伴い魔力が充填されているせいか、それとも泣いて興奮しているせいか、いつもよりも少し体温が高く感じる。


「フゥラはちゃんとごめんなさいって謝ったからね、ここからは僕たち大人の責任だ。心配しなくてもだいじょうぶ、僕がいるじゃないか」

「……ほんとに? ほんとにだいじょうぶ?」


 ぎゅっとしがみつかれた力が強すぎて何か出てきてはいけないものが口から出てきそうだ。しかしそこはグッと堪えた。じゃないと本当に『僕だったもの』をぶちまけることになりかねないから。僕はまだまだ死にたくないし、さすがにそんなトラウマをフゥラに植え付けたくもない。


「いつもチグサやマーポルがいらん事した後始末をしてるだろ? この程度のことなんてことはないね。それとも、フゥラの知っている僕はそんなに頼りないかな?」

「……ううん。サイ兄はいつもチー姉やマー君に怒ってるけど、でも、いつも助けてくれる」

「だろ? だから僕に任せて泣きやみな。いつも通り、頼れるサイ兄が何とかしてあげるから」

「……うん!」


 フゥラの声が明るくなったのを聞いてコダケンのあちこちから安堵の息が吐かれた。フゥラが僕の腹のところに顔をぐりぐり擦りつけてさえなければ僕もクソデカため息を吐いているところだ。結構な力がみぞおちにかかっているからできれば早く離れてほしい。


「ありがとね、サイクス。おかげで最悪の事態は免れたよ。本当にありがとう」


 フゥラに聞こえないよう小さな声で労いの言葉をかけてくれたので、同じく小さな声で返す。


「姐さんなら銀狼化したフゥラを止めることもできるでしょうが、被害はもっと大きくなるでしょうからね」

「ダグラスなら力で押さえつけられるだろうけど、アタシがやるならそれなりの規模の魔法が要るからねぇ……」


 魔力に圧倒的な耐性を持つ銀狼を魔法使いが単身で止めることができるという時点で姐さんも相当なのだけど。まあ今も昔も力は使わずにおけるのならばそれが最善とされているし、被害は出ないに越したことはないよね。


「遅くなってすまねぇ、フゥラがヤバいと聞いたが……大丈夫そうだな」


 マジで来るの遅いよ筋肉ダルマ室長。下手したら僕の中身が口からあふれ出てたかもしれないんだぞ。危険手当出してもらえないかなコレ。


「言いたいことや報告しなきゃいけないことはいろいろありますけど、とりあえずはフゥラを連れて帰ってください。それと術式を組む許可をお願いします」

「わかった、許可する。補助にはマーポル呼ぶか?」

「それはアタシがやるよ。全部そっちにやってもらうのも悪いからね」


 やったぜ、姐さんが補助してくれるなら何の心配もないや。マーポルもダメじゃないんだけど致命的なまでに人間性が信頼できないからねぇ。


「そういうことならよろしく頼む。フゥラ、サイクスはもうちょっと仕事するってよ。俺と一緒に帰るぞ」

「うん。サイ兄、ごめんね」

「はいはい。ちゃっちゃと終わらせるから、僕が帰るまでに片づけの続きをしといてよ?」


 フゥラと室長の背中を見送ったことでようやく一息つける。うわ、服の腹のところが涙と鼻水でべっちゃべちゃだ。あいつ最後に顔を擦りつけてたのはこのためだったのか?


「なんとかするって、なんとかできるのかい?」

「しますよ。まあコダケン的にはアウトかもしれませんけど、フゥラ一族の言葉を知らない人間くらいなら余裕でごまかせます」

「最初っからごまかすつもりでいくんだね」

「完璧に直せるならフゥラが壊したくらいで焦りませんよ」


 古代言語と文字が同じなのが不幸中の幸いだね、そっくりそのままとは言わないけれど見てくれを繕うくらいのことはできる。ごまかし、でっちあげ、捏造は得意分野だ。


 まずは壊れた部分を見てみよう。籠手の手の甲を覆うルプス・レクスの骨? が折れてるんだね。ふむふむ、武器屋にみてもらった方がよくね? まあとりあえずこれをくっつけますか。


「脱着はできなくていいから術式はこんな感じで……」

「よくまあ粘土板とヘラでそんな綺麗な術式を書けるもんだねぇ」

「慣れれば使い減りしないんで意外と重宝しますよ、っと。できました、これをお願いします」


 魔力の放出ができない僕は魔法道具も使えないし術式の起動もできない。だけど術式を書くことはできる。あとはそれを誰かに魔力を込めながらなぞってもらうなり書き写してもらうなりすればいい。


 僕が粘土板に書いた術式をデリラ姐さんが紙に書き写し、折れたパーツを元の場所に乗せた状態で籠手を紙の上に置く。これで術式を発動させればくっつくはずだ。


「気を付けてくださいね、術式の上にあるものは全部固着させるのでうっかり手で触れたまま起動させたらくっついて取れなくなりますよ」


「これもまた悪用したらとんでもないことできそうな術式だね。写しはこれが終わったら焼き捨てとくよ」


 うっかり起動させたら大惨事になりかねない術式なのでそれが正しい。認可されることのない僕オリジナルの術式だからホイホイ写されても困るしね。

この世界では魔法道具を作ったり、商業事業で魔法を使う時は国の認可がされた術式しか使えません。サイクスの場合はとある法律により、彼の作った術式が認可されることはあり得ません。

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