ユイス公爵領 2
ーこれからは領を発展させていきたいのー
そう言ったわたくしに、ジョルジュはある意味当然の質問をしました。
「失礼ながら、妃殿下は出来るだけ早く王都に戻られて、国王陛下との仲を深めることをお考えになるべきでは?
陛下にはまだ正妃がいらっしゃらない。これといって内定されている方もいらっしゃらないと聞いております。他の側妃の方々と寵を競って正妃の座に着くことこそ肝要なのではございませんか?王女殿下という側妃の方々の中でも一番高貴な身分でいらっしゃいます。当然のお望みかと考えますが。」
「それが当然のお望みではないのよ。」
正妃の内定者がいないとか、さすがの情報収集力です。
これは当然私の実情も把握してますね。
本音で話せそうで何よりです。
「もう知っている事でしょうけど改めて話しておくわね。
わたくしは確かにルーセルの第一王女ではあるけど、ルーセル内での立場はあまり強いとはいえないわ」
ジョルジュはさすがに少し困ったようでした。
数拍ほどの間をあけた後、言葉を選びながら話はじめます。
「それでも、輿入れ支度や婚姻に伴って結ばれた条約等を見る限り御身が蔑ろにされているわけではないかと」
「ええ、そうなのよ。ありがたい事にね。でも、そもそもの両国の力関係やルーセルの中での後ろ盾のなさを考えると、私が正妃を狙うのはあまり得策とはいえないと思うのよ」
むしろ狙っている目標は他にある。
そう話すと、ジョルジュは先を促しました。
「わたくしが望んでいるのはユイス公爵領の発展とフルール国内への良い立場での融合よ」
「もはやフルール国の大国としての権勢はほぼ固定化したと見て良いわ。お母様の故国は領土も縮小してしまい、これから先短期間で情勢が劇的に変わるとは思いがたい。ルーセルにしたってフルールに並ぶとはとてもいえない国力よね」
だいたい並ぶほどなら、側妃扱いで送り込む必要はないものね。
「むしろこの領は、今までのように独立の気風を持ち続ける事によって国内で損をする事が多くなっていくと思うの」
「損、ですか。それはまた思い切った事をおっしゃる」
「ふふ。仮にも王女が考える事としては品位に欠けるかしら?でも、私には民を守る義務があるはずよ。自分の出自や立場の事だけ考えて民の幸せを犠牲にするのは良くないわ」
これからはおそらく、フルールに対して独立の気風を保っても国としての発展から取り残されていくだけ。
「街道の整備を始めインフラも整えていこうと思うの」
だってあえて不便にしておくメリットがこれからは無くなるから。
そう続けたわたくしに、ジョルジュは苦笑しながら同意しました。
「確かに、国王陛下の統率下、フルールの軍事力は凄いと言わざるを得ない。ユイス公爵領が反旗を翻したところで援軍も望めないままに滅ぼされるでしょうね」
そう。現実を客観的に把握できているジョルジュはやはり優秀です。
侵攻に備えるというなら街道を不便にしておくことも、川を渡ることを妨害できるようあえて脆弱な橋を架けておくことも意味があります。でも事を構えたとしてその先に勝利があるわけではないのです。
ここで、誇りが邪魔をするのか、ゆるやかな没落ルートを選んでしまう人が案外多いのではないでしょうか?
そういったタイプに説得する手順を踏まなくてすむあたり、やはり人材に恵まれていると感謝してしまいます。
「上位貴族には独自の領軍があるでしょう?ユイス公爵領の領軍は精鋭が揃っている。それはよくわかっているし、誇りに思うわ」
でも、戦略などで戦力差を覆せるのは一般的には3倍差まで。しかも国王シャルル5世は戦上手で知られた人物。物量共に勝算がありません。
「対立したりモノ申したりする立場で警戒されるより、フルール国内で重んじられるように領を発展させていく方が得だと踏んでいるの」
しかも、持参金と支度金でキャッシュが手元にある今のうちに始動したいのよね。