2. 荒くれものたちとの戦い[後編]
俺は目を閉じ、剣の先に意識を集中させる。
海を越え、山を越え、俺の元までやってきた風を剣の先に集めて。
「うおおおおおお!!!」
俺は振り上げた剣をまっすぐに振り下ろした。猛烈な風が大地を薙ぎ払うように吹きすさび、荒くれものたちの体は紙切れのように宙を舞う。
「地平線の彼方まで飛んでいけ!」
男たちはひたすら困惑の表情を浮かべたまま、物凄い速さですっ飛んでいった。やがて豆粒のように小さくなって、見えなくなった。
「……大丈夫かしら、あの人たち」
流石に心配になったのか、ガネットが尋ねてくる──しかしその点は抜かりない。
「奴らが飛んでいった方向には湖がある。死にはしないだろうよ」
俺は剣を荷車の檻に向けると、指揮棒のようにサッと振った。鋼鉄の檻は焼き菓子のように簡単に切断され、俺はようやく中の子供たちの表情を拝むことが出来た。
手錠と首輪に繋がれた子供たちは怯え顔をしていた。俺は彼らを元気付けるように、
「これでお前たちは自由だ。どこにでも行くといい」
と快活に言った。ところが一人の女の子が控えめに、
「……しかし、私たちにはいく場所も帰る場所もありません。どうしたらいいのでしょう?」
と尋ねてくるのだ。
難題だった。無責任に彼らを助けたはいいが、その後どうしたらいいかを考えていなかった。この国で奴隷として売り飛ばされれば、悲惨な境遇しか待ち受けていないに違いない。行動を起こしたのが間違いだとは思わないが、さてこれからどうしようか。
「……何かいい案がないかな?」
ガネットに尋ねると、彼女は心底呆れたという表情で俺を見る。
「もう、毎回毎回後先考えずに行動するんだから。……確か、王宮の城下町には身寄りのない孤児のための教会があったと思うけれど」
流石の秀才である。すぐに的確な助言を与えてくれる頼りになる女性だ。
「よし、この子たちをその教会まで連れて行くことにしよう」
「え、この人数を?!」
ガネットは驚き顔で眉を顰める。
「王宮までは、まだまだ相当な距離があるのよ。それまで彼らの食料とかはどうするの? 流石に彼ら全員に配れるほどの余裕はないわよ」
「君の魔法でどうにかならんのか。何かこう、"空腹から人を守る"魔法とか……」
「そんなに都合のいい魔法はありません! けれど、放っておくわけにもいかないしねえ」
子供たちは満足な睡眠や食を与えられていないのは明らかで、王宮までの道中で力尽きてもおかしくなさそうな状態だった。だらだらと旅をする余裕はない。何かいい手はないか?
と、ふと天啓があった。
「この荷車ごと飛んでいけばいい。俺の魔法なら可能だ」
「……え?」
ガネットが耳を疑うような表情を向けるので、俺は再度声に出す。
「この荷車を飛ばすのさ。俺の風の魔法で。そうすれば王宮まで一瞬で着く。お前も一緒に飛んでいけるだろう」
起死回生の名案であるように思われた。俺は檻から救出した子供たちをガネットと共に再び檻の奥に押し込んだ。俺は荷車の天井に飛び乗って、再び精神を集中させる。
「──『風と共に去りき』(ゴーン・バイ・ザ・ウインド)」
地面を這うように風が集まり、上昇気流となって巨大な荷車を浮き上がらせる。俺は揺れる天井の上で器用にバランスを取りながら、さながら戦地の前線に立った指揮官のような気分で、
「さあ、行こうじゃないか!」
と叫んだ。刹那、荷車は凄まじい轟音と共に飛行を開始した。
向かい風を切り裂いて荷車は飛翔する。目指すは王都、オーテンの地である。
「ねえ、この魔法、しっかり制御できているんでしょうね」
あまりの速度と振動に恐れをなしたか、ガネットが切断された檻の隙間から顔を出して尋ねてくる。
「大丈夫だ。この魔法に隙はない」
俺は自信をもって答えた。俺の洗練された風の魔法に不可能はない──少なくともその時は、そう思っていた。
事態は突然変容を見せた。
──ピカッ!!!
雲一つない青空の中を飛翔していると、突然落雷のような光の衝撃があった。俺はその眩さに一瞬目を細めた。何があったのかは分からない。
しかし、何があったのかをじっくりと思考する時間はなかった──軽やかに空を舞っていた荷車が、俺の意に反して下降を始めたのである。
「っ! なんだ?」
俺は直ぐに立ち上がって、再び魔法を掛けなおそうとする。しかし、風が集まってこないのだ。俺の必死の詠唱も空しく、子供たちとガネットを乗せた荷車は、地面に向かって急降下していった。
「ちょっと、何が起こってるの?」
「分からん! しかし……」
下方には既に、王都オーテンの街並みが見えていた。このまま落下を続ければ、荷車は猛スピードで王宮の壁面へと落下するだろう。俺はゴクリと喉を鳴らす。
「ガネット! "守護魔法"だ! 子供たち全員を守るんだ、頼む!」
「ええ?! それって……キャア!」
いよいよ制御を失った荷車は捻じれるような軌道を描きながら、城下町の上を飛翔した。俺の祈りを嘲笑うかのように、沈黙を続ける荷車は王宮の最上階へと、けたたましい爆音を上げながら突入した。