0. 勇敢なる旅立ち
初めに弁解しておくが、俺はやましい考えで風の魔法を習得したのでは断じてない。
そもそも俺の家系は、長い歴史のある魔法使いの血筋だった。初等の魔法を親から習っているうちに、俺には風を操る才能があることが分かったのだ。だから俺は安易な気持ちで、風の魔法の修練を積んだに過ぎない。
幸か不幸か、俺には魔術の才能があった──どんな経路を経たのかは分からないが、王様の所に俺の噂話が伝わったらしい。
ある日、王宮から唐突に伝令が下った。内容は簡潔だった。北の大地に住むという、『つぎはぎの悪姫』を討伐することだ。
つぎはぎの悪姫──雑草すら生えない荒地に住む一人暮らす彼女は、強力な魔法を操る魔女である。普段は巨大な城の中で、たった一人で眠り続けていると言われている。
俺の住む国は長きにわたり、彼女の脅威に怯えていた。悪姫はその強力な魔力を気まぐれに振るい、街や村を特に意味もなく破壊するのだ。
王宮は幾度も幾度も、悪姫に向けて討伐隊を差し向けたが、ただの剣や銃では強力な魔法使いには歯が立たない。彼女に対抗できるのは、同じ魔法の力を扱える人間だけなのだ。
「……そういうわけだから、是非ともお前の力を借りたいのだ」
伝令の書簡を持ってきた甲冑姿の兵士は、偉そうな態度でそう言った。
「そんなに急に言われましてもね。魔法って言ったって、ただで使える訳ではないんです。体力だって消耗するし、準備にお金だってかかるんです。そう簡単にハイ、とは言えませんよねえ常識的に」
「見事にあの魔女を討伐出来たら、彼女が支配している北の国土の権利をお前にくれてやる」
「……分かりました。この国の平和と秩序のために、身を粉にして働くことをお誓いいたしましょう」
こうして俺は悪姫との戦いを誓ったのであった。俺の住む故郷の平和と守るために。
「敗走した先遣隊が持ってきた報告書だ。悪姫との戦いに役に立つだろう。読んでおきたまえ」
兵士はそう言って分厚い羊皮紙を投げてよこすと、ガチャガチャ煩い音を立てて俺の家から出て行った。
その紙には小さい文字で、悪姫に関する様々な情報が記されていた。俺は殆どの文章を読み飛ばしたが、ある記述の所で視点が止まった。
「えー、悪姫の弱点について。剣、槍、銃撃、大砲、様々な手段で彼女を攻撃したが、傷一つ与えることは出来なかった。正確には、どんな傷を与えても彼女は再生した……え、不死身系の魔法使えるのか」
俺の討伐計画に早くも暗雲が立ち込め始めた。俺は不安になりながら先を読み進める。
「……王宮お抱えの魔術師を派遣して調べさせたところ、彼女の着ている服に秘密があることが判明した。彼女の服は魔術回路と魔石が織り込まれたもので、彼女の不死性を維持しているのはその部分である……」
魔術と一言に言っても様々なタイプがある。宝石や魔石で飾り付けて、その力を借りるというのは珍しい手法ではない。しかしその後の記述に俺は自分の目を疑った。
「……彼が自らの命を賭して彼女の服の秘密を探った結果、彼女の不死を司る魔石は、彼女のスカートの内側に織り込まれていると判明した。つまり、魔姫の弱点はスカートの内側である……」
さて、もう一度弁明しておくが、俺は決してやましい気持ちで風の魔法を習得したのではない。スカートを捲りたいがために、強力な風の魔法を来る日も来る日も勉強していたのでは断じてない。
どこから話が漏れたのだろうか。俺が故郷の村を旅立つ頃には、奇妙な噂が流れていた──あいつは魔法の力で悪姫のスカートを捲りに行くらしい、と。
極めて心外だ! 俺は純粋に世界平和のために戦いに赴こうとしているのに!
「なあ、レッド兄ちゃん。スカート捲りに行くんだって?」
「やかましい! 隣町まで大風で吹っ飛ばしてやろうか?」
近所に住む子供たちが、記念すべき旅立ちの日だというのに、小ばかにしたような声ではやし立てる。そして、それを聞きながら呆れ顔を浮かべる女の子が一人。
「随分な見送りだこと」
「全くだ。これから悪姫の手から国を救おうという人間に向かってなんとう言い草だ」
「フフフ、そうね」
彼女は俺の憮然とした顔を見てクスクス笑う──彼女の名前はガネット。同郷の幼馴染であり、俺と同じく討伐命令を受けた人間である。
彼女もまた魔力に優れた人間であり、おまけに剣が達者である。王宮への招集命令を掛けられた俺たちは、遠く離れた王宮を目指して同行することに決めていた。
彼女は万雷の声援を受けて、俺は子供たちからの不名誉な掛け声を背に、俺たちは悪姫を倒すための旅を始めたのだった。悪姫の手から世界を救うという崇高な目的のために……
「でも正直、見れるものなら見てみたい?」
「何度も言わせるな! 俺の魔法は高潔なる理念と恒久の平和のためにあるものだ。そんな邪な目的のために力を振るう気はない!」
「まあ、そうね。そんな度胸がある人じゃないものね」
全てを分かったような顔をして、ガネットは俺の背を叩きながらケラケラと笑うのだった。