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第10話 さよならの代わりに

「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 息切れをしながら、イゾーは走る。普通なら、一歩も動けないような火傷の状態だというのに、生への執着が凄いのか、イゾーの足が止まる気配はない。


「自警団が来たぞぉ!」

「全員武器を持てぇ!」


 屋敷内は騒がしく、どうやら自警団がアジトに攻めてきたようだった。

 一週間後に攻めてくるはずの自警団が攻めてきている。だが、イゾーにとって、もはやそれはどうでもいいことで、自警団と戦っている部下を放っておき、隠し通路でアジトの外に出た。

 外は曇りで月明かりもないほど暗く、誰も道を歩いていない。目撃者が少ない状況なら、逃走の成功率も上がる。イゾーにとって都合の良いことだった。しかし、町の名所である桜美川の橋を渡っている所でーー


「待ちなさい」


 声をかけられた。

 イゾーが渡ろうとした橋の先に佇む影が一つ。

 それは、刀を既に引き抜いているユズハだった。

 そして、イゾーが振り向けば、後ろには自警団が二人おり、イゾーは橋で挟まれることとなった。


「こんな夜更けにどこへ行こうとしているのですか?」


 ユズハがゆっくりと近づいてきながら、質問を投げかける。月明かりが出ていない暗い夜でも、イゾーの顔がはっきりと見えないとはいえ、着ている服が人攫いのものであることはユズハにも認識できるだろう。


「別に、ただ散歩してただけだ、自警団さん」


 夜風が吹く。雲に隠れていた月がゆっくりと地上を照らし始める。


「こんな時間に散歩? もうちょっとマシな嘘……っ!」


 月光がユズハの刀に反射し、イゾーの身体の一部を一瞬だけ照らした。

 その照らされた部分は、イゾーの片目の傷で。

 それを目にしたユズハは、足を思わず止めた。

 そして、月が地上の全てを明るく照らす。


「お前は……っ!」


 復讐する相手を一瞬たりとも忘れたことがなかったユズハは、月に照らされたイゾーの顔を見て、刀の柄を握り潰すのではないかというほど手に力が入る。

 対して、イゾーはユズハの顔ではなく、その自警団の服装に目が向き、舌打ちをする。


「やっぱ、自警団は逃亡ルートを押さえてやがるか……」

「……貴方を殺す前に、聞きたいことがあります」

「あ? 俺を殺すだと?」


 逮捕するではなく殺すと言われ、イゾーは眉をひそめる。そして、彼はユズハの持っている刀に身を覚えがあることに気がついた。


「その刀、どこかで……」

「お前がかつて襲った、道場の親子のことを覚えているか……!」

「っ……! へぇ……偶然ってのは面白いなぁ」


 ユズハのことを思い出したイゾーが、不気味な笑みを浮かべる。それは、まるで新しい玩具を見つけたかのような笑みだった。


「てめぇは、俺の目を奪った女の娘か」

「そうですか……覚えているんですね。良かった……私の復讐が、貴方に気づかれないまま終わることになるのは嫌だったので」

「復讐ねぇ……ふふっ、あひゃははは!!」


 ユズハを馬鹿にするような、イゾーの大きな笑い声。

 笑われた理由も知らずに復讐をすることはできない。すぐさま斬り殺したい気持ちを抑えて、ユズハはイゾーに叫ぶ。


「何がおかしい!」

「残念だったなぁ……お前は俺に復讐できない。なぜなら、俺はここで死ぬつもりはねぇからよぉッ!」

「なっ!」


 べぇ、とイゾーが舌を出して、橋からその身を投げ出した。ユズハ達が止めようにも遅く、イゾーは流れの激しい桜美川へと飲み込まれることになる。


「馬鹿な奴だな。この川の流れだと、ただの自殺行為だ」


 ユズハ以外の自警団の一人がそう呟いた。しかし、並の人間なら命はないだろうが、イゾーならそれでも生き残るだろうと、ユズハは不思議と確信する。


「ふざけるなぁ……っ!」


 長年の復讐をやっと果たせると思っていたのに、あと一歩のところで復讐相手を逃し、ユズハは激しく後悔するのだった。














「お兄ちゃん……」

「っ! リリィ!」


 リリィの今にも消えてしまいそうな小さな声。

 リアムはリリィを抱え、彼女の手を握る。

 彼女の手は、氷を触っているかのように冷たくて。

 いつものリリィの手の温もりを知っているリアムにとって、それはとても異常なことだと理解してしまう。


「あぁ……やっぱり、お兄ちゃんだ……よかっ、たぁ……聞き間違い、じゃなくて」


 手を握られて、リアムの存在を感じ取ったリリィが、安堵したように微笑んだ。

 閉じていた目を弱々しく開けて、リリィは涙を流すリアムを見る。


「来て…くれたんですね……」

「あぁ……“たった今”、来たところだ……」


 たった今。その言葉に、リアムの後悔が全て込められていた。

 あと一秒でも、たった一秒でも早く来れていたなら、こんなことにはならなかった。そんな後悔が、リアムの心を支配する。

 リアムの流した涙がリリィの頬へと落ちた。


「泣か……ないで……」

「リリィ……喋っちゃ駄目だ……!」


 リリィの胸から流れる血は止まる気配を見せない。彼女の命が流れ出ていく様を、リアムはただ見ることしかできない。


「ごめんなさい…お兄ちゃん……今まで、我儘ばかり……言って……」

「なんだよ、今までって。最期みたいなことを言うな……!」

「私の我儘……迷惑、だったでしょ……?」

「何を言っているんだ……! 我儘を言うのはいつも俺で、お前はそんな俺の我儘を聞いてきてくれただろ! 俺が自警団に入りたいって我儘を言った時だって……」

「…………私ね、ホントは…お兄ちゃんが、自警団に入るの……嫌だったんだ……」

「っ……!」


 リリィのその言葉に、リアムは言葉に詰まる。いつも応援してくれていたリリィの本心を聞き、何も言うことができない。

 リリィは最後の力を振り絞るかのように腕を震わせながら上げて、リアムの頬を優しく撫でる。


「いつも一緒だったお兄ちゃんが…いなくなるのが怖かった……自警団のお仕事で…お兄ちゃんが死んでしまうかもしれない……って思うと、怖かったの……」

「リリィ……」

「でも……お兄ちゃんが自警団のお仕事をしているのを見て……ユズハさんと笑い合っているのを見て……そんな不安は無くなった。町のために…誰かのために、行動するお兄ちゃんを誇らしく思った……お兄ちゃんが自警団に入るのを、止めなくて良かったと心の底から思ったの……」

「ごめん、我儘ばかり言ってごめん。俺の我儘で不安にさせてごめん。だから、これからは我儘を思う存分言ってくれ! 俺がお前を幸せにしてみせるから……!」


 声がどんどん小さくなっていくリリィに、リアムは涙を流しながら自分のありったけの想いで語りかける。リリィの手を握っている手に力を込めて。

 リアムの想いに、リリィは儚げな微笑みで応えた。自分の命が尽きようともこれだけは伝えようと言葉を紡ぐ。


「ううん……もう我儘が思いつかないくらい、私は幸せだったよ……」


 リリィはゆっくりと目蓋を閉じながら、さよならの代わりに想いを告げる。


「ありがとう……愛して…ます……お兄、ちゃん……」


 全てを振り絞ったかのような最期の言葉。

 その言葉が紡がれ切った瞬間、リアムの頬を撫でていたリリィの手が離れた。


「リリィ?」


 握っていたリリィの手からふっと力が抜け、リアムはリリィの名を呼ぶ。呼べば必ず返事をしてくれたリリィが、返事どころか、反応も何もしてくれない。


「あぁ……」


 リリィがそこにはもういないことを知ったリアムは、彼女の身体を泣きながら抱きしめるのだった。


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