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ディファレンス・ウィザード  作者: 薙原 優
2/20

解析機関と神理機関

 遠くで小鳥の鳴き声がする。

 柔らかな羽毛の重みとリネンのシーツの肌触りに包まれながら、私の意識は微睡みの底から浮上していく。重たい瞼を無理やり押し上げると、硝子越しに差し込んだ透明な朝日が両目を射た。眩しさに目を眇める。どうも昨晩カーテンを引き忘れていたらしい。

 アフガニスタンでの中期任務を終えた私は、十日前に、英国に戻る許可を得た。

 他の帰還兵らと共にインドの港より出る船にすし詰めにされることも覚悟していたが、幸い軍は尉官であり戦術的価値の高い《代入者》でもある私の輸送に気を使うことにしたようで、乗船の指示をされたのはモーター式の最新軍用飛行船だった。将校の移動や小隊の高速運用にも用いられる速度は流石の一言に尽き、ボンベイからイギリスまでの旅路は景色を楽しむ間もなくあっと言う間に過ぎた。

 そうしてロンドンの学院に戻り、懐かしの寄宿舎の自室に荷物を運びこんだわけだが、残念ながらすぐに気を休めることは出来ず。復学の手続きやら、アフガンでの任務に関する報告書の作成やらに忙殺され、それらがやっと片付いたのが昨日の夜の事だった。

 久方ぶりの快適な睡眠だったな、と思いながら、私は寄宿舎の自室のベッドの上で上体を起こす。サイドテーブルに置かれた時計に目をやると針は七時半を示していた。就寝したのが二十二時半だから九時間近くも寝入ってしまったようだ。

 この時間であればもう食事ができるはずだ。寧ろ急いでいかないと、食堂が閉まって朝食を食いっぱぐれかねない。夕食もそこそこに床に入ってしまったため、現在胃袋の中身は実に心もとない。この上朝飯抜きはきつい。

 名残惜しくもあるが、私は睡魔の誘惑を振り払って暖かいベッドの外に出た。

 ゆったりとした綿製の黒いナイトガウンの紐を解く。ベッドの上に乱雑に寝間着を脱ぎ捨ててから、ワードローブを漁って制服を発掘した。服を着替え、諸々の身支度を整えると、部屋の隅に設置した姿身の前に移動し具合を確かめた。

 鏡に映ったのは切れ長の目をした十六歳の東洋系少女だった。

 墨色の髪を頭の後ろで固く結いあげていて、シャープな顔のラインは見る者に硬質な印象を与える。服装は上半身が赤の詰襟の上着、下は濃紺のズボンで腰には鋼鉄製の立方体。うら若き乙女には似つかわしくない男装をしているものの、整った顔立ちは総じてオリエンタルな魅力に溢れた麗人と言えよう。実に素晴しい。

 ……それが私、西園アンナであなければもっと素晴らしかったろうが。

「……まあ、いいさ」

 肩を竦めて呟く。鏡面から視線を切って、私は部屋の外に続く扉を開いた。

 貴族屋敷風に飾られた廊下に出て、左右に延びる廊下のうち左側の道へ。手入れの行き届いた、新しめの印象を受ける床や壁を眺めながら多少速足で歩く。実際、骨董趣味のこの国には珍しく、校舎とそれに併設された寄宿舎は学院の創立に合わせてロンドンの外れに一から新しく建てられたと聞く。

 廊下の東側には、今し方私が出て来たのとそっくりな扉が一定間隔で並んでいる。それぞれが寄宿生達に割り当てられた部屋で、私は現在一人で使っているが、基本はルームメイトと暮らす二人部屋だ。西側には大きな窓があり、中庭の様子が一望できる。

「ん?」

 と、庭の中央を貫く並木道の間で閃光が奔った。橙色の光芒が道沿いに一直線に抜けるのが、重なり合う常緑樹の葉の隙間越しに確認できた。次いで最初の一発を追いかけるように、銀白色、藍色、黄金の光が飛ぶ。見間違えようもない、あれらは攻撃術式の反応だ。窓に近寄ってみると、並木道の中程に数人の少年が立ち、宙に掲げた手の平から光を生み出しているのが見えた。

 授業開始もまだだというのに、神理機関の個人使用を許可された学生が訓練に励んでいるらしい。あの色の命素で射撃系の術式ということは、アポロン、アルテミス、オーディン、インドラあたりの使い手だろうか。朝っぱらからよくやるものだと感心する。

 突き当たりを右に。階段を下りて共通棟の一階に向かう。

 食事の時間が始まって少し経っているためか、女子棟の廊下は人気が無かったが、階下の通路は大いに賑わっていた。固まって話をする者。横一列で歩く者。十を超えるか超えないかの幼い子供から成人するような年齢の者まで、多種多様な年齢層の若者が行き交っている。皆着用しているのは、陸軍の軍服をモデルにした赤と濃紺の学院制服だ。ただ、男性がズボンなのに対して、女子は細身のロングスカートであった。

 私が階段から降りた途端、生徒たちは一斉に緊張の面持ちになった。揃って俯き加減になって、中にはあからさまに目を逸らした子もいる。私が気にしない素振りで通り過ぎると、小声でこそこそと言葉を交わすのが背後で聞こえた。

 一回の廊下を少し進んだ先の食堂でも反応は似たり寄ったりだった。

 一度に五十人は座れる巨大な長テーブルが三列も並べられた大食堂。入口正面の壁に嵌め込まれた大窓から爽やかな朝日が差し込む大広間は、朝食ラッシュ時ということもあって大勢の生徒で込み合っていた。席も七割がたが埋まっている。しかし、私が足を踏み入れるや否や、彼らの和気藹々とした笑声のボリュームが一段階下がった。

(ううむ、この遠巻きにされてる感じも久しぶりだな……)

 依然無関心を装いながら、猛獣が紛れ込んだかのような張り詰めた空気を掻き分けて移動する。壁際のカウンターに近付き、配膳係にトレーに乗せられた朝食を受け取った。

 一番左のテーブルの一番端の席に着いてナイフとフォークを手に取る。今日の朝食はパンとオムレツ、ベイクドビーンズにブラックプディングと実にオーソドックスなメニューだ。朝にガッツリ食べるこの形式が私は結構好きである。早速オムレツを切り分けて頬張る。口の中に広がった甘みが、周囲のぎこちない雰囲気を気にする心を和らげてくれた。

 モグモグと卵料理に舌鼓を打っていると、テーブルを挟んだ正面の席に何者かの影が差した。自慢ではないが、わざわざ私の向かいに来ようという人物は相当に限られている。

 その人物の顔を確認するより先に私は声を掛けていた。

「おはよう。エリザ」

「お早う、アン。良く生きて戻ったわね」

 互いに口にしたのはファーストネームを短縮した愛称だった。アルト気味の私の声よりも幾分高めの、艶のある軽やかな声が頭上から降って来る。声の主は自分の分の食事をテーブルに置いて、白木の椅子を引いて座った。

「何日か前には帰ってたんでしょ。どうして講義に顔を出さなかったの?」

「報告書を完成させるために部屋に篭りっぱなしだったんだよ」

「報告書? そのぐらい帰りの道中で書いておけば良かったのに」

「……書いてたさ。それでも出来上がらなかったんだ」

「あはは。細かい書類仕事は苦手だものね、貴女」

 私のそれとは異なる、抜けるような白皙の肌。腰まで伸びる豊かな金髪の奥には純西欧系の顔立ちが収まっている。此方に向けられた双眸は海原のような紺碧。「清純」や「楚々たる」よりも「豪華絢爛」といった形容詞が似合う派手な美人、エリザベス・レンフィールドは唇の端を持ち上げて意地悪く微笑んだ。

「アフガンに派遣されて一月半、こっちに戻ってからも数日。遠巻きにされるアンを見るのも暫くぶりだと思ったけど……。それだけいなければ暫くぶりにも感じるわよね」

 意識しないように務めていたことを指摘されて、思わず眉間あたりが渋くなった。

「それは言わないでくれって。嫌がらせか?」

 いきおい剣呑になってしまった返答に、エリザは可笑しそうに両目を弛めた。

「まさか。寧ろその逆。食堂に降りてきてこの空気だった時、私は嬉しかったのよ? 『ああ、アンが帰ってきたんだ』って感じがして。ま、貴女は嬉しくないんだろうけど」

「ああ、まったくもって微塵も。……なんで私だけこんなに避けられるのやら。此処には私以上の化物もゴロゴロしてるってのに」

「まあね。《海神の頂点(エース・ポセイドン)》に《鉄腕鉄脚(デュアル・ベオウルフ)》、《深緑の射手(ロビンフッド)》……。学院生でありながら既に円卓の十二騎士に列せられてる怪物なんかもいるわね」

 ぼやいた私に応じて、エリザは指を折りながら学院が世界に誇る使い手達の名前を列挙していく。個人的に親交のある者はいなくとも彼らの評判は度々耳にする。何れも学院のみならず国外にまで名を轟かせる《異名持ち(ネームド)》だ。

「彼らは確かに隔絶した代入者よ。貴方と同時期に現地入りしたアフガンでも圧倒的な戦果を挙げたらしいし、現時点での単純戦力ならアンより上の位階に立ってるかもね」

 けどね、とそこでエリザは言葉を切って目を眇めた。

「アンが近寄りがたく思われてる理由は別に戦闘能力だけが理由じゃないでしょ」

「……他に何があるっていうんだ」

「分からないフリしても無駄よ。彼らの中ですら数少ない『特級』の命素生成量。異国の血が入った容貌。極めつけに、その男性用の服装に男性的な口調! いくら学院が形式主義的でないと言っても、集団に混じるには貴女はあまりにも特異過ぎるわ」

 自覚有るでしょう、と断言されれば流石に私も首を竦める他ない。

 意固地になってしらばっくれてみたが、エリザの言う通り私にだって自覚はある。ここの生徒、というか代入者は全般的に奇人変人類が多い傾向にあるが、西園アンナはその中でも突出している。正直自分でも、こんな妙な人物とお近づきになりたくはない。

 大英帝国は格式を重んじる。男には紳士としての、女には淑女としての立ち振る舞いを要請するこの国において、私は間違いなく異端に分類される人間だろう。

 急進派が台頭し社会全体の風通しが良くなったこと。そして、この代入者育成学校《ロンディニウム学院》に入学させられたことで、私は世間から放逐されずに済んでいる。

 まったくもって解析機関と神理機関様々だな。

 そう独りごちて、私はちぎったパンを口に放り込んだ。


 解析機関。

 碩学の長、偉大なりしチャールズ・バベッジがその機械を完成させたのは、一八三〇年代の事だ。蒸気を動力源にし、数字を刻まれた歯車を回転させることによって計算を行う機会の発明。それは人類初の機械式演算装置だった。

 人より早く、精確な値をはじき出す機械は多くの方面で歓迎され、欲された。最初は政府、次に工場と企業がこぞって導入し始めていき、社会全体の情報処理能力は前世紀では考えられない程に向上した。機械の頭脳は、設計製作から統計への応用、住民情報のデータ化まであらゆる分野に革命を起こしていった。

 前世紀に蒸気機関が生み出された時以上の発展。

 しかし、それさえも次に起こる革新の序章に過ぎなかった。

 『それ』が発見されたのは、ある碩学が機関に大量の生体データを入力した時のことだ。

 人体は未だ解明されてない部分の多い神秘の領域。解析機関の演算能力を持ってその構造を解析しようとしていたその碩学は、『人間の体の中で何がどう動いているのかモデルを作れ』と計算機に指示を入力した。

 そして彼は出力された分析結果を目にして驚愕することとなる。そこにあったのは「人体の中心で巨大なエネルギーが渦巻いている」という、固まりつつあった現代医学の見地を覆す異様なデータだった。パンチカードの見直しや、再計算、対象者を変えた再実験などをしてみたが、結果は変わらず「人の中には大きな力場がある」と出力され続けた。

 それだけではない。酔狂な碩学が物は試しと、検出されたエネルギーの波長に共鳴するように歯車のサイズやシャフトの長さを調整した蒸気機関を実際に作り、データの元となった人物に持たせてみたところ――なんと動き出した蒸気機関から光の束が噴き出したのだ。それこそ魔法のように。

 現代では常識となった魔導技術だが、当時の人々にとっては驚天動地の現象だったろう。機械から光線が迸る様はまさに御伽話の再演だった。

 俄かには信じがたい計算結果でも、証拠を目の前に突き付けられては信じるほかない。検証の後、碩学たちは認めることとなった。自分達は人の内に宿るエネルギー、いわゆる生命力と呼ばれるものを発見し、しかもそれは超常の力にすら至れる代物なのだと。

 或いは――、それは科学がまた一つ真理に近付いた瞬間であったとも言える。

 様々な実験手順によって目に映らぬ気体を同定したように、鋼鉄の脳を用いることで人類は自らが感じ取ることのできなかった生命の輝きを捉えたのだ。《命素》と名付けられた、新発見のエネルギーは科学者たちの興味を大いに刺激した。

そして碩学以外にも関心を示した者達がいた。各国の軍関係者である。彼らは常識で計れない力に新機軸の兵器の可能性を見出した。

 実際、《命素》はそれまでの戦場の価値観を一変させた。

 命素の出力の高い人間はそのままでは何もできないが、個々人の魂の波長に合うように調整された機械、《神理機関》を介することで自在に超常現象を発現させられる。

 神理機関を手にした新種の兵士――《魔導士》、または《代入者》などと呼称された者達の力は絶大であった。彼らはその魔術によって大隊規模の兵員すら単騎で殲滅し、超越した武力は新たに「戦術兵士」、「戦略兵士」といった概念まで生み出した。

 おりしも世界は産業的・情報的・軍事的発展競争の真っ只中。国力の増強に余念のない各国が、奇跡の使い手をこぞって求めるようになったのは当然の帰結だったと言えよう。


「今日の講義は何だっけ」

 お互いに皿の中身をあらかた腹に収めたあたりで私は口を開いた。

 手にしたカップの紅茶を飲みほしたエリザは淀みない口調で科目名を列挙する。

「今日は午前中が神理機関の稼働訓練。午後は座学で『局地戦術論』、『演算機械学』、『生物学Ⅱ』ね」

「うっわ、午前中から実技かよ。随分容赦ないな」

「教官の都合みたいよ。どうする。出るの?」

「あー……、出ないかな。出てもどうせ模範演技をしろって働かされるだけだし。座学の遅れも取り戻したいから、勉強に当てるよ」

 首を振って答えつつ、私は空になった食器を返すために席を立った。

 時は流れ現代。代入者の需要は高まり続け、今や一定以上の命素出力を持つ人間は指定の教育機関で訓練を受けることが普通となった。大英帝国も代入者の育成には血道を挙げていて、ここロンディニウム学院もそんな国策によって作られた魔導士養成機関の一つだ。私やエリザを始め、この学院にいる全ての生徒は次なる代入者となるべく選抜された者達。我々は此処で戦場に出る術を学んでいる。つまりは、魔導士の卵だ。

 個人で戦術・戦略的行動を任せられる魔導士は多方面の知識を備える必要があるとされる。解析機関概論から実戦における命素の運用まで、実戦に耐えうる代入者を育てるべく学習内容は多岐に亘る。……本当に広範な内容となる。

 それこそ一月以上のブランクがあるとまるで講義について行けない程度には。

「あら? 今日の科目って貴方の苦手なものだったかしら?」

「いやいや。秀才のエリザは問題ないかもしれないけど、私はちょっとやらないとすぐ分からなくなるんだよ」

 ブランクの原因は当然のことながらアフガニスタンへの派遣だ。一月半も殺伐とした中東へ送られていなければ、私も座学で切羽詰まることは無かっただろう。

「あーあ、何だってこうこき使われるんだよ。私はまだ教育を受けてる途中なんだぞ」

「仕方ないわ。究極的に言えば、知識や鍛錬が無くとも代入者は戦えるもの。ただでさえ一線級の代入者は貴重なんだし、使えると判断されれば学院生だろうと駆り出されるわよ」

 そう、それだ。まだ卵である私が前線に送られる羽目になった理由はそこにある。

 命素を戦闘に転用する技能の巧拙は、個人の生来の才覚によるところが大きい。

 魔術式の構築自体に複雑な計算は必要ない。一度機関を駆動させたなら、後は使う術式を適宜選択するだけで良い。それだけで神理機関は、予めパンチカードによってプログラムされている奇跡を形にしてくれる。

 ゆえに、代入者に求められるのは高度な計算能力ではなく、ひたすらに命素を生成する能力と純粋な戦闘センス。名前の響きから頭脳労働をイメージされることも多いが、実態は極めて脳筋かつ本能頼りだ。だからこそ、座学や実習を積み重ねなくとも最初の最初から神理機関を十全に使える者がいたりする。

 反面、才能頼みの面が大きい魔導士は、これだけ教育体制が整備されていてもなお高レベルの使い手が生まれづらい。今や抱える代入者の数が国力を表すとすら言われる時代。使える駒は多ければ多いほどいいというのが上の理屈だった。

 学院に入学した私は、座学は然程振るわなかったものの、実技に関しては他より多少優れた成績を残せた。残してしまった。それがたまたま人手不足に悩む軍のお偉方の目に留まったせいで、あれよあれよという間に学生の身分でありながら少尉の地位を与えられ、戦場に駆り出されるようになってしまった次第だった。

 以来、数ヶ月に一度は狂騒のただなかに放り込まれている。おかげで勉強は遅れるわ、ますます皆に避けられるわとロクなことはない。尉官相当の給金と実技系の授業の免除を貰っているが、リスクを考えれば果たしてリターンが見合っているかどうか。せめて筆記の点数に関してはもう少し手心を加えて欲しいものだ。

 トレーを返却台に置いて食堂を出る。そのまま自室に戻ろうと廊下を歩いていると、後ろをついて来ていたエリザが当たり前のように言い出した。

「じゃあ、午前中は空いてるのよね。ちょっとその辺の散歩にでも行きましょうか」

「おい……待て」

 前線に送られることはないが、エリザも実技の免除権を貰っているため授業に参加せず散歩に出ることはできる。けれど問題はそこではない。私の話を聞いていなかったのか。

 私は回れ右をして、せいぜい怒って見えるような顔を作った。

「言っただろ。私は、これから、勉強するんだ!」

 一言一言ハッキリ区切って突き付けるように言う。だが、このくらいで気後れするようなら彼女は私の友人なんかやってない。まるで堪えた様子も無く、エリザは悪戯っぽく笑って言った。

「座学くらい後でいくらでも教えてあげるから大丈夫よ」

「いや、でもな」

「それとも何。私が家庭教師する一時間と自分一人で机に向かう数時間、どっちが勉強進むかも分からないの?」

「うぐ……」

 言葉に詰まる。尊大に過ぎる物言いだが、悔しいことに確かにエリザは教えるのがうまい。手助けしてもらえば一人でやるよりも数段効率よく理解できるだろう。

「……分かったよ」

 数秒考えてから私は首を縦に振った。借りを作るのはあまり好きじゃないけれど、ここは甘んじて教えを請おう。言いだしたからにはエリザも授業について行ける所まで面倒を見てくれるはずだ。……それに久しぶりに友人の気紛れに付き合うのも悪くない。

「決まりね」

 片目を瞑ってみせてから、エリザは先導するように前に出て歩き出した。その腰元で揺れるのは、彼女の華やかな雰囲気にはそぐわない武骨な神理機関。自分の物とは微妙に形状の違うそれを追って私も後に続いた。


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