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猫にダイヤ

作者: 白坂冬馬

目を覚ますと、俺以外の人間が消えていた。


確かめたわけではない、でも絶対にそうだと思った。


俺は今、間違いなく世界で独りぼっちだ。


「ま、そういう事もあるだろう」


コーヒーを淹れパンを焼きながら、俺は狭いキッチンで呟いた。




朝食を終えた俺は、無人になった街中を散歩する事にした。


歯を磨いて適当な服に着替え、部屋から出てマンションの一階に降りる。


「……にゃぁ……」


どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。


くぐもっていて聞こえにくいが、どうやら声の主はマンションの一室に閉じ込められているようだ。


俺は近くの扉一つ一つに耳をつけて、猫が閉じ込められた部屋を見つけ出した。




コンコン


「にゃ?」


ガチャガチャ


「にゃっ!?」


ただ猫を探し当てたところで、扉に鍵がかかっていては助け出せない事を忘れていた。




ヴィィイイイイ!


「にゃぁぁあああ!?」


一時間後、俺は散歩ではなく猫の救出を始めていた。


誰もいない道具屋から電動鋸を盗っ……借りてきて、扉の鍵の部分を丸々切り抜いてやった。


ギィ……


無残に穴をあけられた扉が、哀しげに声を上げる。


「さ、お前はもう自由の身だ」


「にゃ」


猫はずっと俺のそばから離れなかった。


懐かれたという意味ではない。


むしろ猫は、それが仕事だとでも言わんばかりにいつだって俺の邪魔をした。




俺がスーパーの野菜売り場で、傷んでいないものを探していた時の事だ。


葉物が目も当てられないような状態の中、じゃがいもだけは食べられそうだった。


芽が出ている上、フニフニするじゃがいもを全て袋に詰め込んだ途端、横でそれを見ていた猫が、突然袋を口でひったくった。


「おい待てこら!」


猫は走り去り、じゃがいもをスーパーの外のドブに投げ入れた。


俺は怒って猫を追いかけたが、その先で缶詰を見つけたのでその時は許してやる事にした。




俺は食料の他にも色々なものを探し求めて、毎日ぶらぶらと街を散策した。


そんなある日、偶然見つけた宝石店で、俺はあるものに目を奪われた。


「うおぉぉ……」


親指の爪ほどもある、大きなダイヤモンド。


社会で落ちこぼれ、人生に絶望していた俺にとって、それは絶対に手の届かないはずのもの。


だが今の俺は、その権力と成功の結晶を手に入れる事が出来た。




俺はダイヤのケースを壊す道具を探そうと、道具屋を漁る事にした。


良さそうなハンマーを手に取った時、またしてもあの忌々しい猫が邪魔をしてきた。


奴はいきなり俺のズボンに噛み付くと、ぐいと引っ張って俺を転ばせ、ズボンを脱がせて持ち去りやがった。


「ふざけんなよ、てめぇっ!」


俺はまた必死に猫の野郎を追いかけたが、道具屋からだいぶ離れたところで見失った。


「くっそ」


俺はそこらの服屋でズボンを拝借して、来た道を戻った。




「え……?」


道具屋に着くと、そこでは炎と煙が俺を待ち構えていた。


道具屋とそこにあった道具は、火事で永遠に失われていた。


きっと電線がショートか何かしていて、そこから出火したのだろう。


俺は、恩をあだで返し続けるあの猫を呪った。




俺はどうしてもあのダイヤを手に入れたかった。


蹴ったり、殴ったり、レンガで叩いたり、俺は一週間近くケースと格闘したが、全てが無駄に終わった。


俺は結局、扉破りに使った電動鋸でケースをこじ開けることにした。




そして俺はついにダイヤを手に入れた。


太陽の光を複雑に反射させて、そいつは俺の手の中で美しく輝いた。


毎日昼にはベランダに出て、まばゆくきらめくダイヤを眺めるのが日課になった。


『猫に小判』ということわざが、一瞬頭に浮かんで消えた。




「ふふっ」


今日も俺はベランダに出て、手のひらの上でダイヤを転がしていた。


「にゃぁ、にゃぁああ」


あの後、戻ってきてからは大人しくしていた猫だが、今日はなぜか騒がしい。


「なんだよ、うるさいぞ」


猫はひときわ大きく鳴き、俺のズボンに噛み付こうとした。


「おいっ!」


猫を振りほどこうとしたその瞬間――


「にゃあっ!」


猫は大きく飛び上がり、『明らかに意思を持って』俺のダイヤめがけて猫パンチを繰り出した。


「あっ……」




必死に探した甲斐あって、ダイヤはベランダの下で見つかった。


俺はもうあの猫に我慢がならなかった。


今日こそは追い出してやる、とマンションに入ろうとしたその時。


……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


地震だった。




なんとかやり過ごして我に返ると、目の前にあったマンションは跡形もなく崩れていた。


俺はとっさに猫を探した。


瓦礫に挟まって弱々しく鳴く猫を見つけたとき、ふと俺は思った。




こいつはさっき、俺を逃がそうとしたんじゃないのか。




じゃがいもの時も、道具屋の時も、こいつはまさか俺を助けようとして――


「……にゃぁ……」


俺は必死に猫を救おうとした。


板を持ち上げ瓦礫をどけて、破片を振り落とした。


「さぁ、もう大丈夫だ」


「……」




猫はもう鳴かなかった。


俺はぎゅっとこぶしを握り締めた。


そして、さっきポケットに入れた物のことをふと思い出した。




俺はそっと猫のそばにそれを置いた。




fin

このような駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます。

気に入っていただけましたら幸いです。

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