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理想のお兄ちゃん  作者: ふぐやまふぐこ
2/3

女のカン?

加奈が来て、二か月が過ぎていた。

最初は興奮ぎみだったのが、落ち着いてきた児玉家では夕食の準備が始まっていた。

台所に立っているのは佐藤幸子、幸子は加奈の実父の姉である。先にも書いたがこの実家近くで結婚をして二男を産み育て、四十代で夫を亡くした。名前の通り、幸いにも経済的には困らず、二男を無事に成人、結婚させ、息子たちが遠くに住んでいて寂しいことだけを除けば問題のない生活をしている。

その幸子、毎日この児玉家に来ては、目の悪い弟の面倒をみたり、家事をしている。今も夕飯の支度をしているのは幸子であった。

「今日は、煮物が食べたい」という弟健のリクエストに答え、味を具材にしみこませようと夕飯の準備には早い時間から包丁を握っている。

その時、目の悪い弟、加奈の父は次男の嫁りえとその子供がそばについていた。次男の嫁はまだ23歳、煮物などまともに作れないのだ。

リビングから子供の笑い声が聞こえる。

加奈の父は五年前から目が悪く、実はもう仕事はしていない。

黙っていたのは受験中だった加奈に心配させないためだった。

だから加奈の顔はあまりよく見えないのだ。父にとってはそれが残念でしかたなかった。

父はまだ完全には失明していない。ぼんやりとは見えるのだ。

「さっちゃーん」

と言いながら子供は台所へと走って行った。

さっちゃんとは幸子のことである。幸子がこの子にそう呼ばせているのだ。

「お父さん、ちょっと台所に行きますので、何かあったら呼んでくださいね」

と言って、次男の嫁は父が頷くのを確認すると立ち上がり、子供の後を追って行った。

この次男の嫁りえは、この家に同居している。

叔母と一緒に交代で父の世話をしているのだ。

孝と健二はとてもこの二人に感謝していた。

母がいなくなった後は、祖母とこの叔母が母親代わりだった。

祖母はもう亡いが嫁のりえと叔母幸子のおかげで視力の悪くなった父を抱えながらも、ちゃんと普通に働いていられるのだ。りえは子供の後を追って台所に入り、

「たえ、さっちゃんの邪魔しちゃだめよ」

と『たえ』に言った。嫁に来たときは叔母さんと呼んでいたのだが、今は子供と一緒にさっちゃんと呼ぶようになった。

「たえちゃん、今は火をつけてるから、危ないわよ~」

さっちゃんは自分の足に抱きついてきた『たえ』に優しく注意をした。りえはたえをさっちゃんから離れるように指示すると、たえは台所の子供用の小さないすに座った。

「たえ、リビングに行こうよ」

りえがそう促しても、たえがその椅子に座り動かないので、りえもリビングには帰れない。ちらちらとリビングを見ながら、子供からも目が離せない。大変な時期だ。

次男の健二の嫁の名前は『りえ』といい、三歳の娘は『たえ』という。二人ともひらがなの名前だ。

「りえちゃん、健も少しぐらいは一人にしても大丈夫よ」

さっちゃんは、みりんを鍋に量を測りながら入れ、お玉で具をくずさないようにゆっくり丁寧にまぜ、味見をした。そして前の壁を見て、ふうっと息を吐くと、

「ねえ、りえちゃん、加奈ちゃんは、大丈夫なのかしら?」

りえはそう問いかけてきた叔母を見た。

「加奈ちゃんが何か?」

「弟は目があまり見えないじゃない?」

「ええ」

「・・・私は加奈ちゃんが好きよ。良い子だわ。でも何か違うような気がするの」

「違うって?」

「加奈ちゃんと弟は似てないわ。兄弟の孝と健二とも似てないでしょう?」

「さっちゃんもですか?実は私も違う気がするんです」

「やっぱりりえちゃんもそう思う?」

「はい、あまりにもこの家の人たちに似てないんですよ」

「そうなのよ。それでね、もっと疑問に思うことがあるの。あの子、加奈ちゃんのお母さんの喜子よしこさんとも似ていないの」

さっちゃんは近くに住んでいたので、加奈の実母である喜子の顔はよく見て知っている。もちろんさっちゃんはまだボケる歳ではない。

「え?そうなんですか?それってどういうことですか?」

それは大きな問題だ。母と娘でも似ていない母娘はいるが、確かにいるが、母娘で似ていないとは、それはほっておけない問題だ。

「亡くなった母がみんな写真を捨ててしまったから、りえちゃんにも加奈ちゃんにも見せてあげられないのだけれど・・・」

そうなのだ。

加奈の母親の写真は、姑である加奈の祖母が家中を探し回って母の痕跡を全て捨て去ったのだ。娘であるさっちゃんにも婚家にある写真を全て捨てろと命令した。なんせ家が近いので、隠して持っていることを後で知られるとどうなるかわからない。トラブルを避けるためにさっちゃんは母に従った。決して悪気があったわけではない。

「健二とも似ていないでしょう?」

「ええ、健二君にも全然似てないんですよ。顔はもちろん、骨格?体格?体つきもぜんぜん似てないんです。いとこたちとも似たところがほとんどないと思いませんか?あんまりにも三人が喜んでいるから、言いづらくて今まで黙っていたんですけど」

健二とは、りえの夫であり、たかしの弟である。

二人はだまり、少し考えていたようだった。

「加奈ちゃんから連絡があったって聞いて、探偵社の書類を見せてもらって、両親の名前も生年月日も血液型も一緒だったから、まさか違うってことはないだろうと思い込んでしまったのよね」

「私も最初は本物なのかしら?って疑ったけど、さっちゃんと同じで書類を信じてしまって・・・」

「・・・大丈夫かしら?」

「さっちゃん、DNA鑑定っていうのがありますよ」

「ええ、テレビでよくいわれているわよね。私、加奈ちゃんにべったりな孝が心配なのよ。もし妹じゃなかったらショックよね」

「健二君も加奈ちゃんにでれでれしてるし、もし違っていたら同じくショックでしょうね。さっちゃんの孝兄さんが心配だって気持ち、とてもわかります。だってお兄さん、加奈ちゃんにべったりで、一緒にお風呂にでも入りそうな勢いなんだもの。あんなにも妹って可愛いのかしら?健二君も『兄貴にはさすがにドン引きだ』って言ってましたよ」

「そりゃ加奈ちゃんが産まれたときなんて喜んだ喜んだ。妹ができたっていってこっちが驚くぐらいだったわ。おむつの変え方まで私に訊いて、私が教えたのよ」

「へ~・・・でも・・・」

「そうなのよ。喜子さんは、出産後この家に帰らず、加奈ちゃんを連れて突然病院から姿を消してしまったの。顔色が悪い、様子がおかしいとは、出産の前から気づいていたんだけど、お祖母さんは気が強い人だったから、私も何も言えなくてね。夜に病院から電話があって、喜子さんと加奈ちゃんがいないって言われてびっくりよ。弟も慌てて病院に行っても、もうどこにいるかわからないわよね。たぶん、計画をたてていたのね」

「産後一か月なんて動いちゃいけないのに・・・」

「それだけ追い詰められていたのでしょうね」

さっちゃんは具体的には言わない。やはり自分の親だから、親を侮辱するようなことは言えないのだろう。

「やっと連絡が来たのは三か月過ぎてからだったわ。ただ『離婚してください』と繰り返していたんですって」

「お兄さんと健二君の二人のことは?」

「もちろん自分が引き取りたいって言ったんだけど、児玉家の大事な跡取りだからね。母も譲らなかったわ」

「そうですか・・・」

りえは会ったこともない、遺影の祖母の顔を思い浮かべた。『跡取り、嫁、もし今お祖母さんがいたら、女の子を産んで!なんていわれたのかしら?』と想像してしまった。

「早いうちがいいじゃないかしら?」

さっちゃんはそう言いながら、りえの顔を見た。りえは頷いた。

「ええ、今度加奈ちゃんが泊まりに来た時に、新しい髪のブラシとか歯ブラシとかを用意しておきましょう」

「りえちゃんよく知っているわね」

「実は前から気になっていて、ネットで調べていたんです」

りえはスマホを取り出し、さっちゃんと二人で画面を見ながら検索をはじめた。もちろん、DNA鑑定をしてくれるところを探すためだ。


加奈が帰ってきたことを、もちろん児玉家の人間と叔母のさっちゃんは全員で大歓迎だった。

先に書いたように特に長兄の孝の喜びようは他とは違っていて、最初はほほえましいと思っていたまわりもあきれるほど加奈にべったりとなってしまっていたのだ。

今日は二人で○○高原に行くと言って出かけていった。○○高原は母が大好きだった所で子供の頃孝と健二はよく連れていかれた。孝の母は自然が大好きだったのだ。

子供の頃は弟とかけっこをしていた道、虫を見つけては喜び、木の枝で弟と剣士ごっこしてふざけて遊んだ道、振り返ると母が笑っていた。

その○○高原の小道を孝と歩きながら、加奈も不思議に思っていた。

『お母さんが、自然が好きだった?この公園によく来ていた?お母さんは虫が嫌いで、皮膚が弱くてかぶれやすいから、こういう雑草とかがはえているところはあまりいかなかったけど・・・』

ウキウキした様子で前を歩く兄を見ながら、胸に湧いてくる違和感を否定できないまま加奈は歩いていた。

この○○県へ移り住んで一週間くらい過ぎたころ、加奈は「アルバムが見たい」とねだった。兄が見せてくれたアルバムに加奈は驚いて言葉を失った。

兄たちも叔母も予想はしていたものの困った顔をしてそんな加奈を見ていた。

「亡くなった母がね、・・・加奈ちゃんのお祖母さんね、お母さんの写真を全て捨ててしまったの。切られているのは、お祖母さんがみんなお母さんのところをハサミで切って捨ててしまったの」

と叔母の幸子が説明してくれた。鬼の形相で祖母は兄たちの部屋もしらみつぶしに探し、隠しておいた母の写真もみんな捨てたのだ。兄たちは涙を流してそれを見ているしかなかった。

「加奈ちゃんは同居ではなかったから、嫁姑の確執なんてのは理解できないわよね」

幸子はそんな実母や二人の子供を抱えて途方に暮れている弟を見て、自分は将来こんな姑にはならないと誓ったのだ。幸子は今、息子夫婦が離れたところに住んであまり会えないことを寂しかっているが、でもそれで良かったのかもしれないと思っている。たまに会う嫁の動作がいちいち気になるのだ。気になってしまうことが声になって出てしまうのを口をつぐんで我慢しながら『やっぱり母娘よね』と幸子は記憶の中の母に笑いかける。

加奈はすぐにでも『お母さんは嫁いびりをされていたの?あなたたちはお母さんを守れなかったの?』と訊きたかったが、後で孝にこっそり訊こうと黙ることにした。というか、頭が混乱して今喋るととんでもないことを言ってしまいそうだったからだ。

まだまだ他人行儀だが、会ったばかりだからしょうがないだろう。

加奈は黙ってアルバムを閉じた。

このままアルバムを見ていると、ずっと会話に困ってしまうと思い話題をかえようとしたのだ。みんながそれに賛同し、アルバムはさっさとしまい、別の話で盛り上がった。

加奈は前を歩く兄の背中を見つめた。自分の世話をせっせせっせとかいがいしくやってくれる兄、加奈にとってはこれ以上ない兄である。一人っ子で育ち一人でいることが当たり前の加奈は最初は戸惑ったものの、兄弟とはこういうものなのかしら?と兄たちの優しさを受け入れた。

けれど、兄たちが話す母と自分が知っている母とは何かが違うのだ。

『孝兄さんに一度ちゃんと確かめたほうがいいかしら?・・・でももし不安が的中したら、孝兄さんとこうやって会うこともなくなってしまうのかしら?』

そんな加奈の前を時折鼻歌を歌いながら歩く孝。

孝は加奈と歩いているのを楽しんでいたが、母の喜子に似て、自然の中にいるのが大好きなのだ。加奈やまわりの女たちの心配など知らず、ゆっくりと歩きじっくりと公園の自然を味わっていた。孝は勉強ができた優等生だった。仕事も結構いい会社の研究室だ。

真面目なのはいいのだが、28歳になるまで一度も彼女ができたことがない。健二は高校生の頃から彼女探しに忙しくでかけ、妻の前に二人ぐらい付き合った女性がいたはずだが、孝は同コンにも行かず、まるでダメだった。

だから、『加奈と一緒にいると彼女とデートしているみたいだ』とのん気に考えていた。『加奈のことが心配で仕方ない』加奈はアパートで一人暮らしをしているので、孝はスマホを見ることが多くなった。加奈からのメールが来ていないか?加奈から電話がかかっていないか?昼の休憩になるとまっさきにスマホを確認する。


土日祝日は仕事じゃなければ、すべて加奈の勉強を見たり、今日のようにどこかへ出かけたり、毎日加奈加奈加奈、簡単にいえばシスコンだ。

『加奈が産まれた日を俺ははっきりと覚えている。ガラス越しにしか会えなかったけれど、俺は・・俺は・・・産まれたばかりの加奈が大好きになった』

大好きになったのだけれど、早く家に帰ってくることを待ち望んでいたのだけれど、母は突然失踪してしまった。その後すぐに両親は離婚し、健二と手を繋いで泣いた。

泣いた。

母のことは、幼馴染の親が内緒で教えてくれた。

その人は祖母のことをよく知っていて、母が苦労しているのも知っていた。だから母からの手紙をそっと孝に渡してくれていたのだ。その手紙の保管もその人がしてくれた。家に持って帰って見つかったら大変なのだ。そうやって連絡を取り合って、たまに母と会っていた。『加奈は元気なの?』と訊いたことがある。母は頷いて『元気だよ』と答えてくれた。

まだ子供だった孝と健二は自分が母に甘えたい年頃、母と手を繋いだり、抱きついたり、母から何かを買ってもらったり、ほんの一時だけの母との密会を楽しんでいた。孝と健二は気づいていないが、アリバイは叔母の幸子が知らぬ顔でつくってくれていた。

『お母さんとはもう会えないけれど、加奈が帰って来てくれた』

加奈がこちらの大学に入学したことを孝は本当に喜んでいる。

『俺は赤ん坊のお前を見て、理想の兄になると誓ったんだ』

親の離婚で今までそれはできなかったが、加奈は帰ってきてくれた。あの誓いを果たす時が来たのだ。

孝は一人で燃えていた。

馬鹿な男だなと思うが、かわいい奴だ。

「加奈、今度の土日なんだけど、一泊で温泉でも行かないか?」

「え?温泉?」

「うん、母さんも行ったこともあるところなんだ。お前が産まれる前、お父さんとお母さんと健二と四人でね」

「うん、行きたい」

加奈はさっきまでの不安など忘れてしまったように、顔を輝かせた。いやいや若い娘、温泉に行こうと言われ、不安や心配など吹っ飛んでしまった。ゲンキンなものだ。

その温泉も加奈が知っている母が嫌っていた自然の豊かな田舎にある。というか、山奥のそのまた奥にあるのだが・・・。


こうして二人は今度の土日、温泉旅行に行くことになった。

読んでくださってありがとうございました。

まだ続きます。

よろしくお願いいたします。

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