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理想のお兄ちゃん  作者: ふぐやまふぐこ
1/3

加奈の新たな旅立ち

「所長、この二つの書類ですが・・・」

小さな探偵事務所でパート勤務の事務員兼雑用係である五十代後半の女は、眉間に皺を寄せ、不思議そうな顔をしながら所長から渡された二通のA4サイズの茶封筒を見ていた。

声をかけられた所長兼探偵(調査員)の男は、女が不思議がるのも当然というかのように笑顔を作りながら、

「おお、それな、俺も驚いたよ。今日、その二人が結果報告を受け取りにくるから、間違えて渡さないように気を付けてくれよ」

「はい、間違えたら大変なことになりますもんね。でもこんな偶然ってあるんですね。この二人のお客様が、同姓同名、生年月日も同じで高校三年生、通っている高校は違うけれど、住所も近く、調査申込み日は違っても結果を受け取る日が同じなんて・・・」

二通の封筒の宛名は、

一通は泉 加奈、

もう一通にも 泉 加奈、

「私もお二人の調査依頼を受け付けたから知っていますけど、お母様の名前も同じなんですよね。」

所長はうんうんと頷いた。

「俺も二十年探偵をやっているけど、驚いたな。調査依頼の内容も同じだもんな」

「そうですよね。二人とも、お母様が再婚で、この子達は最初の結婚相手の子供で連れ子、再婚相手とは血がつながっていないが義理の父親はとても良い人で、本当の父親のように思っている。けれど、実の父親と兄が二人いるから探してほしいってことでしたよね」

「そうそう、しかもそのお母様は二人とも去年亡くなってるんだよね」

「お母様が最初の結婚の記録を全て処分していて、再婚相手にもこの子たちにも何も言わずに急に亡くなってしまった。ただ、義理の父親には『この子には、兄が二人いる』とだけ話していて、葬式が終わった夜にやっと義理の父親から教えてもらった。けれど、自分が産まれてすぐに離婚したから、自分には本当の父や兄たちの記憶がまったくないって言ってましたよね」

「うん、だから俺に探してほしいと頼んだんだ。自分の母親の死を知らずにいるのも兄たちがかわいそうだし、自分も本当の父親と兄たちに会いたいと言っていたね」

事務員は二人の女子高校生がまだ母を亡くして悲しそうな寂しそうな顔をしているのを思い出していた。そして二人が同じことを言っていた。

『もしかしたら、実の父親の家庭では私が会いたいと言ったら迷惑かもしれないので、できれば探偵さんに私が会いたいと言っていると、会ってもらえるかどうか確かめてほしいんです。もし父が会わないというのなら、それで私は会いにいきませんから』

何故離婚したのかも何故母が先の結婚の記録を全て捨ててしまったのかも何も話さなかったのだから、何かよほどのことがあったのだろうと考えるのは当然かもしれない。けれど、実の母を亡くして一年もたたない女子高生が、暗く悲しそうで、不安そうな顔をしていながらも実の父親を思いやり、父親の気持ちを心配しているのを見ると胸が痛かった。

離婚後、元妻が連れて行った子供たちに父親が会おうしないこともある。

「しかも、本当の父親の名前がこれまた二人とも同姓同名なんて・・・、あ普通はあり得ませんよね」

「うん、俺も父親が見つかった時にもまた驚いたよ。本当に同姓同名だったからな~。この仕事は俺が相手に知られないように隠れる必要がない気の楽な仕事だったし、二人の父親にも直接会うことができて、二人とも真面目で良い人たちで娘に会いたがっていたし、もし望むなら引き取りたいとも言っていた。この子たちを拒否せず受け入れるつもりだとわかったから、安心して調査結果を渡せるよ」

「ああ、所長にも娘さんがいるから、父親のような気持になっちゃいますよね」

「はは、そうだね。二人の父親も娘が会いに来てくれるかもって喜んでいたよ。離れ離れになっていたが、実のお父さんとお兄さんたちとも、これから助け合って仲良くしていけるといいね」

「感動の再会がもうすぐなんですね」

「うんうん、このままトラブルがなければね」

その時、電話が鳴った。その音は、この二人にはまるで仕事開始のサイレンのようだった。

探偵は、時計を見て慌てた。

「ああ、こんな時間だ。急がないと。とにかく二人に間違えないように渡しておいてね。俺はまた浮気調査に出かけないといけないから」

事務員は受話器を取る前に「はい、わかりました」と言って電話に出た。探偵は調査に必要な物のチェックをし、ポケットにタバコとライターを入れた。

「じゃ、行くからね」

探偵の言葉に、事務員は受話器を耳に当てたまま、会釈で答えた。探偵はそのまま出かけ、事務所は彼女一人となった。

従業員は彼女一人だ。

だから、探偵が出かけてしまえば、ずっと彼女が電話受付も事務も来客の応対も全て一人でやるのだ。

受話器を置いた彼女は二通の封筒を眉間に皺を寄せて再び見て言った。

「私も老眼が進んでいるから、間違えないようにしないとね」


二人の女子高生、泉 加奈が調査結果の封筒を笑顔で受け取ってから季節は進み、年は明け、二月となっていた。

ここは新幹線乗り場、

泉 加奈、十八歳は大きなスーツケースを持ちながら父親とここに来ていた。

無事希望の大学に合格したが、大学は実家からは遠く、産まれて初めて一人暮らしをすることになった。

父親は少し目が赤くなっていた。

「何かあったらすぐに電話をかけてくれよ」

「うん、お父さん、わかってるわよ。でもお父さんは、携帯電話をもっていても使い方がわからないし、困っちゃうわ」

「家電話にかければいいじゃないか」

「家電話にはなかなか出てくれないじゃない。携帯にも出てくれないし、いったい何のために携帯電話をもっているの?」

「ははは、電話の前に一日中座っている訳にもいかなし、お父さんは携帯電話とかは苦手だから仕方ないよ。とにかく何かあったら連絡してくれよ。すぐに飛んでいくから」

「うん、わかった」

二人の仲の良い様子を見ていると、とても血のつながりがないとは思えない。だが加奈はこの男の妻の連れ子である。この男はとても性格がよく、この加奈を本当の娘だと思っている。初めて会ったのは加奈が3歳の時だった。可愛らしい加奈を見て、俺はこの子の父親になると心に誓った男である。

その誓いを破らず十五年間、立派にこの子を育ててきたのだ。

今日はその娘の旅立ちの日だった。

男は知っていた。

娘は実の父親と兄のいる県の大学をわざとえらんだのだ。

探偵社に頼んだ調査の結果を当然この男も読んでいる。

娘が「○○県の○○大学に行きたい」と言った時に、実の父親と兄たちと暮らしたいのだと気づいていた。

だがこの男はそのことには一切触れず、自分が育てた娘を送りだす今日を迎えた。

新幹線に乗り込む時、娘である加奈は父を見て言った。

「お父さん、お父さんも体に気を付けてね。それから、ちゃんと電話に出てね」

娘が自分を「お父さん」と呼ぶ声が頭に胸に暖かく響いた。

「うん、わかった。お前も体に気を付けろよ」

どんな気持ちで育てた娘を実の父親の元へ送り出すのかはわからないが、男は泣きそうになっていた。

「お父さん、泣かないで、永遠の別れじゃないんだから」

「うん」

男は何度もうなずいた。

「お前、ちゃんとお母さんの写真はもったのか?」

「お父さん、お母さんの写真はちゃんとスマホに入れてあるわ。向こうについたら、印刷して部屋に飾るつもりよ」

「あ?ああ、スマホね」

未だにガラゲーを持っている男には娘の言うことの半分もわからないが、また何度も頷いた。

新幹線に乗り、荷物を棚にあげている娘の姿が窓から見える。

『なあ、お前、俺はちゃんと不備なく準備をしてあげられただろうか?お前は何か不満はないか?』

と頭の中で問いかけた。

手を胸ポケットに当てた。

胸ポケットの中には去年亡くなった妻の写真が入っている。

『お前もアイツを守ってくれよ』

娘は荷物の整理が終わり、窓の向こうにいる父に手を振った。

父も手を振り返した。

二人の目には涙が溢れ、もうお互いがはっきり見えなかった。

新幹線は動き出した。

新たな人生に向かって。

『さみしいな~~』

一人残された男はハンカチで涙を拭いた。

『ここで泣いていてもしょうがない。これから飲んで帰るか』

父は気持ちを切り替えて一歩足を出した時、見ず知らずの男とぶつかった。

「す、すいません」

その男も目が赤かった。

「こちらこそ、すみません。これから離れ離れで暮らす娘を見送りに来ていて、お恥ずかしながら、泣いてしまってまわりが見えなかったんです」

「え?あなたもですか?私もそうなんです」

「そうですか?偶然ですね」

二人は顔を見て笑った。

まだ涙が引いていなかったので、はっきりと姿かたちは見えなかった。

愛想笑いが終わると、二人は同時にため息をついた。

「妻は去年亡くなりまして、娘と二人で暮らしていたんですが、その娘も今日出て行ってしまって、これから寂しくなります」

「え?あなたもですか?私も去年妻を亡くして、今日から一人暮らしなんですよ」

二人は驚いた顔で見合わせた。

運命の出会いのように感じた。

「家に帰っても誰もいないし、これから一杯飲んで帰ろうかと思っていたんです」

「私もそうです」

「そうですか。あなたとは他人のような気がしない。これから一緒に飲みにいきませんか?」

「ええ、ええ、そうしましょう」

まったく男というものはすぐにこうなる。まあ、今日はこんな日だから許すことにしよう。

二人は手をつないで遊ぶ子供たちのように、少しはしゃぎながら駅のホームを後にした。運命だったのだろう。この二人はこれから、家が結構近いことや、苗字も同じで、他にもいろいろ一致することが多いことがわかり、「こんな偶然があるんですね」なんていいながら友達となる。妻がいないので、助け合い、二人で飯を作ったり、飲んだり、娘に何を送ればいいのか、娘とどのように向き合ったらいいのか相談していく仲になるのである。


泉 加奈、十八歳が乗る新幹線は、この子の生物的な父と兄の住んでいる○○県へ向かっている。まだ電話で話しただけで、実際に会ってはいない。そして、これから住む場所に行くのは今日がまったく初めてだった。

もちろん受験で大学には行ったが、運悪くその時は向こうの家の事情で会えなかった。加奈が受験の真っ最中でまだいくつか大学受験を控えてもいたし、男たちが全員、かわるがわる仕事で長期間留守にしたりしていたので、全員がそろって落ち着いて会える日にしようということになったのだ。

加奈の胸の中には、養父への気づかいもあった。

すぐに会いに行くことに後ろめたさがあったのだ。

『お父さん、〇〇県の○○大学を第一希望に決めたわ』

『そうか。好きにしなさい』

大学が実父のいる県であることも、入学したらどうしてもこの家を出て一人暮らしをしなければならない距離なのもわかっていたが、父親は好きにしなさいといっただけで他はほとんど口出ししなかった。それがまた加奈に実の父に会いたいという気持ちを後まわしにしようと思わせた。

実の父親ではないと知ったのは小学五年生の時だった。けれど不思議とそれをすんなり受け入れた。

『血がつながらないだけで、俺はお前の父親だと思っている。』

いかんせん、体がだんだん女になっていく年頃なのに、養父の前で無防備な加奈。遠回しに余計なことを言うご近所様もいて、加奈が変な噂を聞いて知ってしまうくらいならと夫婦は話し合って、自分たちが先に真実を打ち明けることにしたのだ。話し終えると加奈は口を閉ざし、黙ったまま自分の部屋に行ってしまった。次の日の朝、三人で食事をしていると、加奈は『私も、血のつながりがないだけで、本当のお父さんだと思っている』と言って、二人を安心させた。それは本当の加奈の気持ちだった。

『もしこの大学に合格したら、私は迷わずここへ入学する。そうしたらお父さんと別々に暮らすことになる。だから今はお父さんとの暮らしを大切にしよう』

その通り、来年になったら、嫌でも実父の近くで暮らすことになるのだから、焦る必要はないのだ。『俺のことは気にせず会いに行けばいいのに』という父に、『とにかく今は受験に集中したいの』と言った。

加奈は勉強も必死でしたが、家事もがんばった。

養父は優しい目でそれを見ていた。

まったくなんとも優しい二人である。

誤解しないでほしいが、これまた偶然、加奈が勉強したい分野の学科がある大学が実父のいる県にたまたま有っただけで、決して実父と暮らすためだけに大学を選んだのではない。

それに実父にもまったく関わらなかった訳ではない。

「か、加奈、加奈なのか?」

加奈は調査報告書をもらってすぐに電話をかけ、実の父の声を聞いた。

「はい、加奈です。お父さんですか?」

「ああ、そうだ、父親の児玉 たけるだよ」

それから二人は一分ほど何も喋らなかった。

胸が詰まってしまったのだ。加奈も何を喋ったらいいのかわからない。『初めまして』でもないし、と困っていると、父親のほうが優しい声で話しはじめた。

「今まで父親らしいことを何もしてやれず、すまなかった。これからはそれを埋め合わせるつもりでいる。できれば早く会いたい。加奈といろいろ話したい」

実父の電話の向こうでは若い男の声がする。実父の声とよく似ていた。『たぶん、お兄さんだわ』と加奈は思った。

「ああ、加奈、お前の兄のたかしが、お前と話したいそうだ。今代わるね」

「加奈、俺はお前の一番上の兄の孝だよ。久しぶりだな。早く会いたい」

というと、『俺にも代わってよ』と別の男の声がした。

「加奈、お前の二番目の兄の健二けんじだ。俺も早く会いたい。いつこっちに来られるの?それとも俺たちが行こうか?」

このように四人が早く会いたいと言ったのだが、それは先に書いた事情で加奈の大学入学を待たなければならなくなった。四人ともそれぞれの事情で何かと忙しい時だったのである。とりあえず加奈の入学の準備が終わり、初めての夏休みにでも、全員そろって母親の墓参りに行こうということになっていた。


新幹線で三時間、後たった三時間で兄が待つ○○駅に着くのだ。

そして、加奈は父と二人の兄と叔母と下の兄の嫁が準備を全部やってくれた新居に住む。

実父が『これまで何もしてやれなかったから、新居の準備はこちらでやらせてもらいます』と養父と電話で話し合ったのだ。『正直に言えば早く加奈と一緒に暮らしたい。けれど今まで離れて暮らしていたから、最初から一緒に暮らすのは加奈も気をつかうだろうから、大学の近くにアパートを借りようと思います。そのほうが泉さんも気楽に遊びに来られるでしょう?落ち着いたらぜひこちらへ遊びにいらしてください。一緒に酒でも飲みましょう。もし学費も・・・』と実父は言ったが、養父が最後の砦を守ろうとするかのように、学費は自分が支払うと丁重にお断りしていた。

だから、加奈達はどうしても加奈にとって必要な家具や日用品を送るだけで現地に行く必要がなかったのだ。実父たちは電話で言っていた通り、大学から歩いて二十分くらいの所にあるアパートを借り、準備をみんなやってくれた。

養父は『お前は準備の為にあっちへ行かなくてもいいのか?向こうが全部用意してくれるのはいいが、お前の趣味に合わなかったり、どうしても嫌なことがあったらどうするんだ?』と心配していたが、『お兄さんにもそう言われたわ。でもいいの、私はまだ養われている身だから、用意してくれたものをありがたく使わせてもらうわ』と言っていた。『そうか』と養父は頷いた。『お父さん、スマホのテレビ電話でね、アパート選びも家具もみんなと一緒にしたのよ。ただ私は小さな画面や写真しか見たことがなくて、お父さんのいう通り、実際に見ていないのが心配だけど、大丈夫だと思うわ』と加奈は言った。『スマホのことを言われても俺にはさっぱりわからんがお前がいいならそれでいいよ』と養父は頷いた。

そんな娘が、前の結婚の記録を全て処分して一切を語らなかった妻を思い出させた。『お前のお母さんもすでにここに家を買って住んでいた俺のもとへそんなふうに嫁いで来た。あの時も俺は、台所や家の間取りなどで妻に不満なことが無いか心配していたが、妻はこの家の何もかもを何も言わずに受け入れて、俺とお前と三人で暮らし始めた。潔い。お母さんもそんなさっぱりした性格だった』棚の上に飾ってある妻の写真を見た。妻の顔は幸せそうに笑っていた。


加奈は新幹線の中で、花柄のハンカチで涙を拭いていた。

生前母が使っていたハンカチである。大学受験の日も持っていた。

これをポケットに入れていると、何だか母と一緒にいるような、母に守られているような気持ちになるのだ。養父と加奈は母の遺品を生前のそのままにしてある。二人とも処分などできないのだ。母の服を着ることができる年齢ではないので、加奈は養父に頼んでハンカチを何枚かもらった。

そのハンカチで目を抑えている。

もらった直後は母の香りが残っていたが、何度も使っては洗っていたので、母の残り香は消えて、今は洗剤のいい香りがする。

落ち着いて涙が引いてきた加奈は、手をおろしまだ赤い目で窓を見た。

目的地の駅には一番上の兄が待っていてくれている。

父は病気で目が悪く、家で待つという。

叔母はそんな父を一人にしておけないので一緒に家で待つという。

いつも叔母と兄嫁がかわるがわる父のそばにいるそうだ。

この叔母は実父の実の姉だ。近くの家に嫁いだが、すでに夫は亡くしている。子供も手を離れ、遠くで就職し一緒には住んでいないので、ほとんど弟である加奈の実父の家にいるらしい。

下の兄は早くに結婚していて、嫁との間に小さな子供が一人いるが、その幼子を抱えながら加奈を迎えるための準備をしているという。

加奈と一番上の兄とは十歳年齢が違う。だから彼は28歳で、下の兄は25歳、上の兄はまだ独身だ。

身の軽い一番上の兄がお迎え役を仰せつかったのである。

もちろん孝は喜んで引き受けた。

兄たちは電話で『父親には内緒だけど、実は何度もお母さんとは会っていたんだよ』と教えてくれた。『お父さんや叔母さんに見つからないようにするのが大変だった』とも言っていた。

母が内緒で兄たちに会っていると聞き、加奈は全然知らなかったが『そうだろうな。私が学校に行っている間に会いに行っていたんだろう。時々お母さんは用事があるからと言ってどこかへ行っていた。そんな日は学校から帰っても母はまだ家にいなかった』と思い出していた。

初めて父親だと思っていたのが養父だったと知ってから、母に一度だけ訊いたことがあった。あの日、二人が話してくれたのは父が実の父親ではないということだけだったからだ。養父がまだ仕事から帰ってくる前、母が夕飯の準備をしている時だった。

『ねえ、お母さん、本当のお父さんはどこにいるの?』

『加奈、いつか、ちゃんと話すからそれまではお父さんだけをお父さんだと思っていてちょうだい』

加奈は少し不満だったが母の『いつかちゃんと話す』という言葉を信じて頷いた。まだ子供だったから、自分に兄弟がいるんじゃないか?なんてことは想像すらしなかった。そして子供だったからこそ、今の生活に不満がまったくなかったからこそ、それを忘れていった、いや、忘れてはいないが、気にしなくなっていった。

そして、突然亡くなった母の葬式の日、式が無事に終わり、親戚も友人もみんな帰ると、家に養父と二人きりになった。

養父は加奈に『実はお母さんから、お前には二人兄がいるとだけ聞いた。それ以上は何も話さなかったから俺も詳しくは知らないんだ』と打ち明けた。『聞いてから俺も調べようとしたんだが、仕事もあるし、思い通りに調べることもできず、何もわからないままなんだ。お前も兄弟と会いたいだろうから、探偵社にでも頼もうと思うのだけどお前はどうだろうか?』と加奈の気持ちを訊いた。加奈は頷いた。それであの探偵社に行ったのである。

新幹線に揺られる加奈の胸には、物心ついてからはじめて会う家族への期待と不安と、自分の知らない過去の母に会うことへの不安というか、なんというか、複雑な気持ちが湧いていた。

私の知らない母と実父。

『電話で話しているお父さんは良い人のように思えるけど、お母さんは何故離婚したんだろう?前の結婚でどんな暮らしをしていたんだろう?』

十八歳という年齢では、夫婦の関係なんてわからないし、母親が子供を置いて出て行く気持ちなどまだまだ想像すらできない。

『何故私には兄がいると母は教えてくれなかったんだろう?』

加奈はハンカチを見た。

『そういえば、泉のお父さんとのなれそめも聞いたことがない。まずお父さんのどこが好きになったの?どうしてお父さんを選んだの?』

疑問が湧いてきても、それを訊ねる相手はもうこの世にはいない。けれどその疑問の一部は、これから待っている家族との暮らしの中で答えを見つけ出すことができるかもしれない。


新幹線は加奈の不安と期待を乗せて走り続ける。


続きます。

まだ執筆中ですので、お待ちくださいませ。

すみません。

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