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公爵令嬢の猫耳参謀 シリーズ

公爵令嬢(仮)の人生は、斜め上を行く

作者: 青空 杏奈


「美しすぎるって、罪よね。だって、アタシは最高だもの」


 右手で頬杖を突きながら鏡に向かって、ため息を吐くの。

 自慢の真紅の巻き毛を、左手の指先に絡めながら言うのがコツ。


 それから口紅に手を伸ばして、優雅に塗るの。


「本当、美しすぎるって罪よね」

 

 これ、全部、ワタシの妹の真似。

 こんなことして、何が面白いの? 妹の思考回路って、よくわかんない。


 いいえ、よく理解できませんわ。だった。

 言葉遣いを直さないと、またじいちゃんに怒られちゃう。


 違う、違う。言葉遣いを直しませんと、おじい様に注意されてしまいますわ。


 ……あー、めんどくさい! めんどくさい! めんどくさい!


 なんで貴族って、こんなことに気を使わないといけないの?

 ワタシは妹のオマケで、養女になっただけなのに。


 姉なんだから、妹の手本になれって、侍女長とかいうおばちゃんは口うるさいし。

 執事長とかいうおじちゃんは、しつけに厳しいし。

 本当に、やってらんない。生きるために、五年間、耐え忍んだけどさ。


 なんで、こんな風になるわけ? 人生って、思い通りにならない。


 ワタシは平凡に、普通に生きたいのに、それもできないんだ。

 双子の妹が有名人なおかげで。


 妹は、ものすごく美人で、魔法の才能に溢れてる。大人でも難しい魔法の魔法陣を、簡単に操れる子だ。


 ワタシには、たぶん、魔法の才能は無い。

 妹に教えてもらって、力持つ言葉を唱えてみたけど、何の魔法陣も描けなかった。

 魔法陣が描けないと、魔法が使えない。妹みたいな大魔法使いには、なれない。


 妹は、聖獣様から特別な力を貰った、特別な子だった。

 聖獣様の加護の証、特別な魔法陣を、額に授かっている。

 あの魔法陣があるから、妹は大魔法使いになれた。


 なんで聖獣様は、ワタシには魔法陣をくれなかったんだろう?

 双子なのに、理不尽だ。えこひいきするなんて、聖獣様はヒドイ!


 まあ、妹の魔法陣があったから、両親を亡くした後も、生活は困らなかったけど。

 その点だけは、聖獣様を評価してあげても良い。


 ……と思ったけど、やっぱり止めた。

 ワタシの村を助けてくれなかったから、ヒドイと思う。


 ……聖獣様を批判しても、罰は与えないで欲しいな。

 だって、ワタシは正論を言ってるだけだからね!



 十才前後から、ワタシの住んでた村は飢饉(ききん)に襲われ始めた。

 あまりよく覚えてないけど、ものすごく暑かったのは覚えてる。

 暑くて、暑くて、ついに近くの池や川が干上がったんだ。

 それで食べ物や水が無くなって、村の人たちはどんどんと死んで行った。


 ワタシは暑さで倒れて、生死の境をさ迷っていた。

 ある日、気がついたら、お父さんとお母さんも死んでて、妹と二人ボッチになってた。


 両親の記憶は、おぼろ気で霞がかかったみたいになってる。

 薬草栽培の上手なお父さんと、料理上手なお母さんだった。

 覚えてることは、それだけ。


 そう言えば、ワタシが意識を失う前、妹と何か話したけど、頭がボーッとしてたから、あんまり覚えていないんだよね。



*****



「お父さんもお母さんも、みんないらない!」

「なんで、そんなこと言うの?」

「だって、いらないもん。アタシはお姫様なのに、お姫様になれないんだよ?

お姫様になれば、もっとおいしいものが食べられて、きれいなお洋服も着れるのに」

「カレン? お姫様って、なに?」

「……マリーは知らないから、幸せよね。アタシは知ってるの、全部知ってるの」

「カレンは何を知ってるの?」

「全部よ、全部。だから、いらないものを捨てるの。

あ、マリーは必要よ。だって、マリーはアタシ、アタシはマリーだもの」

「カレンはワタシ?」

「そう。マリーはアタシ。アタシたちは、二人で一人。

アタシたちはお姫様になるの。力は手に入れたから心配しないで」

「お姫様、めんどくさい。王子様と踊るのめんどくさい」

「マリーのばかー!」



*****


 ……変な夢を見ちゃった。何の夢だよ、おい。

 カレンが、妹がお姫様になりたいって、駄々をこねて、ワタシがなりたくないって、言いくるめる?


 王子様と踊るのがめんどくさいから、お姫様になりたくないって……。

 おい、夢の中のワタシ。どんな理由だよ!


 落ち着け、落ち着け。あれは、夢よ、夢。


 妹の真似をして、お姫様っぽい仕草をしたから、無意識の自分が拒否しただけだよね。

 その証拠に、口の端からヨダレが垂れてるし。口紅もはみ出して、凄い顔になってるし。

 おじちゃん、おばちゃんたちに見つかる前に、化粧し直さないと。


 あー、でも、この化粧って、めんどくさいんだよね。

 貴族って、こんなものを塗りたくって、着飾るんだけどさ。はっきり言って、真っ白な魔物よ、魔物。


 白い肌が一番とか言って、真っ白な顔にする貴族のお嬢さんが多いんだけどね。似合わないのなんのって。

 首や手先の色と化粧の色が合ってないから、チグハグな感じがする。


 妹に言ってみたら、「不美人は誤魔化すことしか出来ないから。アタシたちは美しすぎるから、そのままの素肌勝負で十分」って。


 無理。素肌は無理。

 二日間、寝不足のおかけで、ニキビができはじめたんだよね。

 美味しいクッキーの研究って、めんどくさい。カレンも丸投げしないで、自分で研究すれば良いのに。

 あの子には、料理の才能が無いから仕方ないけどさ。


 いつの間にか、王家に献上するとか、大々的な話になってた。

 じいちゃんも、頑張って作れって、せかすしさ。

 ワタシたちを養ってくれてるじいちゃんのためだから、睡眠時間を削って研究してあげてるんだけど。


 原因は、どう考えても不器用な妹だ。

 三ヶ月前に、「手作りクッキーがたくさんいるから作って」って言われて、毎日クッキー作ってあげてたんだ。

 どうも、妹の通う学校で、王子様たちに食べてもらっていたらしい。

 それで、三日前に王子様の一人が、家にクッキーを持ち帰ったんだって。

 持ち帰った王子様から、妹が翌日に助言されたのが、「王宮の王妃様は、栗やスモモを使ったお菓子を研究してる」っていう内容。


 ねぇ、ねぇ、お菓子を研究する王妃様って、何?

 って言うか、普通、貴族のお嬢さんは料理できないんじゃないの?

 ワタシは例外だよ、元村娘だもん。


 じいちゃんに聞いてみたら、王妃様は料理好きな家系の貴族の令嬢だったらしい。

 すっごく有名な貴族で、ご先祖様は聖騎士として活躍した人だった。


 ワタシも、その聖騎士の名前は聞いたことある。

 村の子供たちが、将来は騎士になるんだって、棒切れを振り回すくらい有名で強い人だからね。


 ……みんな、騎士になる前に死んじゃったけど。



*****



「マリーは料理が出来るなんて、すごいのう! 死んだワシの家族も、誰も料理なんぞできんかった。

早く、マリーの新しいお菓子が食べたいものじゃな。あのクッキーは、美味しかったぞ。

お菓子が作れる令嬢がいると知れば、イザベルも喜びそうじゃ。一緒に料理をしたいと言い出すかもしれんのう」


 じいちゃんの言葉遣いが、やけに弾んでいた。


 ……王妃様って、じいちゃんの姪っ子?

 えっ! じいちゃん、そんなに偉い人なの!?

 

 待って、姪っ子に知らせるなんて、スキップして行かないで!

 元副騎士団長だったらしいじいちゃん、無駄に元気すぎるよ……。


*****


 また夢を見た。王宮に献上するクッキーの件で、じいちゃんと話したときの夢だ。


 じいちゃんの本当の家族は、六年前に死んだ。ワタシの村の人たちの半分がかかった、死の病だったらしい。


 その一年後くらいに、みなしごのワタシと妹を、じいちゃんは引き取ってくれた。

 じいちゃんは、ワタシが住んでた土地の領主様だったんだ。


 おじちゃんによると、妹が特別な魔法陣を額に持つ子だったから、引き取りの話は、トントン拍子だったらしい。


 当時のワタシは置いていかれるって、覚悟してた。

 これからは、一人で生きていかなきゃって、思ってた。


 村に住んでた人も、お父さんもお母さんも、妹をたくさん大事にしてたから。

 ワタシも大切には、されたと思う。けど、妹は特別扱いだった。


 でも、じいちゃんは、妹と一緒に、ワタシも引き取ってくれた。なんの取り柄もないワタシを。

 また孫が出来て嬉しいって、ワタシと妹を同等に扱ってくれた。

 とても、感謝してる。


 でも、おじちゃんやおばちゃんたちは、同等に扱ってくれない。

 まずワタシをしかってから、妹をしかるんだけど。

 妹は要領がよいから、ワタシがしかられてる間に逃げて、どこかの家に行ってしまう。

 貴族のお茶会とかいう、茶番劇に出席してるそうだ。


 必然的に、ワタシが怒られる回数が増えるんだけど。

 たまには、妹からしかってほしいものだ。


 そう言えば、妹は魔法学校へ満点で入学するほど、頭が良かった。

 三ヶ月前には、編入試験で満点を取って、文官養成所の別名をもつ、高等学校へ編入までしてしまった。

 他校から編入するのって、ものすごく大変だって、聞いたけど。

 妹は簡単だって、事も無げに言ったんだ。


 妹は編入時、心配するじいちゃんに、将来はお姫様になるから安心してって、安心させる魔法を使ったらしい。

 じいちゃんは歳だし、心労で倒れたら困るから必要な魔法だって、妹は説明してくれた。


 お姫様ねぇ。


 高等学校には、四人の王子様が居るって聞くから、妹は誰かに見初められるつもりなんだろう。

 そのために勉強したのだと思う。

 双子ながら、なんとも、めんどくさい人生を選ぶ子だ。


 ワタシはのんびり暮らしたいから、じいちゃんの家で引きこもり生活を続けている。

 貴族のマナーが必要なお茶会とか、めんどくさいって。


 それに、お茶会に行っても、皆が注目するのは妹だ。

 ワタシは妹と同じ顔だけど、ワタシの額を見た人たちは、みんなガッカリした顔で離れていく。

 村でいた頃よりも、ずっと惨めな気分になるから、屋敷の外に出ることは減ったんだ。


 あーあ、将来、お嫁に行くなら、どこかの平民がいいな。

 

 村で居たときみたいに、自分で植物を育てて、お母さんみたいに料理を作ったりできれば最高なんだけど。


 もしくは、どこかの研究家に嫁いで、薬用植物の研究も面白いかも。

 お父さんみたいに、薬草栽培の達人になるんだ。


 子供の頃、薬草の栽培方法と一緒に、色々な効能や使い方を教えてもらった。

 あんまり覚えてないけど、じいちゃんちにある薬草の図鑑を見てたら、ふっと湧いてくることがある。

 きっと、心の奥底で、覚えてるんだろうね。


 うん! あとで、じいちゃんに切り出してみよう。

 将来は、薬草の研究がしたいって。お嫁に行くなら、そういう人の所へ行きたいって。

 薬草研究は、じいちゃんのためでもある。じいちゃんには、本当に元気で、長生きして欲しいからね。


 ワタシの住んでた村は、昔は薬草の産地だったんだ。

 王子様たちが食べたらしいクッキーの隠し味。アーモンドプードルは、村でいたころに知った薬だ。

 元々は南の国の植物らしいアーモンドを、粉にしたものなんだ。

 効能は、老化を遅らせたり、お腹の調子をよくしたりしてくれる。

 ワタシを引き取ってくれたじいちゃんが元気でいられるように、食べてもらいたくて、クッキーの材料にする研究をしたんだよね。


 それからクッキーの別の隠し味、レンゲのハチミツ。

 これも薬の一つだって、村に来た行商人が言ってた。むくみとかを取ることが出来るらしい。

 じいちゃんは時々、足が腫れて歩きにくそうにするときがあるから、むくみが取れたらいいなって思って、使ってみたんだよね。

 あんまり効果はなかったけど、食べたことのない味わいのクッキーが出来て、じいちゃんはすごく喜んでくれた。


 まあ、結果オーライだね。そういうことにしておこう。



*****



 クッキー研究、五日目。もう無理、無理、無理。


 ……疲れた。眠い。めんどくさい。


 調べてみたら、スモモって、東の大陸の植物だった。

 東から取り寄せるのが大変だから、ものすごく高価な食材らしい。

 でも、じいちゃんのツテで、すぐに家に届けられた。植物を育てるのが得意な人が、親戚の知り合いにいるらしい。


 前にアーモンドプードルをねだったときも、南にあるドワーフの国から、すぐに取り寄せてくれたし。

 じいちゃんって、顔が広いんだよね。さすが領主様。



 それにしても、眠い。ニキビがヒドイ。

 鏡に映った自分が老けて、やつれてみえた。


 あ、顎のニキビがつぶれて、膿がでてる!

 ……ショック。


 どうしよう、さすがに、ニキビだらけは嫌だよ。

 目の下にもクマができてるし、最悪の顔だ。


 どんよりして食堂に行ったら、ご機嫌な妹がいた。

 昨日、限定発売された化粧品が手に入ったって。

 なんか、王妃様が試作品を気に入ったとかで、発売前から町で話題になってたらしい。


 ……ごめん、化粧品に興味ない。今、興味あるのは、ニキビとクマを治す薬だよ。


 妹にぼやいたら、魔法協会の化粧品売り場を勧められた。

 いや、ワタシが欲しいのは薬だよ、治す薬。隠すものじゃ無いんだって。


 へー、化粧品売り場には、女性向けの薬も置いてあるの?

 んじゃ、行ってみようかな。


 引きこもりのワタシは、珍しく屋敷の外に出ることにした。

 屋敷の庭には出るんだけどね。綺麗な花の咲く、薬草を育ててるんだ。

 一番のお気に入りは、ワタシと同じ名前のローズマリー。

 ひっそり咲くけど、ものすごく役に立つ薬草なんだよ?

 ワタシも、人前に立たずとも、人の役に立てる生活がしたいな。

 

 じいちゃんの領地は南地方にあるんだけど、今は王都に住んでいる。

 王妃様の姪の頼みで、ワタシたちを引き取ってくれた後に、王都に移り住んだんだ。

 姪っ子としては、一人ぼっちのじいちゃんが心配なんだろうね。

 わかる、わかるよ、その気持ち。


 でも、いつか、じいちゃんを領地に連れて行ってあげたい。

 ワタシのささやかな野望だ。



*****



 顔を見られないよう、帽子を深くかぶって、変装完璧!

 妹と同じ顔だからね。妹の知り合いにでも会って、長ったらしい会話に付き合わされたら、たまんないよ。


 ……そう思っていたワタシは、浅はかだった。

 妹の知り合いって、じいちゃんの親戚も含まれるじゃん!


「カレンちゃんのお姉さんとは露知らず、ご無礼を。許してくれるかな?」

「あ……はい、妹がいつもお世話になっております」

「ありがとう、麗しいご令嬢からお許しを得れるとは、光栄だ」

「マット! 誰構わず、口説くのは止めてください」

「やだな、クリスちゃん。カレンちゃんは、南の公爵家の養女だよ?

南の公爵家は、ボクたちのおじいさまの親戚じゃん。

つまり、カレンちゃんも、カレンちゃんのお姉さんも、ボクたちの親戚。親戚に声をかけて挨拶するのは、当然だよ」

「にゃ……それもそうですね」


 何、この口が上手い男の子。カレンは、こんな男の子の相手をしてるの?


 どうも、じいちゃんの親戚みたいだから、我慢するけど、さっさとどこかに行って欲しい。

 他人と話したくないんだから。


「にゃ……カレン嬢の姉君が、化粧品売り場に何のご用でしょうか?

新作の化粧品は、昨日のうちに売り切れたので、また今度の機会に購入して下さい」


 えっと、この子って、子猫の獣人かな?

 さっきから、にゃーにゃー言ってるし。


 黙り込んでる男の子の背中に隠れながら話してるから、怖がられてるのかな。


 ワタシ、そんなに怖い人じゃないよ?

 子供に警戒されると、ちょっと傷つくんだけど。


「にゃー、聞こえませんでしたか? 何のご用かと聞いているんです」

「えっと、ニキビやクマで、お肌最悪だから、治す薬がないかなって」

「にゃ? 尋常性痤瘡(じんじょうせいざそう)顔面色素沈着症(がんめんしきそちんちゃくしょう)を、併発しているのですか?」


 ……えっと、何言ってるのこの子。意味不明の手合いだ。


「じんじん? がんがん? 何それ、ワタシはニキビとクマって言ってるの」

「にゃ……失礼しました。ジンジンも、ガンガンも、魔法医学の専門用語です。

どう言った症状が出ていますか? 症状に合った薬を処方するのが、皮膚病を治す近道です」

「……クリス、この子の診察してあげて。その方が早い」

「にゃー、ですがフィル、化粧品売り場のお客さまです。

魔法医師部門が、販売部門のお客様を横取りするのは、もめ事の原因になり、ひいては魔法協会で不和を生む原因になると推測されます」


 ……何、この子。難しい言葉を並べてるけど、利益の関係でケンカになるって、言いたいだけだよね?

 ちんたらちんたらしないで欲しい。ワタシはさっさと帰りたいのに!


「……クリス、宮廷魔法医師の一人として、この子の診察して。僕が言えば問題ない」

「なるほど、命令ですね。了解しました」


 宮廷魔法医師? こっちの子猫は、お医者さん?


 ……あ! じいちゃんの親戚に、宮廷所属のお医者さんの一族が居るって、聞いたことある。

 そっか、こんな小さな子も、お医者さんなんだ。じいちゃんの親戚って、すごいなあ。


「あ、クリスちゃんはこう見えても、国内最高クラスの素晴らしい魔法医師だから、心配しなくていいよ。

なんと言っても、先代王妃さまを治した、折り紙つきの名医だからね」


 口の上手い男の子も、ペラペラと説明してきた。

 安っぽい説明は逆効果を生むって、知らないのかな?


「にゃ、ご令嬢が希望されるのでしたら、この場で診察して、あなたに適した薬を処方しますが、いかがでしょうか?」

「治るんだったら、治して」


 まあ、先代王妃様を治せるんだったら、ワタシのニキビやクマくらい、すぐに治せるよね?


*****


「にゃ……帰ったら、その薬草を煮出して飲んだり、煮汁を肌に塗ったりして下さい。

どちらでも、効果はでます。一週間分あるので、一週間様子を見てみてください」

「ねぇ、この薬草って、なんて名前? なんか、見たことあるんだけど」

「にゃ。東の植物、ドクダミです」

「え? ドクダミって、あのドクダミなの?

肌荒れには、生薬をすり潰して塗った方が、効果があった気がするんだけど」

「にゃー、あなたがおっしゃる方法が、一番効果があります。

ですが、ここ五年ほどは、生薬で流通してないんです。南地方の産地が取れなくなったので、東の国から輸入してるんですよ。

ですから、届くのは、日持ちするように干したものばかりです」

「そっか。もしも生のドクダミが手に入ったら、ワタシが植えて育てるのに。

そうすれば、早くニキビもクマも治せたのに、残念」

「にゃ? あれは植えて、育てられるんですか?

魔法で無理やり育てないと、すぐに枯れてしまうと聞きます」

「えー、あれは日陰に植えれば、勝手に育つよ?

根っこがついてないと、育ちにくいし、枯れることが多いけどね。

魔法で育てるなんて、効率悪すぎ」

「日陰!? 初めて聞いたよ。クリスちゃんは、おじいさまからきいたことある?」

「いいえ、初耳です!」


 ……口の上手い男の子も、小さなお医者さんも、なんで、そんなに驚くの? 

 常識だと思うんだけど、違うのかな?

 お医者さんって、薬草の効能には詳しいけど、育て方は知らないみたいだね。


「……根っこつきのドクダミを、取り寄せたら、君は育てられる?」

「当然だよ。ワタシは薬草栽培師の娘だったんだから。

あ、今は貴族のお嬢さんだから、腕は落ちてるけどね」

「……分かった。僕が責任持って取り寄せる。だから、届いたら育てる実験をしてほしい。頼めるだろうか?

僕は、今、南の荒れ地で、植物を育てる研究をしている。研究に役立つ事なら、手伝って欲しい」


 無口な男の子が話しかけてきた。どうも、研究者らしい。

 南の荒れ地って、きっとワタシの故郷の事だと思う。

 一応、聞いてみよう。


「南の荒れ地って、じいちゃ……オフィシナリス公爵領地?」

「……そう。僕は、あの土地を緑の土地に戻したい」

「あそこは、半分くらい砂だらけだよ? 難しいと思うな」

「……そんなことない。時間をかければ、きっと戻せる。

僕がダメでも、僕の子供や孫が成し遂げてくれる。諦めない」


 ……無口な男の子は、意外と根性があるのかもしれない。

 ワタシの故郷を、そこまで思ってくれてるなら、協力しても良いかな。 

 ワタシも、いつか、故郷を緑に戻したいもん。


「分かった。良いよ、協力してあげる」

「……ありがとう。まずはドクダミを取り寄せる。取り寄せたら、僕の家に来てくれる? 色々教えて欲しい」

「知識が欲しいの?」

「……そう。本じゃ得られない、生きた知識が必要」


 わかる、わかる。本で得られる知識って、限界があるんだよね。

 実際にやって、体験してみないと、分からないことって、たくさんある。


 きらびやかに見えた貴族の生活って、努力を積み重ねて得るものなんだ。

じいちゃんに引き取られて、おじちゃんやおばちゃんから学んで、やっと分かったしね。


「教えるのは別にいいけど……じい……ワタシの保護者が何て言うか」

「……君は南公爵家の人、だから大丈夫。僕がきちんと筋を通すから、心配しなくていい」


 無口な男の子は、自信家らしい。

 じいちゃんが許しても、おじちゃんやおばちゃんたちが反対すると思うんだけどな。

 まあ、泣き落とせば、おじちゃんの監視つきで、なんとかなるかな。


「じゃあ、楽しみに待ってる。小さなお医者さん、今日はありがとう。またね」

「にゃ、お大事になさってください」

「またね、マリーちゃん♪」

「……連絡するから待ってて」


 口の上手い男の子と、小さなお医者さんと、無口な男の子に見送られながら、化粧品売り場をあとにした。


 そっか、またドクダミを育てられるんだ。

 お父さんの育ててた薬草の中に、ドクダミがあったんだよね。

 あれは勝手に育つから、子供のワタシにも扱えるって、山の畑を任されてたんだ。


 すごく懐かしくて、嬉しくなって、帰り道はずっと笑顔が浮かんでた。


*****


「マリー、王宮に行く約束したって、本当? マットが教えてくれたんだけど」


 翌朝、部屋で学校に行く準備をしていた妹が、急に聞いてきた。

 王家って、何?

 マット? 誰それ。知らないんだけど。


「カレン、マットって、誰?」

「北の公爵家のマシューに決まってるじゃない。マットは、マシューの愛称よ」

「はぁ? 北の公爵家?」


 待って。北の公爵家って、何? どういうこと?

 なんか、じいちゃんと親戚って、言ってた気がするんだけど。聞き流したから、覚えてない。


「そっか、やっぱり、マリーはフィル狙いだっんだ。

フィルが似合うと思って、アタシもこっそり働きかけてたんだけど、役立ったわけね」

「……カレン、北の公爵家とうちが親戚らしいけど、どういう繋がりで親戚?」

「何言ってるの? マットは、おじい様の妻の方の親戚じゃない」


 待って。じいちゃんの死んだ奥さんって、王女だったって、言ってなかった?

 つまり、お姫様だよね?


「お姫様の親戚って、すごい家柄だね」

「当然だと思うけど。マシューも王子だし」

「ワタシからしたら、雲の上の人だよ」

「なんで? フィルと話したんでしょう?」 

「カレン。フィルって、誰?」

「あ、マリーは、愛称知らないんだっけ。王家のフィリップ王子のこと」

「えっ? 王子様!?」

「そうよ。フィルは、おじい様の姪である、王妃様の息子。第二王子。

……もしかして、マリー知らないの?」

「うん、知らない」


 妹が信じられない目付きで、ワタシを見てきた。

 何、その視線。


 あ、ちょっと思い付いたから、念のため聞いてみよう。

 嫌な予感しかしないけどね。


「えっと、二人は猫耳の女の子を連れてたんだけど、お医者さんらしいんだ。

……その子も、親戚らしいけど、うちとどういう繋がり?」

「マリー、おじい様の奥さんは、猫耳のお姫様。猫耳は、西の王族の証。猫耳の女の子は、そこの子」

「えっと、もしかして……死んだばあちゃんの親戚ってことは、お姫様?」

「そう、お姫様」

「へー、そうなんだ」


 全部、じいちゃんの親戚? 王子様とお姫様? 全部?


「なんで、王子様やお姫様が、真っ昼間から化粧品売り場に居るの?

学校は? あの時間って、学校に行ってる時間でしょう?」

「昨日は、学校の社会見学の授業で、午前中は町中に繰り出したの。

マリーはそのときに、偶然、行き当たったのよ。きっと」

「へー」


 ワタシ? ワタシは学校に興味ないから。

 一応、家庭教師から、中等学校の勉強は全部習ったし。

 勉強内容が合わないなら、高等学校は行かなくても良いって、じいちゃんも言ってくれてるもん。


「……マリー、貴族に興味なさすぎ! せめて親戚くらい覚えようよ。王族よ、王族! わかってる!?」


 妹の指摘が耳に痛い。そばに、控えていたおばちゃんたちが、あきれて睨んできた。


「だって、ワタシは養女だよ? 本物の孫じゃない。いつ、この暮らしが終わるかわからないのに、そこまで深入りできないよ!」


 ワタシの本音だ。ワタシたちは、貰われっ子。

 じいちゃんだけが頼りの、不安定な場所に住んでいる。


「あっそ。マリーのばか、もう知らない!」


 いつかの夢の台詞を呟き、妹は部屋から出ていった。


「ローズマリーお嬢さま、今のはカレンデュラお嬢さまのご意見が正しいかと」


 執事のおじちゃんが、説教してきた。また怒られるのか。

 今回は、ワタシが悪いから当然だけど。


 沈黙してたら、おじちゃんも沈黙した。


「お嬢さま、旦那さまは薄情な方ではありません。そして、王族の方々も同じです。

先日お会いしたという、白猫獣人のクリスティーン王女は、王家の養女です。

お嬢さまたちと同じ立場の王女が、親戚に居るのですから、ご安心ください」


 侍女とかいうおばちゃんは、そう言って頭を下げてきた。


 ……あのワタシを診察したお医者さんって、養女?

 養女だから、お姫様なのに、宮廷の医者になってるの? あんなに小さいのに?


「あの子、十才くらいだよ? 養女って知らないんじゃ……」

「知らないかもしれません。知れば、取り乱すかもしれません。

そのときは、ローズマリーお嬢さまが、お支えすれば良いのです。

同じ立場の親戚なのですから」


 おばちゃんは、無茶苦茶を言ってくる。


 そっか、あの子は養女か。まだ身の上を知らないなら、知らないままの方が幸せだと思う。


 身の上を知れば、きっとワタシと同じように考えるはずだから。



*****



 あれから、一週間たった。ワタシの肌は、ツルツルぷにょぷにょに戻った。

 ドクダミ効果、サイコー!


 なんて、浮かれてる場合じゃなかった。

 とりあえず、じいちゃんの顔を潰さないように、親戚だけでも覚えるように頑張っている。


 と言っても、王族の人たちだけにしたんだけど……王族の人たち、多過ぎ!


 おじちゃんのまとめてくれた、人物名鑑をペラペラとめくる。


 ……王子様って、何人居るのよ!?

 結婚してても王子様って呼ぶなんて、詐欺よ、詐欺!


 引きこもりのワタシは、王子様やお姫様たちの顔を知らない。

 知ってるのは、先日、偶然出会った王子様とお姫様だけ。


 ……王宮に呼ばれたら、どうしよう。王様や王妃様の顔も知らないのにさ。

 まさか会う約束をした人が、本物の王子様なんて、思ってなかったんだもん!


 途方にくれてたら、おばちゃんに声をかけられた。


 じいちゃんが呼んでる? なんだろう、今朝作ったクッキーの事かな?


「じ……時候がよろしくて、お元気に過ごされているようで何よりですわ、おじい様。

わざわざお呼びになるなんて、ワタシに何のご用でしょうか?」


 危ない、危ない。思わずじいちゃんって、呼びそうになったよ。

 お嬢さん言葉を使わないと、おじちゃんやおばちゃんたちにしごかれるから、気を付けないとね。


「王宮から頼まれていた、東の植物が届いたと連絡があってのう。

マリーに実物を見に来て、確かめて欲しいそうじゃ。フィリップ王子に、何を頼んだ?」

「ドクダミですわ。フィリップ王子が、育成の仕方を知らないと……申していましたので、ワタシが育てると……言いましたの」


 ……言い回し、これで良かったかな?

 五年近く練習してるけど、未だによくわかんないんだよね。


「お嬢さま、王子はおっしゃっていましたですよ。申しあげるのは、お嬢さまです」


 ……おじちゃんに怒られた。

 ほら、ワタシは養女だし、生まれついての貴族じゃないし。

 丁寧な言い回しなんて、覚えきれないよ!


「マリーの村は、ドクダミも特産品の一つじゃったのう。ならば、育てられるか。

それで、いつ王宮に行くつもりじゃ? 王家としては、枯らしては困るから、すぐに来て欲しいそうじゃが」

「でしたら、すぐに伺います。ワタシのワガママにお付き合いして、取り寄せていただきましたもの。

南の公爵家の者として、きちんと責任を果たしますわ」


 なんとか、ワタシの言葉遣いは合格点を貰えたようだ。

 おじちゃん、おばちゃんは満足そうに笑ってくれた。良かったよ、本当に。


「うむ。ならば、手土産に新作のクッキーを持って行ったらどうじゃ?

まだ残っておるからのう。あの、『すてんどクッキー』とかいうのは、初めて見る。きっと、喜んでもらえると思うぞ」


 新作のクッキー、今朝、じいちゃんに試食してもらったんだよね。

 クッキー生地は細くしたものを丸くしてるだけ、真ん中は空洞。

 クッキーの真ん中の穴に、スモモ飴を薄く埋め込んでみたんだ。

 だから、光に透かしたら、真ん中の部分から向こう側が透けて見える仕掛けなんだよね。


 ジャムクッキーはありきたりだから、一生懸命考えたんだよ。

 スモモをジャムにして、更に水と砂糖を加えて煮込んで、飴に加工する。

 ふふーん、アイディアの勝利♪


「お嬢さま、お出かけの準備をしましょう。さあ、お部屋へ」


 ……でも、王宮に行くことが、決定しちゃった。

 仕方ないから、覚悟を決めますか。なんとかなると思いたい。

 

 おばちゃんに促され、自室に戻る。

 部屋の扉から出るとき、じいちゃんとおじちゃんの会話が聞こえた。


「旦那さま、おめでとうございます。ひ孫のお顔を見られる日も、近そうでございますよ」

「うむ、奥手のフィルが動くとはのう。将来の公爵夫妻が楽しみじゃ♪」

「まことに」


 えっ? ひ孫って、何? 公爵夫妻って、何?


 ワタシがそう思ったときには、おばちゃんが扉を閉めてしまった。

●ローズマリーの花言葉

思い出、記憶、貞節、誠実。

変わらぬ愛、静かな力強さ。


そして「私を思って」「あなたは私を蘇らせる」



2017年4月18日

ご指摘を受けた部分など修正しました。

ジャンル区分を間違えていたので、現実から異世界に変更しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ランキングから参りましたが、あらすじにて「引きこもりライフを満喫する『残金』美人」になっております。 他の部分では『残念』になってますので、誤字かと。
[良い点] マリーの似非公爵令嬢っぽさが良く出ていました。 しかし、ドクダミですか……。 地下茎で伸びてくるので除草作業が大変ですよね。 因みに、ハーブ関係でも植えれば後始末が大変なものが結構あったり…
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