公爵令嬢(仮)の人生は、斜め上を行く
「美しすぎるって、罪よね。だって、アタシは最高だもの」
右手で頬杖を突きながら鏡に向かって、ため息を吐くの。
自慢の真紅の巻き毛を、左手の指先に絡めながら言うのがコツ。
それから口紅に手を伸ばして、優雅に塗るの。
「本当、美しすぎるって罪よね」
これ、全部、ワタシの妹の真似。
こんなことして、何が面白いの? 妹の思考回路って、よくわかんない。
いいえ、よく理解できませんわ。だった。
言葉遣いを直さないと、またじいちゃんに怒られちゃう。
違う、違う。言葉遣いを直しませんと、おじい様に注意されてしまいますわ。
……あー、めんどくさい! めんどくさい! めんどくさい!
なんで貴族って、こんなことに気を使わないといけないの?
ワタシは妹のオマケで、養女になっただけなのに。
姉なんだから、妹の手本になれって、侍女長とかいうおばちゃんは口うるさいし。
執事長とかいうおじちゃんは、しつけに厳しいし。
本当に、やってらんない。生きるために、五年間、耐え忍んだけどさ。
なんで、こんな風になるわけ? 人生って、思い通りにならない。
ワタシは平凡に、普通に生きたいのに、それもできないんだ。
双子の妹が有名人なおかげで。
妹は、ものすごく美人で、魔法の才能に溢れてる。大人でも難しい魔法の魔法陣を、簡単に操れる子だ。
ワタシには、たぶん、魔法の才能は無い。
妹に教えてもらって、力持つ言葉を唱えてみたけど、何の魔法陣も描けなかった。
魔法陣が描けないと、魔法が使えない。妹みたいな大魔法使いには、なれない。
妹は、聖獣様から特別な力を貰った、特別な子だった。
聖獣様の加護の証、特別な魔法陣を、額に授かっている。
あの魔法陣があるから、妹は大魔法使いになれた。
なんで聖獣様は、ワタシには魔法陣をくれなかったんだろう?
双子なのに、理不尽だ。えこひいきするなんて、聖獣様はヒドイ!
まあ、妹の魔法陣があったから、両親を亡くした後も、生活は困らなかったけど。
その点だけは、聖獣様を評価してあげても良い。
……と思ったけど、やっぱり止めた。
ワタシの村を助けてくれなかったから、ヒドイと思う。
……聖獣様を批判しても、罰は与えないで欲しいな。
だって、ワタシは正論を言ってるだけだからね!
十才前後から、ワタシの住んでた村は飢饉に襲われ始めた。
あまりよく覚えてないけど、ものすごく暑かったのは覚えてる。
暑くて、暑くて、ついに近くの池や川が干上がったんだ。
それで食べ物や水が無くなって、村の人たちはどんどんと死んで行った。
ワタシは暑さで倒れて、生死の境をさ迷っていた。
ある日、気がついたら、お父さんとお母さんも死んでて、妹と二人ボッチになってた。
両親の記憶は、おぼろ気で霞がかかったみたいになってる。
薬草栽培の上手なお父さんと、料理上手なお母さんだった。
覚えてることは、それだけ。
そう言えば、ワタシが意識を失う前、妹と何か話したけど、頭がボーッとしてたから、あんまり覚えていないんだよね。
*****
「お父さんもお母さんも、みんないらない!」
「なんで、そんなこと言うの?」
「だって、いらないもん。アタシはお姫様なのに、お姫様になれないんだよ?
お姫様になれば、もっとおいしいものが食べられて、きれいなお洋服も着れるのに」
「カレン? お姫様って、なに?」
「……マリーは知らないから、幸せよね。アタシは知ってるの、全部知ってるの」
「カレンは何を知ってるの?」
「全部よ、全部。だから、いらないものを捨てるの。
あ、マリーは必要よ。だって、マリーはアタシ、アタシはマリーだもの」
「カレンはワタシ?」
「そう。マリーはアタシ。アタシたちは、二人で一人。
アタシたちはお姫様になるの。力は手に入れたから心配しないで」
「お姫様、めんどくさい。王子様と踊るのめんどくさい」
「マリーのばかー!」
*****
……変な夢を見ちゃった。何の夢だよ、おい。
カレンが、妹がお姫様になりたいって、駄々をこねて、ワタシがなりたくないって、言いくるめる?
王子様と踊るのがめんどくさいから、お姫様になりたくないって……。
おい、夢の中のワタシ。どんな理由だよ!
落ち着け、落ち着け。あれは、夢よ、夢。
妹の真似をして、お姫様っぽい仕草をしたから、無意識の自分が拒否しただけだよね。
その証拠に、口の端からヨダレが垂れてるし。口紅もはみ出して、凄い顔になってるし。
おじちゃん、おばちゃんたちに見つかる前に、化粧し直さないと。
あー、でも、この化粧って、めんどくさいんだよね。
貴族って、こんなものを塗りたくって、着飾るんだけどさ。はっきり言って、真っ白な魔物よ、魔物。
白い肌が一番とか言って、真っ白な顔にする貴族のお嬢さんが多いんだけどね。似合わないのなんのって。
首や手先の色と化粧の色が合ってないから、チグハグな感じがする。
妹に言ってみたら、「不美人は誤魔化すことしか出来ないから。アタシたちは美しすぎるから、そのままの素肌勝負で十分」って。
無理。素肌は無理。
二日間、寝不足のおかけで、ニキビができはじめたんだよね。
美味しいクッキーの研究って、めんどくさい。カレンも丸投げしないで、自分で研究すれば良いのに。
あの子には、料理の才能が無いから仕方ないけどさ。
いつの間にか、王家に献上するとか、大々的な話になってた。
じいちゃんも、頑張って作れって、せかすしさ。
ワタシたちを養ってくれてるじいちゃんのためだから、睡眠時間を削って研究してあげてるんだけど。
原因は、どう考えても不器用な妹だ。
三ヶ月前に、「手作りクッキーがたくさんいるから作って」って言われて、毎日クッキー作ってあげてたんだ。
どうも、妹の通う学校で、王子様たちに食べてもらっていたらしい。
それで、三日前に王子様の一人が、家にクッキーを持ち帰ったんだって。
持ち帰った王子様から、妹が翌日に助言されたのが、「王宮の王妃様は、栗やスモモを使ったお菓子を研究してる」っていう内容。
ねぇ、ねぇ、お菓子を研究する王妃様って、何?
って言うか、普通、貴族のお嬢さんは料理できないんじゃないの?
ワタシは例外だよ、元村娘だもん。
じいちゃんに聞いてみたら、王妃様は料理好きな家系の貴族の令嬢だったらしい。
すっごく有名な貴族で、ご先祖様は聖騎士として活躍した人だった。
ワタシも、その聖騎士の名前は聞いたことある。
村の子供たちが、将来は騎士になるんだって、棒切れを振り回すくらい有名で強い人だからね。
……みんな、騎士になる前に死んじゃったけど。
*****
「マリーは料理が出来るなんて、すごいのう! 死んだワシの家族も、誰も料理なんぞできんかった。
早く、マリーの新しいお菓子が食べたいものじゃな。あのクッキーは、美味しかったぞ。
お菓子が作れる令嬢がいると知れば、イザベルも喜びそうじゃ。一緒に料理をしたいと言い出すかもしれんのう」
じいちゃんの言葉遣いが、やけに弾んでいた。
……王妃様って、じいちゃんの姪っ子?
えっ! じいちゃん、そんなに偉い人なの!?
待って、姪っ子に知らせるなんて、スキップして行かないで!
元副騎士団長だったらしいじいちゃん、無駄に元気すぎるよ……。
*****
また夢を見た。王宮に献上するクッキーの件で、じいちゃんと話したときの夢だ。
じいちゃんの本当の家族は、六年前に死んだ。ワタシの村の人たちの半分がかかった、死の病だったらしい。
その一年後くらいに、みなしごのワタシと妹を、じいちゃんは引き取ってくれた。
じいちゃんは、ワタシが住んでた土地の領主様だったんだ。
おじちゃんによると、妹が特別な魔法陣を額に持つ子だったから、引き取りの話は、トントン拍子だったらしい。
当時のワタシは置いていかれるって、覚悟してた。
これからは、一人で生きていかなきゃって、思ってた。
村に住んでた人も、お父さんもお母さんも、妹をたくさん大事にしてたから。
ワタシも大切には、されたと思う。けど、妹は特別扱いだった。
でも、じいちゃんは、妹と一緒に、ワタシも引き取ってくれた。なんの取り柄もないワタシを。
また孫が出来て嬉しいって、ワタシと妹を同等に扱ってくれた。
とても、感謝してる。
でも、おじちゃんやおばちゃんたちは、同等に扱ってくれない。
まずワタシをしかってから、妹をしかるんだけど。
妹は要領がよいから、ワタシがしかられてる間に逃げて、どこかの家に行ってしまう。
貴族のお茶会とかいう、茶番劇に出席してるそうだ。
必然的に、ワタシが怒られる回数が増えるんだけど。
たまには、妹からしかってほしいものだ。
そう言えば、妹は魔法学校へ満点で入学するほど、頭が良かった。
三ヶ月前には、編入試験で満点を取って、文官養成所の別名をもつ、高等学校へ編入までしてしまった。
他校から編入するのって、ものすごく大変だって、聞いたけど。
妹は簡単だって、事も無げに言ったんだ。
妹は編入時、心配するじいちゃんに、将来はお姫様になるから安心してって、安心させる魔法を使ったらしい。
じいちゃんは歳だし、心労で倒れたら困るから必要な魔法だって、妹は説明してくれた。
お姫様ねぇ。
高等学校には、四人の王子様が居るって聞くから、妹は誰かに見初められるつもりなんだろう。
そのために勉強したのだと思う。
双子ながら、なんとも、めんどくさい人生を選ぶ子だ。
ワタシはのんびり暮らしたいから、じいちゃんの家で引きこもり生活を続けている。
貴族のマナーが必要なお茶会とか、めんどくさいって。
それに、お茶会に行っても、皆が注目するのは妹だ。
ワタシは妹と同じ顔だけど、ワタシの額を見た人たちは、みんなガッカリした顔で離れていく。
村でいた頃よりも、ずっと惨めな気分になるから、屋敷の外に出ることは減ったんだ。
あーあ、将来、お嫁に行くなら、どこかの平民がいいな。
村で居たときみたいに、自分で植物を育てて、お母さんみたいに料理を作ったりできれば最高なんだけど。
もしくは、どこかの研究家に嫁いで、薬用植物の研究も面白いかも。
お父さんみたいに、薬草栽培の達人になるんだ。
子供の頃、薬草の栽培方法と一緒に、色々な効能や使い方を教えてもらった。
あんまり覚えてないけど、じいちゃんちにある薬草の図鑑を見てたら、ふっと湧いてくることがある。
きっと、心の奥底で、覚えてるんだろうね。
うん! あとで、じいちゃんに切り出してみよう。
将来は、薬草の研究がしたいって。お嫁に行くなら、そういう人の所へ行きたいって。
薬草研究は、じいちゃんのためでもある。じいちゃんには、本当に元気で、長生きして欲しいからね。
ワタシの住んでた村は、昔は薬草の産地だったんだ。
王子様たちが食べたらしいクッキーの隠し味。アーモンドプードルは、村でいたころに知った薬だ。
元々は南の国の植物らしいアーモンドを、粉にしたものなんだ。
効能は、老化を遅らせたり、お腹の調子をよくしたりしてくれる。
ワタシを引き取ってくれたじいちゃんが元気でいられるように、食べてもらいたくて、クッキーの材料にする研究をしたんだよね。
それからクッキーの別の隠し味、レンゲのハチミツ。
これも薬の一つだって、村に来た行商人が言ってた。むくみとかを取ることが出来るらしい。
じいちゃんは時々、足が腫れて歩きにくそうにするときがあるから、むくみが取れたらいいなって思って、使ってみたんだよね。
あんまり効果はなかったけど、食べたことのない味わいのクッキーが出来て、じいちゃんはすごく喜んでくれた。
まあ、結果オーライだね。そういうことにしておこう。
*****
クッキー研究、五日目。もう無理、無理、無理。
……疲れた。眠い。めんどくさい。
調べてみたら、スモモって、東の大陸の植物だった。
東から取り寄せるのが大変だから、ものすごく高価な食材らしい。
でも、じいちゃんのツテで、すぐに家に届けられた。植物を育てるのが得意な人が、親戚の知り合いにいるらしい。
前にアーモンドプードルをねだったときも、南にあるドワーフの国から、すぐに取り寄せてくれたし。
じいちゃんって、顔が広いんだよね。さすが領主様。
それにしても、眠い。ニキビがヒドイ。
鏡に映った自分が老けて、やつれてみえた。
あ、顎のニキビがつぶれて、膿がでてる!
……ショック。
どうしよう、さすがに、ニキビだらけは嫌だよ。
目の下にもクマができてるし、最悪の顔だ。
どんよりして食堂に行ったら、ご機嫌な妹がいた。
昨日、限定発売された化粧品が手に入ったって。
なんか、王妃様が試作品を気に入ったとかで、発売前から町で話題になってたらしい。
……ごめん、化粧品に興味ない。今、興味あるのは、ニキビとクマを治す薬だよ。
妹にぼやいたら、魔法協会の化粧品売り場を勧められた。
いや、ワタシが欲しいのは薬だよ、治す薬。隠すものじゃ無いんだって。
へー、化粧品売り場には、女性向けの薬も置いてあるの?
んじゃ、行ってみようかな。
引きこもりのワタシは、珍しく屋敷の外に出ることにした。
屋敷の庭には出るんだけどね。綺麗な花の咲く、薬草を育ててるんだ。
一番のお気に入りは、ワタシと同じ名前のローズマリー。
ひっそり咲くけど、ものすごく役に立つ薬草なんだよ?
ワタシも、人前に立たずとも、人の役に立てる生活がしたいな。
じいちゃんの領地は南地方にあるんだけど、今は王都に住んでいる。
王妃様の姪の頼みで、ワタシたちを引き取ってくれた後に、王都に移り住んだんだ。
姪っ子としては、一人ぼっちのじいちゃんが心配なんだろうね。
わかる、わかるよ、その気持ち。
でも、いつか、じいちゃんを領地に連れて行ってあげたい。
ワタシのささやかな野望だ。
*****
顔を見られないよう、帽子を深くかぶって、変装完璧!
妹と同じ顔だからね。妹の知り合いにでも会って、長ったらしい会話に付き合わされたら、たまんないよ。
……そう思っていたワタシは、浅はかだった。
妹の知り合いって、じいちゃんの親戚も含まれるじゃん!
「カレンちゃんのお姉さんとは露知らず、ご無礼を。許してくれるかな?」
「あ……はい、妹がいつもお世話になっております」
「ありがとう、麗しいご令嬢からお許しを得れるとは、光栄だ」
「マット! 誰構わず、口説くのは止めてください」
「やだな、クリスちゃん。カレンちゃんは、南の公爵家の養女だよ?
南の公爵家は、ボクたちのおじいさまの親戚じゃん。
つまり、カレンちゃんも、カレンちゃんのお姉さんも、ボクたちの親戚。親戚に声をかけて挨拶するのは、当然だよ」
「にゃ……それもそうですね」
何、この口が上手い男の子。カレンは、こんな男の子の相手をしてるの?
どうも、じいちゃんの親戚みたいだから、我慢するけど、さっさとどこかに行って欲しい。
他人と話したくないんだから。
「にゃ……カレン嬢の姉君が、化粧品売り場に何のご用でしょうか?
新作の化粧品は、昨日のうちに売り切れたので、また今度の機会に購入して下さい」
えっと、この子って、子猫の獣人かな?
さっきから、にゃーにゃー言ってるし。
黙り込んでる男の子の背中に隠れながら話してるから、怖がられてるのかな。
ワタシ、そんなに怖い人じゃないよ?
子供に警戒されると、ちょっと傷つくんだけど。
「にゃー、聞こえませんでしたか? 何のご用かと聞いているんです」
「えっと、ニキビやクマで、お肌最悪だから、治す薬がないかなって」
「にゃ? 尋常性痤瘡 と 顔面色素沈着症を、併発しているのですか?」
……えっと、何言ってるのこの子。意味不明の手合いだ。
「じんじん? がんがん? 何それ、ワタシはニキビとクマって言ってるの」
「にゃ……失礼しました。ジンジンも、ガンガンも、魔法医学の専門用語です。
どう言った症状が出ていますか? 症状に合った薬を処方するのが、皮膚病を治す近道です」
「……クリス、この子の診察してあげて。その方が早い」
「にゃー、ですがフィル、化粧品売り場のお客さまです。
魔法医師部門が、販売部門のお客様を横取りするのは、もめ事の原因になり、ひいては魔法協会で不和を生む原因になると推測されます」
……何、この子。難しい言葉を並べてるけど、利益の関係でケンカになるって、言いたいだけだよね?
ちんたらちんたらしないで欲しい。ワタシはさっさと帰りたいのに!
「……クリス、宮廷魔法医師の一人として、この子の診察して。僕が言えば問題ない」
「なるほど、命令ですね。了解しました」
宮廷魔法医師? こっちの子猫は、お医者さん?
……あ! じいちゃんの親戚に、宮廷所属のお医者さんの一族が居るって、聞いたことある。
そっか、こんな小さな子も、お医者さんなんだ。じいちゃんの親戚って、すごいなあ。
「あ、クリスちゃんはこう見えても、国内最高クラスの素晴らしい魔法医師だから、心配しなくていいよ。
なんと言っても、先代王妃さまを治した、折り紙つきの名医だからね」
口の上手い男の子も、ペラペラと説明してきた。
安っぽい説明は逆効果を生むって、知らないのかな?
「にゃ、ご令嬢が希望されるのでしたら、この場で診察して、あなたに適した薬を処方しますが、いかがでしょうか?」
「治るんだったら、治して」
まあ、先代王妃様を治せるんだったら、ワタシのニキビやクマくらい、すぐに治せるよね?
*****
「にゃ……帰ったら、その薬草を煮出して飲んだり、煮汁を肌に塗ったりして下さい。
どちらでも、効果はでます。一週間分あるので、一週間様子を見てみてください」
「ねぇ、この薬草って、なんて名前? なんか、見たことあるんだけど」
「にゃ。東の植物、ドクダミです」
「え? ドクダミって、あのドクダミなの?
肌荒れには、生薬をすり潰して塗った方が、効果があった気がするんだけど」
「にゃー、あなたがおっしゃる方法が、一番効果があります。
ですが、ここ五年ほどは、生薬で流通してないんです。南地方の産地が取れなくなったので、東の国から輸入してるんですよ。
ですから、届くのは、日持ちするように干したものばかりです」
「そっか。もしも生のドクダミが手に入ったら、ワタシが植えて育てるのに。
そうすれば、早くニキビもクマも治せたのに、残念」
「にゃ? あれは植えて、育てられるんですか?
魔法で無理やり育てないと、すぐに枯れてしまうと聞きます」
「えー、あれは日陰に植えれば、勝手に育つよ?
根っこがついてないと、育ちにくいし、枯れることが多いけどね。
魔法で育てるなんて、効率悪すぎ」
「日陰!? 初めて聞いたよ。クリスちゃんは、おじいさまからきいたことある?」
「いいえ、初耳です!」
……口の上手い男の子も、小さなお医者さんも、なんで、そんなに驚くの?
常識だと思うんだけど、違うのかな?
お医者さんって、薬草の効能には詳しいけど、育て方は知らないみたいだね。
「……根っこつきのドクダミを、取り寄せたら、君は育てられる?」
「当然だよ。ワタシは薬草栽培師の娘だったんだから。
あ、今は貴族のお嬢さんだから、腕は落ちてるけどね」
「……分かった。僕が責任持って取り寄せる。だから、届いたら育てる実験をしてほしい。頼めるだろうか?
僕は、今、南の荒れ地で、植物を育てる研究をしている。研究に役立つ事なら、手伝って欲しい」
無口な男の子が話しかけてきた。どうも、研究者らしい。
南の荒れ地って、きっとワタシの故郷の事だと思う。
一応、聞いてみよう。
「南の荒れ地って、じいちゃ……オフィシナリス公爵領地?」
「……そう。僕は、あの土地を緑の土地に戻したい」
「あそこは、半分くらい砂だらけだよ? 難しいと思うな」
「……そんなことない。時間をかければ、きっと戻せる。
僕がダメでも、僕の子供や孫が成し遂げてくれる。諦めない」
……無口な男の子は、意外と根性があるのかもしれない。
ワタシの故郷を、そこまで思ってくれてるなら、協力しても良いかな。
ワタシも、いつか、故郷を緑に戻したいもん。
「分かった。良いよ、協力してあげる」
「……ありがとう。まずはドクダミを取り寄せる。取り寄せたら、僕の家に来てくれる? 色々教えて欲しい」
「知識が欲しいの?」
「……そう。本じゃ得られない、生きた知識が必要」
わかる、わかる。本で得られる知識って、限界があるんだよね。
実際にやって、体験してみないと、分からないことって、たくさんある。
きらびやかに見えた貴族の生活って、努力を積み重ねて得るものなんだ。
じいちゃんに引き取られて、おじちゃんやおばちゃんから学んで、やっと分かったしね。
「教えるのは別にいいけど……じい……ワタシの保護者が何て言うか」
「……君は南公爵家の人、だから大丈夫。僕がきちんと筋を通すから、心配しなくていい」
無口な男の子は、自信家らしい。
じいちゃんが許しても、おじちゃんやおばちゃんたちが反対すると思うんだけどな。
まあ、泣き落とせば、おじちゃんの監視つきで、なんとかなるかな。
「じゃあ、楽しみに待ってる。小さなお医者さん、今日はありがとう。またね」
「にゃ、お大事になさってください」
「またね、マリーちゃん♪」
「……連絡するから待ってて」
口の上手い男の子と、小さなお医者さんと、無口な男の子に見送られながら、化粧品売り場をあとにした。
そっか、またドクダミを育てられるんだ。
お父さんの育ててた薬草の中に、ドクダミがあったんだよね。
あれは勝手に育つから、子供のワタシにも扱えるって、山の畑を任されてたんだ。
すごく懐かしくて、嬉しくなって、帰り道はずっと笑顔が浮かんでた。
*****
「マリー、王宮に行く約束したって、本当? マットが教えてくれたんだけど」
翌朝、部屋で学校に行く準備をしていた妹が、急に聞いてきた。
王家って、何?
マット? 誰それ。知らないんだけど。
「カレン、マットって、誰?」
「北の公爵家のマシューに決まってるじゃない。マットは、マシューの愛称よ」
「はぁ? 北の公爵家?」
待って。北の公爵家って、何? どういうこと?
なんか、じいちゃんと親戚って、言ってた気がするんだけど。聞き流したから、覚えてない。
「そっか、やっぱり、マリーはフィル狙いだっんだ。
フィルが似合うと思って、アタシもこっそり働きかけてたんだけど、役立ったわけね」
「……カレン、北の公爵家とうちが親戚らしいけど、どういう繋がりで親戚?」
「何言ってるの? マットは、おじい様の妻の方の親戚じゃない」
待って。じいちゃんの死んだ奥さんって、王女だったって、言ってなかった?
つまり、お姫様だよね?
「お姫様の親戚って、すごい家柄だね」
「当然だと思うけど。マシューも王子だし」
「ワタシからしたら、雲の上の人だよ」
「なんで? フィルと話したんでしょう?」
「カレン。フィルって、誰?」
「あ、マリーは、愛称知らないんだっけ。王家のフィリップ王子のこと」
「えっ? 王子様!?」
「そうよ。フィルは、おじい様の姪である、王妃様の息子。第二王子。
……もしかして、マリー知らないの?」
「うん、知らない」
妹が信じられない目付きで、ワタシを見てきた。
何、その視線。
あ、ちょっと思い付いたから、念のため聞いてみよう。
嫌な予感しかしないけどね。
「えっと、二人は猫耳の女の子を連れてたんだけど、お医者さんらしいんだ。
……その子も、親戚らしいけど、うちとどういう繋がり?」
「マリー、おじい様の奥さんは、猫耳のお姫様。猫耳は、西の王族の証。猫耳の女の子は、そこの子」
「えっと、もしかして……死んだばあちゃんの親戚ってことは、お姫様?」
「そう、お姫様」
「へー、そうなんだ」
全部、じいちゃんの親戚? 王子様とお姫様? 全部?
「なんで、王子様やお姫様が、真っ昼間から化粧品売り場に居るの?
学校は? あの時間って、学校に行ってる時間でしょう?」
「昨日は、学校の社会見学の授業で、午前中は町中に繰り出したの。
マリーはそのときに、偶然、行き当たったのよ。きっと」
「へー」
ワタシ? ワタシは学校に興味ないから。
一応、家庭教師から、中等学校の勉強は全部習ったし。
勉強内容が合わないなら、高等学校は行かなくても良いって、じいちゃんも言ってくれてるもん。
「……マリー、貴族に興味なさすぎ! せめて親戚くらい覚えようよ。王族よ、王族! わかってる!?」
妹の指摘が耳に痛い。そばに、控えていたおばちゃんたちが、あきれて睨んできた。
「だって、ワタシは養女だよ? 本物の孫じゃない。いつ、この暮らしが終わるかわからないのに、そこまで深入りできないよ!」
ワタシの本音だ。ワタシたちは、貰われっ子。
じいちゃんだけが頼りの、不安定な場所に住んでいる。
「あっそ。マリーのばか、もう知らない!」
いつかの夢の台詞を呟き、妹は部屋から出ていった。
「ローズマリーお嬢さま、今のはカレンデュラお嬢さまのご意見が正しいかと」
執事のおじちゃんが、説教してきた。また怒られるのか。
今回は、ワタシが悪いから当然だけど。
沈黙してたら、おじちゃんも沈黙した。
「お嬢さま、旦那さまは薄情な方ではありません。そして、王族の方々も同じです。
先日お会いしたという、白猫獣人のクリスティーン王女は、王家の養女です。
お嬢さまたちと同じ立場の王女が、親戚に居るのですから、ご安心ください」
侍女とかいうおばちゃんは、そう言って頭を下げてきた。
……あのワタシを診察したお医者さんって、養女?
養女だから、お姫様なのに、宮廷の医者になってるの? あんなに小さいのに?
「あの子、十才くらいだよ? 養女って知らないんじゃ……」
「知らないかもしれません。知れば、取り乱すかもしれません。
そのときは、ローズマリーお嬢さまが、お支えすれば良いのです。
同じ立場の親戚なのですから」
おばちゃんは、無茶苦茶を言ってくる。
そっか、あの子は養女か。まだ身の上を知らないなら、知らないままの方が幸せだと思う。
身の上を知れば、きっとワタシと同じように考えるはずだから。
*****
あれから、一週間たった。ワタシの肌は、ツルツルぷにょぷにょに戻った。
ドクダミ効果、サイコー!
なんて、浮かれてる場合じゃなかった。
とりあえず、じいちゃんの顔を潰さないように、親戚だけでも覚えるように頑張っている。
と言っても、王族の人たちだけにしたんだけど……王族の人たち、多過ぎ!
おじちゃんのまとめてくれた、人物名鑑をペラペラとめくる。
……王子様って、何人居るのよ!?
結婚してても王子様って呼ぶなんて、詐欺よ、詐欺!
引きこもりのワタシは、王子様やお姫様たちの顔を知らない。
知ってるのは、先日、偶然出会った王子様とお姫様だけ。
……王宮に呼ばれたら、どうしよう。王様や王妃様の顔も知らないのにさ。
まさか会う約束をした人が、本物の王子様なんて、思ってなかったんだもん!
途方にくれてたら、おばちゃんに声をかけられた。
じいちゃんが呼んでる? なんだろう、今朝作ったクッキーの事かな?
「じ……時候がよろしくて、お元気に過ごされているようで何よりですわ、おじい様。
わざわざお呼びになるなんて、ワタシに何のご用でしょうか?」
危ない、危ない。思わずじいちゃんって、呼びそうになったよ。
お嬢さん言葉を使わないと、おじちゃんやおばちゃんたちにしごかれるから、気を付けないとね。
「王宮から頼まれていた、東の植物が届いたと連絡があってのう。
マリーに実物を見に来て、確かめて欲しいそうじゃ。フィリップ王子に、何を頼んだ?」
「ドクダミですわ。フィリップ王子が、育成の仕方を知らないと……申していましたので、ワタシが育てると……言いましたの」
……言い回し、これで良かったかな?
五年近く練習してるけど、未だによくわかんないんだよね。
「お嬢さま、王子はおっしゃっていましたですよ。申しあげるのは、お嬢さまです」
……おじちゃんに怒られた。
ほら、ワタシは養女だし、生まれついての貴族じゃないし。
丁寧な言い回しなんて、覚えきれないよ!
「マリーの村は、ドクダミも特産品の一つじゃったのう。ならば、育てられるか。
それで、いつ王宮に行くつもりじゃ? 王家としては、枯らしては困るから、すぐに来て欲しいそうじゃが」
「でしたら、すぐに伺います。ワタシのワガママにお付き合いして、取り寄せていただきましたもの。
南の公爵家の者として、きちんと責任を果たしますわ」
なんとか、ワタシの言葉遣いは合格点を貰えたようだ。
おじちゃん、おばちゃんは満足そうに笑ってくれた。良かったよ、本当に。
「うむ。ならば、手土産に新作のクッキーを持って行ったらどうじゃ?
まだ残っておるからのう。あの、『すてんどクッキー』とかいうのは、初めて見る。きっと、喜んでもらえると思うぞ」
新作のクッキー、今朝、じいちゃんに試食してもらったんだよね。
クッキー生地は細くしたものを丸くしてるだけ、真ん中は空洞。
クッキーの真ん中の穴に、スモモ飴を薄く埋め込んでみたんだ。
だから、光に透かしたら、真ん中の部分から向こう側が透けて見える仕掛けなんだよね。
ジャムクッキーはありきたりだから、一生懸命考えたんだよ。
スモモをジャムにして、更に水と砂糖を加えて煮込んで、飴に加工する。
ふふーん、アイディアの勝利♪
「お嬢さま、お出かけの準備をしましょう。さあ、お部屋へ」
……でも、王宮に行くことが、決定しちゃった。
仕方ないから、覚悟を決めますか。なんとかなると思いたい。
おばちゃんに促され、自室に戻る。
部屋の扉から出るとき、じいちゃんとおじちゃんの会話が聞こえた。
「旦那さま、おめでとうございます。ひ孫のお顔を見られる日も、近そうでございますよ」
「うむ、奥手のフィルが動くとはのう。将来の公爵夫妻が楽しみじゃ♪」
「まことに」
えっ? ひ孫って、何? 公爵夫妻って、何?
ワタシがそう思ったときには、おばちゃんが扉を閉めてしまった。
●ローズマリーの花言葉
思い出、記憶、貞節、誠実。
変わらぬ愛、静かな力強さ。
そして「私を思って」「あなたは私を蘇らせる」
2017年4月18日
ご指摘を受けた部分など修正しました。
ジャンル区分を間違えていたので、現実から異世界に変更しました。