7.カードゲーム
異世界で最初の朝食はすぐに終わった。
いや、あれは朝食と呼んでいいのだろうか?
小さな器に入った、やたらと甘い味付けの、芋のような物。それを、串で刺して食べただけである。
一応、男性は同じ物を二つ食べるんだけど……あれはおやつかデザートだろう。
レムもミミも、あれ一つで満足したようだった。小食にも程があると思う。
「それでは、これからヒカリ様には、魔法を使うための修行をしていただきます。早ければ、一ヶ月もかからずに初歩的な魔法が使えるようになりますわ」
「一ヶ月だって……!?」
確かに、レムは僕に『訓練さえすれば、魔法はすぐに使える』と言った。
それでも、初心者が魔法を使えるようになるまで一月というのは、あまりにも期間が短いのではないか?
「本当に、そんなに短い期間でできるの?」
「私の魔力とヒカリ様の魔力があれば、それほど手間はかからないはずですわ」
本当に大丈夫らしい。これは、嬉しい誤算だ。
「ヒカリ様には、まず他人の感情を感じ取る訓練をしていただくことになります。そうしないと、魔力を自分で生み出す能力が低いままですので、魔法が使えるようになっても魔力がすぐに枯渇してしまうのです。魔力を自分で生み出せるようになれば、世界を漂う魔力を吸収する能力も向上します。回り道にはなりますが、一緒に頑張りましょう」
この訓練をすると、僕もレム達のように、他人の考えが分かるようになるのか。何だか怖い気がした。
「ヒカリ様、喜んでください。これらの訓練は、並行して感情を抑える訓練もできるものなのです。しっかりやれば、考えていることがすぐにバレる心配も無くなりますわ」
それは本当にありがたいことだ。
僕の訓練には、レムとミミ以外にも、二人の男女が付き合ってくれるという。
僕らよりは地味な格好の、身長もそれなりにある人達だ。男性はソト、女性はセレと名乗った。
彼らは、レム達とは違って日本語が喋れないので、ミミが通訳として話すことになった。
翻訳の魔法を使って話すことも出来るのだが、使わないで済む場面では、魔法を使わないのが彼らの習慣である。
最初の訓練はカードゲームである。
まず、5人が一つのテーブルに着く。それから、50枚のカードが用意された。全てにアラビア数字と、何らかの規則性がありそうな模様が描かれている。その模様は、この世界で使われている数字であり、アラビア数字と同じ数が書かれているらしい。
つまり、僕にもソト達にも数字が分かり、使えるようになっているカードである。
カードには1から50までの数字がそれぞれ書かれている。
そのカードをシャッフルし、全員に10枚ずつ配る。各々が、他人には見せないようにして、すべてのカードの数字を確認する。
その状態で、自分の右に座っている人のカードを一枚引く。それを10周繰り返す。最終的に、自分が持っているカードの合計数が一番多い者の勝ちである。ルール自体はシンプルなゲームだ。
ちなみに、心を読む魔法や透視の魔法などを使うことは禁止されている。あくまでも、相手の感情を読み取り、より大きな数字を引くことが重要なのだ。
「では、ヒカリ様からどうぞ」
僕は、右に座っているミミの手札に手をかざした。
ミミが持っている10枚のカードに全て触れたが、ミミは全く表情を変えない。
仕方がないので勘で一枚引いた。カードの数字は2だ。
これでは、完全に運任せのゲームである。相当なハンデ戦になりそうだ。
ミミがソトのカードを引き、ソトがセレのカードを引き、セレがレムのカードを引く。全員が、相手が持っているカード全てに手を当てて、相手の反応を窺っている。息詰まるような真剣勝負だ。
レムが僕のカードに手を当てた。僕は思わず目を逸らした。
「ちなみに、このカードは裏面で数字が分かるようになっております」
「イカサマでしょ!」
「冗談ですわ」
レムはクスクスと笑った。この子は、誰かをからかうのが好きらしい。
彼女の立場を考えると、注意できるのはランゼローナ様くらいなのだろう。度が過ぎる場合は、僕が諌める必要がありそうだ。
「ところでヒカリ様、カードを見ないとゲームになりません。ルール違反ですわ」
そうだったのか。知らなかった。
しかし、それはゲームの趣旨を考えれば当然だと反省する。
再びレムが僕の手札に手を当てる。僕は、とにかく動揺しないように努めた。
しかし、結局レムに48のカードを取られてしまった。僕の手札で一番大きな数字だ。僕の手札には46もあったが、彼女にはどちらが大きな数字か分かったらしい。動揺の大きさを察知されたということなのだろう。
10周してゲームは終了した。手札の数字を足し合わせると、案の定僕は最下位だった。レムに10回続けて一番大きなカードを取られたのが響いた。
しかし、一位になったのはレムではなくセレだった。レムは、ぼくから奪ったカードをセレに取られてしまったらしい。
「では、座る位置を変えて次のゲームを始めましょう」
レムは楽しそうに言った。一位になれなかったことは気にしていないようだ。
僕らは、レム以外のメンバーが座る位置を入れ替えながら、同じゲームを10回繰り返した。僕は、その全てで最下位になった。
一位になるのは、基本的には僕からカードを取る人だった。でもレムだけは、僕からカードを取っても一位にならなかった。
観察していると、レムはあまり感情を隠そうとしていないようだった。自然に振る舞えるのは、魔力量が上である者の余裕なのかもしれない。
今日の訓練で、僕は自分の現状を改めて認識した。僕の動揺はすぐに相手に伝わり、相手の感情は全く読み取れない。
こんな状態で暮らしていては、思わぬ場面で相手を不快にしてしまうかもしれない。
とにかく何も考えないようにしようと努力したり、逆にひたすら余計なことを考えてみたり、思いついた対策は試してみたが、すべて通用しなかった。大きな数字が書かれているカードに触れられると、どうしても動揺してしまう。
この訓練は、もっと積まないと駄目だ。この世界で生きていくためには。