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こたつむり

作者: まさな

 2500字程度、短めの短編です。

「こたつむり? 知らない」


 ニット帽をかぶった青年は答えた。



「こたつむりですか? こたつの仲間?」


 ロングブーツにミニスカの女子大生は首を傾げた。



「こたつむり、ああ、聞いたことあるねえ、はいはい」


 腰の曲がったお婆ちゃんは懐かしそうに頷いた。



 マイクロウェーブ共振型のナノマシン・ヒーターが当たり前になった現代、人類は体外型暖房器具を必要としなくなった。

 地球温暖化を名目とした節電条約が発効し、各国政府は効率の悪い電化製品を次々と取り締まり、日本においては「こたつ狩り」と呼ばれた。

 自主的にこたつを供出した国民もいたが、愛着もあって強硬に反対し、こたつ立てこもり事件が各地で相次ぎ、こたつ闘争として学生運動にまで発展した。


 強制停電に対抗し、携帯型原子力発電機を駆使した抵抗勢力も現れ始め、こたつ狩りは困難を極めた。


「下がって下さい! 危険ですから、市民の方は速やかに避難して下さい!」


 三鷹市でこたつ密売組織が潜伏しているという匿名の通報により、特別機動隊が物々しく周囲を封鎖し、パルスマシンガンを携行したSATが黒塗りの装甲車と共に到着する。


「GO!GO!GO!GO!」


 SATの隊長が右手を振り、隊員達を率いてマンションの階段を素早く駆け上がる。


「畜生! 嗅ぎ付けられたか!」


 こたつに入った男はパソコンのモニタでその様子を見ていた。

 ヘリのローターブレードの風切り音や、垂直(V)離着(T)陸戦(O)闘機(L)のジェットエンジンの排気音が聞こえている。


「犯人に告ぐ! 大人しくこたつから出てきなさい! 君のお母さんも悲しんでいるぞ!」


 メガホンを持った機動隊員の横から、年老いた母親が現れた。


昌奈(まさな)、お願いだから出ておいで! こんな事をして、いったい何になるの」


「うっせーぞ、ババァ! 蜜柑投げんぞコラァ!」


 それを冷徹な視線で見ていた機動隊員が無線のスイッチを切り替える。


「上の許可が出た。突入するぞ!」


 狙撃手がマンションの窓を撃ち抜き、RPG型催涙弾が向かいのマンションから撃ち込まれた。

 ヘリからロープで降下したSATがベランダから次々と侵入していく。


 ライブ中継を見ていた誰もが、犯人制圧の瞬間を見ようとモニタに食い入ったその時――。


「いかん! 逃げたぞ!」

「追え! 逃がすな!」

「下だ! 下の階!」


 SATが叫ぶ。

 装着型こたつパワードスーツを下半身に穿いた男は、マンションの床にドリルで穴を開け、そこから脱出したようだった。


「はあ、はあ、くそっ、運動不足がキツいぜ…」


 肩で息をしながら、男は住宅街の裏道を走っていた。

 装着型のこたつになっているとはいえ、走っていてはもはやこたつの(・・・・)意味を(・・・)成さない(・・・・)

 こたつとは、落ち着いてくつろいでこそ、こたつなのだ。




「おじさん、こっち!」


 一戸建ての玄関から女子高生が手招きした。


「すまん。お前も愛好者か?」


「ええ。三鷹おこたレジスタンス連盟の一員です」


「おこた連か…聞いたことがある。しかし、君みたいな若い子がそんなものに入っているとは」


「うちのお婆ちゃんとお母さんも構成員(メンバー)なので」


「そうか。筋金入りのサラブレッドってわけだ」


「そんな。タダのおこたマニア一家ってだけですよ、ふふっ」


 男は二階のその子の部屋に案内してもらった。


「じゃ、こたつを出しますから、ちょっと待ってて下さいね」


「ああ。なんだ、ホログラムか」


 現れたこたつは投影型だった。男は少し落胆する。


「こたつ型偽装テーブルを使えばちゃんと上に蜜柑だって置けますよ」


「なるほどな」


 風が横から入る分は、薄いシートをかぶせることで解決する。


「俺もこうすりゃ良かったなぁ」


「でも、こたつ布団のモフモフ感はやっぱり再現できないですし、そっちの方がいいかも。触らせてもらって良いですか?」


「いいぞ」


「わあ、これがこたつ布団かぁ」


 女の子はこれを初めて触ったらしい。


「内側を触ってみろ。あったかいぞ」


「あ、ホントだ! うわー、この肌触り、落ち着くぅ」


 うっとりする女子高生に男は満足げに頷く。


「今でこそ危険物扱いされてるが、昔はこたつが日本中に当たり前にあったんだ。こたつは使い方さえ間違えなければ安全な暖房器具だ。こたつ取締法なんて禁酒法と同じだよ。とんだ悪法だ」


「そうですよね! こんなに気持ちが良いのに…」


「ああ、冬はこれに限る。体に機械を入れるとか、エアコンなんて邪道だ」


「エアコンは良いと思いますけど。あ、シロちゃん」


 白猫が猫専用自動ドアをくぐって入ってきた。ニー、と一声ないて、こたつの中にモゾモゾと入っていく。

 ホログラムの方ではなく、装着型こたつの方だ。

 猫も本物の違いが分かるようだ。


「猫になりてえなあ」


「そうですよねー。この子、ほとんど一日中こたつで過ごすんですよ!」


「そいつぁ、羨ましいな」


「はい」


 こたつ布団をめくって覗いて見ると、猫は丸くなって気持ち良さそうに目を閉じていた。




「さて、俺はもう行かないと」


「えっ、でも、外は…」


「ああ、分かってる。だが、君やシロに迷惑は掛けられないよ」


「迷惑だなんて。お父さんやお母さんにも話してみますから、ここにいて下さい」


 それはとてもありがたい申し出だったが、やはり、できない。

 この家の幸せや一家団欒を壊すわけにはいかない。

 独身男はそう思った。


「いや、行くよ。じゃあな」


「凄い、こたつからすぐに出られるなんて…私なんて、一度入ったら、最低でも二時間は動けなくなるのに」


「ま、こいつは装着型だからトリップしたままだけどな」


「わあ。私もやっぱり装着型にしようかなぁ」


「やめとけ。戻れなくなる。お前はまだ若い」


「じゃ、結婚して子供を産んで、おばさんになったらチャレンジしてみます」


「ああ」


 しっかりしている子だ。男は頷くと、家を出た。


「冷えるな…」


 空を見上げると、白い雪がちらつき始めていた。

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