心を奪われた男、胃袋をつかまれた女
いきなり思いついて、勢いだけで書き上げました。
細かい設定が甘いですが、楽しんでいただけたらと思います。
※ご指摘いただいたので、一部書き加えました。
2016年9月29日
※他の小説と揃えるため、改行の仕方を変えました。
2018年7月28日
起きたら全裸で知らない部屋にいた。
そんなドラマにしかないような状況に、自分が陥るとは全く思ってもいなかった。
ここはどこだろうときょろきょろすると、いい匂いが台所と思われる方から流れてきた。
肌触りのいいタオルケットを両手で押さえながら、何とか上半身を起こす。
(夏でよかったー。素っ裸でも寒くないや。タオルケットがあれば十分。・・・じゃなくって!)
近くに服が見当たらない。
仕方なく、そのタオルケットを体に巻き付けようかと考えていた時、ふすまが開いて見知った顔が入ってきた。
「起きたか。おはよう」
それは、上司の君島堅一だった。
堅一の顔を見て初めて、パニックに陥った。
「なっ!ここっ!え、私、何がっ!主任!?」
「落ち着け、遠藤。動くと見える」
そう言われ、慌ててもう一度タオルケットをしっかり握りなおした。
自分が裸であることを忘れるなんて、まだ頭が正常に働いていないらしい。
そういえば、少し頭痛がする。
昨日、何があったのか、記憶を整理することにした。
遠藤夏南は昨夜、自分で決めたノルマが終わらず、残業することにした。
昨日は「No残業推奨Day」で、残業していたのは夏南1人。
それでも、仕事を残して週末を迎えるのは気持ちが悪くてできなかった。
(どうせ、何の予定もないしねー)
そう思いながら、パソコンに向かって仕事をしていると、急に声を掛けられた。
「まだ残っていたのか」
「あれ?主任。忘れものですか?」
帰ったはずの堅一が、自分のデスクに戻ってきた。
机をガサゴソ探していたかと思うと、巾着に包まれた弁当箱を取り出した。
「危うく月曜日に異臭騒ぎになるところだった」
「夏は危険ですからね。珍しいですね、主任が忘れものだなんて」
堅一は働き盛りの30歳。
几帳面な性格と部下の叱咤がうまいことで、主任と言う役職についている。黒縁の四角い眼鏡に、七三どころか八二に分けてきちんと撫でつけられた髪、クールビズでもネクタイは締める派な堅一は、見た目のわりに年上に見える。
毎日の弁当が大変おいしそうなので、食べることが大好きな割に料理がうまくならない夏南は、いつもうらやましく思っていた。
「それって、愛妻弁当ですか?」
何気なく聞いた夏南に、堅一は微妙な表情をする。
「・・・俺は、いまだかつて妻をもらったことはないが」
「あ、すみません。いっつもおいしそうだから、奥さんが手を掛けて作ってるのかと勝手に思ってました」
「俺が独身だなんて、みんな知ってることだと思っていたが・・・」
「そうなんですか?」
夏南はあまり職場の人に興味がない。
と言ってしまうと誤解を受けそうだが、人間関係の噂話が記憶されないのだ。
夏南の記憶はもっぱら、おいしいランチを出す店だとか、値段もそこそこするがオシャレでおいしいスイーツ店などに働いている。
身長155cmと小柄な方の夏南だが、その体のどこに入るのかと言うほど食べる。そして太らない。世の女性たちがうらやむ体質なのだ。
残念ながら、ぼんきゅっぼんのナイスバディではないが、食べることが一番の夏南には、理想的な体だった。
24歳という若さで、男性に全く興味がないのもいかなるものかと周りは言うが、だっておいしい物の方が心がときめくんだもんという夏南の一言で家族も友人もあきらめるのだった。
愛妻弁当なんて言ってしまって、気を悪くしただろうかと堅一をちらりと見ると、堅一もこちらを見ていた。
というより、夏南のパソコンの画面を見ていた。
「・・・それ、週明けでも構わない案件だろう?」
「そうなんですけど、自分でここまでって決めたので。休みの日にこの仕事のこと考えるのも嫌ですし」
「君は案外頑固だからな」
ふっと笑った気配がして横を見ると、夏南のすぐ隣の椅子に腰かけていた。
「主任?」
「待っているから早く終わらせなさい」
「え?」
「残業なしを推進している日なんだから、なるべく残業をさせないのが上司の務めだ。どうしてもやるなら、早く終わらせなさい」
「あのー、でも、待たれていると余計失敗しそうなんですが・・・」
「終わったら飯に連れていってやる。おごりで」
堅一がそう言った途端、夏南の目の色が変わった。
「本当ですか!?本当ですね!?何でもいいですか?お店は私が選んでも!!?」
「あ、ああ、構わないが」
急な変貌ぶりに、軽く引いている堅一の様子などまったく気にせず、夏南は大急ぎで仕事にとりかかった。
(ごはん~ごはん~何にしよう~?せっかくだから~)
鼻歌混じりにパソコンに向かう横顔を、じっと眺められていたことに夏南は全く気付いていなかった。
「主任、ここです!ここ!」
結局その後、驚異的な速さで仕事を終わらせ、堅一とともに来たのは、会社近くの個人経営の居酒屋だった。
「ここか?」
「はい!ランチがすっごくおいしいんですが、一度夜も来てみたかったんです!」
慣れた様子でのれんをくぐる夏南に、堅一が続く。
「いらっしゃい!お、なんでぇ、夏南ちゃんか!」
「大将!やっと夜に来れたよー!」
すっかり馴染みの仲らしく、大将と気軽に挨拶をし、カウンターに腰かける。
「おっ、こっちの兄ちゃんは夏南ちゃんの彼氏さんかい?」
「やだなぁ大将!上司ですよ上司!あ、主任、すみません、いつもの癖で座っちゃいました。カウンターでいいですか?」
「俺はどこでも構わないが」
「じゃあこちらで!ああ~やっと夜メニューが食べられる!」
ルンルン気分で注文を始める夏南を、堅一は珍しい物でも見るかのように見ている。
「え?何ですか?」
「いや、おごりだと言ったから、まあフランス料理のフルコースとまではいかなくても、高級店でもねだられるかと思っていたが」
「いやだってここずっと行きたかったのになかなか機会がなかったんですよ!あと、女1人で夜の居酒屋はさすがにどうなのかなって少し思ってましたし。それにここのお店は、すっごくおいしいんですよ!何もかもが!」
「おいおい夏南ちゃん、あまりハードル上げないでくれよ」
「だって大将!本当のことだもん!だから主任も、安心して何でも頼んでくださいね!」
そう言って、夏南はお品書きを真剣に見る。
結局、夏南はモツ煮と白飯とウーロン茶、堅一はビールと焼き鳥盛り合わせと海藻サラダを頼んだ。
「はぁ~幸せだ~」
目の前でほこほこと白い湯気を上げているモツ煮を見て、夏南はうっとりと呟いた。
「そんなにモツ煮が好きなのか?」
「好きですが、それだけじゃないんです!ここのモツ煮は夜限定メニューなので、まだ食べたことがなかったんです。ランチに唐揚げ定食や焼き魚定食を食べながら、ここのモツ煮は絶対おいしいに違いないと確信していたんです。それがやっと今、実証されるわけです!」
あーんと、大きな口でモツをほおばり、幸せに打ち震えている夏南を見て、堅一も興味が出てきた。
「そんなにおいしいのか?俺も頼んでみるかな」
「あ、これ少し召し上がります?口つけちゃいましたけど、気にしないのであれば」
夏南がモツ煮を差し出すと、堅一は一瞬躊躇したが、一口食べた。
「確かにおいしいな、これは」
「ですよねー!大将、やっぱりランチにもこれ出しましょうよー!私、毎日食べに来ますよ?」
「夏南ちゃんがそういうんじゃ仕方ねぇなー。検討してやるか」
「わーい!ありがとうございます!!」
そう言いながら、夏南はモツ煮をおかずに白飯をバクバク食べている。
「遠藤は、酒は飲まないのか?」
「あー、何か、少量でも酔っぱらっちゃって酒乱になるらしいんで、飲まないようにしてるんです。あまり記憶に残らないので、自分ではよく分からないんですが」
「・・・へえ」
堅一の含みのある言い方に、冷静であれば気付けたのかもしれないが、モツ煮(おかわり)と白飯(おかわり)を前にした夏南はまったく気づかなかったのだった。
そこまでしか、夏南には記憶がない。
しかも自分は素っ裸。
とりあえず確認しなくてはならないことが1つ。
「えーと、主任、その、えーと、私と、主任は、その・・・」
さすがに直接的には聞きにくく、探り探り聞き出そうとすると、堅一が意を汲み取ってくれた。
「ああ、寝てないぞ」
「本当ですか?」
「疑いようもない状況だけどな。大体、寝たなら多少、体に痛みなり違和感なりが残っているだろう」
そう言われ、夏南は体の隅々に意識を巡らせる。
「・・・頭が痛いです」
「それは酒のせいだろ」
「じゃあ後は大丈夫です」
「つまりそういうことだ。・・・遠藤、お前、処女だな」
「な!何言うんですかいきなり!」
「当たったか。じゃあ尚更大丈夫だろう。初めて寝て体がなんともないってことはない。たぶんな」
淡々と言われ、夏南は納得するしかなかった。
裸で寝ていたからといって、そういう関係に至ったというのは短絡的だったかもしれない。
では、なぜ。
「私はこんな格好なんでしょう・・・?」
「とりあえず飯にしないか。食べながら話す」
そのとき、夏南のおなかがぐきゅーと鳴った。
「素直な腹だな」
「でも、この格好じゃ食べれません・・・」
しょんぼりと話す夏南を見て、堅一は押入れから何かを取り出した。
「男物だが、未使用だから許せ。あと、Tシャツとハーフパンツくらいならいいだろう」
ポンと投げてよこしたのは、未開封の男物のトランクス。
さすがに何も履かずに堅一の服を着るのも恥ずかしいので、トランクスも使わせてもらうことにする。
布団の中でごそごそと着替え、堅一と共に台所に向かった。
顔を洗い、さっぱりしたところで堅一がちゃぶ台に鍋敷きを敷いていた。
「夏に食べるものでもないけどな」
「雑炊ですか?」
「鳥雑炊。二日酔いの具合が分からなかったから、食べやすいものにしておいた。具合が悪ければ、鶏肉入れないでおくが」
「肉増し増しでお願いします」
「牛丼屋か。了解」
そう言いながら堅一は、お椀に雑炊をよそう。
「はい」
「あーおいしそう!いただきます!」
フーフーと息を吹きかけながら食べる。
鳥のだしが程よく出て、野菜の甘さと絡んでいる。
米は鳥と野菜のうまみを吸っており、やさしい味がする。
鶏肉も硬すぎず、ほろほろとしておいしい。
「何ですか、これ、高級な鶏肉・・・?」
「いや、スーパーで特売」
「それでこのおいしさ!?神ですか、ゴッドハンドですか主任!?」
はくはくと1杯食べておかわりする夏南を、堅一はしばらく眺めていた。
「食べないんですか?主任」
「いや、遠藤は本当に、食べることが好きなんだなと思って」
「おいしいものは大好きです!」
「それはいいことだけど、この状況を聞かなくていいのか?」
はたと気付く。自分はどうしてここで、堅一の服を着て、堅一お手製の絶品鳥雑炊を味わっているのか、と。
「忘れてました・・・」
「・・・いいのか、それで・・・?」
むしろ堅一の方が呆れ声である。
とりあえずおかわりした2杯目をきれいに食べてから、手を膝に置き、きちんとした正座をする。
「それで主任、昨夜はいったい何があったのでしょうか?」
「米粒、右の頬についてる」
指摘され、慌てて手で取って食べてから、もう一度姿勢を正す。
「えっと、それで・・・?」
「どこまで覚えてるんだ、お前は」
「モツ煮の2杯目を食べてたところまで」
「ああ、あの後か」
堅一が話した事の要約がこれだ。
夏南がウーロン茶をおかわりしたのだが、間違えてウーロンハイが来てしまったらしい。それとは気づかずに夏南がそれを飲み、コップ半分でべろべろになった。
仕方なく、店を出て、タクシーを拾って家まで送ろうとした。
しかし・・・。
「これだ」
堅一が指につまんで見せたものは、鮮やかな黄色のゴム製のものだった。
風船に形が似ているが、それよりももっとずっと小さい。
「・・・水風船?」
「そうだ。タクシーを拾うために大通りに出ようとしたら、通りかかった公園の水道にこれが散らばっているのを君が目ざとく見つけ、膨らまして俺に投げつけてきた」
「す、すみません・・・」
確かに、昔よく遊んだが、まさか大人になって上司に投げつけるとは。
「で、濡れた俺を見て、『ずるい、私も水浴びする!』と叫び、水飲み場の口を押さえて思い切り蛇口をひねった」
「あー・・・」
それも昔よくやった。指で押さえておくと、水が出口をなくしてものすごい勢いで周りに飛び散る。
太陽の下でうまくやると、虹が見えたりしたものだ。
「で、びしょびしょの大人2人、夏とはいえこのまま寝たら風邪をひくだろう。君の家の勝手は分からないから、うちに来た。シャワーぐらい浴びてほしかったのだが、君はタクシーですでに寝ていたからな。仕方なく布団に転がして、服を脱がせて、タオルで体をふいて、タオルケットをかぶせておいた」
「ま、誠に申し訳ございません・・・」
「ちなみにスーツはクリーニング、ブラウスと下着は洗濯表示に則って手洗いしておいた」
「そこは几帳面さを出さなくていいところです!」
真っ赤になって抗議したが、堅一は気にも留めていない。
「そういうわけにもいかないだろう。洗濯表示を守らなくてぼろぼろになったらどうする」
そうかもしれないけれど、1日身に付けた下着を上司(男)に手洗いさせるというのは新たな拷問ではないだろうか。お互いに。
「まあ、乾くまで待ってろ。クリーニングは夕方取りに行けばいい」
「すみませんでした・・・ご迷惑おかけしました」
「いや、予想外とはいえ幸運だったと言っても過言ではないかと」
「え?」
「何でもない」
「迷惑ついでに、もう1杯食べてもいいですか?」
目はじっと、鳥雑炊の鍋を見ている。
「気に入ったのか?」
「はい!」
キラキラとした笑顔で返事する夏南を見て、堅一は少し笑った。
「それならいくらでも食べるといい。たくさん作っておいたからな」
「おぉぉ・・・ありがとうございます。主任は神様です」
「大げさだな」
そう言いながら、よそってもらった鳥雑炊を受け取る。
結局、もう1杯おかわりして、夏南のおなかはやっと満たされたのだった。
「はぁ・・・満足です・・・」
「それはよかった。いっぱい食べたな」
「ええ、腹八分目です」
「まだ八分目なのか・・・!?」
「もちろんです!『美味しいものほど八分目』が私の信条です!」
「・・・そうか・・・それにしても、その体のどこに入るんだ?」
そう言いながら、堅一はちゃかちゃかと片づけをする。
「あ、主任、お片付けくらい私がやります」
「いいから、休んでなさい。頭痛は?」
「あ、もうだいぶ軽くなりました」
「それはよかった」
さっさと皿洗いを終わらせ、堅一は夏南の前に正座した。
「主任?」
「さて、遠藤」
「はい」
「抱いてもいいだろうか」
そう言われ、言葉の意味を正確に理解するのに、夏南は30秒の時間を費やした。
「えぇぇっ!?な、何をおっしゃってるんですか主任!?」
「何をと言われても。元からそのつもりだったのだが計画がいろいろ崩れた。さすがに完全に寝ている女性を抱くのは少々気が引けるしつまらないから理性を総動員して待っていたのだが」
「何かいろいろ聞き捨てならない発言をしていませんかね?」
「気のせいだろう。さて、返事は?」
そう言いながら、堅一はじりじりとにじり寄ってくる。
正座のまま移動するとは、こやつなかなかやるなとか、どうでもいいことを考えてしまうのは現実逃避だろうか。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ・・・」
「待てない。待つなら昨日からずっと待っている。好きな女が自分の服を着て自分の部屋にいるなんていう夢のような状況を、逃がせる男なんているわけないだろう」
「え、好き?・・・って・・・?」
「俺が。君を」
「初耳です!」
「そうだな今初めて言ったからな」
「主任、言う順番間違えてませんか!?」
「仕方ない、時間がないんだ俺には」
「時間がない?」
「それより、答えをもらえないだろうか」
甘い雰囲気もへったくれもあったものではない。
これは本当に愛の告白かと思うほど、緊迫した様子で返事を迫られている。
「待ってくださいって主任!いったい私のどこが、その、えと、理由を教えていただけませんか?」
「理由・・・」
夏南の言葉が、ようやく堅一に届いたようだ。しばらく考えた後、堅一はこう言った。
「そうだな。まず君は細かいミスが多い」
「いきなりダメ出しですか」
「が、同じミスを二度としないようにノートにきちんとメモしているのは非常に好ましい。それなのに次から次へと新しいミスを生み出し、ノートも5冊目に突入したのは、もはや才能としか言いようがない」
「貶してますよね」
「それでも、どんなことにも一生懸命に取り組んでいるのは伝わる。あとは、そうだな。おいしそうに物を食べるな」
「はあ、食べるの大好きですから」
「君が食べているのを見ていると、こっちまで幸せな気分になる。だからかな」
「それは、ありがとうございます」
自分が好きなことをしている時を認めてもらい、夏南は少し嬉しくなる。
「これでも、料理の腕には多少自信がある。俺と付き合ってくれたら、君のために、毎日おいしい食事を作ろう」
「なんて魅力的なセリフ!」
「だから、抱い・・・くっ」
突然、額を押さえて堅一が止まった。
その顔は、苦痛に歪んでいるように見える。
夏南は慌てて、堅一の肩を支えた。
「しゅ、主任?大丈夫ですか!?」
「ね・・・」
「ね?」
「眠い」
「・・・は?」
「抱く気満々だったのに・・・くそっ!」
「いやいやいやいや、私の意志はどこに?」
「俺は毎日6時間半寝ないとダメなんだ・・・昨日は一睡もできなかったから・・・」
「ちゃんと寝なきゃだめですよ、主任」
「裸の君が部屋にいて眠れるとでも・・・?」
「あ、すみません、ごめんなさい」
「・・・もうだめだ・・・抱けないなら、せめて抱かせろ!」
「主任、支離滅裂です!」
堅一は叫ぶ夏南の手を握り、ずんずん歩いて先程の部屋に行った。布団の上に夏南を転がし、自分も横になって夏南の体を両手両足でがっちり挟み込む。
「ちょ、主任・・・!」
抗議の声を上げようとした夏南が見たのは、すやすやと眠る堅一の横顔だった。
(えぇ!今の一瞬で寝たわけ!?何その早業!)
さすがに声を上げることはためらわれ、心の中で非難する。
(つまり、後の『抱かせろ』は『抱き締めさせろ』って意味だったわけか)
1人で納得する。
しかしこの状態は、色気も何もない。
さながら、コアラにしがみつかれている幹にでもなった気分だ。
それにしても、堅一から告白されるとは。
(もしかして、眠すぎてさっきはナチュラルハイになってたのかなぁ?)
会社で見る堅一とあまりに違う言動に、夏南はついそんなことを思ってしまう。
だからと言って、心にもないことを言うとは考えにくい。
と言うことは、先程の告白は本気と考えていいのだろうか。
じっと堅一の顔を見る。
今は眼鏡もしていないし、髪の毛もいつものようにきっちりセットされていない。こうして見ると、年相応の顔をしている。
夏南は何とか片手を拘束から解き、そっと頭を撫でた。思っていたより柔らかい髪が、夏南の手のひらをくすぐる。
(可愛い・・・)
年上に失礼かと思ったが、そんなことを思ってしまった。
自分は、たぶん、結構、堅一のことが好きだ。
今まで意識はしていなかったが、決して嫌いではない。
(でも・・・)
『君のために、毎日おいしい食事を作ろう』
そう言ってくれた堅一の声を思い出し。
(もう一食、作ってもらってから答えを出そう)
そう決めて、夏南も目をつぶり、まどろむのだった。
もちろん、ウーロンハイは計画のうちです(笑)