隠せない想い
少しでもこの「隠せない想い」を気になると思ってくれた方、ありがとうございます!私と一緒に妄想の世界に浸ってみませんか?
人間界には彼らの住む世界に繋がっている場所がある。彼ら、それはヴァンパイアのことである。彼らの数は年々減っていて、今では彼らの世界だけでは生活できなくなっている。だから、人間界で仕事をして生活をしている。そのため、十五歳になると人間界で仕事が出来るように修行を兼ねて、高校へ入学する。しかし、ヴァンパイアは昔から人間に恐れられていた。「彼らはむやみやたらに人間の血を吸う」と勘違いしている人間がたくさんいるからだ。そのため、正体を隠して生活しなくてはならない。しかし、彼らはむやみやたらに人間の血を吸ったりしない。ヴァンパイアは自分の「愛する人」の血しか吸ってはいけないのだ。多くのヴァンパイアたちはヴァンパイア同士で愛し合い、子供を産むことが多い。だが、例外もある。ヴァンパイアとはいえ、高校生活という青春を送ると恋もしてしまうことがある。これはその例外である人間を愛してしまったヴァンパイアと少女の禁断の恋の物語。
「絶対に人間なんかに恋しちゃダメよ。」
大智はヴァンパイアの息子。今日から人間界の高校へ入学する。初めての人間界。初めての人間。初めての高校。初めてのことが多くて、とてもワクワクしていた。
「わかってるって。いってきます!」
「気をつけていってらっしゃい。」
母に見送られ、初めての人間界へ。
「ここを抜ければ人間界だな。緊張する・・・」
ドキドキしながらその道を進むと急に目の前が光った。
「うわ!」
思わず目を閉じる。すると今まで静かだったのに急に騒がしくなった。目を開けると目に飛び込んできたのは、でかいビル、多くの人、たくさんの車・・・。ヴァンパイアの世界にも建物や車はある。しかし、こんなにでかいビルやたくさんの車を見るのは初めてでびっくりした。興奮して周りをキョロキョロしていると話しかけられた。
「おい、行くぞ。」
「あっ、優斗。待たせてごめん。」
待っていてくれたのは同じ高校に入学するヴァンパイアの阿部優斗。彼とは小さい頃から仲が良く、なにをするにも一緒だった。初めての人間界で不安だったけど、優斗がいるから少し安心だ。
優斗といろいろ確認しながら、学校へ向かった。人間界でやってはいけないことや学校のことなど覚えることは、たくさんあった。
「お前は昔から危なっかしいから気をつけろよ?体育のとき、本気出すとバレるからな。あと絶対にないと思うけど、牙見せたらバレるからな。」
「大丈夫だよ。人間に恋なんてしないから。」
彼らヴァンパイアは血を吸うときだけ牙が出る。愛する人の前でしか牙は出ない。人間と比べると運動能力が高く、回復力が早い。それ以外は普通の人間と見分けがつかないのだ。しかし、運動能力と回復力以外にも違いはある。十五年間も違う環境で生きていたため、人間との価値観も違い、油断するとバレたり、恐れられたりしてしまう。常に気をつけて生活しなければならない。
「おはようございます。」
そんな話をしていたら、学校に着いた。
「ここか・・・」
「すげー。でけー・・・」
ここの高校は私立で入試がない。必要な書類を書き、簡単なテストをやって送れば、だいたいの人が受かる。だから、彼らは写真でしか校舎見たことがなく、実物を見るのは初めてだった。
「行くか。」
「おう。」
期待と不安が入り混じった気持ちで恐る恐る校舎に入る。校舎内では今日、初めて会ったはずの人同士がもう仲良く話していた。
「・・・俺、やっていけるか心配・・・」
「大丈夫だろ。大智はどこでもやっていけそうだから。ただ、正体だけはバレないようにしろよ。」
「ああ・・・。そういえば、俺らどのクラスだ?」
「あそこに貼ってあるみたいだな。」
優斗が指差した方を見ると壁に紙が貼ってあり、その紙の前にすごい人だかりが・・・。
「もう少し人がいなくなってから見に行くか。」
「そうだね。」
まだ慣れていないということもあり、人ゴミは避けたかった。それから数分してやっと人が減ってきた。
「えっと、俺は・・・あった!四組だ。優斗は?」
「俺は・・・ん?あ、俺も四組だ。」
「マジ?よかったー!」
「お前、女子見たいなこと言うな。」
「だって、一人とか不安だろ・・・」
「お前ら、早く教室に入れ。」
周りを見るともうほとんどの人が教室の自分の席に座っていた。初日から先生に目を付けられるのは嫌だったので、とりあえず謝ろうと振り返ると・・・
「ヒロ!」
「コラ、学校では中野先生と呼びなさい。」
大智の近所に住んでいるお兄ちゃん的存在の中野宏紀《なかのひろき》が立っていた。
「ヒロ兄さん、ここで先生やってたんだね。」
「高校の先生やってるとは聞いてたけど、まさかここだったとは。」
「だから、中野先生な。ああ、ちなみにお前らの担任だ。」
大智と優斗を見守るために同じクラスにしてくれたらしい。これでこの学校、一年四組では三人のヴァンパイアが生活することになった。
入学式が終わり、今日はロングホームルームをやって下校になっていた。
「ロング始めるから席着いてー。」
「起立、気をつけ、礼。着席。」
「それでは、今日は自己紹介をしてもらいます。とりあえず、私から。えー、先ほどの入学式でも紹介されましたが、四組を担当する中野宏紀です。担当は英語です。高校生活三年なんてすぐに終わるので悔いのないように生活するように。以上。では、出席番号一番からでいいね、一番から自己紹介お願いします。」
「はい。・・・」
こうして自己紹介が始まった。一回聞いたくらいで顔と名前が一致するわけがなかった。優斗の自己紹介だけ聞き、あとはぼーっと聞いていたら、自分の番になった。
「次。」
「はい。えー、藤岡大智です。とりあえず、みんなの顔と名前が一致するように早く覚えたいと思います。よろしくお願いします。」
なんて言えばいいのかわからず、こんな簡単な挨拶になってしまった。大智の後ろはあまり人がいなかったのですぐに終わった。
「じゃあ、今日はこれで終わり。明日からよろしくな。では、解散。さようなら。」
「さようなら。」
なんとか今日一日を終えて帰ろうと優斗のところに行った。
「優斗、帰ろ。」
「大智。さっきの自己紹介、女子みたいだった。」
「だって、なに言えばいいかわからなかった。」
「まあいいや。それより、まだ帰れないよ。」
「なんで?」
「部活、見に行かないと。」
この高校は部活に力を入れている。生徒は必ず、どこかの部活に入らなければいけなかった。
「大智、運動得意だしサッカーとかやれば?」
「えー、優斗はどうする?」
「俺は、どうしようかな・・・とりあえず、サッカー見に行く?」
ということで、サッカー部の見学へ行くことになった。グランドではサッカー部、野球部、陸上部などさまざまな運動部が部活をしていた。
「お、サッカー部の見学?」
サッカー部の近くまで行くと先輩だと思われる女の人に話しかけられた。頷くと手招きされた。
「私は、サッカー部のマネージャーをしている二年の佐川望美《さがわのぞみ》。よろしくね。」
「でも、まだサッカー部に入るって決めたわけじゃないんですけど・・・」
「そっか・・・でも、ここで会ったのもなにかの縁ということで。」
そう言って微笑む彼女を可愛いと思った。そのあと、名前を聞かれた。そして少しサッカー部の活動内容を聞いて、今日は帰ることにした。
「サッカー部、いいと思うよ。先輩後輩も仲良いし。考えてみてね。」
「はい、ありがとうございました。」
「じゃあ、またきてね。」
やっと高校生活一日目が終わった。
「大智。先輩に惚れんなよ。」
「はあ?なんで俺が先輩のこと好きになるんだよ。」
「でも可愛いって思っただろ?お前はすぐ顔に出るんだよ。あんなので可愛いとか言っててほんとに大丈夫かよ。」
「大丈夫だって。可愛いって思うのと恋は全然違うだろ。優斗には、あんなに可愛い彼女がいるからいいよなー。」
優斗にはヴァンパイアの彼女がいる。
「お前も早く彼女作れ。」
そんなくだらない話をしながら帰った。初めてのことが多くて疲れたので、この日はすぐに寝ることにした。
次の日の朝、またあの場所から人間界へ行き、優斗と登校する。教室に入り、自分の席に座ろうとしたら隣の席の子に話しかけられた。
「大智くん、おはよ。」
「え?あ、おはよ。・・・えっと・・・」
「霧島美夏《きりしまみか》です。よろしくね。」
「霧島さん、はい、よろしく。」
「美夏でいいよ。同級生なのに堅苦しい。」
彼女は、そう言って微笑んだ。
「あ、そういえば、昨日サッカー部の見学行ったでしょ?サッカー部入るの?」
「まだ決めてないけど、なんで?」
「私サッカー部のマネージャーやろうと思ってて。今日も行くんだったら一緒に行ってもいい?」
「ああ、うん。」
こうして今日の放課後もサッカー部を見に行くことになった。
昨日と同じ場所に行くと先輩がいた。
「大智くん、優斗くん!来てくれたんだね。あ、マネ希望の子連れてきてくれたの?」
「マネ希望の霧島美夏です!」
「サッカー部マネージャーの二年、佐川望美です!よろしくね。じゃあ、大智くんと優斗くん、今日はちょっとやってみようか。ちょっと待っててね。」
先輩はサッカー部の人を連れてきた。
「この人がうちの副部長、佐藤さん。ちなみに向こうにいるのが部長の飯塚さんね。」
「はじめまして、副部長の佐藤涼です。二人はサッカー経験者?」
「いえ、やったことないです。」
「じゃあ、とりあえず、パス練してみようか。」
ということで、大智と優斗はパス練を始めたが、人間と比べる運動能力の高い彼らは、初めてボールに触ったにも関わらず、すぐに上達した。
「ほんとにやったことないの?すごく上手。」
「大智くんも優斗くんもサッカー部に入ってよ。私もマネやる。二人がサッカーやってる姿、もっと見ていたい!」
彼らの練習を見ながら望美と美夏が話しかけてきた。
「考えておきます。でも、サッカー楽しいです。」
優斗も楽しかったみたいで頷いていた。それからもう少し練習して帰ることにした。
帰り道、優斗が大智に言った。
「俺、サッカー部に入ろうかな?」
優斗は相当サッカーが気に入ったようだった。大智も練習は楽しかったし、サッカー部に入りたいと思っていた。
「俺もサッカー部に入りたい。」
こうして、二人はサッカー部に入ることを決めた。
あれから三ヶ月という月日が流れた。高校生活にもだいぶ慣れて、部活もサッカー部で毎日、楽しく練習をしている。大智と優斗はサッカー初心者にも関わらず、すぐに上手くなり、レギュラー入りした。それからクラスに馴染めて、顔と名前が一致するようになった。そして、美夏と仲良くなった。美夏もサッカー部のマネージャーになり、クラスでは隣の席、仲良くならないわけがない。
「だいちー、教科書忘れちゃったから見せてー」
「はいよ。」
普段は少し離れている机をくっつける。授業中、眠くなり寝かけたとき、美夏が大智をつついた。美夏は口パクで(寝るな)と言ってきたので、大智は口パクで(はいはい)と答えた。美夏に起こされたので、眠気が飛んで授業をちゃんと聞いているとまた美夏がつついてきた。美夏は自分のノートを指差した。見るとノートの隅に(大智は好きな人とかいないの?)と書かれていた。人間に恋しちゃいけない彼らは、部活に励んであまり人と関わらないようにしていた。クラスメイトの顔と名前はわかるが、それ以上は知らない。興味を持ってはいけないのが掟だからだ。大智は自分のノートの隅に(いない)とだけ書いて見せた。すると、美夏は小声で「あっそ」と言った。美夏は少し悲しそうな顔をした。
その後も夏の大会に向けて、部活部活の毎日だった。
ある日、部活で練習試合をしていた大智は、夢中になりすぎて転んで足を捻ってしまった。
「いってー・・・」
大智は足を捻ったのは初めてだったので、どうしたらいいのかわからなかった。彼ら、ヴァンパイアは回復力が人間よりも早いため、一日もすれば治ってしまう。切り傷などの怪我は数秒で治ってしまうが、体の内部の怪我、骨折や捻挫は切り傷より少し治りが遅い。
「大智、ほら、立てる?」
美夏がすぐに駆けつけて大智の肩に腕を回して立たせ、ベンチに連れて行った。
「とりあえず、冷やすから待ってて。」
大智がベンチに連れて行かれると、望美が大智の足に氷水を当てて冷やした後、美夏が包帯で足を圧迫した。
「患部は高くしたほうがいいから寝て。」
望美は大智をベンチに横にして、丸めたタオルをベンチと足の間に入れた。
「頭痛いよね、ちょっと待ってて。」
そう言うと美夏は走ってどこかへ行ってしまった。
「お待たせ。これ使って。」
美夏は大智の頭を持ち上げて、ベンチと頭の間に枕を挟んだ。
「これ・・・」
「保健室で借りてきた。」
「お前、優しいな。枕なんて別に良かったのに。」
「いいの。望美先輩もいるし、私けが人の手当てとかしかやることないんだから。」
美夏はそう言って大智の隣に座った。彼女の顔は少し赤くなっていた。望美と美夏の見事な連係プレイで、大智はすぐに手当てされた。そして、二人のおかげで治りが早かった。
ヴァンパイアの中でも回復力の早い大智は、次の日にはほとんど治っていた。しかし、母と優斗に怪しまれるから今日の部活はやるなと言われてしまい、渋々ベンチで見学。筋トレも禁止されていたので、見ることしか出来なかった。
「大智、足の調子はどう?」
「みかー、聞いてくれよ。優斗がもう治っ「おい、おとなしくしてろ。」
治っていることを美夏に伝えようとしたら、優斗に途中で口を挟まれて阻止された。言ったら殺すぞというような目で睨まれたので、大智はそれ以上なにも言えなかった。
「なに?大智はまだ練習はダメだよ。」
「ほらな、ダメだ。」
「わかったよ・・・」
「じゃあ、おとなしくしてろよ。」
優斗は練習に行ってしまった。
「足の腫れはひいた?」
美夏は大智の足の裾を捲り上げた。
「・・・もう治ってるの・・・?」
「え、あ、いや、まだ少し痛いかな?」
「・・・まあいいや、腫れがひいたら温めるといいんだけど、この暑い中、温めるのもいやだから保健室行こうか。保健室なら、涼しいし。」
「そうだな。」
「望美先輩、大智の足、温めるために保健室行ってきますね。」
「はいよー。保健室の先生、今日はもう帰っちゃってるけど、二人だからってほどほどにしてねー。」
望美はニヤニヤしながら、美夏に言った。
「なに言ってるんですか、先輩!」
「美夏ちゃん、大智くんのこと好きでしょ?やるとしてもキスまでにしてね。」
望美は美夏の耳元で小声で言った。
「望美先輩、からかわないでください!」
「みかー、なに話してんだよ。行くぞ。」
なにも知らない大智は使い慣れない松葉杖を突いて少しずつ保健室のほうへ進んでいた。望美は笑顔で手を振っていた。美夏は少し顔を赤らめながら、大智の後を追った。
保健室に移動し、美夏はお湯を入れたペットボトルを大智の足に当てた。保健室の先生は不在で二人きりだった。大智はなにか話さないと気まずいかな、なんて思っていたら美夏が口を開いた。
「大智、ほんとに人間なの?」
「は、え、なに言ってんの?」
大智は、いきなりのことで慌ててしまった。
「冗談だよ、なに慌ててんの。」
「そうだよな、はは。」
美夏は笑っていたが、大智にとっては笑い事じゃなかった。正体がバレたのかと思って慌てた。
「それにしても怪我の回復早すぎでしょ?」
「そ、そうか?」
大智は苦笑いで答えたが、早く違う話題にしないとバレないか心配だった。
「あ、そういえばね」
美夏が話を変えてくれたと安心したのに・・・。
「うちの担任の中野先生、私の親戚のお姉ちゃんの旦那さんなんだよ。」
「へー・・・ん?え!ヒロの奥さんが美夏の親戚のお姉さん?嘘だろ・・・」
今日は驚くことが多すぎて、頭がついていかない。
「ほんとだよ。私もびっくりしたんだけどね。でも、中野先生イケメンだし、お姉ちゃんが羨ましいよ。てか、ヒロって・・・中野先生のことそう呼んでるの?」
大智はなにも言えなかった。宏紀が結婚したのは知っていたけど、人間の女性と結婚したのは知らなかった。頭が混乱していた。
「大智?ねぇ、大智ってば!」
「あ、ごめん。」
「大丈夫?」
「ああ、なんの話だっけ?」
「だから、中野先生のことヒロって呼んでるの?って話。」
「ああ、ヒロは俺の近所に住んでて、昔から仲良くて、お兄ちゃんみたいな存在だからな。」
そこからはたわいもない話をしたが、全然覚えていない。宏紀のことが気になって仕方がなかった。
部活終了時刻になった。美夏にお礼を言って優斗と帰る。
「なあ、美夏から聞いたんだけど、ヒロって人間と結婚したらしいよ。」
「はあ?なに言ってんの?」
「俺だって信じられないけど、ヒロの奥さん、美夏の親戚のお姉さんらしい。美夏は普通に人間だし、お姉さんだって人間だろ?」
優斗は黙って考え込んだ。沈黙が続いた。
「大智。忘れろ。」
「はあ?」
「ヒロが人間と結婚したことは聞かなかったことにしろ。」
優斗なりの考えだったんだろう。大智はこのときはまだ自分の気持ちに気づいていなかった。優斗は大智の気持ちに気づいていたと思う。だから忘れさせようとした。大智が自分の気持ちに気づくのは、まだもう少し後の話。
次の日、テーピングをして筋トレをすることになった。
「大智、テーピングするから来て。」
美夏に言われてベンチに座る。手際よくテーピングをする美夏を見ていると、顔を赤くして言った。
「なに?そんなに見られるとやりにくい。」
「あ、ごめん。」
大智は、黙って練習が始まったグラウンドを見ていた。
「終わったよ。今日もまだ練習はしないでしょ?」
「おう。でも、筋トレはしようと思う。」
「私することないし、ダイエットも兼ねて一緒にやろうかな?」
「別に美夏、太ってないだろ。まあいいや、じゃあ、やるか。」
大智が立ち上がろうとしたとき、美夏に頭を叩かれた。
「いたっ、なにすんだよ。」
女心がわからない大智には、美夏になぜ叩かれたのかわからなかった。
「誰のために痩せようとしてると思ってんだよ・・・」
美夏が小声で言った。
「なんか言った?」
「なんでもないよ!グラウンドの隅でやるから。ほら、行くよ!」
「ちょっと、待って。」
足早でグラウンドの隅に向かう彼女の顔は赤くなっているようだった。
グラウンドの隅で一緒に筋トレを始めた。足を使わない筋トレ。腕立て、腹筋、背筋、体幹トレーニングなどをした。大智は腕立て、五十回。腹筋、五十回。背筋、五十回。美夏はその半分の二十五回でやっていた。背筋が終わって、体幹トレーニングをやろうとしたが、美夏がうつ伏せのまま起き上がらない。
「美夏?どうした?大丈夫か?」
「私、もう無理。運動不足・・・急に体使ったからもう動けない。」
「はあ?俺は体幹やるから。落ち着くまでそうしてろ。」
「ひっどー。女の子が倒れてるのに放置かよー。」
「なんなんだよ、もう。」
「あはは、うそ、冗談。私はちょっとここで休憩するから体幹やってください。」
「じゃあ、時間計って。二十秒キープするから。」
「あ、ちょっと待ってて。」
そう言うとさっきまでうつ伏せで倒れていたのに、起き上がって走って部室へ向かって行った。
「なんだよ、動けんじゃん。」
美夏がストップウォッチを持って戻ってきてから、大智は体幹トレーニングを始めた。部活終了時刻までみっちり鍛えました。
「明日からは練習してもいいだろ?」
「テーピングはしないとダメだから、また部活前にしてあげるね。」
「さんきゅー。」
こうして大智は明日から練習に復帰できるようになった。
部活が終わり、着替えて優斗を待っていると、涼が来た。
「優斗、今日の帰り、大智借りてもいいか?」
「あ、はい。どうぞ。」
「大智、帰るぞ。」
「え?でも、望美先輩は・・・?」
涼は望美と付き合っていて、毎日一緒に帰っている。
「望美は美夏ちゃんと帰るらしいし、大智に話があるから。」
「わかりました。じゃあ、優斗、ごめん。また明日な。」
優斗は大智に軽く手を上げて見送った。涼との帰り道、大智はなにを話されるのか、ドキドキしていた。まさか、足を捻ったから次の大会はレギュラーから外されるのではないかと不安になった。
「なぁ大智・・・」
「はい・・・?」
「お前って美夏ちゃんのこと好きなのか?」
「え!そんなわけないじゃないですか!」
「なに慌ててんの?逆に怪しいけど?」
涼は笑っていた。
「別に好きじゃないです・・・。なんでいきなりそんな話なんですか?」
大智は自分にも言い聞かすように言った。涼はさっきまで笑っていたのに、急に真面目な顔で話し始めた。
「美夏ちゃんはきっとお前のこと好きだぞ。美夏ちゃんのこと気にしてあげて・・・と望美からの伝言。」
大智はなにも言わずに歩いた。涼は大智の気持ちを察し、話を変えた。大智の足のことや次の大会のことなどを話した。涼は電車通学だったので、二人は駅まで行って別れた。
その頃、美夏と望美も一緒に帰っていた。
「美夏ちゃん大智くんのこと好きでしょ?」
「あ、え、唐突ですね。まあ、好きですけど・・・」
だんだん小さい声になり、最後は聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。すると、望美は笑い出した。
「望美先輩、なんで笑うんですか?」
「ごめん、ごめん。美夏ちゃん可愛い。」
望美は笑いながら美夏に謝り、私が恋のキューピットになってあげるなんて言い出した。美夏は少し考えて言った。
「いや、大智は私のこと、ただのクラスメイトで部活のマネとしか思ってないので・・・」
望美は今まで笑っていたのに急に真剣な顔で言った。
「大智くんはたぶん美夏ちゃんのこと好きだよ。それに、もし美夏ちゃんのこと興味ないとしても彼女いないし振り向かせればいいんだよ!」
「私、望美先輩みたいに可愛くないし・・・」
美夏は小声で言った。それを聞いた望美は、美夏の頭を撫でて言った。
「可愛いとかカッコいいって人それぞれだからね。美夏ちゃんは私のこと可愛いって言ってくれたけど、私のこと嫌いな人もたくさんいる。私は美夏ちゃんのこと可愛いと思うよ。大智くんがどう思ってるかはわからないけどね。」
最後は場を和ませるように笑って言った。美夏は本当に望美に憧れてた。今日の言葉でさらに望美のようになりたいと強く思った。
「望美先輩、私頑張ります。」
「おお、その意気だ!じゃあ早速明日、一緒に帰って自分の気持ち伝えてみな。」
「え!明日?」
「大丈夫だって、絶対。じゃあ明日頑張ってね!」
ちょうど駅に着き、違う方向に向かう電車に乗るため、ここで別れた。
次の日、大智はテーピングをして練習に参加することになった。怪我はもうすっかり治っていたが、怪しまれないようにと、美夏にテーピングをしてもらった。
「美夏、テーピングとか上手いな。手際いいっていうか、手つきがいいというか。」
「ふふ、そう?ありがとう。」
美夏にテーピングをしてもらっている間、話していたら優斗が来た。
「お前らイチャイチャしてんじゃねーよ。」
「は?イチャイチャなんてしてねーし!」
「はいはい。早く練習行くぞ。」
優斗はそう言って、行ってしまった。
「ほんと仲いいね。はい、終わったよ。」
「優斗とは小さいときからずっと一緒だからな。さんきゅー。」
テーピングされた足を軽く動かして練習に行こうとしたとき、美夏に注意された。
「激しい運動はダメだからほどほどにね。」
「もう治ってるのに・・・」
もう治っている上に二日間、練習をしていなかったので、早く練習がしたくて口が滑ってしまった。
「ん?なんか言った?」
美夏の耳には届かなかったみたい。良かった。一昨日のこともあって美夏には特に気をつけないといけないと思っていた。
「なんでもない。ほどほどにしまーす。」
「頑張ってね。」
笑顔で手を振った彼女を見て、ドキッとした。昨日、涼に言われたことを意識してしまった。大智は練習に集中しようと思って軽く手を上げてグラウンドに向かった。このときすでに大智は自分の気持ちに気づいていたのかもしれない。でも、認めたくなかった。人間に恋なんてあり得ない。
部活のメンバーに本当に足捻ったのかよと言われながら、優斗に注意されながら、なんとか部活が終わった。
「お疲れ様です。」
夏の大会が近いのでハードなスケジュールで練習をこなした部員たちは、疲れて部室でだらだら着替えていた。大智も二日ぶりに動いて疲れたのかだらだらしていた。そんな大智のところに涼が来て言った。
「美夏ちゃんが今日、大智と帰りたいって言って外で待ってたぞ。」
「え?あ、ありがとうございます。」
着替える前に部室の外を見てみると本当にいた。呼びかけると美夏は少し怒ったように言った。
「まだ着替えてないの?早くしてよー」
「ちょ、待て、なんでお前と帰ることになってんの?」
「話したいことがあるんだけど・・・今日、この後用事ある?」
「いや、別になにもないけど。」
「じゃあ帰ろう。待ってるから。」
大智は美夏に流されてしまった。仕方なく一緒に帰ることにした。優斗に伝えようと部室へ戻り、すぐに優斗のところへ行くと大智が話す前に優斗が話した。
「美夏と帰るんだろ?」
大智が頷くと優斗は少し黙って考えてから心配そうに聞いた。
「大丈夫か?」
「なにが?」
「お前、美夏のこと・・・」
「好きじゃない。」
優斗が言う前に大智が否定した。しかし、優斗は少し怒って言った。
「お前が好きじゃないって口で言ってても、体は勝手に動くんだよ。もし、美夏と二人きりになったときになにかあったらどうするんだよ!」
優斗の言うことは大智が一番良くわかっていた。口でいくら否定しても心や体が美夏を好きと思っていたら止めることはできない。
「なんとかする。もし、俺が美夏の前で牙でも出してみろ、嫌われてもう近づかなくなるだろ?それで終わりにすればいい。」
優斗は少し不満そうな顔をしたが、承諾し気をつけろよとだけ言って荷物をまとめて帰って行った。大智も早く着替えて美夏のところへ向かった。
夏は日が長い。だからつい時間も忘れて八時ごろまで部活をやってしまう。辺りも薄暗くなり女の子が一人で歩くのは危なそうだった。
「美夏、ごめん。遅くなった。」
「遅い。もう帰ろうかと思ったよ。」
「自分で一緒に帰ろうって言ったんだろ?」
二人で笑いながら歩き始めた。美夏は大智の足を心配しながら歩いていた。
「足、もう大丈夫だからな。」
「驚異的な回復力だね。」
それから少しの間はお互いなにも話さずに歩いた。少しすると美夏が口を開いた。
「大智・・・」
「ん?」
美夏はまた黙り込んでしまった。大智は笑いながら聞いた。
「なに?どうした?」
美夏は勇気を振り絞って言おうとした。
「大智・・・私、大智のことが・・・す、す・・・やっぱ無理!なんでもない!」
「はあ?なんなの?すごい気になるんだけど。」
「いいから、それより昨日のバラエティ見た?」
美夏は話を変えた。
「昨日のバラエティ?」
「そう、ヴァンパイアのやつ!」
ヴァンパイアの世界でも人間界のテレビは放送している。しかし、大智はヴァンパイアの番組は見ない。嘘しか言っていないからだ。
「見てない。」
「そっか、私そういう話好きなんだよね。ヴァンパイアって人間の血を吸って生きてるらしいんだけど、本当に存在しないから見て笑っていられるんだよね。」
「ヴァンパイアはいるけど、それは違うよ。」
「えっ?」
大智はまた勘違いしている人間がいて少し腹が立ち、口を滑らしてしまった。
「大智、なにか知ってるの?教えて!」
よりによって大智の正体がバレそうな美夏にヴァンパイアの説明をしなくていけなくなるとは・・・。自分が悪いが気をつけて話さないとバレる。
「えっと・・・ヴァンパイアは人間の血を吸って生きているわけじゃないよ。自分が愛した人の血しか吸えない。愛する人の前でしか牙が出ないからね。」
「・・・大智、詳しいね。どっちが本当のことかは知らないけど、ヴァンパイアが本当にいるなら会ってみたいな。」
なんとか深く質問されなくてこれで説明は終わった。大智はバレずに済んでよかったと安心した。その後は部活の話をしながら美夏の家に向かった。
「ここ、私の家。わざわざ家まで送ってくれてありがとう。」
「いや、もう暗いし一人じゃ危ないからな。じゃあまた明日。」
「あ、大智!」
「ん?」
「・・・また明日。おやすみ。」
「なんだよ、それだけで大声出すなよ。おやすみ。」
大智は笑いながらそう言い、歩きながら美夏のほうを見ずに軽く手を上げて帰って行った。
「後ろ向きに手振るとかカッコつけてんなよ。なにもカッコよくないわ。」
美夏は誰にも聞こえないくらいの小声で自分が思っていることと逆のことを呟いて家に入った。
その日の夜、お風呂から上がり寝ようとしていた美夏の携帯にメールが来た。望美からだった。(今日の帰りはどうだった?ちゃんと自分の気持ち言えた?)結局、自分の気持ちは伝えられなかった。少し返信に戸惑ったが、正直に言ったほうが言いと思ったので返信した。(頑張ったんですが、結局言えませんでした。)と送って携帯を机の上に置くと新しい通知が来た。
「誰だろ・・・え、望美先輩?はやっ!」
普段、メールを全然見なくてたまに部活の連絡も行き届かないときがある彼女なのに数秒で返信が来てびっくりした。見てみると(やっぱりね、急だったもんね。急かしてごめんね。自分が言えそうなタイミング見つけて言うほうがいいよね。いい報告待ってます 笑)望美は美夏のためにいろいろ考えていた。美夏もそれに気づいていた。(望美先輩、返信早いですね。ありがとうございます。)この返信も数秒で来た。(今日は美夏ちゃんと話したいからね。 私ね、美夏ちゃんと大智くんお似合いだと思うよ。・・・ごめん、メールやだ。電話するわ。)美夏がこのメールを読み終えてすぐ望美から電話がかかってきた。
「ごめん、私メールとか打つのめんどくさくて嫌いなんだよね。」
望美は笑いながら言った。美夏も笑ってしまった。まさか、いつもメールの返信が遅い理由が文字を打つのがめんどくさいからだったとは。
「そういうことですか。大丈夫ですよ。」
二人で笑った後、少し沈黙になった。沈黙は望美が破った。
「さっきの話だけど、私も昔は美夏ちゃんみたいな感じで。涼のこと好きだったんだけど年上だし話しかけることだって出来なかった。でも、先輩が手伝ってくれて告白して今付き合ってるの。だから、美夏ちゃんのお手伝いできたらいいなって。」
「そうだったんですか。望美先輩から告白したんですね。・・・私も頑張って望美先輩みたいに踏み出してみようかな?」
「美夏ちゃんだったら大丈夫だよ。応援してるね!」
「ありがとうございます。・・・明日、また大智と帰りますね。」
「うん!頑張って!」
「はい、では。」
「うん、また明日ね。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
美夏は望美が電話を切ったことを確認して携帯を机の上に置いて、ベッドにダイブした。今日は一緒に帰っただけだが緊張して疲れた。明日、なんて言おうなど考えていたらいつの間にか眠りについていた。
次の日の朝。美夏はいつも以上に髪の毛や制服を丁寧にセットし、学校へ向かう。昨日みたいにいきなり一緒に帰ろうというのは申し訳ないと思い、部活前に言おうと思っていた。しかし、意識するとなかなか思うように行動できなくてなかなか言い出せない。そんなこんなで昼休みも終わって五時間目になった。五時間目が始まってすぐ大智が小声で話しかけてきた。
「美夏、教科書忘れたから見せて。」
チャンスだと思った。
「今日も一緒に帰ってくれるなら見せる。」
大智はなにも考えずに答えた。
「一緒に帰るのなんて全然いいよ。」
大智からあっさり承諾を得たので美夏はびっくりした。
「じゃあ見せてもらうね。」
そう言って大智は美夏の机に自分の机を近づけた。美夏は大智を意識してしまって五時間目の授業の内容が耳に入らなかった。
なんとか授業が終わり、部活に行くと大智がテーピングをしないでそのまま部活をしようとしていた。
「大智!テーピング!」
もう足を捻ってから四日が経ったが、一度捻ると捻りやすくなるのでまだテーピングは必要だと美夏は大智に注意すると申し訳なさそうに美夏のところへ来た。
「毎日悪いな。」
「ううん、私がやりたいだけだから。」
そう言い、大智にベンチに座るよう促してテーピングを始めた。テーピングを始めてからなにも話さない二人。沈黙が続いた。美夏はその沈黙にドキドキしてしまい、早くテーピングを済ませた。
「はい、終わったよ。」
「さんきゅー。じゃあ行ってくる。」
「うん。気をつけて頑張ってね。」
「はいよ。」
大智は走ってグラウンドに向かい、練習を始めた。部活が始まりマネージャーの仕事が一通り終わって部員の練習の様子を見ていると、望美が話しかけてきた。
「今日の帰り、大智くんと帰るんでしょ?」
「はい、頑張って今日こそ自分の気持ちを伝えたいと思います。」
「そっか、頑張ってね。」
望美は笑顔で美夏を応援した。美夏は望美の笑顔を見て頑張ろうと決意を固めた。それから美夏と望美は部活が終わるまでたわいもない話をした。美夏は人生で初めて告白するのでとても緊張していたが、望美と話したことで緊張が少し解けた。
部活が終わり、美夏は大智が着替え終わるまで待っていた。大智を待っていると望美と涼が来た。
「美夏ちゃん、大智もうすぐ来ると思うから。」
「頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
二人の言葉でまた緊張し始めた。そして、もしふられたらどうしようと思い始めて緊張と不安でいっぱいになった。ドキドキしていると大智が来た。
「美夏、待たせてごめんな。」
「う、ううん、大丈夫だよ。それより今日も一緒に帰ろうなんてごめんね。優斗くんなにも言ってなかった?」
「ああ、大丈夫だった。」
「そっか・・・」
それから沈黙の中、歩き始めた。美夏はどのタイミングで言おうかそわそわしながら歩いた。一度沈黙になると口を開くのが重くなる。話し始めづらい。
「なにそわそわしてんだよ。」
そわそわしている美夏に気づいた大智は笑いながら聞いた。
「え、あ、ちょっとね。えへへ。」
美夏は緊張で顔は引きつっていたが大智の笑顔につられて笑った。美夏の顔が引きつっているのに気づいた大智は不思議に思いながらも場を和ませようと自分から話しかけた。
「今日、教科書、ありがとな。」
「ううん、私もこの前見せてもらったし。」
「そうだったな。」
大智が話しかけてくれたので話しやすくなった。人通りの少ない道に入ったとき、美夏は勢いで言ってしまおうと思った。
「大智、あのね・・・」
美夏が立ち止まって話しかけると、大智も嫌な顔せず止まってくれた。部活が終わった時間も遅く、辺りは薄暗くなり、周りに人の姿はない。
「ん?どうした?」
「えっと・・・」
早く言わないとまた言いづらくなるが、そう簡単には言い出せなくて黙ってしまった。大智は黙って待っていてくれた。深呼吸をして口を開いた。
「好き・・・です・・・。私、大智が好き・・・よかったら・・・「ごめん。」
美夏が言い終わる前に大智が言った。
「美夏が嫌いってわけじゃないけど、俺は人間に恋しちゃいけないんだ。」
「・・・どういう意味?人間に恋しないで誰に恋するの?」
「えっと・・・」
大智はしまったと思ったが、もう遅い。こうなったらいっそのこと正体をばらして嫌われようと思った。
「俺は、ヴァンパイアなんだ。だから人間に恋しちゃいけないの。ごめんな。」
「なに言ってんの?意味わからない。ヴァンパイア?なんでこんなときに冗談言えるの?」
美夏はヴァンパイアのバラエティ番組などは好きだが、存在は否定していた。だからいきなりヴァンパイアと言われても冗談にしか聞こえなかった。人が勇気を振り絞って真剣に告白したのに冗談を言われて腹が立った。
「私は頑張って言ったのになんでそんなことが言えるの・・・?ふざけないで!」
美夏は泣きながら走り始めた。大智はこれでよかったと思った。自分も美夏が好きということに薄々気づいていた。これ以上好きになる前に距離をとったほうがいいと思ってた。美夏に申し訳ないと思いながらも追いかけずにその場で走っていく美夏を見ていた。美夏が十字路を突っ切ろうとしたとき、人通りも少なく車なんて滅多に通らない道なのに車が来た。クラクションの音が鳴り響く。美夏は車にびっくりして走っていたのに車の前で立ち止まってしまった。美夏はその場から動けず恐怖で目を閉じた。目を閉じた瞬間、体が宙に浮いた気がした。目を開けると美夏は大智の腕の中にいた。大智はクラクションの音が鳴った瞬間にすごい速さで美夏のところまで行き、美夏を抱えて車をかわした。
「大丈夫か?」
美夏はなにが起こったのかわからなかったが、助かったと安心して涙が出た。そして大智に抱きついた。大智は美夏が泣き止むまで美夏の頭を撫でた。
あれから数分して美夏が落ち着きを取り戻した。
「大智、助けてくれてありがとう。」
「おう。美夏、悪い、もう帰る。」
「あ、ごめん!」
美夏が大智から離れて大智を見ると大智の口から牙が出ていた。
「え?なんで?」
大智は自分を見失いそうになっていた。理性が保てそうになくてその場から離れようとすると美夏に腕を掴まれた。
「ちょっと待ってよ。口の・・・牙だよね?」
「ごめん、帰らせて。」
「説明してからにし「離せ!」
大智は美夏の手を振りほどいて自分の腕を噛み付いた。大智の腕から血が流れ出た。
「ちょ、なにやって・・・血・・・」
美夏はびっくりして上手く言葉が出なかった。
「わかっただろ?俺はヴァンパイアなの。もう俺に近づくな。」
「ちょっと待ってよ・・・」
「ヒロと結婚したお前の姉ちゃんに聞けば少しは俺らのことわかると思う。」
それだけ言って大智は行ってしまった。去っていく大智の腕の血はもう止まっていて傷口もなくなっていた。美夏はしばらくそこから動けなかった。
美夏と別れた大智は宏紀の家の前で宏紀の帰りを待っていた。
「大智?なにやってんだ?」
「ヒロ、おかえり。話があるんだけど・・・」
「ここじゃあれだし、中入って話そう。」
そう言って宏紀と大智は家に入った。家に入ると宏紀の嫁の美穂が電話で誰かと話していた。美穂は宏紀を見て口パクで(ごめん)と言って違う部屋に移動した。
「あれが美夏のお姉さん・・・」
大智の言葉に宏紀は驚いた。
「なんで知ってんだよ。」
「美夏から聞いた。・・・さっき、美夏に正体バレた。俺、美夏のこと好きだった。牙見せちゃった。しかも、もう少しで美夏のこと噛み付きそうだった。ギリギリで自分の腕に噛み付いたけど次回から自分を制御できるかわからない。」
宏紀は真剣に大智の話を聞いた。そして答えた。
「この通り、俺は人間と結婚した。でもそれがどういうことかわかってるよな?大智が美夏さんのこと本当に好きでいろんな責任を負えると誓えるなら俺は協力する。」
大智は少し考えてから頷いた。
「俺は美夏が好きだ。美夏を守りたい。でも美夏に嫌な思いはして欲しくない・・・」
「わかった。今日はもう帰れ、疲れただろ?気をつけて帰れよ。」
大智は宏紀と別れて自分の家へ向かった。
その頃、美夏はやっとの思いで家に帰るとすぐに自分の部屋へ行き、自分の担任と結婚した親戚のお姉さんである美穂に電話した。
「もしもし、美夏ちゃん、どうしたの?」
「美穂ちゃん、ヴァンパイアって存在すると思う?」
美夏は単刀直入に聞いた。美穂は少し間を置いてから答えた。
「私は存在すると思うよ。なんで?」
「私、ヴァンパイアを見たの。私のクラスに大智っていう男の子がいて、私はその人のこと好きになったんだけど、今日、告白したらヴァンパイアだから人間に恋しちゃいけないって言われて。最初は信じられなかった。でも、さっき私、車に轢かれそうになっちゃって・・・大智が助けてくれた。でもそのときの速さが異常だったし、そのあと牙出てて・・・それなにって聞いたら自分の腕に噛み付いて・・・」
美夏はだんだん涙が出てきてしまい、上手く話せなかったけど美穂は静かに聞いてくれた。美夏が話し終わると美穂はゆっくり話し始めた。
「落ち着いて聞いてね、本当は言っちゃいけないんだけど、美夏ちゃんの担任の中野宏紀はヴァンパイアなの。私も最初は信じられなかった。美夏ちゃんと同じで牙を見たときはびっくりした。でも、私はもう彼が好きでどんな彼でも愛せると思った。だから、彼と結婚した。ヴァンパイアって大変なこともあるけど彼と結婚したことは後悔してない。美夏ちゃんもよく考えて大智くんとこれからどう接するか考えてね。私でよければいつでも相談に乗るから。今日はいろいろあって大変だったよね。もう寝てゆっくり休んでね。じゃあ、おやすみ。」
電話を切ったあと、美夏はベッドに横になった。横になった瞬間、今日の疲労がドッと押し寄せて眠りについた。
次の日は久々に部活がない土曜日だったので、お昼までゴロゴロしていた。昨日のことが夢であって欲しくて携帯の履歴を見ると、美穂に電話した履歴がしっかり残っていた。
「いつまで寝てんの!起きなさい!」
なかなか部屋から出ない美夏を母が起こしに来た。
「部活がないからってだらだらしないの。」
「はーい・・・」
母に起こされて朝食なのか昼食なのかわからない食事を取り、勉強机に向かった。なにもしていないと大智のことが気になってしまうので勉強でもしようと思ったが、ノートがなくなっていることに気づいた。
「そうだった・・・ノート・・・。今日は外出たくないのに・・・」
そう思いながらもノートがないと困るので買い物へ出かけた。近くの店でノートを買い、家に戻ろうとすると
「美夏さん!」
後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは宏紀だった。昨日、美穂から彼もヴァンパイアということを聞いて少し怖くなって一歩後ずさってしまった。
「美穂から聞いたのか・・・」
美夏が頷くと距離を変えずに話し始めた。
「大丈夫。なにもしない。人間はいろいろ勘違いをしてる。ここじゃあれだし、そこに座って話そう。」
宏紀は近くのベンチを指差した。美夏は頷いて宏紀についていた。宏紀は美夏を怖がらせないために少し距離をとって座った。美夏は、美穂ちゃんはこういう彼の優しさに惚れたんだろうなと思いながら彼の話を聞いた。
「昨日は大智がいろいろやらかしたみたいでごめんな。美穂から聞いたと思うけど、俺も大智も優斗もヴァンパイアだ。」
「ゆ、優斗くんも?」
「それは聞いてないのか。まあいいや。そう、優斗もだ。でも別に人間の血が欲しくて人間界に来ているわけではない。俺たちヴァンパイアは数も減って人間界で働かないと生活出来ないんだ。あと、俺たちはむやみやたらに人間の血は吸わない。というか、むしろ人間の血を吸う奴はほとんどいない。・・・たぶん、俺くらい・・・。」
「・・・どういう意味ですか?」
「俺たちは愛した人の前でしか牙は出ないし、愛した人の血しか吸わないんだ。普通のヴァンパイアはヴァンパイア同士で愛し合って結婚するのが普通なんだが、俺は美穂に恋してしまった。前代未聞だって周囲から反対されて怒られたけど、今は美穂と結婚して本当によかったと思ってる。・・・教師がこんな話するものじゃないけど今日は大智の兄貴として美夏さんと話してるから。」
美夏はなにも言えなかった。黙っていると宏紀が立ち上がった。
「じゃあ、俺はこれで失礼するね。一方的に話しただけでごめんな。相談とかあったらいつでもおいで。俺が嫌なら美穂でもいいし。じゃあ、月曜日。」
そう言って行ってしまった。美夏は宏紀が行った後、一人でベンチに座ったまま昨日のこと、今日の宏紀の話を思い返した。自分が本当に大智のことが好きなのか、真剣に考えた。昨日の大智の牙、血を思い出すと少し怖かった。でも大智といると楽しいし、今だってこうやって彼のことを考えている。いつも彼のことばかり考えていて彼が女の子と話しているとモヤモヤするし、彼が隣にいると安心する。やっぱり彼が好きなんだ。自分には彼が必要なんだ。そう思った。気づくと辺りは薄暗くなっていた。
「帰るか・・・帰ったら電話しようかな・・・」
大智に早く自分の気持ちを伝えたくなって目的のはずだったノートを買わずに足早で家へ帰った。
美夏は家に着くと夕飯を食べ、お風呂に入って、自分の部屋で携帯を見つめた。
「電話・・・するか・・・」
彼の連絡先を画面に表示した。
「あー、でも・・・」
通話ボタンがなかなか押せない。勇気を振り絞って通話ボタンを押した。
「あ、押しちゃった!どうしよう・・・」
でももう後には引けない。携帯を耳に押し当てる。プルルルル、プルルルル、プルルルル・・・五コールで出なかったら切ろう。あと二コール。あと一コール。プルル「もしもし」
「え、あ、もしもし!」
切ろうとした瞬間に出て焦った。
「美夏、昨日はごめんな。」
「ううん、車に轢かれそうになったとき助けてくれてありがとね!」
「いや、大丈夫だった?」
「うん、大智のおかげでどこも怪我しなかったから。」
「ならよかった。」
大智の言葉を最後に二人は黙ってしまった。どちらもなにか話そうとするものの言葉が詰まって出てこない。美夏は二回目の告白をしようと自分から電話したのになかなか言い出せない。告白というものは何回目でも緊張する。勇気を振り絞って話し出す。
「・・・あのね、私ね・・・」
「うん」
大智は美夏が話し出すまで待ってくれた。
「私、やっぱり、大智が好き。たとえ、大智がヴァンパイアだとしても・・・好きなんだよね・・・」
大智はなにも言わない。
「大智?」
「・・・ごめん、やっぱりダメだ。俺も美夏が好き。だからこそ、お前に嫌な思いとかして欲しくない。俺のことは忘れてくれ。」
「・・・無理だよ・・・好きなんだもん・・・忘れられない。大智と付き合って嫌な思いするなんて付き合ってみないとわかんないし決め付けないでよ。」
美夏は涙が出てきた。ここで泣いたら自分の思っていることをちゃんと伝えられない、泣いちゃダメだ。そう思っても涙は止まらない。大智は美夏のすすり泣くのを聞いてゆっくり話し始めた。
「美夏・・・俺たちヴァンパイアと人間の恋は絶対にあってはならないんだ・・・」
「じゃあ、中野先生と美穂ちゃんは?」
「・・・あのな、人間は何人もの人と付き合って自分に一番あっている人を見つけて結婚するだろ?ヴァンパイア同士でもそれは同じだ。でも、人間とヴァンパイアはそれは出来ない。ヒロたちみたいに一生愛し合えるなら話は別だけど、美夏はもっといろんな恋をしたほうがいいと俺は思う。」
「私は大智しか好きになれない。」
美夏は泣きながら言った。大智は黙って少し考えた。
「美夏・・・今から外出れるか?」
「・・・うん、なんで?」
「出てきて。」
美夏が玄関を出るとそこに大智が立っていた。びっくりして涙も止まった。
「よっ。」
「・・・なんで・・・?」
「直接話したほうが早いだろ?」
二人とも電話を切って向かい合う。
「美夏、昨日、見ただろ?俺の牙と噛み付いたところ・・・」
「うん、最初はびっくりしたけど・・・」
「俺たちは好きな人の前でしか牙は出ない。しかも、無意識に出て血が欲しくなる。だから今だって美夏の血が欲しくてたまらない・・・。」
「いいよ。血、吸っても。」
「ダメだ。人間の血を吸ったら吸われた人間はヴァンパイアになる・・・。だから・・・ダメなんだ。一回でも吸ったらもうやり直せない。美夏もヴァンパイアになって人間に戻れなくなる。」
「そうだったのか・・・」
それは誰からも聞いていなかったので、少し不安になった。自分もヴァンパイアになるとはどういうことなのか、想像が出来なかった。
「な、怖いだろ?そんな簡単にヴァンパイアになるなんて決められないんだよ。俺だって人間として生まれたかった。そしたら美夏と付き合えたのに・・・」
「ううん、怖くない。私、ヴァンパイアになる。大智とずっと一緒にいたいの・・・」
「もっとちゃんと考えて。こんなすぐに決めて美夏の人生がめちゃくちゃになったら困る。」
美夏は黙って俯いた。
「美夏。」
名前を呼ばれて彼のほうを向くと彼の顔が近づいた。思わず目を瞑ると頬になにかが触れた。
「ごめん、帰る。」
大智はそれだけ言って走って行ってしまった。
「ずるいよ。忘れろって言ってキスするなんて・・・」
美夏は自分の部屋に戻り、泣き続けた。
結局、一睡もせずに次の日の朝を迎えた。泣きすぎて目は腫れてしまい、体はだるかった。母には体調が悪いと言って部活を欠席し、部屋にこもった。お昼までベッドの上で横になっていた。午後になり、ベッドから出て机に向かってぼーっとしていたら電話が来た。誰だよと思い携帯を見ると美穂からだった。
「もしもし・・・」
「美夏ちゃん?昨日、宏紀が美夏ちゃんに会ったって言ってたけど、宏紀のやつ一方的に話したでしょ?ごめんね。大丈夫?」
「うん、それは大丈夫だったけど・・・」
「けど?」
「実はその後、大智に電話したの。そしたら、家まで来てくれて・・・私はどんな大智でも好きって言ったのに、大智は傷つけたくないからって・・・なのに、ほっぺにキスして帰りやがった・・・。なんなの?忘れて欲しいって言ったくせにそんなことしたら逆に忘れられるわけないじゃん。どうしたら私の気持ちは伝わるの・・・?」
美夏はまた涙が出てしまった。
「ごめんね・・・昨日、たくさん泣いたのに・・・涙ってなくならないのかな・・・?」
美穂は優しく話し始めた。
「美夏ちゃん・・・涙って不思議だよね、止めたくても止められないし・・・でも泣きたいときは泣いたほうがいいよ。今から美夏ちゃんの家行っても大丈夫?」
「うん。」
「ちょっと待っててね。」
電話が切れて数分後、美穂が家に来た。母が美穂を美夏の部屋まで案内して部屋の戸をノックした。
「美夏、美穂ちゃんが来てくれたわよ。」
戸を開けて美穂を中に入れる。美夏が床に座ると隣に美穂が座り、優しく抱き寄せた。
「本当は大智くんにやってもらいたいよね。ごめん、私で。」
そう言って美穂は美夏の頭を撫でた。美夏は首を横に振って美穂の腕の中で泣いた。どれくらい泣いただろう。美夏はやっと落ち着いた。
「ごめんね、ありがと・・・」
「ううん、可愛い妹が困ってたら助けるに決まってるじゃん!」
美穂は微笑みながら言った。美夏も美穂の笑顔を見てありがとうと微笑んだ。
「美夏ちゃん。大智くんにもう一回自分の気持ち伝えてみようよ。美夏ちゃんの気持ち伝わると思うよ。・・・大智くんと宏紀、似てるんだよね。宏紀も同じ感じだった。お前に嫌な思いして欲しくないとか言って。全く、なにをカッコつけてるのか、ね。」
美穂は笑いながら話してくれた。美夏は美穂の経験談を聞いてもう一度言ってみようと思った。
「美穂ちゃん、ありがとね。明日、言ってみる。」
「いえいえ、頑張ってね。じゃあ、私はそろそろ帰るね。またいつでも相談に乗るから、電話してね。」
美夏は美穂にお礼を言い、玄関まで見送った。そして夕飯を食べてから昨日寝ていないこともあり、すぐに眠りについた。
次の日の朝、起きてすぐ大智にメールをした。(今日の帰り一緒に帰ってくれる?)メールの返信は来なかった。学校でもなにも言われなかった。そのまま授業が終わり、部活へ向かった。
「美夏ちゃーん!」
「あ、望美先輩。こんにちは。」
「こんにちは。体調は大丈夫?」
「はい、昨日は休んでしまってすみませんでした。」
「全然大丈夫よ!それより、大智くんとはどうなった?」
「えっと・・・いろいろあって嫌われたと思います・・・」
「えっ・・・?どういうこと?」
「いや・・・いろいろあってですね・・・今日の朝、メールしたのに返信来なかったんです・・・」
「あー、でも見てないだけかもよ?てか、金曜日は?気持ち伝えたの?」
「一応、伝えたんですがまだはっきりしてません・・・」
「そっか。ちなみにメールの内容は?」
「今日帰れるか聞いただけです。」
「ちょっと待ってて。大智くーん!」
「望美先輩!いいですって!」
「メール見たか聞くだけ。」
「なんすか?」
練習着に着替えて部室から出てきた大智を呼ぶと大智は走って望美のところに来た。
「大智くん、メール見てくれた?」
「メール?あ、今日メールボックス開いてないっす。ゲームしかしてない・・・」
「見ろや!」
「あ、すみません。急用な内容だったんすか?」
「ううん、だから部活終わったら見て。」
「了解です。すみませんでした。」
「いいよ、いいよ。部活頑張ってらっしゃい!」
大智は軽く頭を下げてグラウンドに走って行った。
「望美先輩、ありがとうございます。」
「いえいえ。今日も頑張れ!」
望美は美夏の肩を叩いた。美夏は美穂と望美の応援を胸に頑張ろうと思った。
部活が終わり、大智は急いでメールと見た。見ると望美からではなく、美夏から来ていた。
「優斗、ごめん。今日も一緒に帰れねーわ。」
「ああ、お前、いろいろ気をつけろよ。」
大智は頷いて急いで着替えた。美夏は部室の前で待っていた。大智は前回よりも早く出てきた。
「ごめん、返信できなくて・・・」
「ううん、一緒に帰ってくれるの?」
「おう、また車に轢かれそうになったら困るしな。」
美夏は軽く謝って歩き出した。大智も美夏を追いかけるようにして歩き出した。二人ともなにも話さずにこの前の人通りが少ない道まで行った。そこで大智は美夏の手を握った。美夏はびっくりして止まった。
「大智はさ、忘れてとか言うくせに一緒に帰ったり、キスしたり、手繋いだり・・・ずるいよ。そんなことしたら忘れられるわけないじゃん・・・」
美夏は俯いた。大智は美夏の名前を呼んで美夏を見つめた。名前を呼ばれて顔を上げた美夏は大智に見つめられて少し焦った。
「美夏、俺、やっぱり美夏が好き。ヒロから聞いた。ヒロが美穂さんから聞いたらしいけど美夏はいろいろ悩んで出してくれた答えだったんだよな。ごめんな。俺も美夏を諦めようと自分に言い聞かせたけどやっぱ無理だった。これから一生、俺について来てくれますか?」
美夏は泣きながら頷いた。大智は泣いている美夏を優しく抱きしめた。
「辛い思いさせてごめん。これからもいろいろあると思うけど俺が守るから。」
美夏は大智の胸で泣きながら何回も頷いた。それから美夏が泣き止むまで大智はずっと優しく抱きしめていた。美夏が落ち着くと大智は美夏を自分の体から離して美夏の頭を撫でた。
「大丈夫か?そんな泣くなよ。」
大智が笑いながら言った。美夏も笑っていた。二人とも幸せを感じていたが、大智には限界がきていた。
「美夏・・・血・・・吸いたい・・・」
「いいよ。覚悟は出来てる。」
「ごめんな。初めて血を吸われると貧血で気を失う可能性が高いってヒロが言ってた・・・」
「わかった。まあ、気絶したら大智がなんとかしてね。」
美夏は笑っていたが、内心はとても怖かった。大智はそれを察して抱きしめた。
「大丈夫、死んだりしないから。」
「うん・・・」
大智は怖がる美夏を抱きしめたまま、美夏の首筋を舐めた。
「んっ、くすぐったいよ。」
「あはは、ごめんごめん。」
二人で笑って少し緊張が解けたみたい。
「じゃあいくよ。」
美夏が頷いたのを確認して美夏の首筋に噛み付いた。
「いたっ、」
美夏は一瞬、痛みを感じて意識を手放した。大智は美夏の血を少し吸ってぐったりした美夏を抱きかかえ、美夏の家へ向かった。
美夏が目を覚ますと自分の部屋にいた。起き上がろうとしたけど頭が痛くて動けない。
「美夏、大丈夫か?まだ寝てたほうがいいぞ。」
「うん・・・大智、今何時?」
「十二時。」
「こんな時間までいてくれたの?・・・え、お母さんは?なんか言ってた?」
「美夏が部活終わって疲れて寝てて起きないから連れてきたって言った。」
「それでよかったんだ。」
「そんで帰ったフリしてベランダから侵入した。」
「それ、犯罪じゃん。まあいいや。こんな時間までごめんね。」
「ううん、俺が悪いし・・・」
大智は申し訳なさそうに俯いた。
「大智は悪くないよ。ねぇ・・・私、ヴァンパイアになったの?」
「ああ、たぶんな。俺が美夏の血吸ったから美夏も俺の血吸ったほうがいいかも。じゃないと貧血治らない・・・」
「血を吸えって言われても・・・もう少し寝かせて・・・。大智も帰って寝たほうがいいよ。明日も学校あるし。」
大智は首を横に振った。
「美夏が俺の血吸うまで近くにいる。美夏すごく顔白くて死にそうな顔してる・・・俺、吸いすぎたかも・・・ごめんな、俺も血吸うの初めてで・・・」
「ううん、大丈夫。ありがと・・・」
そう言って美夏はまた眠りについた。
美夏が二度目に起きたのは深夜二時だった。横を見ると椅子に座って寝ている大智がいた。そして、美夏は自分の変化に気づいた。血が吸いたい。なぜこんなことを思ってしまうのかはわからない。でも、大智の血を欲しがっていた。
「大智・・・」
美夏は小声で彼の名前を呼んだ。その声で大智は目を覚ました。
「美夏、大丈夫?」
「大智・・・血・・・」
「血、吸いたいのか?」
美夏は恥ずかしくなって真っ赤な顔で頷いた。大智は立ち上がって美夏に近づき、ゆっくり美夏の体を起こした。そして、美夏が血を吸いやすいように自分の服を引っ張って首筋を美夏の口に近づけた。美夏は恥ずかしがっていたが、首筋を近づけるとすぐに噛み付いた。大智の血を吸って体力を取り戻した美夏は大智に謝った。
「なんで謝るの?」
「血・・・吸っちゃって・・・」
「いちいち謝らなくていいよ。これからも欲しくなったら言って。俺は一生美夏の血しか吸わないし、美夏も俺の血しか吸わないと思うから。というか、俺の血しか吸うなよ?」
ヴァンパイアにとって血を吸うという行為は人間のキスと同じ感じだった。だから美夏は大智の血を吸う前に恥ずかしいと思った。
「大智のしか吸わない。大智の血しかいらない。」
美夏の今の精一杯の気持ちを伝えると大智はニコッと笑って美夏の頭を撫でた。
それから五年という月日が経った。大智と美夏はいろいろな人に支えられて結婚した。結婚式は、人間界で美夏の親戚たちと挙げた。そして、その後もう一度ヴァンパイアの結婚の儀式をした。ヴァンパイアの結婚の儀式と言ってもあまり人間界の結婚式と変わらないが、ヒロ、美穂、優斗に挙げてもらった。
「優斗、最初は美夏のこと敵視してたのにな。」
「最初はな。人間の高校生が簡単に愛なんて誓えないと思ってたから。ごめん。」
「全然いいよ。私も大智と一生を共にするなんて最初は不安だったし。」
「お前、ひどいな。」
「あはは。でも今は大智でよかった。いや・・・大智じゃないとダメ。」
「お前らイチャイチャしてんじゃねーよ。」
大智と美夏より前から付き合っているのにまだプロポーズが出来ず、結婚していない優斗の嫉妬交じりの言葉に宏紀と美穂と美夏と大智は笑った。
「笑うな。」
「優斗も早くプロポーズしろよ。」
「近々するよ。」
「結婚式呼んでね。」
みんなで声を揃えて言ってみんなで笑った。優斗が結婚したのはそのすぐあとのことだった。
結婚から五年。
「マンマー!」
「はいはい。ちょっと待ってね。大智、夢叶ちゃんにご飯食べさせてー」
「はいよ。はい、夢叶、あーん。」
「ん、パっパー」
「美夏!夢叶がパパって言ったぞ!」
大智と美夏に子供が出来た。名前はゆめか。夢は叶う。二人の子供にぴったりの名前。
「夢叶ちゃん、パパって言えたの?すごいねー」
美夏が夢叶の頭を撫でると夢叶は両手を振って喜んだ。大智はその光景を見て涙ぐんだ。
「大智?どうかした?」
「いや、幸せだなって・・・」
「そうだね。私、やっぱり大智と一緒に生きていくって決めて正解だった。」
大智と美夏は夢叶を見つめて微笑んだ。それを見て夢叶も笑った。
普通とは違う恋。禁断の恋。悩むことも辛いことも涙も人より何倍も多かった。でも、その分幸せも人の何倍も大きかった。子育てをしていく中でまた困難にぶつかるかもしれない。でも、大智と美夏と夢叶の三人ならどんな困難にも打ち勝てそうだ。
人間に恋したヴァンパイアとヴァンパイアに恋した人間の辛くて大変で幸せな恋の物語。彼らの幸せがいつまでも続きますように・・・。
はじめまして!小説家を目差して頑張っているミドリです。このたびは私の初作品「隠せない想い」を読んでくださり本当にありがとうございます。どうだったでしょうか?まだまだ未熟ですが、いつか多くの方から面白いと言ってもらえるお話を、一人でも多くの方が幸せになれるお話を、たくさんお届けできるように日々努力していきたいと思います!これからもよろしくお願いします。