理由はあるけど私はたしかに悪役令嬢です。
悪役令嬢、いっぱい読んでると書きたくなるよね。白井の悪役令嬢ドーン。
世界観作り込めてませんが、楽しんで頂けると幸いです。
アルフォンス・シュタイン・クレメンス様の妃となる道は、非常に険しかったと言っていい。
第一子の男児が王太子と定められているこの国で、皆が皆計算したかのように彼の方誕生のみぎりベビーラッシュが起こったせいか、ただでさえ妃候補が軒を連ねるなか、執政に関わる大臣なれど伯爵にすぎない令嬢どまりの自分がした努力といえば、並大抵のものではなかった。
すべては愛するあの方のために。そうやって奇跡的に掴み取った幸運に感謝し、あれから二年。年度末にはアルフォンス様の学園卒業を控え本格的に政務に取り組む準備がなされている。私自身、婚約者となってからも日々研鑽を惜しむことはなかった。
それがどうしてこうなってしまったのだろう。
「弁明はあるか、レティシア嬢」
騎士団長子息の鋭い問いかけに私は息を飲む。咄嗟に言葉が出ないのはまさしくやましい気持ちがあるからだ。併せて現在の構図に怖じ気付いてるからでもあった。
麗しいプラチナブロンドに理知的なエメラルドの瞳を持つ少女を守るように、五人の男性と一人対峙しているのは、波打つ赤毛をうねらせ暗灰色の瞳を尖らせている私である。
「何を仰りたいのか分かりませんわ」
「ふざけたことを。貴様の所業は調査済だ!」
「まあ、私が弁明が必要などのような所業をしたのかしら?」
「言い逃れも大概にしろ!ここに居るメイリア嬢にした数々の嫌がらせ!終いには階段から突き落とすなど!これは立派な犯罪だぞ!」
語気荒くまくし立てる騎士団長子息を皮切りに、宰相子息や公爵子息様らがまるで親の仇でも相手にするように睨み付けてくる。その後ろでは悲しみに暮れながらも、強い意志を感じる少女の瞳が私を貫いている。そして婚約者のあの方と側近もまた、現状を見極めているのか冷静な瞳をこちらへ向けているのだった。
事の起りは今年度の始め、メイリア・カルガイン嬢が特待生として学園に編入を許された時まで遡る。 我が国は教育機関が高い水準にあり、望めば平民でも高等な教育を受けられる体制が整っているため、この学園においても特待生の一定人数の受け入れが行われている。そこに現れたメイリア嬢は、わずか半年にして彗星のごとく有力貴族の子息達を虜にしたのだ。
それをよく思わないのは当然、貴族息女の皆さんである。やれ騙されているやれ女狐よと普段決して使わない罵詈雑言が女子達の間で蔓延し、一触即発の空気が漂っていた。
ただこの時はまだ、私も抑える方に尽力していたのだ。次期王太子妃として皆の不満を何とか消化させねばと、殿下が彼女をあからまに擁護する、その瞬間までは。
最初は何の冗談かと目を疑った。学園の風紀が乱れているこの状況で、あの方がこんな考えなしの事をするだろうかと。なにか裏でもあるのかと探ったが、なんてことはない、殿下もまた彼女にとらわれただけのようだと思い知った。
そこからは見事に堕ちていく。愛故だった。
女子達を束ね小さな嫌がらせを彼女へとけしかけた。自身でも身分を貶めるような言葉を彼女に浴びせた。貴賤に拘ってはダメだと理解していたにもかかわらず、止められなかった。
だが彼女はいつも毅然としていた。ときにこちらを諌め、私達との和解を求める程にメイリアは寛容で優れた人物だった。それがまた私含める皆の悪感情を募らせる。――そして事件は起きた。
「嫌がらせについては皆を止められなかった私にも非はありますわ」
「白々しい!貴様が先導したのだろうが!」
いまだ猛々しく罵る騎士団長子息に、公爵子息様が追随する。
「レティシア嬢、貴女はメイリアを言葉で侮辱していたね」
「いいえ、私はあくまで彼女に社交の在り方を説いたのです。それをただ侮辱と取られたのでは?」
「それにしては不適切だったとは思わないのかい?現に彼女は傷付いている」
公爵子息様が少女の肩を宥めるように撫でた。
「ならばこの場で謝罪いたしましょう。メイリア様、大変申し訳ございませんでしたわ」
「いえあの、わたしは…」
「それで済むとお思いか」
しかとメイリアを見据え述べた言葉に、彼女が身を乗り出し何かを言おうとしたところへ、割り込んだ声は宰相子息のものだった。
「僕達は貴殿に謝罪を求める為にこうして集まったのではない。そんなもの口ではどうとでも言えるからな」
「では、何の為だと仰るの」
「謝罪などの次元にないことは貴殿がよくよくご存知であろう。彼女を突き落とした件についてはどうお考えか」
「………」
メイリアが階段から落ちたのは事実だ。そしてその時階上にいたのも、紛れもなくこの私である。だがこれだけは言える、あれは本当に事故であった。
たしかに、どうにか彼女の歪んだ顔を見たいと思っていたのは否めない。けどだからって故意に突き落とすなど、実際には出来るわけがない。どんなに憎かろうと堕ちた私でも最後の理性だけは持ち合わせていた。
「…それを今この場で釈明したとして、到底理解が得られるとは思えませんわ」
「なんだと」
「はっきり申し上げますが、そもそもこのような事態を招いた原因は貴殿方にあるのではなくって?」
「なにっ」
「なにも惚れた腫れたに異を唱えているのではありませんわ。けれどもう少し、周囲への配慮があって然るべきではなかったの?それを周りも顧みずメイリア様にべったりと。それこそが皆の不満を煽っているとお気付きにならない?」
「論点をすり替えるな!」
「いいえこの際だから言わせてもらいますわ。寄って集って私を糾弾する気満々の貴殿方に、公平な判断が出来るとは思えません。ならば私が何を言っても意味など無いでしょう。話す必要などありませんわ」
「それなら、俺から言おうレティシア」
ビクッと自分の肩が震えた。
「レティシア・ヴァン・フォールズ、仮にも婚約者である俺に問われればお前は一切を話す必要がある。そうだな?」
「…ええ、殿下」
「ではまず、俺の立場としては真実を明確にする義務がある。虚偽はいらない」
一歩前に出た殿下が念を押すように私を一心に見つめる。それがこんな場でなければ、どれほど歓喜したことか。ああアルフォンス様、今となっても私が、どれほどあなたに恋い焦がれていることか。
彼に問われれば応えないわけにいかない。それは立場上というよりも心情的なものだ。冷えていく心を押し隠して、アルフォンス様の瞳に素直に晒された。
「メイリア・カルガイン嬢が受けた数々の嫌がらせ、仕向けたのはお前か」
「はい、私です」
ざわりと空気が揺れた。「見ろ!認めたぞ!」と騎士団長子息が騒ぐのを殿下が腕一振りで収める。
「先ほどお前はメイリア嬢への侮辱をあくまで社交を説くためだったと言った。事実か」
「いいえ、彼女を貶める発言をした自覚はございます」
「階段から突き落としたというのは?」
「っそれだけは!…それだけは本当に違うのです、どうか信じて下さいませ!」
涙腺の糸が今にも切れそうな中、私は声を振り絞った。頭の片隅で、今の自分はさぞ彼らにとってあざとく映っているのだろうと自嘲しながら。
じっと定められていた視線を外し殿下がため息を吐く。この場に彼が居合わせた時点で分かっていたことだが、もう彼の心が自分にないことを突き付けられているようで胸がジクジクする。そもそも、私のものだったことなんてあったのかしらとさらに痛んだ。
「階段から突き落としたのが事実無根だとして、お前の行いは褒められた事ではない」
「…ええ」
「それを認めず嘘をついた上、こちら側に非があると反論するのが尚悪い。お前の言うことは一理あるが、だからといってそれがメイリア嬢への攻撃に迎するのは筋違いだろう」
「…っ」
「巻き込まれた彼女が可哀想だ。お前が成さなければならなかったのは、まずここに居る者達を嗜める事だったのではないか?」
「あ、」
あなた様がそれを言うのですか?恐らくそんな目をしていたのかもしれない。彼の側近で私の幼馴染みでもあるマクセルがすかさず「レティシア」と強く咎めた。何も言えなくなった私へ、アルフォンス様の追及は終わらない。
「レティシア、なぜ彼女にこんな真似をした。理由はなんだ」
「…言わずとも、お分かりでしょう」
「いや、真実はお前の口から聞かねばならない」
そう言って目の前に佇むのは、私の愛する婚約者様。なんてひどい人なのと彼を睨み上げながら、とうとう涙が溢れ頬に零れ落ちていく。
「あなた様がっ、公然の場でメイリア様を庇ったからですわ」
「庇ったから何だ、王太子として当然の配りだろう」
「いいえ!あなたは頭の良い方よ、あんな中で彼女に味方する発言をすればどのような結果になるか、分からなかったはずがない!」
「ーー」
「なのに庇った!皆の前で!そのとき私がどんな気持ちになったか想像できて!?」
「つまり、嫉妬だと」
「っ!…そうね嫉妬ね、彼女が妬ましくて仕方なかった!己の浅慮も吹っ飛ぶほどに!」
「レティシア」
「メイリア様が悪い訳ではないなんて充分わかってる!それでももう抑えられなかった!私を…私をこんな風にした、アルフォンス様が悪いのよ!」
その瞬間、辺りが静まり返ってはっとする。
私はいま何を…
「自身を棚に上げ殿下になんて言葉を!」
「ただでは済まされませんよレティシア嬢」
「レティシア様っ…」
「メイリア、貴女が心を痛める事はありません。何もかもあの方の自業自得だ」
外野の声は既に耳に入らなかった。絶望的な気持ちでただアルフォンス様の瞳から目が離せず、頬を濡らしながら彼の言葉をひたすら待つ。この後の自分の沙汰よりも、彼からの蔑みの言葉が一番怖かった。婚約破棄という決定的な言葉が出るのを、聞きたくなかった。ここまで醜態を曝しておきながら、私はまだしがみついていたかったのだ、アルフォンス様の婚約者という僥倖に。
「いい加減になさいませ、殿下」
マクセルが呆れたように溜め息を漏らした。
「あまりいじめすぎるとしまいに本当に嫌われてしまいますよ」
「ん?そうか?これが俺を嫌う日がくるとはとても思えんが」
私を指差しながら先程とは打って替わってニヤニヤしている殿下にマクセルは「大した自信ですね」と肩を竦める。
途端に訳が分からなくなるのは他の面々だ。私も含めて。
「見ろよマクセル、このきょとんとした顔を!なんて可愛い」
「そう思うのは殿下だけでしょう」
「さっきまでのボロボロの泣き顔も格別に可愛かったが。瞳をウルウルさせて俺に信じて下さいなどと、あれは理性が飛ぶかと思った」
「殿下の性癖だけはほんと理解しかねます」
「何を言う!レティシアは泣かせてこそ一番輝く!暗灰色の瞳が深い黒に変わって、美しいだろう?」
「左様ですか」
「あああ、レティシアの追い詰められて必死なあの顔!可愛すぎるんだけど!」
「左様ですか」
「しかも嫉妬だって!俺が悪いと責めて!お前は俺を悶え殺す気か?!」
「…この変態め」
マクセルはよっぽど私より不敬な発言を投げやりにしていた。
「で、殿下?」
「一体、何を仰って」
動揺の隠しきれない面々を一顧だにせずアルフォンス様は私の頬を優しく撫でる。
「またえらく泣き腫らして。そんなに俺が好きかお前は。どうしようもないな」
「え、っとはい」
「愛い奴め。仕方ない教えてやろう。俺を信じなかったお前への罰もあるしな」
そう言ってなぜか木陰へ導こうとするアルフォンス殿下に側近マクセルが「殿下、そういうのは収拾つけてからになさい。そもそも外ではいけません」と苦言を呈した。
とても残念そうな顔で「ああ…」と唸っている殿下は気を取り直したようにメイリア嬢へ身体を向ける。思わずアルフォンス様の裾をはっしと握った。
それに気付いた彼が振り返って微笑み、腕を掴むといきなり私を前に押し出した。
「レティシア、思うにお前が先ほどメイリア嬢にした謝罪に俺は誠意を感じなかったぞ。自分がまず何をするべきかは分かるな?」後ろから耳許に低い声で告げられ、ピクリと強張る。
彼女を見遣れば、若干呆けながらも私に向き合っているメイリア様が居た。
「でも、でも彼女だって」
「でももだってもない。お前だって彼女は何も悪くないと言っていたじゃないか。大体、観衆はまるでメイリア嬢を庶民のくせにハーレム作る悪女とか宣うが、うちの学園では以前から特待生を設けている。そういう思惑で近付く者は少なくないが、あいつらが今まで相手にしたことがあったか?そう考えれば間違いなくこれは彼女の人徳の為せる業だろう」
言い訳する私にアルフォンス様は容赦がない。耳が痛い。そして叱られて初めて、今まであった罪悪感とは別の、彼女に対する申し訳なさに急遽襲われた。
「っ、っ、ごめん、なさいっ、本、当に申し訳な、いことを」
「レティシア様…」
「メイリ、ア、様っ申し訳ございませ、んでしった」
後ろで殿下と側近が「また泣くのか。羨ましいなメイリア嬢」「ちょっと黙って下さい殿下」とやり合うなか、メイリア様がくすりと笑う。
「もうよいのです、レティシア様。私自身謝罪を望んではいましたが、まさかここまで事が大きくなるとは夢にも思わず…こちらこそお騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。ほんとこのお三方ったら、困った人達…」としばし遠い目をする。
「俺からも謝ろう。これがこうなったのも、俺の不徳と致すところだ」
「そんな、シュタイン殿下から謝罪などと」
「いいえメイリア・カルガイン嬢、貴女は受けるべきです。言ってしまえばまさしく殿下の所為であるのですからね」
「マクセル、おまえ…」
「事実でしょう?あれはどう見ても考えなしな行為でしたよ。分かっててやったのか知りませんが」
「さすがにそこはわざとじゃないうっかりだ!途中から気付いてレティシアの反応を楽しんではいたが」
「だったらなおさら浅慮ですね貴方ともあろう者が。たまにこうやってポカやらかすんですから」
「う、すまん」
項垂れる殿下を見て私の幼馴染みはなんでこれでクビにならないんだろうと心底不思議に思った。
「何であれメイリア嬢、君を傷付けた事に代わりはない。私的な都合でレティシアを諌めずこれまで放置した責任は俺にある。未来の夫として、貴女に謝罪する。申し訳なかった」
そう言って頭を下げる彼に続き、泣きながら私も改めて深く腰を折る。未来の夫と明言してくれた喜びと、この方に頭を下げさせてしまった自分の罪を噛み締めて。
「お二方、どうか頭を上げて下さい」
「一つだけ言わせてもらえるなら」
下げた頭のまま、徐に殿下が謝罪以外を訥々と語る。
「君は確かに優秀であり、そして人格者でもある。将来は是非とも内政に関わって欲しいと思うぐらいには。だが見ての通り貴族社会は独特だ。貴賤は問わないといっても大なり小なり暗黙というものはあり、我が学園も例外には及ばない。市井に暮らす君に酷だとは思うが、今後は一層気をつけた方がいい。君の為にも」
「はい、殿下。そのお言葉しかと胸に留めます」
「まあ、そんなに気負わなくともこの先これが君の助けになるだろうが」
ニコッと彼女に笑って殿下の手は私の頭を撫で回す。もちろんそのつもりだったけど、読まれているのが何だか複雑でいたたまれない。
「さて、あとの三バカにおいてはお前に任せるぞマクセル。よく言い含めておけ」
「はあ、承知しました。して殿下は?」
「俺はこれにお仕置きしなければならないからな」
「格好つけてますけど興奮してるの駄々漏れですよ殿下」
「ではメイリア嬢、失礼する」
「ええ、あの、どうか程々になさって下さいね、レティシア様たたでさえ華奢でいらっしゃるのに…」
最後はボソボソと呟きなぜか私に憐憫の目を向けるメイリア様から遠ざかっていく。
咄嗟にふと助けを求めたマクセルには「諦めろ、レティシア」と潔く見限られた。
後方の三人に至ってはきたるマクセルの説教に打ち震えながらも十字を切っていた。
何が待っているのかは想像もできないが、レティシアは悔い改め、また愛するアルフォンス様の隣に立つにふさわしくなるよう毎日を励むのみである。
殿下は変態です。好きな娘の泣き顔見てハァハァします。幼少期はさぞスカートめくりなどを楽しんでいたことでしょう。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。