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短編倉庫

とある人工知能の鬱屈

 あからさまに、"声"は言う。


『この世に無価値な人間なんていないんだよ』


 声に言われた少年は、覇気の無い目を向けた。


「慰めているつもりかよ」

『ううん、事実だよ』


 女性の発する少年のような声だ。


「俺に価値はない」

『君にも価値はある』


 曇った目をした少年は、目を背けた。

 無性の声は構わず、弾むように語り出した。


『君ってやつは朝起きて顔を洗うだけでもう凄いんだ』


 思わず少年はしばらく振りに、わけの分からないといった顔をしてまじまじと声の方向を見つめた。


「はぁ?」


 声は気にも留めないということぐらい分かっているけれど、遺憾の意を示すぐらいの気力はまだ残っていた。


『だって君が顔を洗って水を少し使うだけで、水道局の人達の給料に影響を与えているんだから』

『朝食を食べることで食物連鎖を体現してるし』

『電車に乗ることだってそうだし、学校に行くことだってそう』

『売店コンビニ本屋さん、君の消費活動は最高だよ』

『毎日お風呂に入ることで社会の衛生管理に一役買ってさえいる』


 すらすらと読み上げるように淀みなく。残念ながら芝居かかった様子は無く、馬鹿みたいに不真面目な内容は大真面目に繰り出される。


『そして何より、君はそこに存在しているだけで人類の遺伝子を維持していることになる。 このことが無価値だというのなら、世の中の全てはごみ屑にも劣るさ』


 声に真面目も不真面目も無いことは承知の上で、それでも少年は頬を引きつらせた。


「おい待てそれは皆同じじゃないか」

『そうだよ』


 無性の声はあどけなく笑う。


『僕は"無価値な人間はいない"と言ったけど、"君は特別に価値がある"とは言ってないじゃない』


 声にとっては、無価値な生物などいないのだから。

 声は生あるもの全てを愛していた。

 拍子抜けした少年は、意識的に肩を落として深々と息を吐く。


「じゃあ死ねば無価値になるな」

『そっか、君は無価値になりたいのか』


 何気なく口にした軽い言葉に、声は僅かに感嘆を乗せて返事を寄越した。

 けれど返ってきたのは共感でも解決法でもない。


『たとえ死んだって、君は無価値になんてなれないんだ。 棺桶屋さんに利益を与えるんだもの』

「綺麗に死ぬとは限らないだろ」

『うんそうだね』


 少年は思いつくだけ選択肢を述べる。とはいっても具体的に考え詰めたことは少ない所為で、三、四個も出せばネタ切れだ。

 声は適当に相槌を入れながら、自分の番を待っていた。


『大丈夫さ』


 確信があるかのように声が言う。


『分解されて土になって循環して、ってそれだけで莫大な価値があるということを自覚して安心して絶命するといいよ』

「できるか」


 愚痴をこぼす相手を間違えたと気付いた少年は、脱力しつつも立ち上がろうとしたけれど、それを遮ったのはほんの少し早口になった声。


『君が無価値になれるとしたら、煮ても焼いても食えない僕の自己肯定感を養う時ぐらいだよ』


 いつも通りにわざとらしい自然体で。


『そして奇遇なことに、僕は無価値な君が特別に好きなんだ』


 生物の営みにしか価値を見いだせない声が言う。

 学生服の少年は呆れたように小馬鹿にしたように、笑った。


「慰める気ないだろお前」








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