9・小さな騎士 その5
喧嘩の続きです。
「お前、何者なんだよ?」
なおも食い下がるフェイトに、わたしのなけなしの堪忍袋がそろそろ破裂しそうだ。
「しつこいよ、フェイト。本当にこの孤児院に来たのは、言葉を学ぶため。わたしだって、こんな力があるって知ったのは、つい昨日のことなんだから。たまたま力があったからリリアを助けられた。わたしが何者かって?わたしはわたし、それ以上でもそれ以下でもない!」
「なんだよそれっ、そんな力があるのに進んで使おうともしないで、出し惜しみして・・・お前なにこんなところで油うってんだよ」
(なんか話がズレてきてないか?)
段々、彼が何に対して怒っているのか分からなくなってきた。
(わたしに力があることを黙っていたことなのか、力があっても何もしようとしないことなのか。
何に意固地になってるんだか・・・。ちょっと鎌かけてみるか。)
わたしは彼の目をまっすぐ見据えて言った。
「フェイト、『力』は何かを得るための手段でしかないんだよ?」
はっと息を呑む音が聞こえたようだった。
(図星。)
なんとなくだが、フェイトは『力』に固執しているように思えたのだ。
それはきっと、バーンズ男爵に「何のために騎士になりたいのかよく考えろ。」と言われたことと関係しているんじゃないかと思う。
「力があることが重要なんじゃない。今回、わたしは自分の力をリリアを助けるために利用したけど、わたしは別に力があるからって使わなければならないとは思わない。必要な時に役立てば、それで十分だと思ってる」
グッとフェイトが唇を噛む。
(もうちょい、いっとくか。)
わたしは腹立ちまぎれに続けた。
「フェイトは何でそんなに『力』にこだわるの?力が欲しいから?それとも力があっても、その使い道が分からないから?フェイトが腹を立ててるのは、わたしじゃなくて自分じゃないの?」
「お前には関係ないだろっ!」
「もしかして図星?なに?力に固執するあまり、バーンズ男爵にお前は騎士に向いてないとでも言われた?」
それは彼にとって、とどめの一言になってしまったらしい。
「黙れっ!」
フェイトはガンッとわたしの頬を殴って、この場を走り去ってしまった。
わたしはなんとか倒れこまずに踏みとどまったが、頭がグラグラ揺れている感覚がした。
「痛っー!ちょっと言い過ぎたかな」
本音を吐き出してしまえば少しは楽になれるかと思って突いたのだが、怒らせただけで終わってしまった。
人は怒ったときに本音が出るもの。
思考の渦に陥って、自分の気持ちが見えなくなってしまった時に言葉を吐き出したら、思ってもみなかった自分の気持ちが見えてくることもある。
「失敗しちゃった。・・・あー、血が出てる」
口の端が切れていたらしい。擦った手に血が滲んだ。
「大丈夫かい?」
そっとハンカチを差し出してくれたのはバーンズ男爵だった。
「バーンズ男爵、見てたんですか?」
「全部ではないがね。フェイトが君を殴る少し前くらいかな」
男爵は「汚れますから」とハンカチを受け取ろうとしないわたしに「子供が遠慮するものじゃない」と傷口にハンカチをあてがってくれた。
「悪かったね。フェイトもあそこまで怒ることは滅多にないんだが」
「いえ、気にしないでください。彼が気にしてたことを突っ込んで怒らせてしまったわたしが悪いんです」
「私は昔、騎士になりたくてね、たくさん稽古をしたものだ」
そう男爵は話を始めた。
立ち話もなんだからと、どちらからともなく地面の上に座る。
「でも、私の家は貧乏でね。私の代にはどうにも立ち行かなくなっていた。幸い私には商才があったようで、今は何とか持ち直しているけどね。それで、私は騎士になるのをやめたんだ。もともと才能が乏しかったのもあったから」
わたしはうんうんと頷いて聞いた。
男爵のそれは独白に近く、わたしは懺悔室の神父様にでもなった気分になる。
「フェイトに剣を習わないか、と誘ったのは私なんだ」
「そうなんですか」
「フェイトは利発で運動能力も高かったから、剣が向いていると思ってね。・・・でも、それは間違いだったかもしれない」
「・・・間違い?」
ああ、と男爵は寂し気に笑う。
「なまじフェイトに剣の腕があったから、迷うことになったんだ。あの子は私に気を使っているんだよ。騎士になれなかった私の変わりに、自分が騎士になろうとね」
「だから、何のために騎士になりたいのかよく考えろ、って言ったんですね」
「中途半端な想いでなれるほど騎士の道は甘くない。このままではいずれ後悔することになる。私は弱いから、その時に恨まれる覚悟はないんだよ」
(何だ。ちゃんとお父さんじゃないか。)
以前、フェイトが「俺達のことなんかちっとも考えていない」って言っていたが、こうしてフェイトのことを考えて悩む姿は、ちゃんと父親の姿をしていると思った。
「フェイトが稽古に行く時、結構楽しそうなんですよね」
「えっ?」
「だから、間違ってないですよ。あのくらいの年の子だったら、将来何になるのか不安になるのは当たり前だし、大好きなお父さんに否定されて拗ねてるところもあるんじゃないですかね。もし、騎士になって後悔する時が来たって、それはフェイトが考えて出した結果であって、バーンズ男爵を恨むのは筋違いです。そんなことになったら、わたしが彼を吹っ飛ばすんで、安心してください!」
グッと握りこぶしを作ってみたら、
「それは頼もしいことだ」
と笑ってくれた。
「ありがとう。君に話を聞いてもらって、少し楽になれたよ。これからもフェイトの良き友人でいてくれるかい?」
男爵はわたしの頭をわしわし撫でくり回す。
多分、彼はわたしのことをフェイトと同じくらいの年齢の子だと思っているのではなかろうか。
久しぶりに頭を撫でられ、自分が幼かった頃を思い出し、素直にそれを受け入れる。
気分が良くなったわたしは、彼に自分の年齢を告げることはしなかった。
「ところで、そもそもの喧嘩の原因は何だったんだい?」
わたしは男爵の顔から目を逸らして、1秒で理由を考えた。
「・・・・・わたしが肥料をやりすぎて、草が変に伸びちゃったんです」
下手な理由に、わたしはハハハと空笑いするしかなかった。
(ハハッ・・・・・後で、草刈りしよう。)
口喧嘩って難しいです。
段々、支離滅裂になってきたので、フェイトがキレて終了。




