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俺、聖女んとこの猫。おバカ聖女とピクニックに来ただけなのに、なぜか命がけです

作者: キモウサ
掲載日:2026/10/07

雲ひとつない、抜けるような青い空。

見渡す限りの草原には、生命力が青々と満ちている。


温かさを含んだ風が、俺の頬を気持ちよく撫でる。

いや、ひげか?


風に乗ってひらひらと舞うように飛んでいたモンシロチョウが、突然思いついたように俺の濡れた鼻先にピタリと止まる。


チョウは位置取りで少しモゾモゾしてから、その羽を合わせるように閉じて休めた。


『フハハハ! 蝶から愛されてるではないか! 白き猫よ、似合っているぞ』


俺が対峙している、見上げるほど大きな黒岩の塊が煽ってくる。


ドラゴンだ。そのドラゴンの中でも、よりによって一番凶暴なブラックドラゴン。


もちろん、体もデカい。見上げるほどだ。

いや、かなりデカい。


その上、いい天気なもんだから日の光に照らされて輝きが半端ない。

黒光りして眩しい……しかも逆光でよく見えない。


目を細めながら、煽り返す。


『自分が似合わないからって、ひがむなよ!』


そうクールに言ってはみたものの、非常にまずい展開。やばい。


鼻先のモンシロチョウなんて気にしてる場合じゃない。


黒岩の塊は俺の心を読んだかのように背中の一対の翼を大きく広げて、わざとらしくバサバサと動かし始めた。


威嚇か? 威嚇なんだな?

怖いぜ。


『ぐふふふ、もう諦めろ。ぐがあああああああ!!』


金属のような巨大な体躯から弾けるように飛び出す咆哮は、俺の体の芯にまで振動を伝えてくる。


まあ俺は小さいから、体の芯までそれほど距離はないんだが。


奴は咆哮に俺が怯えたと見てとったか、太い右の前脚を大きく振りかぶり、目の前の地面の一点へと振り下ろした。


『これは、我の物じゃぁぁ!!』


来る!!

怖い。怖すぎる。

だいたい大きさが違いすぎだろ。


いい天気に浮かれてピクニック気分だっただけなのに、なんでこんなことに……。


だが男には……、いや今は俺、猫だったな……。

だが猫には、引いてはならぬ時がある!!


驚いたモンシロチョウが飛び去るのも構わず、俺は尻を左右に振ってから高く跳躍した。


「ぬにゃあああ!」


負けんぞ! くそドラゴンめ!


奴が腕を振り下ろす先にあるもの。

【ソレ】は俺にとっても譲れないものなのだ。


別に中身が欲しいわけじゃない。

一度俺が獲物と決めたものを、横取りされるのは気に入らないんだ。


なので死守する!



俺は頭上から迫るドラゴンの前脚の風圧をザワっと感じながら、草で覆われた地面にぽつんと置かれた【ソレ】をすばやく咥えた。


そして、すぐさま横に飛び、振り下ろされた足から逃れる。

大きな地響きがして大地が揺れる。


助走がてら軽く数歩走ってから大きく飛び、地面に叩きつけられた奴の手の甲に乗ると、勢いそのままに奴の腕へと駆け上がった。


上腕、肩、顔へと軽やかなジャンプで駆け上がり、頬のあたりで体を丸める。奴が驚いて見開いている眼球へと思いっきり飛び込んでいく。


『毛玉ぱーんち!!』


こういうときは決めセリフを言うもんだよな?


まぁ、パンチじゃない件。

体当たり?


ドラゴンの目にぶち当たった俺の体は、ぼわんと弾き返される。

でも……効果はある……はず。


『ぐおぉ!? 痛っ、痛いっ!!』


そうだろう、そうだろう。

猫の毛が目玉につくと、痛いんだよ。

ざまーみろ!


だいたい、俺の猫パンチなんて、騎士や剣士の刃さえ通さないドラゴンのうろこに通るわけがない。


さすがに固すぎる。無理無理。

でも目に毛をつけることはできるわけで。


多少卑怯でも【ソレ】のためならなんてことない。


『お前が瞬きすんのが遅すぎるんだよ!』


でかいドラゴンに向かって、偉そうなことを言ってみる。


目を攻撃されて痛みでのたうち回るドラゴンを前にして、俺は精神を集中し直し、奴に静かに向き直る。


遠くで教会の鐘がガランゴロンガラーンとなる。

三時を知らせる鐘の音だ。


ってことは、おやつの時間なわけで……。

さっさとけりをつけたいところ。

追撃のために俺は走り出し、高く飛び上がる。


奴の鼻先に着地したその瞬間、いいところで背後から聞き慣れた声が飛んできた。


「ハート! やめなさい!!」


おバカ聖女マリアンヌだ。一応、俺の飼い主。


『俺はハートじゃねぇ! シロだ!』


俺は白い毛並みだが、胸元だけは黒毛で、それが黒いハートマークに見えるんだ。

なので、マリアンヌは俺のことを、ハートと名付けた。勝手だよな。


ドラゴンの鼻先の上で振り向くと、マリアンヌが涙目でこちらに叫んでいる。


黒い修道服を着たマリアンヌの金髪が、乱れまくっている。

かなり走ってきたんだろう。


「ハートッ! お友達と喧嘩するんじゃありません!」

『危ないから、下がってろ!』


ドラゴンが友達って正気か?

下がれと叫んでみたが、彼女には俺の言葉は伝わってない。なぜなら、彼女には「にゃおぉぉ!」としか聞こえていないからだ。


だが聖女のせいか、それとも単に勘がいいのか知らんが、俺の言いたいことを彼女は割と正確にキャッチする。


ちなみに、このドラゴンも、実際には「ぎゃお」と鳴いているだけなのだが、俺にはなぜか何を言っているのかは分かる。向こうも俺の言葉が分かるらしい。


「ドラゴンさーん! そんなに欲しいのならあげますから! 私のお手製クッキー!」


『はぃ!? マリアンヌのお手製クッキーだと?』


そのとき俺は気が付く。

まだ口にくわえていた布袋から、甘ったるい、眠くなるような匂いがしていることに。


『う、なにこれ、臭い!?』


甘い香りにあてられて、急にくらくらとめまいを感じる俺。

匂いに耐え切れなくなってドラゴンの鼻先から落ちながら、俺は【ソレ】を落としてしまう。


『こ、この匂いは……竜花草……』


落とした【ソレ】にドラゴンは顔を近づけて、うっとりとしている。


『いい匂いである。我への貢ぎ物であろう?』

『貢ぎ物だ……と? 違……』

『我への貢ぎ物を、そなたが横取りしようとしているのだと思い抗戦したのだが……。違うのか?』


いや……。


俺はただマリアンヌにピクニックだと言われて、この草原まで連れ出され、大事そうに小さな布の袋を出したもんだから、単にいたずらでそれを咥えて放り投げただけなんだが。


そしたらそこにこの黒い岩山がだなぁ、いやドラゴンがだなぁ、絡んできただけなんだが。


だいたい、クッキーに竜花草なんか普通使うか?

使わないだろう。


ドラゴンをおびき寄せるために使われる草だぞ?

ハッ!? もしかして……。


「にゃお……」


俺は再度振り返ってマリアンヌをじっと見る。

途端にマリアンヌが、あたふたし始める。


「あ、あら? もしかして何か変なもの入れちゃったかしら? 昨日、薬草を摘みに行ったときに甘い香りの草があったから、バニラビーンズの代わりになるかなって……」


『なるわけねぇーだろ!』


竜花草だぞ、それ。

滅多に見つからない高級薬草を、なんで菓子の香りづけに使ってるんだ。


というか、そんなもんを普通に摘んでくるな。

さすが聖女……と言っていいのか、これ。

はぁ……。


なんでウチの聖女はこんなにおバカなんだろう。

なんだか力が抜けて、がっくりとうなだれる俺。


「ご、ごめんなさい。なんかドラゴンさんが気に入ってくれてるみたいだけど、なぜかしら?」


『ぐふふ。いい匂いだ。たまらん!!』


小さな袋に顔を摺り寄せてうっとりするドラゴン。

それを「なぜ?」という顔で、ぽかーんと見つめる聖女マリアンヌ。


俺はもうどっと疲れが出て、その場にころんと横たわった。

手足を伸ばして腹を太陽にさらし、空を見上げると、青空がまぶしいくらいにキレイだ。


なんだろう、この感覚。

目から水分があふれそうだ。


この面倒ごとを無自覚にバラまいていく感じ……災厄がすり寄ってくるようなこの悪寒。


覚えがある。

前世の記憶か?

……いや、まさかな。


こうしてまたひとつ、おバカ聖女マリアンヌに巻き込まれた俺の話が増えたのであった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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