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伯父

私はサンデに後押しされて、病室の奥で眠る人の下へ前進した。近づいて初めて白いベッドに眠る患者が目を疑うような絶世の美女であることに気付いた。私は息を呑み、その後しばらく呼吸することすら忘れそうになる。毒リンゴを食べて意識を失った白雪姫に出会った王子様の気分だ。長い睫毛まつげは多くの女性の憧れそのものだし、鼻筋も通っている。漆黒のしなやかな髪の毛はとても長くて色っぽい。目を開ければ、その中に埋め込まれている瞳もビー玉のように美しく澄んでいるに違いない。


「綺麗な人ね」


私が呟くと、傍らに立つチェキが「そうだな」と穏やかな声で同意した。「何故ここにきたのだ」とか「どうしてここが分かったのか」などという質問が投げかけられることは無かった。彼にとっては、取るに足らない些細なことなのかもしれない。


「この女性はチェキの大切な人?」


私が真面目な顔で問うと、背後でサンデがぷっと吹き出した。


「何がおかしいの?」

「お前が間違えるの、無理ないけどさ」


サンデの言葉をリレーのバトンのようにチェキが引き継いだ。


「この方は『コア』だし、男性だ」


チェキが困った色を含んだ柔らかい笑みを浮かべている。私が「えっ」と素っ頓狂な声を上げると更に声を上げて笑った。チェキは続けて言う。


「お前の伯父に当たる方だ」

「おじさん?」


どうしてもしっくりこない。どう考えてもここで眠る彼におじさんという要素は一切感じられない。伯母さんと言われても首を縦に振れないだろう。彼は老いというものが微塵も存在しない世界の住人に思えた。


「桐谷リヒトという名前を知っているか?」


私は首を縦に振る。知らない人間はいない。星が降った日とコア、そしてそのリーダー桐谷リヒト。これらのワードは密接にリンクしている。


百二十年前、突如始まった恐ろしい災厄、命蝕。7年という周期を刻み、数万の命が凝縮される。その凝縮された生命体がコア。コアは超絶な能力を持った人間を超えた存在のことだ。彼らは魔法と呼ぶにふさわしい力をその体に秘め、老いることも死ぬことも無い。


二十年前、世界は秩序を失い、荒廃していたらしい。表向きは何も変わらない日常。しかし、命蝕に疲弊し恐怖する人々は偶像を崇拝し、「夜会」というイケニエの儀式に参加していた。その禍々しい儀式が行われる最中、救世主の如く現れたのがコアのリーダー、桐谷リヒトだ。


桐谷リヒトが救世主として日本国に迎えられて、まもなくして日本にミサイルが落下する。理由は分からない。発射したのは、自由の国アメリカだ。日本国は激怒し、コアの絶大なる力をアメリカに向けた。武器として、兵器として彼らを初めて使ったのだ。桐谷リヒト率いる数体のコアはアメリカに報復し、大勢の人間が死んだ。犠牲者は数万人に及ぶと言われている。憎しみが憎しみを呼び、凶暴性を抑えきれなくなった世界は第三次世界大戦を繰り広げる一歩手前まできていた。


しかし、それは起こらなかった。その日、憎悪で塗り潰された黒の世界に輝く青い星が降ったのだ。雪のようにちらちらと舞い散る美しいカケラ。それをきっかけに世界は落ち着きを取り戻した。この日を「星が降った日」という。


その後、コアによる無慈悲な攻撃を行った日本には罰が与えられた。指導者の失脚、賠償金の配布、コアの保有禁止。それだけで済んだのは何かしらの裏があるに違いないが、歴史上それは明かされていない。ここまでのことは世界史の教科書にも載っている、ごく常識的なことだ。


星が降った日以来、世界はコアの存在を危険視し、取り締まるようになった。当然だ。数万人が死んだのだから。笑って「仕方ないね」で済むわけがない。そんな楽天的な世界なら遙か昔に戦争は根絶されている。今ではコアは捕獲の対象だ。共生することは許されない決して相容れぬ存在。あのテレビで報道された三島アキラのように。


眠る青年を見下ろすチェキは、見たことも無い表情をしていて私の心はかき乱された。叶わないと知っている願いを願い続ける子供のように、どこか諦めていてどこか哀しそうだった。


いろんな驚きはあるものの、自分に伯父がいたという事実が驚愕だった。私は父親の顔を知らない。母親は仕事ばかりでほとんど家に帰ってこない。両親は血の繋がりがある他人なのだ。そんな両親をもつ私は自分の生い立ちや家族をほとんど知らない。


「私はお前の伯父さんにとても世話になったんだよ」

「そうなの?」

「私がコアとして生まれ、不安な時に手を差し伸べてくれたのがリヒト様だった」


珍しく多弁なチェキに私は少し当惑していた。チェキはコア。それは昔から知っていることだ。私が物心着くことには彼が私の傍にいて、代わりに両親の姿はなかった。チェキがコアで私とは異なるということは私にとって全く大した問題ではなかったけれど、私の価値観や考え方はそれに大きく影響を受けている。


「彼が怖いか?」


私は首を横に振る。コアの恐怖におののく人々とは異なり、私はコアを危険な存在だとは思えない。チェキが危険生物だなんて信じられないと思うし、馬鹿げているとさえ思う。ニュースを見たくない理由もそれに起因している。コアが捕らえられたニュースが流れる度に私は世界に失望し、心が引き裂かれそうな気分になる。むしろ私は一家を惨殺した人間の殺人鬼や、罪悪感のカケラも抱かずに子供を虐待して殺した人の親の方が危険だと思う。


「ちなみにオレもコアだから」


サンデが嬉しそうに話に入ってくる。この部屋に今、コアが3体もいる。日本政府が知ったら一目散に乗り込んでくるだろう。


「通報するなよ」


冗談を。私がそんなことをするわけがない。


「彼は……身体が悪いの?」


私が問う。危険視されているコアのリーダーである彼がここに入院していることすら奇怪なことに思えるが、彼が眠り続けていることの方が気になった。


「星が降ったあの日からリヒト様は眠り続けている。理由は分からない」


彼を「リヒト様」と呼ぶチェキが別人のように見えた。いつも包み込むような笑みを浮かべ私を見下ろす彼が、深い敬意を抱いて誰かを見上げていることに違和感がある。


「チェキ。そのことなんだけどさ」


サンデが言った。


「今日はその話があってここに来た。ここに来たらお前に会えると思って」

「?」

「ここじゃ話しにくいからさ、今度の日曜日にオレんち来いよ」


そう言って彼はチェキに白いメモを渡した。おそらくそこに彼の家の住所が書かれているのだろう。いつの間にか頭の中の天使と悪魔は喧嘩をやめて膝を抱えて並んで座っている。


「作戦は成功したけれど、厄介なことに首を突っ込んだんだよ、キミは」


どちらかがそう呟いたような気がした。



読んでいただき、ありがとうございます!今回は前作を少し振り返ってみました。簡略化するとこういう感じだと思います。かなりシンプルに説明してみました。

気軽に感想や評価などいただけると嬉しいです。


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