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L棟 2

「処分」


サハラは苦虫を噛んだように顔を歪めながら、その単語を繰り返した。


「随分怖ろしい言葉を使うんだな。まだ『ぶっ殺す』とか『やっつける』の方が可愛げがあっていくらかマシだ」


肩を竦めながらサハラが言うと、シュラは我慢しきれないと云わんばかりに、こみ上げる笑い声を放った。声が美しいせいか、オペラの大舞台で演じているようにも見えた。


「貴方は徹底してヒトであろうとする。実に愉快だ」

「愉快か? 俺は不愉快だが」


不敵な笑みを浮かべているサハラの様子を眺めながら、確かにシュラは楽しんでいるように見えた。仲間と敵対しても動じずに浮かべているサハラの強固な笑みをどうやって壊そうか、考えているのかもしれない。


「貴方は神様にはなれても人間にはなれない」


いつの間にかシュラは無表情になっていた。


「今までに数々の生物がそういう下等な願いを抱いてきました。祈りと言ってもいいかもしれませんね。あの子のようになりたい。生まれ変わったら鳥になりたい。イルカになりたい。コアの場合も同様です。あなたによって強引に創られた命も、人間に戻りたいとひたすらに願い、祈り、生きてきたのですよ」


薄暗さでしっかりと確認はできないが、サハラの顔は白く見えた。廊下の白い壁と同化しそうなほどに。笑みは消え、眼前の有翼のコアに魅せられるように硬直している。


「そして誰も願いは叶わなかった。願いも祈りも生まれては消えてゆくものです。それは貴方も例外ではない。貴方は人外のものであり、人外の者として生きる道しかないのです」


反響するシュラの声が死刑宣告のように聞こえた。彼は目に付く全ての光を、絶望へと変えるのが趣味なのかもしれない。

サハラと出会って間もないけれど、私なりに彼の性格を考察すると非常に純粋であり、更に言えば、シュラの放った予言めいた宣告はサハラの柱の部分を抉りとるような残酷かつ効果的なものだったのではないだろうかと思った。彼はこのまま「やはりヒトになれるわけないよな」と宣告を受け入れ、座り込んでしまうのではないかとも思った。


だが意外なことに、サハラは無表情のまま青く輝く瞳をシュラに向けたまま立っていた。


「お前の言いたいことはそれだけか?」


感情のない鮮明な口調でそう言った。直視され、たじろぐシュラが小さく見えた。


「悪いが、お前ごときに負けるわけにはいかないんだよ」


私はサハラの横顔を眺めていたが、一瞬目があったような気がした。


「随分自信があるようですが、お分かりですか? この槍は貴方によって与えられたものです」


シュラの言葉が回りくどくて意味がさっぱり分からないなと思っていると、横にいたサンデが「分かりやすく言えよ、ナルシスト天使!」と揶揄した。とっさに命名したのか奇妙な呼び名に私は思わず吹き出す。気のせいかもしれないが、チェキが口を押さえて笑いを堪えているように見えた。


「どういう意味?」


埒があかないと判断し、私がサハラに直接聞いた。


「この槍は星の石の欠片から造られたということだ。いわば、20年前に星を封じ込めた妖刀の子供みたいなものだ」


おそらく私のポケットに入っている青い刀身のナイフもそうなのだろう。


「子供かぁ。なら余裕だな」


サンデが頭の後ろに手を回しながらのんびりとした調子で言った。


「お前が『処分』するんだろ? サハラ様?」


落とし前をつけろと云わんばかりに、サンデがサハラの肩をぽんと叩く。プロジェクトを任せる上司と任される部下とはこういうものなのだろうと安易な解釈をする。


「そうだな。そうしようか」


サハラは舌をペロッと出してから拳をぽきぽき鳴らす。先程まで饒舌に語り、願いやら祈りやらに酔いしれていたシュラの表情は強ばっていた。


「喧嘩なんて生温いもんじゃ済まないかもな」


更にサンデが追い詰めるようなことを言う。悪ふざけに興じているのだろう。


「処分、だもんな」


サンデが恐怖を煽る様子をチェキは黙ってみていた。サンデの無駄な行動を咎めない彼に、おやと思うが、すぐに納得する。ナルシスト天使が気に入らないのだろう。それを証拠にチェキは眉を顰めたまま、口元は笑っている。


わなわなと震えるシュラは槍を握り締め、サハラに向かって突進してくる。


「馬鹿にするな!」


暗くてはっきりとは分からないが、顔は紅潮しているに違いない。激情に身を任せて突進してくるシュラの槍の切っ先を、サハラは冷静に素手で受け止めた。サハラの方は生身であるにも関わらず、不思議と金属がぶつかり合うような鈍い音がした。刃先とサハラの指先で絶妙な均衡が保たれている。


「お前こそ分かってるのか?」


冷たい声がした。


「その槍が赤子なら、俺自身がその父親みたいなものだ」


サハラは指を動かし、きっちりと維持されていたバランスをずらした。そのせいでシュラは格好悪いほどつんのめり、膝をつく形になった。その無様な背中にサハラの落ち着き払った声が突き刺さる。


「俺はここにいる友達達よりは弱いが、お前なんぞに処分されるほど落ちぶれちゃいない」


先程までサハラの横顔しか見てなかったけれど、正面から彼を見た時、私は息を呑んだ。じっとりと温い汗が湧き出すほど、サハラが放つ圧迫感は凄まじかった。顔を見えない壁に押しつけられているような息苦しさがある。あれほどまでに自分に酔っていたシュラが怯み、自我を萎ませていく理由がよく分かる。


蛇に睨まれた蛙という表現がピッタリだった。膝をついたシュラはそのままじっと動かない。壊れた玩具のようだった。


「馬鹿にするな……」

「?」

「私を馬鹿にするな!」


またその台詞かよ、とサンデが横で気だるそうに舌打ちをした。

シュラの放つ気迫に反応するように、折り畳まれていた彼の翼が広がる。衝撃で灰色の羽根が桜の花びらのようにぱっと散った。


槍が再度サハラの胸を斬り裂かんと、弧を描いた。しかし、切っ先は彼に触れることなく、結局は元の位置に戻っていた。空振りをしたバッターのように苦々しく顔を歪めている。屈辱、と顔に書かれている。


「お前のいう不可能などどうだっていいんだ」


サハラの言葉には迷いがなかった。そして瞬きをした刹那、サハラの拳はシュラの身体の中心を貫いていた。あの時のライオンと同じように緑色の光がじんわりと染み出す。


「ぐは……サハラ……さま」


貫通した腕を引き抜くと腹部から派手に赤い血が吹き出した。力なくグッタリと崩れるシュラの身体は鮮やかな赤と淡い緑で彩られている。


「ごめん」


サハラの口から謝罪の言葉がこぼれていた。私は彼の横顔を見る。その表情からは何も読みとることはできない。悶えるシュラはまさにその名にふさわしく修羅の形相をしていた。灰色の翼も血に染まっている。サハラは天使を殺めた悪魔のようだった。


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