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自白

またT大に向かうことになるとは思わなかった。更に行くと決まったその数分後には大学の前にいるなんて前もって想像できたわけがない。


「手を出して」


玄関でエソラにそう言われて、言われるがままに右手を差し出してから、気がつくと私はエソラの手を握ったまま夜の大学の前にいた。


「時間はあまりない。力を使わせてもらったよ」


私は急に足から力が抜けてカクンとその場にへたり込みそうになるが、エソラに支えられて何とか倒れずに済んだ。


「チェキに聞いたよ。前は力に耐えきれず意識を失ったらしいね。相変わらず苦手みたいだな」

「大丈夫。早く行こう」


目の前がチカチカするけれど、とりあえず時間は限られている。既に大学には数人の警官らしき男が数人張り込んでいた。


「T大のどこかにチェキがいるって言っても広すぎて分からないな」

「コアの気配は?」

「見事に消されている。もしかしたら隔離されて幽閉されてるのかもね」


既に日が変わろうとしていた。未だ熱心な学生や研究員が大学内にいるようで、外はひっそりとしているものの建物内は明かりが点いていた。


「やっと来たか」


入り口でまごまごしている私達に声をかけたのはサンデだった。


「早く行こうぜ」


遊びに行くようなテンションで言うサンデに私は当惑する。


「行こうったって、居所が分からないんだよね。どうすれば……」


T大そのものに詳しくない私達が中を彷徨うろつくのは得策ではない。そう思った時、ふいにサハラの顔が浮かんだ。


「ちょっと待って」

「セツナ?」

「私、大学に知り合いがいるの。彼なら手伝ってくれるかもしれない」


連絡先は彼からもらった名刺があるので分かる。私はポケットに入れていた財布を出して、お札と重なるようにして入っていたサハラの名刺を取り出す。研究室の電話番号の下に、携帯電話の番号が書かれてある。いきなり知らない番号から電話を受けたら取らないタイプかもしれない。そういう不安もあったけれど、彼は3コール目が終わると同時に出た。「はい」という素っ気ない返事が聞こえた。


   =======================


彼はT大の一番東側にあるP棟の一室にいた。目の前で特殊な道具で拘束されているのは

かつての下僕の1人だ。


「久しぶり。チェキ」


彼が声をかけると、うっすらと目を開けてぼんやりとこちらを見た。敵意や殺気は感じなかった。ただ興味なさそうにこちらを見ている。


「俺のこと、わかる?」


彼が問うとチェキは「一番私が会いたくない奴だ」と吐き捨てるように言った。


「まさかこういう形で再会するとは思ってなかったよ。このタイミングでお前に会いたくはなかったな」

「タイミング?」

「お前と俺の思わぬ接点を見つけた直後だからな。不思議なほど動揺しているのが自分でも分かる」


チェキは首を傾げた。


「滝島セツナ。お前の世話してる滝島カオルの娘だよ」


急激にチェキの顔色が変わるのが分かった。なるほど。よほど大事にしているらしい。


「正直、俺も驚いている。俺もさっき彼女からお前のことを聞いたところだ」

「セツナに何をした?」

「そう怒るなよ。ご飯一緒に食べて話しただけだって」


彼は手をひらひらさせて、チェキを宥めるよう努めたが、彼の高ぶった怒りがそれだけでどうなることもなかった。


「お前の目的は『究極の肉体』であり、セツナは関係ないだろう」

「そうだよ。関係ないって言ってるだろ」


サハラはP棟に来る前に自販機で買ったサイダー缶を開けた。ぷしゅっと爽快な音がして、彼は思わずにんまりする。そのまま缶を口に運び、喉元をきつい炭酸が通り抜ける感覚に彼はうっすらと笑った。


「それに俺は『究極の肉体』への興味が薄れつつある」

「は?」

「俺は今、人間という存在が面白くて仕方ない」

「お前の興味はヒトへと向いた、ということか?」

「まぁそうなるね。チェキはほとんどコアとして生きてきたから分かるだろう? ヒトがどんなに理解不能で弱く脆い存在だって。できないことが多すぎて、どうやって生きていくんだろうって思うんだけど、いろんな工夫とかして、精一杯生きてるんだよな。成人したヒトが赤ん坊を見るような気持ちってこんな気持ちなんだろうな」


チェキはこちらを見ているだけで何も言わなかった。それは彼にとってありがたかった。今はただ自分の思いを吐き出したい気持ちでいっぱいだった。


「滝島セツナに言われたよ。神様にはヒトの気持ちは絶対に分からないって。俺がこのまま手に入れようとしているものを手に入れたら、俺はヒトとは絶対に繋がることはできない。そう思うと、急に何をする気も起こらなくなった」


彼はチェキの身体から流れる赤い血を眺めながら言った。自分が神様になれば、この赤い血も傷みも理解できなくなるだろうなと思った。


「何故私にそれを言う?」


チェキが訊ねた。その質問は自分の頭の片隅でずっと問い続けていたものだったので彼は苦笑した。


「何故かな」


彼は首を傾げてまた笑った。


そこで、サハラの携帯が鳴った。着信番号は知らないものだった。彼は電話をゆっくりと耳にあてる。


「いきなりごめんなさい。滝島セツナです」


彼の心を乱す者からのいきなりの着信に動揺したが、平静を保ちつつ彼は感謝の言葉を述べた。


「今、大学?」


大学であり、キミの大切なチェキの前にいる、と言いそうになるが堪える。曖昧に返事をした。


「今、出てこれないかな。大学の正門のとこ」


彼は推察する。おそらく滝島セツナは大学にチェキを取り返しにやってきたのだろう。彼女1人とは考えにくい。おそらく、タテナリが捕まえ損ねたコア達も一緒にやって来ている。彼女がチェキと親しい関係ならば、あのコア達とも知り合いであることは容易に想像できる。


「何かあったの?」


勿論彼女の身に何が起こったのかは知っている。起こした張本人なのだから。

彼女はしばらく答えなかった。電話の向こうで滝島セツナは、今不安と闘っているに違いない。彼は後押しするためにもう一度同じ質問をした。


「助けてほしい」


彼女の声は聞き取れないほど震えていた。泣いている。顔を見ずとも分かった。

彼は血だらけのチェキを眺めながら、どうすべきか思案していた。おそらくこのまま彼女の言うとおり大学の正門まで行けば、自分の身が危ういことは予測できた。彼女が連れたコアがチェキを取り返すと同時に、再蝕し自分の命を奪うだろう。


彼は葛藤に苦しんでいた。天秤に使命と夢を乗せても、どちらにも振れない状況に苛立ちさえ感じていた。

そんな時、彼の頭の中に響くのは、やはり滝島セツナの声だった。


「すぐに行くよ」


彼は気がつくとそう言っていた。無意識かもしれないけれど、その言葉がぶれないように、彼は急いで電話を切った。彼もまた震えていた。



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