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友達

歩き続けて45分くらいで家が見えた。彼は最後のコーナーを曲がった所でピタリと足を止めた。


「俺はここまでだな」


私はそれでも構わないが、彼はギリギリまで送り届けるつもりだと思っていたので意外だった。


「あんまり近付いて、キミの母親を動揺させるわけにはいかないだろう?」


彼は肩を竦めた。彼なりの気遣いのようなので、私はそれをありがたく受け取った。


「すっかり遅くなったから、怒られるかも」


私が笑いながらそう言うと、サハラは「仕方ないな」と私の頭をポンポンと触った。


「じゃあ俺はこれで」


サハラは軽く手を挙げてこちらに背を向けた。私はその背中に思わず声をかけた。


「ありがとうございました」


声は上擦っていた。風船を手放してしまいそうになった子供のように、私は彼を呼び止めた。サハラは私の声に反応し、こちらを振り向いた。暗さであまり顔は見えない。


「何が?」

「守ってくれてありがとう」

「あぁ、そのことか。コアはどこにだって潜んでる。気をつけた方がいいよ」


闇に包まれたサハラを目映い月明かりが照らした。その顔は青白く見えた。


「俺のように社会に紛れたコアもいる。俺達からしてみれば、人間は餌のようなものなのだとキミは認識した方がいい。その気になれば、俺はキミを簡単に食らうことができるんだ」


背筋が凍った。彼の声は冷たく穏やかな冬の湖面を思わせた。


「無論、そんな気は俺にないけど」

「分かってます」

「でもキミはあまりに無防備だから一応忠告しておくよ」


私は頷いた。サハラは私の様子を見届けて満足したように見えた。


「また会えたらいいな」


サハラがそう言ったので私は思わず口ごもった。頭の中でナオトと母の「セルに入ってくれ」と懇願する声がする。入ってしまえば出て来られる保証はない。


「しばらく会えないかもしれません」


私は震える声を抑えながら言った。あまり上手く隠せなかったので、サハラは何か感づいたかもしれない。


「え?」

「ちょっと旅に出るんです。だからしばらく会うことはないと思います」


サハラは「ふーん」と気のない返事をした。


「次に会うのはどこかな。キミは神出鬼没だから」

「そうかな」

「楽しみにしてるよ」


目の前に差し出された手は大きかった。私はそれを躊躇わず握り返した。


「私も楽しみにしてます」


握りしめた手は温かかった。ほんの少し湿っていたのは私の手汗が原因かもしれない。握り締めたその手は離れることなくしばらく私達は向かい合っていた。どちらが手放すでもなく、ただ黙ってお互いを見つめていた。儀式のようだった。奇妙に見えるであろうこの光景はごく自然なものであり、決まり事のようにさえ思えた。


サハラはきびすを返し元来た道を歩き始めた。私は彼の背中を数秒見据えてから、眼前の我が家に足を動かした。



 ======================


「あんまり遅いから迎えに来ましたよ」


暗がりから声がする。声の主の正体は分かっていた。


「シエラか。珍しいな」


眼前に立つ彼女は長くほっそりとした足を際だたせるグレーのスキニーパンツと臍が見える丈の短い赤いTシャツを着ていた。塀に凭れたままこちらを見ている。


「たまに大学に顔を出したら、いないんですから。がっかりしましたよ、ほんと」

「そりゃ悪かったな」


サハラはやんわりと謝罪の言葉を述べたけれど、本当に謝ったつもりはない。あくまで人間として振る舞いたいだけだったし、それをシエラも理解しているだろうとサハラは感じていた。


「で、わざわざアメリカから出向いてくれた理由は?」

「たまには貴方の近くにいたいじゃないですか」

「大女優のお前がか?」

「1人の女性としてね」


腰をくねらせて妖艶な色を放つ彼女に、サハラは苦笑する。そのような色気に何も感じない自らはやはり人間とは異なる存在であり、決して1人の男ではないことを痛感した。


「よく言うよ」

「まぁ、冗談はこの辺にしておきましょう。どうやらタテナリを呼び出したそうですね。何かあったんですか?」


シエラは身軽にサハラの傍らに駆け寄り、腕を絡ませた。


「さすが情報が早いな」

「まぁ大女優となればいろいろなネットワークがあるんです」

「昔の友達が見つかったから、迎えに行ってもらっただけだよ」


彼女はピンクの唇の口角を上げて笑った。蔑んだ色が露わになっている。


「星が振った日より前の敗残兵ですよね」


サハラは笑っていた。微笑みは凍り付いているが、それにシエラは気がつかずに続けた。


「我々騎士のような忠誠心を欠いた哀れな人形達。タテナリにかなうわけがないですね」


サハラは貼り付いたような笑みをシエラに向けながら、穏やかに「そうだな」と同意した。


「だが彼らは他でもない俺の友達であったことをお前は忘れるべきではないな」


シエラはサハラの口調の変化にようやく気づき息を呑む。仮面のように作られた笑みの奥から刺すような視線を向けられていることにもやっと気付いた。


「友達を馬鹿にされたら人間はイヤな気持ちになるらしいが、その気持ちが今ようやく分かったよ」


シエラは巻き付けた腕をぱっと離した。そのまま馴れ馴れしい態度を続けることに、危機感を抱いたからだ。


「行こう。さっさと友達に会いたい」


張り詰めた空気は一蹴され、彼は背伸びをしながら暗闇の奥へと消えていく。ポカッと口を開いたまま、シエラはその背中を見守っていたが、やがて我に返り小走りでサハラを追いかけた。



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