コア狩り
サハラが立ち去ってから体育館に戻ることも考えたけれど、あの人混みをかき分けて入るのも気が引けたので、私はベンチに座ったまま前園の声に耳を傾けていた。時の人が語るような大した話ではない。無から何かを生み出すことの素晴らしさと楽しさを、前園は抑揚をつけずに淡々と語った。止めどなく話す前園は今、台本を片手に話しているのではないか、と私は予想した。
生温い風が頬を撫でた。大気の流動があるだけ、胃の不快感はマシになっている。体育館の様々な臭いの混じりあった大気を思い浮かべるだけで、気持ち悪くなりそうだった。
そんな時、先ほどまでここにいたサハラの顔が浮かんだ。チャラチャラしたただのチンピラに見えた彼は、話してみると気さくでいい奴だったなぁとぼんやり考える。奇抜な金髪と漆黒の瞳。特別美形とは言えないが、平凡なその顔には不思議な魅力があった。柔らかい笑みにふんわりと包まれた鋭利な何かを感じた。彼がヘラヘラと笑うだけの何もできない男ではないということ、つまりただの馬鹿ではないということを、私はわずかに感じとっていた。
ふと我に返り、本日の目的を思い出す。邪悪な意志を引き継いだという「エソラの半身」を探し出すことだ。半身は見つかったのだろうか。エソラの話では前園の側近で、講演中にも背後に立っているという。そうだとすれば既にエソラ達は確認済みのはずだ。
数十分で前園の話は終了し、質疑応答の時間になったようだ。会場が多少なりとも騒がしくなり、聞き覚えのある同級生の質問の声がスピーカーから聞こえた。クラス委員長の片桐ユウタが「どうすれば前園のような科学者になれるか」と質問した時は、思わず顔を歪めてしまった。自分の夢は弁護士だと教室で豪語していたじゃないかとスピーカーに向けて罵りそうになった。
私は次第に会場にいるチェキが気になり始めた。あの心配の鬼が、体調不良のまま戻らない私を心配していないわけがない。そろそろ戻るべきかもしれない。少なくとも会場に近付いて、前園の顔を人目見ても悪くはないだろう。私は立ち上がり、体育館の入り口へと向かう。
様々な質問が飛び交う中で、突如サナの声がスピーカーを通して聞こえてきたことに私は驚いた。
「セルに入れられたコアはどうなるのですか?」
サナは決してこういう場で積極的に質問をするようなタイプではない。だから一瞬別の女子生徒かとも考えたけれど、その独特のイントネーションは紛れもなくサナのものだ。私は歩きながら彼女の素朴で純粋な質問をただ聞いていた。私は投げかけられた質問のどれにも答えられないことを恥じた。
私は体育館の壁に沿って正面の入り口へ到着した。
私は体育館の入り口に立ち、ステージに立つ白髪頭の男を見た。
観客席でたった1人立つサナの背中を見た。
サナはいつもよりも背筋を真っ直ぐに伸ばして、前園に答えを求めていた。コアのことで真剣に悩み頭を抱えていたnearHeartでのサナ。彼女の心の中の蟠りを前園にぶつける事で問題に向き合おうとしているのだろうと私は思った。
前園は質問を投げかける度に萎縮していた。先ほどまで淡々と淀みなく話していた彼は一体どこに行ってしまったのだと思う。
しどろもどろになっている前園を冷え切った目で観察していると、視界に最前列の女性が立ち上がる光景が映った。彼女はウエーブの長い髪を掻き分けてから、両手を前園に向けた。
「お前など殺してやる!死ね!!」
その異様な光景と言葉で、私は彼女がコアだと分かった。恨みと憎悪。彼女が前園に向けてそれを吐き出そうと両手を掲げていることも分かった。会場の聴衆がコアの存在に気付き、パニックになった。私はあくまで落ち着いたままその様子を見守ることに徹していた。逃げまどう人々は入り口に佇む私を障害物のように疎ましく思っただろう。
コアの女が放った炎をかき消したのは、前園の背後で置物のように立っていた黒服の男だった。コアの能力をかき消すことができるのも、またコアの能力であることを私は知っている。
女性と黒服の睨み合いはしばらく続いた。騒ぎ逃げまどう聴衆がいなくなった時、会場にはサナもエソラもチェキも、いなくなっていた。誰もいなくなった体育館の入り口に立ち尽くしていては、あまりに目立つので、私は体育館の扉の裏に張り付き、その様子を隠れるようにして盗み見していた。
「さて、コアの女。くだらぬ聴衆もいなくなったところで訊ねよう」
黒服はステージの上から細い目で真っ直ぐに女を見据えている。
「お前には2つの選択肢が残されている」
女は顎を前に突きだし、黒服をさらに睨みつけた。
「ひとつはセルに放り込まれ永遠の拘束を受けるというもの。もうひとつは神に仕える騎士として忠誠を誓うというものだ。どちらをお前は望む?」
「意味の分からないことを言うな! そもそも貴様もコアだろう?! 何故その男を守る? この男のせいでコアは虐げられ、苦しむことになったんだぞ」
感情を剥き出しにして怒る彼女を、黒服はやんわりと宥めた。
「感情はいらない。今必要なのは選択だ」
黒服の冷静な言葉が癇に障ったのか、彼女は「ふざけるな」と罵倒して、黒服に殴りかかった。人間の女性には不可能な跳躍を見せ、ステージ上の黒服に拳を振り翳した。目で捉えるのも必死なほど素早い動きだったけれど、黒服は拳を右手で簡単に受け止めて、左手で彼女の腕を掴んだ。
「残念だが、その程度の力じゃ後者の選択肢は選ばせてやれない。お前はセルに連行する」
黒服はそう言って、彼女を自らの方へ引き寄せた。私には男が女を抱擁するような光景に映ったけれど、おそらくそこに愛はない。
「放せ! 貴様はコアだろう? 何故私の邪魔をする?」
女性は半狂乱に陥っているように見えた。男の腕の中で体を時折バタつかせて、そこから逃れようと蠢くが、男にしっかりと取り押さえられているようで、身体が解放されることはない。
「ヒトだとかコアだとか、取るに足らないことだよ」
男はつまらなそうにそう言った。特別男が何か危害を加えた様子はなかったけれど、やがて窒息死したように女性の動きが鈍くなり、男の腕の中で動かなくなった。
先ほどまで熱気に満ちていたはず体育館の中から、冷え切った空気が放出されて、私は背筋の凍る思いがした。恐ろしい。急に引き金を引かれたように恐怖が自らを支配した。
ステージの上で眠る女性を抱きかかえた黒服の男と、傍らで恐怖に凍りついたような顔をしている前園ヨウイチ。私もその場で動けずにしゃがみ込んだ。
私は黒服が半身であると判断した。エソラの証言を元にするなら前園の側近であり、講演会中も背後にいるという彼が半身である可能性は高い。それに彼はコアだ。条件がここまで揃えば、間違いないだろうと思った。
静まり返った体育館。私が入り口で物音を少しでも立てれば、中にいる黒服はコア狩りの現場を目撃した私に気付くだろう。邪悪な意思を持つ半身が、自分のことをどう扱うのだろう。ただの逃げ遅れた女子高生として容易く解放してくれるのだろうか。
否、私には悪い想像しか浮かんでこなかった。そもそも前園ヨウイチの側近がコアであるいうことは極めてスキャンダルではないか。それを知った人間に「怖かったよね。気をつけて帰りなさいね」と優しい言葉をかけるとは考えにくい。
震える身体を抑えることに必死だった。興味本位でまた厄介なことに巻き込まれてしまったと後悔する。逃げなかった自分が悪い。あの濁流のようなヒトの流れに乗らずに抗った自分が愚かだったのだ。
カタカタと震える腕を摩りながら、私はゆっくりとその場を離れようとする。気付かないでくれ。心からそう願いながら、そして慎重になりながら足をゆっくりと動かした。
「外に誰かいるな」
特に物音を立てたつもりはないが、体育館の中から男がそういったのが聞こえて、私は飛び上がりそうになった。相手はコアだ。通常のヒトには感じないものを感じられるのかもしれない。
「ここへ来い。来なければこちらから行くぞ」
私はどうすればいいのか分からなくなり、その場で立ち止まる。金縛りにあったように動けなくなり、呼吸することすら難しくなった。
ゆらりと私の眼前の風景が揺らいだ。誰もいなかったはずの場所に人影が浮かんだ。
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