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疑惑と体調不良

家に帰ってから携帯電話を確認すると、着信が入っていた。サナだった。窓から差し込む夕陽を眺めながら私は自室のベッドに横になり、サナに電話をかける。

コール音が5秒もしないうちに、サナは電話に出た。電話のオペレーターのように、待ちかまえていたような早さだった。


「立て込んでた?」


サナにそう訊ねられ、私は「まぁね」と曖昧な返事をした。コア達と世界の脅威について語っていたなどと決して言えない。


「どうしたの?」


サナが電話をかけてくるのは珍しいことだ。先日の悩みの続編だろうか、と私は身構えた。しかしそんな私の予想は脆くも崩れさり、代わりにサナは妙なことを口にした。


「セツナってさ、付き合ってる子おる?」

「はぁ?」


意味が分からない。答えは間違いなくノーだし、サナにはそのように伝えているはずだ。


「もしかしてこっそり付き合ってる?」

「サナ。私が男の人と付き合ったことないこと、前に話したよね。私に彼氏ができたら、ソッコ―で自慢するし」

「ほんまに? じゃあ見間違えたんかなぁ」


首を傾げて、眉をひそめるサナの顔が浮かんだ。


「何? 何の話?」

「私、昨日の夜に隣のクラスの三宅アカリと会ったんやけど、男の子と喋ってるセツナを見たって聞いたから。何かすごくいい雰囲気で恋人同士みたいだったって言ってたよ」


私は思わず溜息を吐いた。完全に誤解されている。しかもアカリはお喋りで、通称『歩く回覧板』だ。誰にも会わないはずの夏休みに、1日経って既にサナの耳に目撃証言が伝わっているのは、脅威のスピードに思えた。


「アカリは勘違いしてるよ。私、あの日初めて彼に会ったんだから」

「え、そうなん?」

「嘘言わないよ。河辺でたまたま会った人と話してただけ」


あっけらかんとした私の口調で何かを察したのか、サナは深く息を吐いた。


「ついに屈強なセツナ城が陥落したと思ったのに」

「何それ」

「セツナさ、自覚した方がええよ。セツナのこと狙ってる男子の数、普通じゃないで」


サナには決して言えないが正直、自覚している。クラスメイトの男達はチョモランマの制覇を目指すように、奇妙なほど私に群がろうとする。何故かは分からない。おそらく偶然自分に白羽の矢が立ち、ただ競い合っているだけだ。


「セツナ、美人だから、変な男引き寄せちゃうんよ」

「変な男じゃなくて、いい男を引き寄せたいなぁ」


私がぼやくと、サナは「チェキさんがいるのに」と憤った。私は思わず吹き出した。チェキは私にとって親であり、恋人にはなり得ない。彼が今何歳で、私のオシメを変えたことがあることなど、サナは信じないだろうと思う。


「で、その河辺の男はセツナ城を陥落できそうにないん?」


エソラを思い浮かべる。あの赤みがかった茶毛とマリンブルーの瞳、華奢な身体とまだあどけない部分を残した童顔。人間離れした不思議な雰囲気と穏やかな低い声。


「さあね。どうだろう」


私はぼんやりと言う。彼が星の石の化身だと、未だに信じられないが、疑う気もない。彼は間違いなくヒトではないし、あの超然とした態度はコアであることを容易に分からせてくれる。

エソラを思い浮かべると同時に来週の予定を思い出した。


「そういえば今度の特別講習会、行くことにしたよ」

「え? どういう風の吹き回し? あんなに行かんって言ってたのに」


確かに私は行く気などサラサラなかった。セルを開発した男など、私からすればコアを迫害する原因を作った男であり、簡単に言うなら私の価値観に背いた敵だ。わざわざ出向いて何故話を聞かなければならないのだとサナに主張したこともあった。そんな私が「行く」と言い出したのだから、サナは驚いたに違いない。


「うん。気が変わったの」

「へぇ。そうなんや」

「チェキも行くし、河辺で出会った彼も行くよ」

「はあ?ほんまに?」


サナの声が不自然なほど裏返った。


「うん。なんかチェキの知り合いだったみたいでさ」


適当な嘘をついたことに少し心が傷んだけれど、そう言うのが都合いいだろう。偶然出会った男と講演会に行くのは明らかに不自然だし、無闇に意気投合しただ等と言えば妙な盛り上がりを呼ぶだけだ。


「そうなんやぁ。だからセツナが話し込んでたわけか」

「サナも一緒に行く?」

「行く行く。行きたい。チェキさんも行くんやろ。河辺の彼にも会いたいし」


サナは少し興奮してるのか早口でそう言った。「河辺の彼」がサナとちゃんと会話出来るのか心配ではあったけれど、まぁ大丈夫だろうと高を括っていた。私達は校門前で待ち合わせる約束をして電話を切った。


その夜、私は嘔吐した。何かのウィルスにやられたのか、食中毒かは分からないけれど、トイレに何度も駆け込み、吐いた。


「ただでさえ夏バテで弱っているのに、更に拍車がかかるな」


部屋のベッドに寝そべる私にチェキが薬と水を運んできてくれた。


「ごめん、チェキ」


胃の中は既に空のはずなのに、何かが居座っているように重く感じた。


「明後日の講演会には間に合うようにするよ」


こみ上げる嗚咽を抑え込み、私は何とか言った。チェキは私の額に手を当てた。白く長い指が美しく、ひんやりと私の額を冷やした。


「少し熱がある。焦らなくていい。間に合わなくても、大した問題ではない」


私はチェキの瞳を見つめる。うっすらと茶色がかった瞳にはげっそりと頬が痩けた私が映っている。


「大した問題でしょ。世界に関わる大問題」


チェキはふっと頬を弛ませる。


「気にするな。私からすればセツナに死なれる方が大問題だ」

「死ぬって……。大げさだよ」

「お前に死なれたら、私はお前の両親に顔向けできないからな」


私は反応すらできなかった。何かしらのコメントをすることも、不快な表情を浮かべることも無駄なことのように思えた。父親も母親も、私が死んだところでチェキを責めることはできない。血の繋がりがあるからと言って彼らにそのような権利はない。


「体力が落ちていたのだろう。ゆっくり休め」


体調が悪い時に受けた優しさは身に沁みると言うけれど、まさにその通りだ。何故か瞳に涙が浮かんできたので、私はチェキにバレる前に布団を被った。


「おやすみ」


チェキは掛け布団にくるまった私にポンポンと軽く手を当てて出ていった。私はチェキが階段を降りる音に耳を傾けながら、そっと鼻をすすった。



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