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世界を守る理由

状況を全て把握できているわけではないけれど、私にもよろしくない状況ではないことくらいは分かった。チェキの表情を見れば一目瞭然だ。こんなに憂鬱な表情を浮かべる彼を、私は見たことがない。


「お前は何故私達に半身について語るんだ?私達に何を望む?」

「確かに半身とはいえ星の一部である、おれの話なんて警戒するよな。半分は、おれの欲望。最初に言ったように、おれは石を求めている。元の姿に戻ることを望んでいるから半身を強く求めている。もう半分はただの好奇心。どうなるのかなって。あんた達がコアが虐げられる理不尽な世界を変えられるのかなってね」


エソラは自分が入れたお茶を啜った。暑い夏の日に決して飲むものではないが、彼に常識は通用しないのかもしれない。そもそもコアであり、星の石である彼に味覚があるのかも謎だ。


「おれはあんた達に協力するよ。できるかぎりの力は貸すつもりだ」


エソラはそう言ってチェキに手を差し伸べた。サンデはその様子を諦観した顔で見つめていた。やる気のない、士気を感じさせない表情だった。


チェキはすぐにはその手を握らなかった。整理された頭の中であるにも関わらず更に整理を開始したようで、あれこれ考えを巡らしている。


「悩んでるみたいだな」


エソラが犬歯を見せて笑った。冷やかしにも同情にも聞こえる。


「リヒトがいない世界を守る理由はない、ということか?」


エソラに桐谷リヒトの名前を出されて、チェキはほんの僅かながら目を開いた。図星だったのかもしれない。しかしそんな表情をかき消すようにふっと微笑んだ。まっすぐにエソラを見据えて穏やかに言った。


「リヒト様はまだ生きているし、既に答えは出ている」


チェキがそう告げると、エソラは感心したように「ほう」と言った。サンデも驚いているように見えた。


「あの混沌カオスが再来すれば、セツナに危害が及ぶ。それは許されないことだ」


チェキの横顔は端正で美しかった。私の名を口にした彼は、今まで以上に頼もしく力強く感じた。そんな彼の様子を見て、次はエソラが吹き出した。張り詰めた空気が一気に緩んで、私まで拍子抜けしてしまう。


「なるほど。納得したよ」

「?」

「あんたはセツナに出会うことで変わったんだね」


何故かエソラは嬉しそうだった。チェキはその様子を直視せずに、差し出された右手を握り締めた。彼にしては珍しく、荒々しく粗雑な動きだった。


「チェキ?」


具合が悪いのかと心配して私がチェキの顔をのぞき込むと、エソラは笑い声を上げて首を振った。


「気にするなよ、セツナ。チェキは照れてるだけだ。大人のくせに子供みたいなやつだな」

「え? 照れて……?」


チェキと目が合った。ほんの少し頬が赤くなっている。


「と、とにかく、野放しにするわけにもいかないだろう。半身を見つけ、早急になんとかすべきだ」


不自然な咳払いをしてチェキは言った。動揺を引きずったまま、何とか話したという感じだ。サンデも頷きながら、チェキに賛同した。


「オレは正直、世界なんてどうでもいいんだけどさ、また星が面倒を起こすのは嫌だからな。何とかしようぜ」


エソラは満足そうに微笑み、ゆっくりと頷いた。


「だが問題がある。既に青い月は失われて、星に対抗する術はないだろう? 半身を見つけたところで私達に出来ることはない。やつがただのコアならば再蝕で呑み込めるが、おそらく私では逆に呑み込まれてしまうだろう」


確かにチェキの言う通りだ。コアは不死身で怪我等では死なない。存在を消す唯一の手段がコアによる再蝕であると言われているが、それは自分より明らかに弱い存在にしか有効でない。


私はその現場に居合わせたことがある。いわゆるコアの食事の現場だ。チェキと田舎の公園に言った時、彼は枯れそうな名前も分からない花に触れ、その命を食らった。緑色のうねりを身体に受け止め、チェキの飢えは満たされた。自らよりも弱い者しか再蝕はできない。それは弱肉強食という世界のあり方そのものだ。


険しい顔で眉をひそめるチェキに、エソラは明るい声をかけた。


「青い月ならここにいるだろ?」

「お前が本当に青い月だったとしても、お前が星を呑み込めるのか?」


エソラは「うーん」と唸りながら青い瞳を斜め左に向けたが、そこには何もない。エソラとしてはそこに思考しているものが浮かんでいるのだろう。


「自信はある」


彼の根拠のない一言でチェキもサンデも見るからに脱力し、肩を落とした。


「エソラ。私達に失敗は許されない。万一お前が呑み込まれてしまっては、火に油を注ぐだけだ」


真剣に告げるチェキの顔を見ながら、エソラはニヤッと笑った。冷酷な温度のない笑みだった。


「おれには分かるよ。あいつはたぶんチェキより弱い。だから逃げてるし、身体を求めてるんだ」

「逃げてる?」

「まだ表舞台に現れない理由もそれだ。おれに見つかって食われることを恐れている。そうじゃなかったら、ちまちまとセルなんかでコアを集めたりしない。とっくに動き出して、また混乱を起こしてるはずだ。できないんだよ。多分、あいつは星の邪悪な思念を引き継いだけれど、まだ力はないんだ。今ならまだ間に合う」


エソラは立ち上がりピースサインをこちらに向けながらチェキとサンデに言った。訴えるような口調だった。真っ直ぐに彼らを捉え、ゆっくりと告げた。


「できることは2つだ。半身を見つけ出しおれに食わせること、あるいはセルを破壊し星の餌を解き放つこと」


チェキは魅せられたようにエソラの青い瞳に釘付けになっている。


「お前は……」


チェキは低い声でそう言って、すぐに口を閉ざした。彼が何を言おうとしたのか私には分からない。

部屋に沈黙が立ちこめた。話にひと段落着いたようなので、私はおそるおそる手を挙げた。


「あの」


一斉に3人の視線がこちらに向けられてドギマギするが、とりあえず用件を伝えるべきだろうと思い、私は言った。


「前園ヨウイチが明後日私の高校に来るの」

「え?」


3人の声が揃って裏返った。


「前園ヨウイチって私の高校の古い卒業生らしくて、明後日、夏休みの特別講演会をしに来るらしい。外部の人も入られるみたいだけど」

「へぇ。意外とチャンスは散らばってるもんだな」


エソラは頬をさすりながら、相変わらずにやにや笑っている。


「セツナさ、おれも連れていってくれよ」


ナンパ男のデートの誘いのような口調でエソラは言った。



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