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訪問と理由

微笑むエソラはあの河辺で出会ったときと変わらない。超然とした空気を纏い、青い瞳をこちらに向けていた。大きめの緑のTシャツを着て、長い丈の黒いジャージを履いている。


「なるほど……」


チェキが頷きながら小さく呟いたので、私は彼を見上げる。


「お前がお気に入りか」

「は?」


思わぬチェキの言葉にエソラは怪訝な表情を浮かべた。どことなく棘を含んでいる口調だった。彼の口にした「お気に入り」という言葉はおそらく私が彼のことを、という意味だろう。


「赤毛に青い瞳。確かにこんな人間はなかなかいない。セツナの言うとおりだ」


チェキがうっすらと笑みを浮かべると、鏡に映った虚像のように合わせて笑った。


「サンデには笑わない人形みたいなやつって聞いていたんだけどなぁ」

「そうか。とりあえず呼び出した張本人に会わせてくれないか。私達はここに遊びに来たわけではない」


ピシャリと言い切るチェキにエソラは苦笑して顔を歪めた。


「なるほどね。サンデが苦手って言う理由が分かったよ」

「?」

「どうぞ。中へ」


エソラは急に改まり、王宮の門番にでも変身したように態度を変えた。端に身を寄せるように立ち、通路を開ける。決して広くはないアパートの中が見えた。

正面にフローリングの部屋があり、左側にも似たような部屋がある。コンロや炊事場が見えることから、キッチンなのかもしれない。


「よう」


奥の部屋からサンデが現れた。病院で会った時とは異なり、あのニット帽はかぶっていない。鳶色の髪の毛はボサボサのままで、タンクトップに短パンというリラックスした服装だ。


「さすがだな。時間通りだ」


時計は長針も短針も真上を向いていた。指定された正午12時ピッタリに私達は訪問したようだ。私が意図したものではないが。


「お前が指定したのだろう」

「まぁね。正直なところを言うと、別に何時でも良かったんだ。朝は寝たいし、夜はしんどい、っていう理由なだけ」


私達は靴を脱いで、奥の部屋に案内された。部屋には生活感が丸っきりなかった。艶のあるフローリングに無造作に散らばった新聞。棚も机もない。綺麗好きなチェキからすれば、これは「家」ではない。倉庫、あるいはごみ捨て場だ。とはいえ、冷房は着いているようで、部屋は快適な温度に保たれている。不幸中の幸い、だ。


「あからさまに失望するなって。オレんちとは言ったけど、オレが一時的に借りてるだけだから」


言い訳のようなことを何故かサンデは私の方を向いて言った。


「まぁ座れよ。エソラ、悪いけどお茶でも入れてやってくれ」


部屋の入り口に立っているエソラに指示を出すと、彼は従順な犬のようにこっくりと頷いて、左側のキッチンと思われる部屋に入っていった。

立ったままも変なので、サンデの言葉に甘えて適当にフローリングに座った。3人で正三角形を描くように。引越しセンターのアルバイトをしている若者がサボり、談笑しているとすればこういう絵面になるだろう。


「で、何なんだ? ここに招いた理由は」


チェキは大きく溜め息を吐きながら問う。いたずらっ子の相手に疲れたような口調だ。


「まさか、この汚い一時的な住処を披露したいだけではないだろう?」

「そりゃそうだ。別にオレ達は友達ではない。オレがあんたを呼び出すってことはどういうことか大体分かってるだろ?」

「ろくでもない話のときだ」


面倒くさそうに告げるチェキの言葉を聞いて、首を竦めてサンデは苦々しく笑う。状況が飲み込めない私はとりあえずその場を見守ることにした。


「セツナも来たんだし、ナオトの話でもするか」

「ナオト?」

「あんたの父親のことだよ。ナオト、娘に名前も覚えてもらっていないなんて、悲しいやつだな」


そういうサンデの顔は全然悲しそうでもないし、同情しているようにも見えない。ただ面白がっているだけだ。


「おい、用件を早く言え」


チェキが結論に急ごうとすると、サンデは「まぁまぁ」と暴れ馬を落ち着かせるように宥めた。


「あんたにも話しておきたい。それがおそらく全てに繋がっている」


ヘラヘラとしていたサンデが急に真剣な瞳でこちらを見た。チェキはもう一度息を吐いて「続けろ」と短く言った。



「オレはあんたの親父さんと旅をしてた」


サンデは私の顔を見ながらそう言った。


「忍海ナオト。あの憎たらしい生意気な男と一緒に」


忍海ナオト。初めて父の名をこんなところで知ることになるとは思わなかった。自分から知ろうとしたこともない。


「何故、旅を?」


私が訊ねると、傍らにいたチェキがズボンのポケットから何かを取り出し、私にぽんと投げた。それは綺麗な放物線を描いて私の両手に着地した。

私はこれを何度も見せてもらったことがある。小瓶、そしてその中に青く輝くもの。


「星の石?」


星の石を直接見た者は少なくても、知らない者はまずいない。今では歴史の教科書に載っているし、20年前に世界中に降り注ぎ、争いを鎮静したもの。それが星の石だ。


「オレ達は星の石を探すために旅をしていた」

「ストーンハンターってやつ?」


ストーンハンターの1人がテレビに出演しているのを見たことがある。世界中に飛び散った美しい石を求める物好きな人々は決して多くはないが確実に存在している。ということは私の父親はストーンハンターであったということなのか。そして彼は今も石を求めて旅をしているのか。


「やってることは一緒だけど、正確には違うかな。星の石は、元々あんたの親父さんのものだったから」

「え?」


私は答えを求めるように、チェキの顔を見た。しかしチェキは目を伏せたまま、動かない。どうやら私のためにサンデの退屈な話に付き合っているようだ。


「星の石は昔は1本の青い刀だった。これは教科書にも載っていないことだけどね。セツナの親父さんはその刀で生命を脅かす邪悪な存在と戦っていた。でも、青い刃は邪悪な存在をほふると同時に、粉々になって世界中に飛び散った」


私がコアを恐れる一般人に過ぎないなら、ここで「面白いSFね」と一笑を付したに違いない。だが、私はコアと共に暮らすせいで、価値観や常識が歪んでいて、奇妙なほど有り得ないと思えるようなことでも信じられる。


「別にオレ達は名誉やあの星の石に魅せられて集めていたわけじゃない。あれは世に放たれて良いものではないと判断したから探し回っていた。オレはナオトと旅をして、およそ刀の半分にあたる星の石を見つけ出した」


ようやくそこでチェキが目を開けた。どうやらチェキの知らない話が出てきたらしく、鋭い視線をサンデに向けながら、無表情のまま話の続きを待っている。


「まぁ、それが大体1年前までの話なんだ」

「話の先が全く見えないな」

「1年前、不思議なことが起こったんだよ」

「不思議なこと?」


コアという不思議な存在の言う不思議なこととはどのようなものなのだろう。私には想像がつかない。


「バラバラだった星の石は融合し、オレ達の前に1つの形として姿を現した」


サンデがそう言うと同時に部屋に粗末な御盆を持ってエソラが現れた。御盆の上にはこれまた粗末なマグカップにブラックコーヒーが入っている。


「紹介するよ」


サンデの視線が、跪いてコーヒーを配るエソラへと向いた。


「青い月のカケラでありそして星の石の集合体でもある、彼の名は、エソラだ」


エソラは自分の名前が突然飛び出したことにビックリしたのか辺りをキョロキョロした。そしてその過程で私と目が合い、やがてふんわりと笑った。



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