19年前
「青く朧なる月」の続編になります。前作を読まなくても理解できると思いますが、あわせて読んだ方が楽しめるとは思います。
男はボロボロのポンチョを着て、世界遺産マチュピチュを訪れていた。天空都市と呼ばれるそこにアレの目撃証言があったことに驚きを隠せなかった。星が降ったあの日にこんな高地にまで飛び散っていたなんて、信じ難いことだ。
観光客は誰もいなかった。当たり前だ。こんな横殴りの雨が降り、雷が唸り続ける日にマチュピチュを訪れる馬鹿者は決して多くはない。世界に10億の人間が生きているとしても、その中の何人がこの最悪のコンディションで、敢えてこの日に山に登るのか。答えは簡単。1人だ。
本来は立ち入ることもままならぬ中、彼はあらゆる手段を駆使して、随分無茶をして訪れた。待てなかった。アレを求める人間は自分だけではないし、明日ならばライバルに奪われてしまうかもしれない。そう思うと、1日でも早くここに辿り着きたい衝動に駆られた。
横殴りの雨と白い霧で視界は最悪だった。しかし男はその奥にある光を見逃さなかった。青く輝き続ける光に群がる自分は蛾のようだなと思い苦笑するが、蛾で結構と開き直る。あの美しさに魅せられた自分を抑えられない。
「あぁ……」
声を上げずにはいられなかった。光は相変わらず儚い蛍のように輝いていた。いつからだろう。この光が自らを待っているように感じるようになったのは。それは自分を選んだのだという虚ろな優越感に似たもののせいで、まるでモルヒネの中毒者のように彼はそれを求めてさまよっている。
妖しく煌めくその光が何かを語ろうとしていた。
『…………』
暗号のように思えたその言葉を彼は受け止めることができなかった。それでも青い光はまた語りかけてくる。
『神になりたくはないか』
男は自らの脳に麻薬物質を流し込まれるような快感を覚えた。その興奮は彼の好奇心を駆り立てるに十分なものだった。
『心を開けば扉が開く』
男の黒い瞳が青く染まっていく。何かが自らの身体に入り込んでいくのを感じたが、彼はそれを受け入れた。今まで考えにも及ばなかったものが脳裏に浮かび上がる。自らは神になったのではないか、という優越感に支配されていく。
「なるほど。神になるとはこういうことか」
男は沸き上がる感情を爆発させるように、大きな声を上げて笑った。その声は雨に消されることなく響きわたった。