【BL】復讐に甘えて
「恋をしたことがありますか?」
「当然」
「どんな感じでした?」
彼は真っすぐ私を見つめていた。
どうしてそんな話になったのか。
ただ仕事帰りに飲みにいこうかと、軽く誘っただけなのに。
「照れるから、言うわけないだろ」
「今後の参考に聞かせてください」
普段なら笑い飛ばしていたのに、酒が入っていたから私は饒舌になっていた。
「なんていう、その人のことを考えただけで、嬉しくなるっていうか」
脳裏に浮かぶのは中学時代の教師。
田舎には似合わない色白で、細面の美術の教師。
その時まで、私は自分の興味が男に向っているなんて知らなかった。恋なんて知らない同級生は沢山いたし、馬鹿ばっかりやっていたからだ。
自分にとって、その教師が特別だと気が付いたのはいつだったか。
その人を見るだけでドキドキして、見つめられるだけで、顔が赤くなりそうになって、何度も顔を逸らした。
だけど、少しでも彼の姿を見たくて、美術部に入ったり。
絵の才能なんてからっきりだったのに。
だけど、その人は私に丁寧に教えてくれた。
手を重ねられ、震えてしまったこともある。
思えば、気が付かれていたかもしれない。
だけど、彼の態度は変わらなかった。
卒業すれば会えなくなる。それが悲しくて、美術部のお別れ会みたいのを開いたっけ。
その時は自分の気持ちを完全に意識していた。
だけど、彼は教師、しかも男同士。
私は気持ちを押し殺して、笑って、さよならと言えた。
それでも顔くらいもう一回見たいと思って、卒業した後訪ねたけど、彼はやめた後だった。
都会の中学校に移動になったらしい。
なんだか、避けられた気がして、被害妄想だけど、私はその人のことを忘れようとした。
「谷口先輩?」
「あ、ごめん。思い出に浸っていたみたいだ。まあ、恋は苦しい。叶わぬ恋は時にな」
「……思い出させてしまってすみません」
「いや、いいよ。随分懐かしい記憶を思い出した」
十二年前。
私は二十七になってしまった。
彼は何歳だったんだろう。当時。
先生に慣れるくらいだから、少なくても二十二歳は超えていたはず。
となると、今は三十四以上か。
二十七と三十四。
思えばそんなに歳の差はなかったんだな。
同性という問題はあるけど。
「谷口先輩」
「あ、また。本当にごめん。さあ、飲もうぜ」
思い出は思い出だ。
年齢の差はどうであれ、同性ではどうにもならない。
おちょこに注いだ酒をあおって、注ごうとしたら、後輩の山下が継いでくれる。
「手酌でいいんだけど」
「入れてもらった方が美味しいですよ」
「そうかな」
もう恋の話はしなくなり、安堵しながら注がれた酒をあおる。
「先輩~」
「飲み過ぎた~」
次々に注がれる酒を飲んでしまい、私はべろんべろんに酔ってしまった。
後輩に家にまで送ってもらうという醜態。
「山下。本当にごめん。これタクシー代。ちゃんと帰ろよ」
ベッドに運んでもらった後、財布からお金を必死に出して渡してから、記憶がない。
「西治くんって先輩のことだったんすね」
「ううん?」
ふと目を開けると、山下の顔が見えた。
ちょっとおかしい。
なんで、眼鏡……
あれ?
「気が付きました。俺、兄ちゃんと苗字が違うんですよ。兄ちゃんから西治くんの話は聞いていた。気持ち悪いって思ってて、就職先で同じ名前の先輩見てびびりましたよ。珍しい名前だけど、別人の可能性もあるって思ったんだけど。西治くんも兄ちゃんのこと好きだったんだ。ふうん。教師と生徒か。兄ちゃん、随分こじらせていたけど、何かされませんでしたか?」
「は?」
何言って。
兄ちゃん。
……その顔。
「よく似てるでしょ?眼鏡かけると双子見たいって言われるんですよ。兄ちゃん死んじゃってさあ。最後まで西治くんの話してた」
「死んだ?兄ちゃん?野田先生が、死んだ?」
「そうだよ。去年。あっけなかった。ずっとあんたのこと話していた」
「な、なんで、死んだ?」
酒が抜けてなくて、よく理解できない。
ただ理解できたのが、野田先生が死んで、この山下が弟だってことだ。
あと、なんでか、山下は私のことを憎んでる気がする。
「俺の事、見てくれなかった。なんで?なんであんたのことばっかり。俺は弟なのに。だから俺は復讐する。兄ちゃんができなかったことをやるんだ」
「ま、待て!」
突然なんか、服を脱がされそうになって、抵抗したら気持ち悪くなって、一気に吐いた。
「最悪!吐きやがった!」
山下は随分猫を被っていたのか。
なんていうか酷い奴だ。
と思ったけど、フラフラする私をその後介抱してくれて、吐しゃ物の処分までしてくれた。
「翌日、しっかりリベンジしますから!」
二重人格?
片づけが終わったころにはいつもの山下に戻っていて、帰っていった。
なんだったんだ?
けれども、それから一週間後、すっかりリベンジされてしまった。
……野田先生と同じ顔だから、抵抗できなかった。
っていうかすがってしまったかもしれない。
野田先生は病気で亡くなられていた。
最後まで私の話を山下にしていたらしい。
……なんか知らなかったけど、好かれていたみたいだ。恋愛感情ありで。
知っていたら?
私は気持ちを伝えていたかもしれない。
だけど、野田先生はもういない。
過去の恋にすがって、山下の復讐に甘えて、体を許した。
馬鹿みたいだ。
だけど、その時はなぜかとても幸せを感じられた。




